#02-渾沌の域


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何だか、身体が揺らいでいるような感覚がする。

例えば…そう。

貧血や目眩を起こした時の感覚に似ている。

ゆらゆらと揺れて、はっきりとしない意識。

…正直、気持ちが悪い。

此処は、夢の中だろうか…。

自分の身体じゃないみたいである。

遥か遠く、意識の端に聞こえたサイレンの音。


(―…そうか…、自分は死んだのか……。それとも、まだ何とか生きていて、それに気付いた誰かが救急車でも呼んだのか…。)


他人事のように朧気な意識で考える。

ふと、近くで、誰かが呼び掛けているような声が聞こえた気がした。

気になってきて、ゆっくりと浮上する意識。

死んだ人間が開ける必要があるのかは分からないが…固く閉ざしていたであろう目蓋を震わせた。

開くものの、焦点の合わぬ視界。

ピントが上手く合わずにぼやけてしまっている。

次第にはっきりとしてくると、徐々に意識も覚醒してくる。

最初に目に入ったものは、水だった。

クリアになった視界に、段々と色が付き始める。

すると、急に飛び込んできた音。

聴覚も漸く目を覚ましたらしい。

顔や身体を打ち付ける雨に、地を打つ激しい雨音。

どうやら土砂降りのようだ。

雨に濡れながら、横たえていた身体を上体だけ起こした。

まだ寝惚けているような感覚で、あまりはっきりとしない思考の中、辺りを見渡した。


(―あ、れ………?)


不意に、思考が止まった。


『……此処…、何処だ…………?』


其処は、全くと言って良い程知らない、未知の場所であった。

はてさて、一体どうなっているのやら…。

微かに覚えている記憶を手繰り寄せ、現状況を把握しようと思考をフル回転させる。


―確か、自分は、暇な春休みを少しでも潰そうと、街の中心地まで出向いていた筈だ。

出向いたのは良かったが、色々と店を回ったもののすぐに飽きてしまい、帰りの電車までの時間を駅周辺に設置されたベンチに座り込み、持て余した時間に出来たを潰していたのである。

そしたら、突然の大雨に見舞われて、雷が鳴って、そして…。


『…そうだ…。そういえば、私…っ、稲妻が、自分に直撃したんだっけ………?』


心の内で呟いていた言葉が口を吐いて漏れ、掠れた声が零れた。

そういえば…最後に見た景色は、意識を手放す前のぼやけて歪んだ風景だった筈。

混乱しつつある頭のせいで、周りの状況が把握出来ない。


『……………ん?』


ふと、背後に気配を感じて、何だろうかと後ろを振り向いた。


『ぇ、…………っ?』


小さく掠れた声が漏れた。


―いや…だって、そんな……っ!


ま、まさか…っ、そんな、そんな…事、ある、訳………っ。


目の前にある状況をすぐに認める事が出来る程、自分は馬鹿ではない。

否、理解出来ない問題である。


―だって、今、目の前に居るのは…。


《―重篤なストレス反応を検知しました。速やかに、専門の医療機関でメンタルケアを受ける事を推奨します。》


恐らく、ドローンのホロアバターであろうが…紛れもなく、あの公安局のマスコットキャラクター・コミッサ花子…なのであった。

自分に対して語りかけられているものなのだと分かってはいるが、どうにも信じがたい光景で、頭が理解出来ぬまま、呆然としたまま見つめている。

コミッサ花子は、インプットされた内容を繰り返し、目の前で呆然と固まった少女…未有へと告げる。

一方の当人は、目を見開いたまま硬直している為、当然の事ながら、言われた内容など聞いていない。

右から入って、左へ抜けている。


《…お困りですか?厚生省アーバンサービスは、市民の皆様の健康な生活をサポートしています。怪我人・急病人の方がいらっしゃいましたら、最寄りの救急病院に救急車を依頼しますか?その場合は、保険外の料金として別途に、後日請求書が送付されます。》
『…ぁ、いえ……自分の足で動けますので…。』


漸く反応を返したが、妙に間が空いた返事だ。

おまけに、何処かズレたような内容の回答である。


《分かりました。案内を必要としますか?》
『え…?あ、はい……。えっ、と…公安局の方まで、お願い出来ますか………?』
《公安局ですね。了解しました。此方へどうぞ。》


おどおどとした態度で、先へと動き出した花子ちゃんに付いていく。

一先ず、屋根のある場所に行きたいし、道が全く分からないので、花子ちゃんの後を大人しく付いていく事にしたのだった。


加筆修正日:2019.03.26

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