季節外れの桜



目的の物であった曾祖父ひいじいちゃんの形見の品である壺を届けに行った先で、先程倉で見掛けた刀の存在の事を母に訊いた。


『ねぇ、さっき頼まれた壺探ししてる最中に、偶々倉の隅に置くようにして在った刀見付けたんだけど…アレって誰の物だったの?』
「嗚呼…其れでアンタ戻ってくんの遅かったのねぇ。」
『いや〜、つい気になって見ちゃってさぁ。』
「アレはね、私の父さんの――アンタから言えば“玉名ん爺ちゃん”ね、その爺ちゃんの物よ。」
『へぇ、やっぱり爺ちゃんのやったんやな。何となくそうなんじゃないかと思ってた。子供ん頃、母さんが言ってたもん。“昔の頃の話だけど、ウチの爺ちゃん、若かりし頃は武芸を嗜んでたのよ〜!”って。その武芸に勤しんでた時の姿が格好良いの何のってさぁ。』
「あ〜、そういえばそんな事もアンタに話してたっけ。」
『うん。その話語り聞かせてた時の母さん、何かめちゃくちゃテンション高かったから印象に残ってて、未だに憶えてるよ。』
「あはは…っ!でも、まだ若かった頃の爺ちゃんったら本当に格好良かったんだから!今でも私の中じゃ自慢の一つよ〜!……ふふっ、私が子供の頃の話になるけど、アンタの爺ちゃんがまだ審神者やってた頃はね、歳も若くてバリバリ働いてて、そりゃあ格好良かったのよ?若かった故に色んな方向に励んじゃって、所謂若気の至りってヤツで子供沢山作って兄弟多かったけどさ…家族の為にちゃあんと働いてお金稼いで私達子供と母さんの事を養ってくれたわ。仕事で忙しくしてる時はあんまり構ってもらえなくて寂しかったのは事実だけど、でも仕事が休みの日は旅行行ったりレジャーに連れてってくれたりして、現代の世の中の基準に当て嵌めたら本当良い父親だったわぁ…っ!そんな父親の元に育った娘だったから、今のお父さん選んで結婚してアンタが産まれた訳だけどね!」
『…うん、母さんが父さんと仲が良い理由はめちゃくちゃ分かってるから…爺ちゃんも嫁煩悩且つ子煩悩だった訳ね。うん、その手の話は此れ迄も何遍と聞いたから良いよ。世代を越えても夫婦仲が宜しく良好で夫婦円満なのは良かったね〜。』


一度始まると長くなる母の祖父及び父に対する熱弁の語りを適当に聞き流しながら、倉やらどっかから出してきた品々を部屋中に飾り付け設置する。

こうして亡くなった身内の思い出の品を飾るのが、ウチのお盆の風習なのである(一部の骨董品に関しては、お盆に限らずであるが)。

ちなみに、実家の祖父が使っていた床の間が在る部屋は、今も亡くなった後そのままで残されてある。

お盆の時期になったら帰ってくるのを踏まえて、短い期間の間でも慣れ親しんだ空間で気持ち良く過ごしてもらいたい、という理由からだそうだ。

客間が別に存在していたのもあって、仮に親戚の誰かや知り合いが泊まりに来ても其方を使えば済む話なせいもあり、祖父の部屋はそのままの状態を保って残されているのだ。

母曰く、ウチは古い家だから、ごく偶に“彼方側”の者が遊びに来る事もあるから、敢えてそのままにしているのだという。

“彼方側”というのは、所謂妖怪等の類いの世の者の事だ。

母はそういった者には疎く視えない質の人であったが、祖父の血を濃く受け継いだらしい私には視える存在である。

ちなみに、父も僅かだがそういった力があるらしく、はっきりとではないがぼんやりと存在を認識出来るらしい。

そんな家系の家だからこそ、悪い者でなければ緩く受け入れている節がある。

故の放置なのである(勿論、定期的に掃除はしてあるので、至って綺麗な空間に保たれている)。

―休話閑題。

一通り必要な物を出し終えて、部屋を飾り付け終えたところで、ふと例の刀の存在を思い出した。


(お盆で爺ちゃんも帰ってくるなら、刀も出しといた方が良いかなぁ…?せっかく見付けたのをそのまま仕舞っとくのも勿体無いし。…一度、母さんに訊いてみるか。)


作業を終えて昼の用意に取り掛かって台所に居る母に、通りすがりに声をかける。


『ねぇねぇ、母さん。飯作ってて忙しくしてるとこ悪いんだけど、ちょっと良い…?』
「ん…?なぁに〜?」
『さっき話した刀の事だけど…爺ちゃん、魂の身だけでも帰ってくんならさ、アレも出しといた方が良いんじゃねぇの?』
「う〜ん、まぁそうねぇ…。せっかくだから、出しちゃって良いんじゃない?私はどっちでも構わないけど。アンタの好きにしなさぁ〜い。」
『分かった。じゃあ、またちょっと倉の方行ってくるね。』
「はいはぁ〜い。」


後ろ背に返事をする母に断りを入れてから、再び倉へと赴く。

先程まで何度か行き来していたので、入口は開けっ放しである。

件の刀の元へ戻って、その身がさっきと同じ位置から変わらぬ様子なのを見遣ってから、其れを箱ごと抱えて運び出そうとした。

其処で、ふと以前何処かで見聞きした知識を思い出し、一時停止した。


『そういや刀って…確か定期的に手入れしなきゃいけないんじゃなかったっけ?刀があるって事は、其れを手入れする為の道具もある筈なんだけど…何処に置いてあんだろう?』


ぐるり、と首を巡らせて辺りを見渡してみるも、今まで刀がある事さえ知らなかった私には、その道具の仕舞われた場所すら知らない。

全く触った事の無い物を探すのは困難か…。

そんな思いを巡らせた刹那、不意に近場の物がゴトン…ッ、と物音を立てて落ちた。

咄嗟に意識が逸れて、その物音がした方へと意識が傾く。

見ると、棚に置かれていたんだろう小さな球体の玩具が転がり落ちて床に転がっていた。

さっき物を移動させたり何たりと動かしてしまった際に位置をずらしてしまったのだろうか。

球体の物は転がりやすいから、其れで落ちてしまったのだろうと適当に当たりを付けて、その玩具が落ちた場所へと歩み寄り、拾い上げる。


『此れ…何の玩具だろ?昔の何か遊ぶ用の玩具なのは分かるんだけど…何でこんな物までウチに在るんだろうなぁ〜。たぶん、母さんかその前の時代の人が子供ん頃に遊んでた物かな…?』


ぶっちゃけ、今は其れはどうでも良い事かと思考を切り替えたところで、初めに玩具が落ちて跳ねた箱の方へ視線を向けた。

その箱には、古く掠れた文字で“手入レ道具”と書かれていた。


『あ、見ぃっけた。やっぱりあったんやね〜!……うん、見付かったんは良かったんじゃけど、どっちも桐の箱に入ってんねやな…。二つ一遍に持っていくのは、ちと無理そうやなぁ……。万が一落っことしたりなんかしたら大変やし、一個ずつ運ぶかぁ。』


溜め息混じりにそう言葉を吐き出して、まずは刀の入った箱から運び出す事にする。

取り敢えずは、爺ちゃんの部屋まで運び入れて、続いて手入れ道具の方を運び出してくる。

用が終わったら、倉は確りと施錠しておく。

古くから色々と受け継いできている分、金になる高価なお値打ち物がゴロゴロとあったりするのだ。

故に、管理もきちんとせねばならず、窃盗や強盗に入られぬように施錠は絶対である。

倉の鍵は、何時もの如く、爺ちゃんの部屋の金庫の中へと仕舞っておくのも忘れない。


『…さて、取り敢えず出してきたまでは良いんだけど…どうしよっかねぇ、此れ…。』


刀の扱いなんて、現代のごくごく一般人の身で育った小娘が知る由もない話で。

いざ、実物を目の前にしてみても、てんで分からないのであった。


『ん゙〜………一先ず、どっちも開けて中身確認してみてからにしようか。』


考えるのは其れからにするとしよう。

一旦そういう事にして、作業を開始する。

昼飯が出来るまでは、まだだいぶ時間がある。

其れまでに終わるようにすれば問題無いだろう。

覚束無い手付きで箱の中身を取り出し、恐らく説明書だろう“指南書”と書かれた文献の巻物を紐解き、シュルシュルと畳の上へ広げてみる。

書かれた文字を見遣るが…うむ、時代が古いせいか、昔の文字で書かれている為、解読からせねばならないようだ。

既に前途多難か。


『うえぇ…っ、昔の字で書いてあるから、普通に読もうと思っても読めんのだが…。うぐぐぐ…っ、此れは始めから詰んでしまった気がするのだが私の気のせいか…?』


早くもお手上げかに思えた矢先、片仮名で振り仮名が書かれている事に気付いた。

読みづらい事には変わりないが、読み仮名が振ってあるというだけで幾分はマシであろう。

気付いた自分、ナイスGJ。

加えて、読み仮名振ってくれた人有難う。

後付けされたっぽい様子からして、たぶん爺ちゃんの字なんだろうけど、取り敢えずは感謝しておく。

一先ずはその読み仮名から書いてある言葉の意味を読み解く事にしよう。

一応、仮に全く読めなかったとしても、筆で描かれた図解の絵があったので、最悪其れを見ながら見様見真似でやってみる予定であった。

だがまぁ、読めた方が扱い的には良かろうと思うので、指南書に書かれた通りに手入れ作業を始めてみる事にする。

ゴミが落ちても良い用に下にデカイ敷き紙を敷いて、その上に刀を転がす。

手入れ道具を手にして、いざ開始である。


『…えっと、始めての事だから…もし手順とか色々間違ってたらすまんな、爺ちゃんよ…。拙いけども、せっかくだから手入れさせてね。あと、色々間違ってても怒らないでね…!』


始める前に、何となく気持ち的に一言断りを入れてから刀を手にする。

鞘から刀身を抜き出して、改めてその身を眺めてみる。


『…おわぁ…っ、私、今モノホンの刀手にしてるんだなぁ〜…!今更感パナイけど、すっごい緊張するなぁー…っ。……えぇーっと…?まず、刃に付着してる古い油を取り除けば良いんだっけ…?んで、其れを取り除くのには、懐紙使えば良いんだっけ。あーっと、懐紙は何処だ……っと、あったあった。良かったぁー、ちゃんと全部必要な道具揃ってるみたいで…。ふぅ…っ、此れで心配は薄れたぞ。おけおけ、大丈夫大丈夫…私は出来る子!いざ失礼します…っ!』


何でか分かんないけど、謎に人に話しかけるみたいに物に話しかけながら、懐紙で刃を包むようにして滑らせる。

数回擦るように滑らせてみてから懐紙の内側を覗き込んでみると、黒ずんだ古い油分が移って明らかに汚れていた。


『うわぁ。たぶんだけど…ずっと手入れされてなかったっぽいから相当に汚れてたんだね、お前…。そりゃそうだわな。ずーっと倉に仕舞われてたまんまだったっぽいし。何時から仕舞われてたんかは知らんけど……うわー、何か御免なぁー…?物に謝るってのも何か変だけども、物は人に使われてこそなんぼやし、長持ちさせるなら手入れは必須やろうし…ましてや其れが刀だったら尚更だよなぁ〜。うーん…今回偶々私の目に留まっただけだったとはいえ、良かったなぁお前。……って、名のある刀に対してお前って呼ぶのも何か申し訳ない&失礼だよな…。けど、何て呼ぶのが正解か分かんないから、今暫くは我慢してくれなぁー…?』


古い油を拭ってやったら、今度は新しい油を上から重ねるようにして塗ってやる。

人で言うところの保湿クリームみたいなもんかな。

慣れない手付きながらも何とか其れを刀身の全体に塗り終え、最後の行程として打ち粉をぽんぽん打ち付ける。

終始指南書を見ながらやってみたが…遣り方は此れで合っているのだろうか?

いまいち不安感が拭えない。

ぽんぽんし終えたら、刀身が綺麗に磨かれたのを確認して、ついでに刀の反りや状態も軽く見て、元在ったように鞘に納めて床の間に出した刀掛けに横しに立て掛ける。


『…えーっと、掛け方此れで合ってんのかな…?どっかで見た事ある図の感じでやってみたけども、何かいまいちよく分かんねぇなぁ…。間違ってたら本当御免なぁー。』


掛けた刀の鞘の上を労るように優しくそっと撫でて、一頻り撫でて満足したら、使った道具を仕舞うべく散らかした現場へとその身を戻す。

刀の手入れなんか生まれてこの方初めてやったせいか、何か異常に気を遣って疲れた。

道具を片付け終えたら、念入りに手を洗って、其れから御飯にしよう。

そう考えていたら、丁度のタイミングで昼飯が出来たとの母の呼び声がかかった。

其れに短く返事を返しながら、手入れ道具の入った箱と刀の入っていた箱を部屋の隅へ寄せ、部屋を後にする。

慣れない事をして疲れたから、お昼を食べて少ししたら一寝入りしようかな。

そしたら、ちょっとはこの変な倦怠感も取れるだろうか。

くあり、と漏れ出た欠伸を隠しもせずに廊下を歩きながら考える。


―そして、私が部屋を出て行った後、床の間に置かれた刀が僅かに光を帯びて煌めき、季節外れの花弁を散らせたのは、誰も知らないところである。


執筆日:2020.08.17


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