狡噛監視官が逆トリップしました。


それは、事件捜査中の事だった。

俺は、廃棄区画周辺に逃げ込んだ犯人を単独で追いかけていた。

相棒である執行官の佐々山光留は、忠告も聞かずに先に突っ走り、監視官である俺を置いていった。

思わず舌打ちをし、後を追いかけている最中だったと思う。

それが、気が付けば、見知らぬ場所に居たのだ。


「ッ…!?…何処だ、此処は……っ。」


暫くの間、状況を理解出来ずに茫然と立ち竦む。

自分は、事件の捜査中であった筈で、何故こんな事になってしまったのか…。

取り敢えず、自分の置かれた状況を把握する為、周りを見渡す。

誰かが住んでいるような、生活感の溢れた部屋であった。

置かれた家具や色合いから、女性の物ではないのかと思ったが、追っていた犯人の関係者である可能性もあるかもしれないと判断し、油断は禁物だと緊張感を持つ。

そう色々と考え込み始めた時だった。


『―たっだいま〜…。はぁ…、疲れたぁ…っ。』


自分の居た部屋の扉を隔てた向こう側から、鍵を開け、何者かが入ってくる音が聞こえた。

その出来事に、内心狼狽え、慌てて何処かに隠れるべきか否か悩んでいると、ふと目に入った物。


―これは…俺、なのか……?


俺らしき人物の描かれた物だった。

そうこうしている内に、この部屋の出入り口である扉が開かれる。

そして、この家の持ち主であろう人物とご対面してしまった。


『あ〜、買い物袋重たぁ……、って、あれ…?』


ガチャリと開いた扉から、何やら沢山の物が詰め込まれたビニール袋を両手に提げた女性が現る。


「ぁ…………っ。」


女性が俺の方を見て動きを止めた為、これはマズイと腰のホルダーに収めてあるドミネーターに手を伸ばす。

刹那。


『え…。ちょっ、わ…っ!?ふわぁあああーっっっ!!?』


女性が突然大きな叫び声を上げた。

しかし、何故かそれは、黄色いもののように聞こえ…。

心なしか、俺を見つめてくる目が輝いているように見えた。


「…えっと…、あの……っ、」
『ぅっわ、スゴイ…!!マジで狡噛さんだぁ!!?』
「………は?」


彼女は、まだ名乗ってもいない俺の名前を口にした。

更に、今の時代には存在しないであろう武器であるマシンガンの如く、一人興奮したように喋り始めた。


『え、え…?何、何かのサプライズ…?てか、クオリティー高いですね、そのコスプレ…!!リアル狡噛さんじゃないですか!?イキナリどうしたんですか、ドッキリですか!?つか、どっちかっつーと…貴女、宜野座さん派じゃありませんでしたっけ?』


―…など、知り合いか誰かと勘違いをして話し続けていたのだろうが、その中に自分の見知った名前を聞き、思わず相手の肩に掴みかかってどういう事だと怒鳴ってしまった。


『え…、違うんですか…?』
「あぁ…。俺は、アンタの…その、コスプレをしてるとか言う知り合いじゃない。公安局の刑事の狡噛慎也だ。」
『……うっそ…。え…?じゃ、じゃあ…本物の、狡噛さん…っていう事ですか…?』
「本物か偽物かは知らんが、俺が狡噛という人間であるのは事実だ。ところで、何故俺の名前を知っている…?」
『へ…?まぁ、そりゃあ…二次元の世界の……、あっ。』
「ん…?二次元の世界…?」


問い質していると、意味深な発言をし、突然焦ったように途中で言葉を切り、口を押さえた彼女。

気になって、彼女の方をガン見すると、あからさまに視線を逸らされた。

だが、今は一刻も早く情報を得たかったので、詳しく教えてくれと強めの口調で言ったら、おずおずと話し始めてくれた。

まず…何故、俺や同僚のギノを知っているのかという事。

次に、此処は何処なのかという事を訊く。

そして、自分は、とある事件の犯人を追っていた最中だった事などの事情を話した。

訊くところによると、彼女の名前は、露罹未有というらしい。

俺が出て来るという…あるアニメの作品が大好きで、それに関する著作物をいつも眺めている程の大ファンだとか。

彼女からしたら、俺が二次元の存在であると証明する物は、幾つもあった。

第一に、この世界には、シビュラシステムなるものは存在していないという事。

俺達が居る世界では、決して無いであろう、色々な物に機器。

自然で作られた食材等々…。

驚きは尽きなかった。

どうやら、彼女曰く、俺は異世界にトリップしてしまった、という事らしい。

異世界というより、異次元だが…。

とにかく…悩んだところで、この世界に来てしまった原因は分かる筈もなく、むしろ謎が深まるばかりで。

帰る方法も分からない為、暫くの間、彼女の世話になる事となった。

彼女自身は、「喜んで…!」とにこやかに返してきた。

世話になるといっても、特に何かをするという事ではなく。

お茶の間に座らされたと思えば…飲み物やお菓子などを出され、全く口を付けないのも失礼かと思い、少しだけ口にしてみると、何とも言えない味わいが広がって純粋に驚きの声が漏れた。

すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

その笑みがとても愛らしく、且つ成人しているであろう大人の女性らしい雰囲気も窺えて、ほんの少し胸が高鳴った気がした。

しかし、そんな感情は初めてで、何なのだろうかと胸に手を当て、考えた。

―結局、俺は帰り方が分からないままで、今日は彼女の家に泊まり込む事になったのだった。

夕食を頂き、風呂も入らせてもらい、更には寝床まで用意してもらうなど、偶々出逢ったに過ぎない俺に、彼女は何処までも優しくしてくれた。

人が好過ぎる気もしたが…ふんわりと笑いかけられれば、何も言えなかったのだった。

明日、朝になったら何か分かるだろうか…?

そう思いながら、眠りに就いた。


―…しかん…、監視官……っ!


誰かの俺を呼ぶ声が聞こえ、朧気に浮かんだ意識。

薄めがちに、瞼を開く。


「っ…、狡噛、起きろ…ッ!!」


今度は、はっきりと聞こえた声。

ハッとして目を覚まし、ガバッと勢い良く身体を起こした。


「はぁ〜…。やっと起きたか、監視官様よぉ…っ。」
「さ…、佐々山……?」
「勤務中に居眠りとは、大したご身分ですねぇ〜、狡噛監視官…?」


一瞬、何が起きているのか分からず、佐々山の顔を凝視した。

目の前にいるのは、確かに佐々山だった。

可笑しいな…。

事件の捜査中だったはずじゃ…?

周りを見渡せば、そこは、いつも自分達がいるはずの一係のオフィスだった。


「…俺は……、捜査中に頭でも打って気絶でもしていたのか…?」
「は…?寝惚けてんのか…?どうでも良いが、先日の事件の報告書、出来たから。目ぇ通しちゃもらえませんかねぇ…。」


「さっきから、何度呼びかけても起きねぇから、一発殴ってやろうかと思ったぜ?」と言われて、漸く現実世界なのかと理解した。


―…あれは、夢だったのか……。


もう彼女には逢えないのかと思うと同時に少し残念に思えた事に、よく分からない複雑な気分になる。

席を外した佐々山の他には誰も居らず、静まり返ったオフィス。

何となくで、確証など無いが…あれは、リアルに起こった事だったのではないかと思う。

何とも不思議な話だが、俺は確かに、異次元にトリップし、彼女…露罹未有と出逢ったのだ。

あの世界で過ごした事は、決して忘れられない奇妙な出来事として、俺の記憶に刻まれた事だろう…。


加筆修正日:2019.03.31

/
BACK / TOP