Call my name!!


「―ねぇ、何で名前じゃない訳…?」
『は………?』


何故か、突然、縢君にそう話しかけられた。

しかも不機嫌そうに。

というか…。


『…えっと、何の話かな…?』
「うわ、そういう事言っちゃうんだ。」


いや、だから、何の話ですか…。

そういう気持ちも込めて怪訝な顔をすると、あからさまに思い切り溜息を吐かれた。

…解せぬ。

そう思って、此方も少し喧嘩腰に切り返してしまった。


『あのさ、純粋に分かんないから聞き返したんだけど。』
「マジかよ。未有ちゃん、ヒデェ…。」
『だから、何なんだよ…!?』


再度、深い溜め息を吐かれる。

さっきから言われる縢君の言動の意味が解らず、思わず乱暴な口調で返してしまった。


「だから…何で俺だけ名前で呼んでくれないのかって訊いてんの…っ!」
『………え?』


何をそんなに怒って訊いてくるのかと思えば、そんな事か。

漸く理解したと同時にちょっぴり呆れてしまった。


『何だ、そういう事かぁ…。』
「“そういう事”じゃないでしょ…?俺にとっちゃ大事な事だからね!?」
『はいはい…っ。てか、オレ…縢君って呼んでるよね?』
「それ、名前じゃねーじゃん!!苗字だし…!俺は、未有ちゃんに名前で呼んで欲しいって言ってんのっ!分かる…!?」
『縢君だって、いつもオレの事“つゆりん”って渾名で呼んでんじゃん。』
「確かに呼んでっけど…今は、未有ちゃんって呼んでるじゃない。」
『今は、でしょう…?』


何とも不毛でユルい言い争いをしているが、自分は、現在進行形で仕事の真っ最中なのである。

一係のオフィスで、オレと同じく仕事をしているのは、執行官である狡噛慎也ことコウちゃんと、征陸智己こととっつぁんの二人。

我ら猟犬の飼い主兼監視官である宜野座伸元ことギノさんは、只今用事の為、席を立っている。

本来、休日である筈の縢君が、何故此処に居るのか。

まさか、この為だけではないと思うが…。

疑問に思いつつも、大した事件も起こらない平和な今日にそろそろ暇になってきていた事もあり、縢君に付き合ってやる事にした。


『何で“縢君”じゃダメなの…?』
「いや…ダメって事じゃなくて。何つーか、こう…っ!とにかく名前で呼んで欲しいんだよ…!!」
『え〜…どうしよっかな〜?』
「未有ちゃんって、時々意地悪になるよね…。」


曖昧な返事を返したら、ムスッと拗ねられてしまった。

これで21歳と言うのだから、本当に子供っぽくて可愛いと思う。

元々、背が低めな男の子だからか、余計にだ。

二つ年上なオレは、こういう時に限ってお姉さんぶったりして楽しんでいる。


『ん〜、“かがりん”ってのはどう…?』
「って、それ渾名じゃねーかよ…!!つか、それって俺のパクりだよね?つゆりんって呼んでる仕返しだよね…?」
『否、純粋に可愛いかなぁ、って思って♪』
「男に可愛いとか嬉しくねーよっ!!男は、カッコイイって言われた方が断然嬉しいわ…!」
『そう…?良いと思ったんだけどなぁ〜っ、かがりん…!残念。』
「ねぇ、未有ちゃん。普通に呼ぶっつー選択肢は無い訳…?」
『ナッスィングなのです!』


「にゃはははは…っ!」と笑ってやると、「マジで意地悪だわ〜、この人。」とかぼやかれたが…素直に呼んでも単純過ぎて何もイジリがないし、面白くもない。

だから、こうしてイジって遊んでいるのである。

全ては、君の可愛い反応が見たい為なのだよ。

なんて、外面はポーカーフェイスで、内心ではニヨニヨしながらこれからの展開を考えた。


「そういや、朱ちゃんやクニっち、センセーは名前で呼んでたけど…何で?」
『そりゃ、女性同士だし、同僚だし…。朱ちゃんと弥生っちは年下っつー理由で。志恩さんの方は…まだ苗字呼びしてる頃、唐之杜さんって呼ぼうとして噛んじゃったからだけど。』
「それは初耳…っ、じゃなくて…!コウちゃんとかは呼んでるのに?」
『え、愛称もダメ…?つか、コウちゃんも渾名じゃね…?』
「とっつぁんだってそうじゃん!」
『いやいや、征陸さんこととっつぁんは、とっつぁん以外でどう呼べと!?オレよりめっちゃ年上とかのレベルじゃないよ…!?“マッサン”とか呼んだ暁には、いつぞやの朝ドラになっちゃうからね!!?』
「何それ?つかマッサンて…www」


何故か無茶苦茶な事を言い出した縢君。

そんなに名前で呼んで欲しいのか…?

本当、可愛いヤツだなぁ〜!


「若いねぇ〜、お前さん達。」
「そんなに気にする事なのか…?呼び名なんて、好きに呼ばせとけば良いものだろ?」
「コウちゃんは良いよね…?未有ちゃんに好かれてるからさ!」
「………は?」


何か、いつの間にか飛び火しとる…。

コウちゃんが怪訝な顔で縢君を見つめ返した。


「何で俺なんだ…。」
『確かに、コウちゃんの事は好きだけど…。オレは、一係の皆が好きだからね?』
「そう言ってっけど、未有ちゃんってば、よくコウちゃんと一緒にいるし…付き合い長いじゃん。」
『それはそうだけども…!』


何だか、どんどん別の話になっていく気がして、ネチネチと言う縢君が面倒くさくなってきた。

「ギノさん、早く戻ってこないかなぁ〜…?」と思っていると、本当に戻ってきたギノさん。

オフィスに入った途端、縢君が居るのに気付いて足を止めた。


「何故、縢が此処に居るんだ…?今日は非番の筈だろう。」
『ギノさん、お帰りなさ〜い。』
「ちょっと未有ちゃんに話があって来てただけでーす。特に他の理由はありませーん。」
「わざわざ直接逢わずとも、ちょっとの用ならデバイス使えば済むんじゃないのか…?まぁ、そんな事はどうでも良いが。昨日お前が提出した報告書、アレは何だ?ゴミみたいなものじゃないか…!何度言えば分かるんだ、貴様は!?書き直しだ馬鹿…っ!!」
「えぇ…っ!?ちゃんと書いたじゃないッスか、ギノさぁん!!」
「お前、またもともに書かなかったのか…?」
「懲りないねぇ…。」
「うわ、コウちゃんもとっつぁんもヒデェ…。誰もフォローしてくんねーのかよ。」
『自業自得だろ(笑)。』


ぷぷぷっ、とわざと笑ってやったら睨まれてしまった。

あらまぁ、怖い顔しちゃって…可愛い顔が台無しです事よ?

縢君は非番であるにも関わらず、報告書の再提出の為、仕事をする羽目に…。

「ドンマイ☆」と言いたいところだったが、何だか可哀想だったので言わないでおこう。

そもそもが自業自得なだけだしね。

ギノさんが戻ってきた事で、オレ達の方も仕事に戻る。

…そういや、縢君が此処に来た本当の理由って、何だったんだろう?

ちらりと縢君の方を垣間見ると、パソコンの画面に向かって不機嫌そうに悪態を吐きながら報告書を書き直していた。


『…ねぇねぇ、かがりん…?』
「なぁに〜、未有ちゃん?俺、今忙しいんだけど…。てか、渾名はそれで決定なのね?」
『え?あ、うん。…それで、結局、非番なのにオフィスに来てた理由って何だったの?』
「あー…それね。自分の部屋で、ふと考え事してたらさぁ〜。俺…よくよく考えてみたら、未有ちゃんに一度も名前で呼ばれた事無かったなぁ〜…って。それで呼んでもらいに来てました。」
『え。マジすか…?』
「うん。マジで。」


縢君は画面を見ながらではあったが、一応此方の質問に答えてくれた。

え…そんなに名前呼んで欲しかったの?

ちょっ、可愛過ぎて、お姉さんきゅんきゅんしちゃったじゃないか…っ!


「くだらん話だな。」
「とか言って、ギノさんも未有ちゃんに名前で呼ばれたら嬉しいっしょ?」
「ふんっ。俺は、貴様と違ってそこまで器の小さい人間ではないからな。いちいち、そんな事まで気にしている暇など無い。」


相変わらず、冷たい切り返しだけど、内心ではきっと照れ隠ししてるよね、ギノさん。

素直じゃないなぁ…男って。

まぁ、それは置いとくとして…。


『うん。じゃ、今度どっかで呼んであげるね…?』
「今、呼んでよ。やる気出るから。」
『やだ。今呼んだら、確実に調子乗りそうだもん。』
「未有ちゃん…。天使になるのか、悪魔になるのか、どっちかにしてくんない…?」
『何ソレ…wwwどっちかっつーと、オレ小悪魔だし…!天使って柄じゃないわ〜。天使ポジションは朱ちゃんじゃない…?』


そう言ったら、縢君はふてくされて一切此方を向いてくれなくなり、話すらも聞いてくれなくなってしまった。

しょぼん…。

その後、仕事終わりにでも呼んでやろうかと考えていたら、縢君の方が先に仕事を終えて帰ってしまい、タイミングを逃してしまった。

何処かでまた呼ぶ機会はあるだろうと思って、その日は呼ばず終いで終わったのである。


―翌日、今日も仕事なオレは、シフトが同じ朱ちゃんと一緒に、お昼時という事もあって食堂でご飯を食べている時だった。


「あの…露罹さん、つかぬ事をお訊きしてもいいですか…?」
『ん…?にゃんだい、朱ちゃん?』
「えっと…縢君、何だか元気ないっていうか、落ち込んでるみたいなんですけど…何か心当たりあったりしませんか…?」
『……え?』


聞き間違いじゃないだろうか。

…縢君がヘコんでる?

まさか、昨日の事まだ引きずってんの…!?

心当たりが有り過ぎて、冷や汗を垂らす。

急に無言になったオレを見て、朱ちゃんは何かを察したようだ。


「もしかして、露罹さんが原因…とかだったりします?」
『…かもしんない。つか、まだアレ気にしてたんだ…。』
「昨日、何かあったんですか?」
『いや〜、大した話じゃないのよ…?ただ…オレが、縢君の名前を一度も呼んであげた事が無いらしくて。ホラ、いつも苗字で呼び合ってるでしょ…?それで、非番なのにわざわざオフィスに顔出して、“名前呼んでくれ”って言って来てね〜…。』
「何だ、そんな事だったんですか。てっきり、もっと仕事らしい悩みか何かだとばかり…。縢君って、時々残念ですよね。」


可愛い顔して、結構辛辣な物言いをする朱ちゃん。

ちょっとちょっと…!

一応、縢君の方が年上よ!?

朱ちゃんからしたら、一個違いかもしんないけどさ!!

仮にも先輩な人に対して、それは酷いんじゃないかい!?

まぁ、残念であるのは認めるけども…。

そんなこんなで、微妙な空気のまま食事を終え、仕事に戻る事になってしまった。

オフィスに戻る道すがら、朱ちゃんに言われた縢君の事。


「あのまま元気がないのも面倒ですし、仕事に支障が出たりすると困りますので…。手っ取り早く、名前呼んであげてくださいねっ!」
『…ぜ、善処します…。』


それはもう素敵な笑顔で言ってきたもんだから、オレは頷く事しか出来なかった。

新任監視官、純粋過ぎて恐ろしや…。

取り敢えず、次のチャンスは逃さず呼んであげなくては。

そう思いながら、オレは仕事に戻ったのであった。


―もうすぐ定時になるであろうとする頃…。

「そろそろかなぁ〜?」と手首のデバイスをイジっていたオレ。

すると、次のシフトである縢君と弥生っちがオフィスに入ってきた。

ちらりと朱ちゃんの方を見ると、向こうも此方を見ていて、視線で訴えかけていた。

…分かってますから、そんな目で見ないでください。

怖いですよ…?常守監視官。

視線に怯えながらも、頑張っていつも通りを装いつつ声をかける。


『おぅ、縢君に弥生っち、お疲れ〜っ。』
「お疲れ〜。」
『もう少しで定時だから、あと宜しくね?』
「ええ、分かったわ。お疲れ様、未有。」
「あ、私ももう上がりですので。六合塚さんと縢君、宜しくお願いしますね…!」
「りょ〜かい…。」


然り気無く先に帰っていく朱ちゃん。

今来たばかりの弥生っちも、飲み物を買いに席を立っていった。

そして、その結果、縢君と二人きりになってしまったオフィス。

気まずい空気が流れる。

朱ちゃんから聞いた通り、相変わらず何処かしょんぼりしているように見える縢君…。

意を決して、名前を呼んであげる事にした。


『さて、と…!朱ちゃんも帰ったし、縢君達も来た事だし!ギノさんが来る前にお暇しよっかなー?』
「…うん…お疲れー。」


此方を見向きもせず、気の無い返事を返す縢君。

その後ろから、肩に手を付いて耳元で言ってやった。


『それじゃ…当直頑張ってね、秀星…♪』
「ッッッ!!?」


不意打ちで名前を呼ばれ、しかも呼び捨てで耳元で囁かれたとあってか。

顔を真っ赤にして、物凄い勢いで椅子ごと振り返った縢君。

すると、少ししか顔を離していなかった為、至近距離にあったオレの顔。

更に吃驚した縢君は、後がないのに後退りをして、背をデスクに思い切りぶつけていた。

だ、大丈夫か…?

動揺の仕方が予想以上に半端無さ過ぎて、逆に心配になった。


「みっ、みみみ未有ちゃん…っ!?今、何て………ッ!!」
『ん…?どったの、秀星…?』
「…な、名前……っ、呼んで………ッ!?」
『うんっ。ご注文通り、呼んであげたよ…?目の前に、あまりにもしょんぼりしてる仔犬が居たから、元気付けてやろうかと思って!』


縢君は、今の現状を理解しようと固まっている。

あ〜ぁ、ヤバイ…。

コレは、悪戯心が働いちゃうなぁ…っ。


『…で?元気は出たかにゃ…?秀星君。』
「ぅ、うん…。あ、りがと、未有ちゃん……っ。」
『あっれぇ…?まだ足りなかったかな…?』
「いいいや…っ!も、もう、全っ然足りてるから!!大丈夫だから…っ!!心配しなくていいよ……っっっ!!」
『…そんな全力で恥ずかしがらなくても良いだろうに…。ウブだにゃん♪』


可愛くてしょうがない縢君をもっとイジリ倒してやりたくなってきて、攻めに攻める事にした。


『あはは…っ、秀星、顔真っ赤だよ?』
「し、仕方ないでしょ…っ!」
『秀星ってば、可愛い〜♪』
「ッ…!未有ちゃんの小悪魔…っ!!」
『あら、今更気付いたんですか?秀星君…?』


クスクスと含み笑いをしていると、恥ずかしさに恨めしそうに睨まれたが、真っ赤に染まった顔でやられても効果なんて無いし。

寧ろ、可愛さが上がっているだけだと分かっているのだろうか…?

ちょっぴり妖しく口許に笑みを形作れば、彼は此方から目を離せないでいる。

あぁ、面白い…っ。


『ふふふ…っ。秀星は、ほんっと可愛いなぁ〜!』
「未有ちゃん…。俺の事、揶揄ってるでしょ…?」
『うん!正解…♪』
「はあぁ〜…ッ。…一瞬でも本気にした俺が馬鹿だった…。」


揶揄い過ぎたのか、そっぽを向いてしまった縢君。

そうやって拗ねちゃうところが、子供っぽくて可愛いのに。

しかし、これでまた機嫌を悪くされては面倒なので、気を惹こうとした。


『あの〜、怒っちゃった…?』
「怒ってないよ。」
『え…。んじゃ、こっち向いてよ〜っ!』


ぐいぐいと肩を引っ張ると、漸く此方を向いてくれたのだが…一瞬、目の前が暗くなって、訳が分からなくなった。

「え…?」と頭で考えるより先に縢君の顔が間近になっていて、自身の唇を艶かしく舐めているのを目にして、何が起きたのかを理解する。

縢君はというと、「御馳走様…♪」と愉しげに口端を吊り上げていた。

これは…もしや、縢君に仕返しで不意打ちにキスをされた、のか……!?

茫然と驚き固まっていたら、今度は縢君の方がニヤリと笑った。


「昨日とさっきの仕返し。」
『な…っ、ななな……っ!?』
「未有ちゃんって、自分からイジるのには慣れてるけど…イジられる側になるのは慣れてないよねぇ〜…?」


や、やられた…。

オレは口許を覆って、後退る。

…が、それは、腕を掴んできた縢君によって制されてしまった。


『え…っ?あ、あの、縢君…?何で腕を掴むのかな…?離してくれないかな………っ?』
「何で逃げようとしてんの…?」
『いやいや、逃げようだなんて気のせいですから。仕事終わったから帰ろうとしてただけですから…!』
「ふ〜ん…。ねぇ、未有ちゃん?」
『な、何でしょうか…?』


引き攣った笑みで問うてみると、縢君はいつものおちゃらけた笑みを消して、男の表情で見据えてきた。


「俺の名前、もう一回呼んで…?」
『え………っ。』
「呼んで。」


…マジな目だ、コレは…。

さっきの事もあり、かなり恥ずかしいのだが…呼ばねばならない気がして、小声で呼んであげた。


『…しゅっ、……秀星?』
「うん、よく出来ました♪」
『うぅ…っ、何か悔しい…!』
「詰めが甘いんだよね〜っ、未有ちゃんは…!……これからは、俺の事、子供扱いしないでよね?」
『…あい。』
「はは…っ、未有ちゃんったら…照れちゃって、可愛い。」


流石にその言葉は刺さってしまって、恥ずかしさのあまり、今すぐ逃げたくなった。

そんなところに、ナイスタイミング。

弥生っちが飲み物を手にオフィスへご帰還なさってくだすった。


『あああ…っ!!や、弥生っち、お帰りなさい…っっっ!!』
「え…?た、ただいま…。まだ居たの…?」
『ああ、うん!もう帰りますね!?お疲れ様でした…っ!!』
「え、えぇ…。お疲れ様…。」


「何だコイツ…?」的な目で見られたけど、スルーしてオフィスから走って出ていった。

後日、その日の縢君の様子をギノさんから聞くと、やたらご機嫌だったようだ。


加筆修正日:2019.03.31

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