fitな抱き心地


舎内の廊下をゆるりと歩んでいると、ふいに聞こえた自分を呼ぶ声。

耳に響いた心地良い声音が俺の名を呼んで間もなく、後ろ背に飛び付かれる感触。

時折見せる、その子供っぽく人懐っこいところが可愛くて、俺は頬が緩むのを感じながら頭を振り向かせた。

すれば、何やらご機嫌気味な彼女のニコニコとした顔と目が合った。


「なぁに〜、未有ちゃん?」
『えへへ…っ。丁度先の方で縢君見付けたから、衝動的に抱き付いちゃった!』
「“衝動的に”ねぇ〜。ったく、もう…可愛い事してくれちゃうんだから。」
『む…?私が可愛いと言うのかね?縢君は。その目、腐ってないかい…?』
「うん、いつも通りの対応あざーっす。」


丸っこくて猫みたいにきゅるんとした目で俺を見上げてくる未有ちゃん。

俺も男の中じゃ小柄な方だけど、未有ちゃんはそんな俺よりももっと小さい。

それでいて、今みたいに可愛い事してくれるから、「可愛い」って口にするんだけど、何故か認めなくていつも否定する。

本当に可愛いから言ってるんだけどなぁ…、この照れ屋さんめ。

きっと照れ隠しのつもりであんな返し方になるんだろうけど、可愛い事に変わりはない。

現に今も然り、俺の腰に抱き付いて可愛くむぎゅむぎゅと引っ付いてくる。

何、コレ。

超幸せなんじゃね…?俺。

彼女の可愛さについてそうこう考えていると、俺の腰を掴んでいた彼女が、何やら感触を確かめるようにポンポンと腰の両側を叩いてきた。


「…何やってんの、未有ちゃん。」
『いやぁ…縢君の腰って細いなぁ〜、って。』
「喧嘩売ってんの…?」
『いやいや、筋肉とかしっかり付いてて体幹もしっかりしてるけど細身なんだなぁ、って意味でだよ。別に貶してる訳じゃないから。』


眉間に皺を寄せて少し不機嫌気味に返すと、慌てて弁明するように話す未有ちゃん。

別に怒ってないけど、内容によってはイラッときちゃうかもしれないから、ちょっぴり牽制のつもりで言ってみた。


『縢君は男だから、私より体格しっかりしてんのは当然だろうけど。やっぱ鍛えてるからかなぁ…?細いけどガッチリしてるね。』
「……男の腰掴んで冷静に分析しないでくんないかな…。未有ちゃん、女の子でしょ。」
『でも、コウちゃんやとっつぁんと比べたら、二人の方がガッチリしてるんだよなぁ〜。アレかな…やっぱ体格の差ってヤツなのかな…?』
「は…?ち、ちょっと待って…。何、コウちゃんやとっつぁんの腰にも抱き付いてんの?」


何か急に驚きの内容が飛び出てきたもんだから、思わず聞いてしまった俺。

いや、だって気になるでしょ。


『うん…そうだけど。』
「とっつぁんは何となく解るけど、コウちゃんにまでかよ…!何やってんのさ!?」
『う〜ん…。別に、大した理由は無いんだけどさ…何となく気になって比較してみたり…?』
「何か…未有ちゃんの将来危なくなりそうだから、やめてよ…。マジで心配になってきた…。」
『とっつぁんは抱き付いたら喜んでくれるんだよねぇ〜。で、生きてきた歳相応に大きい背中だから、何故か飛び付きたくなる衝動に駆られるんだな。コウちゃんは身長高いのと、鍛えてる分横幅もガッチリって感じで確かめたくなった…みたいな?』


可愛らしく小首を傾げて言ってる未有ちゃんだけど…話の内容が明らかにオカシイからね。

軽く見た目とミスマッチしてるよ。


「コウちゃんの腰に抱き付ける神経が逆にスゴイよ…。」
『そうかな…?コウちゃん、意外とお兄ちゃんみたいで優しいと思うよ?』
「うん、何か違うよね。つか…その流れだと、確実にギノさんの腰にも抱き付いちゃってたりする…?」


嫌な予感がして、恐る恐る聞いてみる。

すると、やっぱりじゃないけど、あっけらかんとした様子で未有ちゃんは答えた。


『うんっ。コウちゃんと似た体格してるなら、ギノさんもガッチリしてるのかなぁ…って!』
「嘘でしょ…。」


だろうと思った…が、聞きたくなかった事実にガックリと肩を落とす俺。

未有ちゃん…予想を裏切らない子だわー…。


『でも…ギノさんの腰、思ったよりもガッチリしてなくて、どっちかって言うと細かったなぁ…。もうちょい横幅あるかと思ったんだけど、やっぱコウちゃんには勝てなかったか…。ギノさんって細身で華奢だもんね。』
「………未有ちゃん。」
『はい、何でしょう?』
「ギノさんはやっちゃダメだから。」
『え…。』


俺は未有ちゃんの両肩を掴んで、顔を俯かせたままそう言った。

当然の如く、意味が解ってない未有ちゃんはキョトンとする。


「ギノさんには抱き付いちゃダメ。とっつぁんは良いとして、コウちゃんも百歩譲って許すけど…、ギノさんだけはダメ!」
『何で…?』
「えっと…特に理由は無いけど…ギノさんはダメ!」
『ふ〜ん…。まぁ、解った。』
「何か不安だわ、その回答…。」
『あ、でも。三人の中で一番抱き心地良かったのは、縢君だな〜。』
「え……?」
『何かよく解んないけど、縢君の細さといい程良い幅感が、一番私にfitするんだ!』


まさかの爆弾告白発言に、俺の脳内思考は停止した。

もう、コレ、喜んで良いんだよね?

fitするとか、抱き心地一番だとか、俺泣いちゃっても良いかな…。

俺の好きな子が、可愛過ぎて最早罪レベル。


執筆日:2017.03.09
加筆修正日:2019.03.31

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