さみしい背をしたガーディアン


最早伝説の刑事デカとなってしまったとっつぁんが亡くなった後に入ってきた、とっつぁんの事を知る人の内の一人となる執行官の須郷さん。

元は軍人であったと聞く通りに、何処か近寄り難い空気を放っていた。

そんな彼は私より歳上であれど、立場上新人の身であり、私の後輩という形の人であった。

まぁ、彼の事は、今回厚生省入りとなる前から知っている人だが。

何せ、とっつぁんがまだ生きている時に一緒に担当し、共に派遣された事件に関わる人物だったからだ。

当時、彼は重要参考人として扱われたが、結果的には事件に巻き込まれた被害者兼真犯人に利用されてしまった可哀想な人である。

今やすっかり立ち直っている様だが、其れに一役買ったのは恐らくとっつぁんの人となりと言葉によるものだろう。

私は何もしていない。

現に、今の刑事課は、当時まだ現役だった監視官一人と執行官二人を失っている上に、更に人材は減り、事件へ当たる際の現場は困窮している。

万年人手不足も良いところだ。

そんな話はさておきながら…最近、何故かその後輩たる新人の須郷さんにやたら構われている。

沖縄出張の際、確かに少しだけ交流があったが、其れまでといったところ。

其れ以上彼と関わる事なんて無かったし、彼が執行官入りしてきた時も私は別の現場に当たっていて居なくて、彼と沖縄の時以来に顔を合わせたのだってちょっと前の出来事だった様に思える。

なのに、何故か他の人達よりも私にばかり懐いているというか、慕われている様なそんな感じで付き纏われている気がする。

確かにとっつぁんを知る人物であり彼と直接の接点があった身の者で言えば、今やこの場では私しか残っていない。

だからといっても、其れにしてはやけに構われている気がしてならない。

今も執行官フロアの自室で非番な一日をゆっくりのんびり過ごしていたら、同じく非番だったのだろう彼が部屋まで訪ねてきた。

まぁ、別段他に用も無ければ追い返す必要も無いし、彼の事を嫌っている訳でもないから、“少し話がしたい”と言われて食事の誘いを受けても断りはしない。

適度な距離感は保ってくれるので、其れならばと寛容に受け入れているだけだ。

私は昔から必要以上での人との接触は苦手だったから、正直あまり構われ過ぎるのは嫌いな方だった。

しかし、とっつぁんやコウちゃん、弥生っちの様に適度な距離感を保ってくれる人は好きだった。

其れで言えば、私の人となりを詳しく知らない割りには適度な距離感で居てくれるから助かる。

決して悪い人ではないと分かっている分、尚更何だか複雑な心地であった。


「露罹さんは、昼、何にしますか?」
『んー…、私はあんまお腹減ってないからなぁ…取り敢えず、適当に軽い物にしとくかな。』
「そうですか…自分は朝と同じくしっかり食べるつもりですが、露罹さんって基本少食な方なんですか?」
『いやぁ?別にそんなんではないけども…此れでも、昔よりはいっぱい食べる様になった方だし。』
「では…今はダイエットか何かされている最中とかですか?」
『え?いやいや、私ダイエットとか今まで一度たりともした事無いけど…っ。する必要性も無いし……とかって軽弾みな発言してたら、現在進行形でダイエット中な方々に失礼よねぇ〜…。』
「はぁ、そうだったんですか…。其れにしては、何時も食堂で見かけた際の食べる量が少なめに見えたので…何処か具合が悪かったりするのかと。」
『気のせいでしょ。というか、其れだけで私の心配するとか心配性か…!』
「は…っ、す、すみません…っ。」
『いや、別に謝んなくて良いから。須郷さんが悪い事したとかではないんだからさ。あと、ちょいちょい言ってるけど、私に対して敬語とか使わなくても良いからね?須郷さんの方が後入りしてるから立場上須郷さんが後輩っていうか下の立場みたいな扱いになってるだけで、年齢的に言ったら須郷さんの方が私より歳上なんだから…。寧ろ、本来敬語使わなきゃいけないの私の方だからね?まぁ、ウチは比較的和気藹々としてるから、そういうのユルくてあんまり気にしてないけどさ。』


元軍人なのが災いしてなのか元々の気質からなのかは知らないが、この人は変に堅いところがある人だ。

別に悪い事ではないけれども…そんなに凝り固まっていては、何時か窮屈さで精神やられやしないだろうか。

其れこそ色相だとかが心配になってきたりとか。

私の心配より自分の身の心配をした方が良いのではないかと常々思う。

思うだけで口には出さないでいるけども。

そんなこんな他愛ない会話をしながら食堂へと行き、共に同じテーブルへと着いて食事を摂る。

食事の間も、何故か彼は私へと対する質問ばかり口にしていた。

何が彼の好奇心に触れるのかは分からないが、取り敢えずは訊かれた事全てに答えつつ、自分のお昼にと選んだ軽めのランチセットのサンドイッチを口に運んだ。

簡単な仕事話から在り来たりな日常話を交えつつ終えたお昼。

食べた食器類を乗せていたトレイを返却口へと返し、食堂を後にしてからも暫く彼は私と共に居る事を選んだ。

…というか、勝手に付いてきた。

別に誰と居ようがそんなの本人の勝手だろうが、何で私ばかりに構うのか不思議でならなかった。

特に事件も起こらない平和な本日は、非番である我々執行官且つ潜在犯にとっては退屈な一日である。

潜在犯扱いの私達は、執行官が行き来して良いと定められたフロア以外自由に出歩けない。

故に、暇な非番な日の過ごし方は大抵が一日中部屋に籠り切るか、ストレス発散の為とか訓練の為にトレーニングルームへと躰を動かしに行くくらいだろう。

よって、私達もそのまま部屋へ直で戻る訳でもなく、適当にトレーニングルームへと向かい、食後の腹ごなしにでもと軽く運動する事にした。

運動といっても、そんな激しい事をするつもりはない。

私はちょっと柔軟体操でもして躰を解そうかな、というつもりだ。

体力が有り余っている彼の方は違う様だが。

トレーニングしやすい様に服を着替えてから、ぐいぐいと凝り固まった関節や筋肉を伸ばす様にストレッチをする。

彼はというと、少し離れた所でランニングマシーンで数十分間走って躰を温めた後、スパークリングに挑んでいた。

暫くお互い無言で各々の目的の事に集中していたが、程なくして腹がこなれてきたかなというくらいになってから一度私の方が手を止め、休憩に入る事にした。

そのついでに、彼にも水分補給をする様促して、近くの椅子に置いていたタオルとスポーツドリンクを一緒に手渡した。

短い返事で其れを受け取った彼は、手にしたスポーツドリンクを一気に呷って飲み干し、此方へと向き直ってきた。

その時の眼差しがやけに真っ直ぐとしたものだったから、内心不思議に思いながらも敢えて突っ込む事はせずに口を開く。


『よっぽど喉渇いてたんだったら、私の事なんか気にせず好きに水分補給すれば良かったのに。』
「そうですね…自分の方は、思い切り躰を動かして汗を流してましたから。…露罹さんは、スパークリングされないんですか?」
『私は今は良いや。今日はそんなに躰動かすつもりなかったからさ。』
「そうですか…少し残念です。露罹さんがスパークリングで躰を動かしている最中の動きなどを見て勉強出来る機会だと思っていたのですが…。」
『私の動きなんか見たって大した糧にもならないよ〜。スパークリング相手に挑むなら、私よか朱ちゃんとか宜野さんにしときな?組み手系なら、宜野さんの方が相手に向いてるし。私はそういうの強くないから全然相手になんないよ〜。』
「いえ、そんな事ありません…!あの時、沖縄のあの地で見た時の動きはとても素晴らしい動きでした…っ。ドローン相手と分かった上でのあの素早く的確な攻撃を繰り出す動きは、自分にも学ぶものがあると思いました!」
『えぇ…っ、あの時の事まだ憶えてたの?やだなぁー…あの時の私、ただ相手を抑え込もうと必死だっただけで、色々と余裕無かったから忘れて欲しいんだけど…。』
「今でもはっきりと鮮明に思い出せる程しっかりと憶えている事ですので、そんな早々に忘れるなんて事出来ませんよ。其れまで大人しかった人が、戦闘となった瞬間に人が変わった様に豹変して闘っていたんですから…忘れる筈も出来ないくらいの衝撃でした。」
『やめてよ、こんな娘っ子一人持ち上げんのぉ〜…っ。何の利益にもならないって。あの時は、狩りの時間だって自覚してたから、完全仕事モードの戦闘態勢取ってただけだし。須郷さんの中で其れが衝撃的シーンとして残ってるとは一切思ってなかったけど。同じ時系列であの場での対人戦闘なら、とっつぁんの動きの方が遥かに勉強になったと思うがね。』


自身のスポーツドリンクを呷りながら謙遜するでもなくそう口にすると、彼は首を振って尚食い下がる様に訴えてきた。


「いえ…っ、露罹さんだって十分に素晴らしい人です…!其れなのに、どうして貴女はそんなにも自分の事を卑下なされるんですか!?」
『別に…卑下してる訳でも何でもないけど…。私は、ただ事実を述べているだけ。須郷さんの中で私がどんな人として映っているのか分かんないけど…たぶん、須郷さんが思う程、私は出来た人間じゃないよ。其れだけは確か。』
「そんな事は……っ、」
『須郷さんは、きっと夢を見てるんだよ。だけど、私の中に其れを見出だそうとしたところで、得る物は何も無い…。逆に失うのがオチだよ。悪い事は言わない。手本にするなら、私みたいな人間じゃなくもっとちゃんとした人を見た方が良いよ。繰り返し言う様だけど、はっきり言って私はアテにならない。』


彼の言葉を否定する様に断言すれば、彼はあからさまに悄気た様子で項垂れ、顔を俯けた。

ちょっと言い過ぎたかな…と思うところもあったけれども、その反面で今告げた事は全て事実だからと現状の成り行きを肯定していた。

此れで良いのだ。

今後も変わらず好き慕うか否かは彼次第。

私は必要以上の接触はしない。

些か気まずい別れ方ではあるけれども致し方ない。

そもそもが、彼とはただの仕事上のパートナーとしての関係だけで、其れ以上の感情は抱いていなかったのだ。

とにかく、今は私が先にこの場を去ろうと少ない手荷物を持ってトレーニングルームから出ようと後ろ背を向けて出入口へと向かった。

そして、ドアの目の前に差し掛かった辺りで、不意に背へと彼の呟きがかけられた。


「―俺は…ただ、貴女を守りたいと思っただけなのに……。」
『え………っ?』


その言葉を拾ってしまった反射で、つい振り向いてしまったのがいけなかったのだ。

さっきまで俯けていた顔を上げた彼が、切なげな目で此方を見つめているのに真正面から捉まる事はなかったのだから。

彼のその物悲しくも切なげな瞳に囚われて動けなくなっているところに、彼は更に言葉を重ねてきた。


「自分は、貴女を守れる男になりたいと思っているのですが…其れでは駄目ですか?」


何を言われているのか、すぐには理解出来なかった。

けれど、彼がいつの間にか開いていた筈の距離を詰めて私の頬へ触れる頃には思考回路が追い付いていて。

その頬に運動した事による熱以外の赤みが灯った時には、咄嗟の事とはいえその場から逃げ出し…、――気付いた時には、宿舎の自室のドアの前で腰を抜かしたみたく座り込み蹲っていたのだった。

先程の彼の台詞に何かしらの返事を返したのか否かすら憶えてもいないが、取り敢えず今暫くは彼の顔をまともに見れない気がするのは確かである。


『…え……は、えぇ…………っ?』


困惑した頭の中に浮かぶは、先程見た彼の切なげな顔と真剣な色を帯びた憂いの眼差し。

振り払おうにも焼き付いて離れない表情に、仕方なく頭を冷やす為にも汗を流しにシャワールームの方へと足を向けるが…。

ふと明日の自分のシフトを思い出して、そういえば明日のシフトは彼とのバディを組まされていたのだったと思い返し、頭を抱えるのだった。


執筆日:2020.10.30
Title by:まばたき

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