Happy Birthday.


ある日、目が覚めたら、机の上に一枚の手紙に一輪の向日葵の花を添えて置いてあった。

何が何だか分からず、取り敢えず差出人は誰かと手紙を手に取り、裏を見た。

だが、予想に反して差出人欄には何も書かれておらず、空白だった。

宛先人欄にも何も書かれていない、真っ白な封筒。

差出人不明の白い手紙をどうするべきか、暫し考えた結果、一先ず、中身を読んでみれば何か分かるだろうと、封をされていない手紙を開けてみる。

中身は、外の封筒と同じ真っ白な便箋が一枚だけで、後は何も入っていなかった。

内容は、どんな内容が書かれているのだろうか。

疑問が頭を占める中、綺麗に折り畳まれた便箋を開く。

手紙という連絡手段自体、今の時代では珍しいが、印刷ではなく、きちんと黒いペンで書いた文字というのは、アナクロ過ぎて、更に珍しかった。

書かれた内容を見れば、一定の文章…というよりは、一つの文章、詩のような物が書かれてあった。

詩は、こう書いてあった。


Dear you−愛しき貴方へ。

ある日、僕の胸に、向日葵の花が咲きました。
それは、初めての感情でした。
それは、初めての出来事でした。
心も身体もあたたかい気持ちでいっぱいになりました。
貴方は、僕と共に居たいと言ってくれました。
僕はとても嬉しくて、泣きそうになりました。
でも、それは、叶わない事なのだと思っていました。
けれど、貴方は変わってしまっても、僕の事を想っていてくれました。
忘れないでいてくれました。
ずっとずっと、待っていてくれていました。
僕が悲しい時も、楽しい時も、側に居てくれました。
離れないでいてくれました。
だから、僕は、貴方を好きでいたい。
貴方と共に在りたい。
どうか、貴方の時間を僕にください。
そして、想わせてください。
心の底より愛しく、大切であると。
向日葵のように朗らかであると。

21XX年、08月16日、狡噛慎也へ捧ぐ。

Happy Birthday.

From−向日葵を贈りし者。


随分と手の込んだ洒落た物を贈ってきたものだ。

紙に書かれた字の癖や文体を見れば分かる。

今のご時世で、こんなアナクロな手段を取って、想いを伝える事に慣れている人間は限られてくる。

そして、普段から普通に俺の部屋に入ってこれて、尚且つ怪しまれず、一定の記念日や祝い事などの度に、律儀にもこうやって祝ってくれるような人間…。

そんな奴は、此処には一人しか居ない。

それに、詩をこういう形式で書いている人間を、一人知っている。

前に、同じような形式で書かれた詩を読ませてもらった事がある。

これを書いた人物は、彼奴だ。

俺の恋人…露罹未有。

壁に掛けられたカレンダーを見遣れば、俺が誕生した月日を示していた。

08月16日。

俺の誕生日だ。


「…すっかり忘れていたな……。此処のところ、忙しかったからなぁ…。本人は忘れていたのに…彼奴は、忘れないでいてくれたんだな。」


いつも側に居てくれる温もりが、胸を温かくしてくれる。

部屋の隅に立て掛けられた時計を見遣り、今の時間を確認してみる。

この時間なら、彼奴はまだベッドの中だな…。

まだ爆睡していて、夢の中だろう。

出社するまで、まだだいぶ時間が有り余っている。

寝起きの彼女に、贈り物の礼代わりに驚かしてやってもバチは当たらないだろう。


「彼奴…花を贈る事に、どういう意味があるとか、分かってるんだろうな…?」


花には、それぞれ、花言葉というものがある。

そして、プレゼントとして贈られた花にも、ある意味がある。


「さぁて、何も知らずに、起きて枕元に俺が居たら、どんな顔して驚くかな…?」


露罹未有、俺の大切な人。

願い通り、離れもしないし、離してもやらねぇよ。


「間の抜けた寝惚けた顔で待ってろ、未有。今に、最高の礼を返してやるよ。」


静かに朝の支度を整え、部屋を後にする。

朝飯は、彼奴が起きてから一緒に食べれば良い。

暗くなった部屋の奥の資料部屋には、一輪の向日葵が飾ってあった。

いつの日か、彼奴がくれた綺麗な花瓶に挿して。


執筆日:2018.08.20
加筆修正日:2019.03.31

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