在りし日の想い出をかたど



お盆がやって来た。

旧暦の葉月――現代の暦で八月の十三日から十五日のたったの三日間ではあるが、身内に亡くなった者が居る家にとっては、何処も他人事ではない事柄だろう。

ウチも例に漏れず、例年の如く準備を重ね、満を持してこの時期を迎えた。

仏壇には、常の其れよりは多く沢山のお供え物を御供えしてある。

昔からの習わしだが、胡瓜の馬と茄子の牛をかたどった置物も置いてある。

此れは、お盆に帰省するご先祖様達が乗り物として使用する為の物だと言い伝えられている。

胡瓜の馬が行きに使われ、帰りは茄子の牛に乗って帰るのだそう。

何時ぞやに聞き齧った知識であるから、うろ覚えであるし、実際のところは間違っているかもしれないので詳細は不明だ(※気になる方は各々で検索してみてください)。

お盆はご先祖様達が帰ってくるという事から、お盆の期間だけ、朝昼晩三食御供え用に一食分多く用意する。

そして、時間になったら自分達が食べる時と同じようにして御供えし、匂いや薫りだけでも食事してもらうのだ。

死者は肉体を持ってはいないので、本当に食事をする事は叶わないのだが、形だけでも良いのである。

其処に人としての気持ちが込められていれば、きっと伝わっているだろうから。

そんなこんなから、本日から短い間、我が家では一食分多くの食事が用意される。

其れを仏壇に――ではなく、祖父の部屋へ持っていき、卓上へ置いておくのだ。

誰も食べない事は分かっているが、一応はお供え物として献上するのだ、時間を置いて後から片しに取りに行くのがウチの習わしの一つである。

今回、その食事を持っていくのは、私であった。

別に誰が担当とか役割を決めた訳ではないのだけども、何となく私に白羽の矢が立ち、私が持っていく役目を担ったのである。

特に異論も不満も無い為、言われた通り、渡されるままに運んでいく。

最早、毎年恒例の事なので慣れてしまっているだけだ。


『お邪魔しまーす。お供え物の御飯持ってきたよ、爺ちゃーん…っ。』


廊下と部屋とを隔てる障子戸を開けて、何時も通り部屋に入ってお供え物の食事を卓に置いて出る予定だった。

が、ふと視界に入った床の間の存在に一瞬ギョッとして固まってしまった。

昨日の昼間、刀を立て掛けた処に、“誰か”が居たのだ。

“何か”とは言い表さなかったのは、其れが人の形を模しているように視えたからである。

幽霊とかでもお化けとかでもなければ、帰ってきたであろうご先祖様達とも違うように思える。

どちらかというと、“彼方側”の者に近い雰囲気ではある。

静かに目を閉じているだけのようなので、もしかしたら眠っているのかもしれない。

少し前に前述したが、我が家は古くから在る家故に妖怪等といった類いの者達がごく稀に遊びに来たり、その身を休めに寄ってきたりする。

お盆の時期は、そういう存在もちらほら辺りを彷徨いていたり漂っていたりするので、恐らく其方側の者で間違いないだろう。

一先ず、驚きはしたが、特に気にせず変に触れる事も無く持ってきた食事を置いていく。

部屋から出る手前で、ふと思った事に、近くに置いていたメモ用紙を一枚破り、其処へ短く文を綴っておく。

そして、其れを膳のすぐ横に置いておき、部屋を出る前に床の間の存在に一言気持ち声を抑えて伝えておいた。


『―あの…もし、お腹空いてるようなら、あの御飯食べちゃっても構いませんから。どうせお供え物ですし、誰も食べないままなのも勿体無いですから。温かい内に誰かに食べてもらえた方が、作った側も満足すると思いますんで。…えっと、じゃあ其れだけなんで…寝てるとこすみませんでした。どうぞ、ごゆっくり休まれてくださいね。お邪魔しましたぁー…っ。』


言う事言ったらささっとその場から退散退散。

あまり深くは関わらないのが吉だが、まぁ悪い存在ではない限りは今の挨拶くらいの程度の関わりは許される範囲である。

一先ずはそう思う事にし、取り敢えず今見た存在については、其れとなく母に伝えておく事にしよう。

朝御飯を食べながら世間話をする体で軽く事をかいつまんで話せば、母も父もあっけらかんとして受け答えた。


「あらまぁ、今年はお客さんも来よったんやねぇ。」
「恐らく向こう側の人なんやろうけど、まぁ、ウチはこの通り古い家やけんなぁ。今日からお盆やし、ご先祖様達と一緒に来たんやろう。」
『やっぱそうなんかなぁ〜…?』
「どうせ害は無いんやし、ほたっちょきぃや。下手に関わるんも向こうさんに悪いやろうし。」
『せやなぁ…。んじゃ、後で何時も通り膳下げに行っとくな。』


軽く返された言葉に頷いて、朝食のパンとおかずを平らげる。

自分の食べた食器を片してから件の存在が居た爺ちゃんの部屋へと向かうと、卓の上の物は先と変わらぬままそのまま在り、床の間の存在も変わらぬ様子のまま鎮座していた。


『御膳下げに来ましたよぉー…。』


小さく小声で喋ってみても、返ってくる反応は無し。

変わらず瞑目したまま腕を組んで俯き加減に佇んでいる。


(人の姿模してるから、てっきり物食べるんかなって思うてたんやけど…ちゃうんかいな。まぁ、えいけんども。)


カチャリッ、持ってきた時と同様にして盆の上に最初につがれたままの食事を乗せて持って下がる。

てっきり食べてくれるものと期待しただけに、ちょっぴり残念だ。

残された食事は、後でリメイクして有難く皆で頂くとしよう。

其れが今朝の食事時の出来事であった。


―今度はお昼時の事であった。

朝と変わらぬ様子で御供え用の昼食を運び、朝の時と同じようにメモ紙を残し、静かに退室する。

そして、自分の食事を終えた後に同じように膳を下げに行くと、食器の中身が全て空になっていた。

その光景を瞬きを繰り返して見つめた後、床の間の存在に目を遣った。

相変わらず刀を掛けた場所のすぐ側に鎮座したまま静閑を保っている。

だが、今朝見掛けた時よりも幾分か顔色が良さげなのを見るに、どうやら物を食べれない訳ではないようだ。

その事に気を良くして笑みを浮かべると、空になった食器類を盆の上に乗せて片付ける。

その際に、置いていたメモ紙に目を落とすと、私の書いた文字とは別に、紙の隅の方に筆で書かれたらしい小さな文字が残されていた。

その文字は、こう綴られていた。

―“御馳走様でした”…と。

改めて床の間の存在に目を向け、微笑む。

“此方こそ、食べてくれて有難うございます”という意味を込めて、ぺこりと一礼しておく。

空になった食器を提げて台所へと戻ると、開口一番に事を伝えた。


『見て…っ!お昼は御飯食べてくれたみたいだよ!』
「あら、本当やね。やっぱお腹空いちょったんやろうかねぇ〜。」
『今日も昨日と変わらず暑いし、アレだったら、御八ツ時になったら軽いお茶菓子か何かと一緒にお茶持ってった方が良いかなぁ?』
「そうやねぇ〜、彼方さんが熱中症とかになるんかは分からんけども、アンタがそうしたいんやったらすれば良いんやないと?」
『よし…っ、じゃあ御八ツの時間になったらお茶の差し入れ持ってったろ!』


すっかりその気になった私を生温かく見守る親は、特に口出しする事も無く自由にさせてくれるようだ。

ならば、思うがままに行動あるのみである。


―時刻は昼過ぎの八ツ時という刻の事。

私は、朝と昼の時と同様にお茶とお菓子を携えて祖父の部屋へと訪れた。


『お邪魔しまーす。お茶とお菓子のお供え物持ってきたよ、爺ちゃん…っ。今日も暑いけんね。熱中症なったらいかんけん、しっかり水分補給しぃや〜。…って、死んだ後も熱中症なったりするんかは知らんけども。まぁ、其れはどうでもええか。』


口にする言葉は、一応お供え物という建前で告げ、卓に置いていく。

ちなみに、今日の御八ツは塩分の効いた塩クッキーである。

甘さ控えめのちょっぴり甘じょっぱい夏限定な味のクッキーだ。

夏は水分だけでなく塩分と糖分を補給しなければならないので、こうした小さな気遣いは必要だ。

そして、同様にメモ紙を添えるように残して部屋を去る。

部屋を出る手前でちょびっとだけ床の間の存在に意識を向け、本音を言い残しておく。


『アレ…一応お供え物ですけど、朝と昼同様に食べちゃって構いませんからね。甘いの苦手かも分かんないんで、お口に合わなかったら全部食べる必要は無いですよ。全然残してくれても構わないんで、どうぞお好きなように。晩御飯前には下げに来ますね。』


言いたい事を言ったら、またもやさっさか去っていく。


―夕方も過ぎ、夕飯近くなった頃に部屋を覗いてみると、やはりお菓子を乗せていた器もコップも空ですっかり無くなっていた。

其れに内心満足げに頷くと、床の間の存在に目を遣って微笑む。


『お口に合ったようで何よりです…っ。』


此方が何を言おうと、やはり相も変わらず沈黙を返し、静かに鎮座したままの彼。

男の人を模したっぽく見えるから、“彼”と言い表して良いだろう。

リアクションが返ってこない事には動じず、此方も変わりない調子で器とコップを片していく。


『もうじき夕食が出来ますんで、用意が出来たら持ってきますね。時間を空けたら、また下げに来ますから。』


其れだけ言い残して部屋を出ていく。

メモ紙には、やはり彼の返事だろう、先と同じく達筆な字で“御馳走様でした”の文字が綴られていた。

此方の言葉に律儀に返してくれるとは、真面目な性格なのだろうか。

そういえば、彼は床の間からずっと動かぬまま彼処に居る上に、刀と似て真っ黒な見た目をしている。

もしかしたら、刀に宿る付喪神か何かなのかもしれない。

行き着いた考えに、私はハッとして、此れは是非とも母に知らせねばと道を急いだ。

別に用意された一食分の晩御飯を受け取りながら、母に事を報告すると共に伝える。

すると、母は…。


「もしかしたら、アンタの言う通りかもしれんねぇ…。父さん――アンタから言って爺ちゃんね。あの人が審神者やってた時、専ら相手してたの刀や槍とかの付喪神だったらしいから。もしかすると、アンタが倉で見付けたっていうその刀も、そん時の一振りやったかもねぇ。」


…と、何処か懐かしむように返してきた。

取り敢えず、ウチの爺ちゃんが何か凄い職に就いて仕事してたんだっていう事は分かった。

話はともかく、再び例の部屋へと戻ると、やはり変わらぬ状態のままの刀とその彼は鎮座していた。


『御夕飯お持ちしましたぁーっ。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりくださいね〜。』


もう建前は必要無いだろうと言いたい言葉をそのまま告げ、卓に食事を置いていく。

ついでに、メモ紙を置いていくのも忘れない。

わざわざ筆を使わせるのも申し訳なかったので、手頃な物として筆ペン(敢えてネームペンでもボールペンでもなくである)もそっと添えて置いておく。

自分の食事を終えた後にまた再び部屋を覗いてみれば、空になった食器と共に小さな礼の一言が書かれたメモ紙が鎮座していた。

其れに対し、今度こそはまともに彼に向き合って言葉を告げる。


『お口に合ったようで何よりです。御飯の量、アレだけで足りましたか?もし、足りなかったらすみません。次回からは…っていうか、明日の朝からはメモ用紙その物を一緒に置いときますんで、何か要望とか必要な事とかあれば其れに書いてください。其れによって此方は判断しますんで。…じゃあ、おやすみなさい。』


最後にぺこりと一礼し、優しく鞘を一撫でしてから部屋を去った。


―電気を消して真っ暗となった部屋で一人瞑っていた眼を開いた彼は、宵闇に煌めく金色の双眸をゆるりと瞬かせて空を見つめた。


「――世話焼きなのも、爺さんそっくりだなァ…。俺が“視えてる”のも、アンタの血を濃く受け継いだからなんだろうな……アンタの血は、良くも悪くも確りと受け継がれてんぜ、主。」


真っ黒な姿をした其れは、静かにそう呟いて、また沈黙を保った。

遠い昔を懐かしむような柔らかな声音をした低い男の声だった。


執筆日:2020.08.17


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