眼鏡なあの人
今日もギノさんの眼鏡は光っている。
日々、手入れを怠っていない証拠であろう。
先程も、レンズに指紋が付いたとか何とかで、専用の眼鏡拭きを取り出すと綺麗に磨いていた。
サイコパス色相の濁り防止とかで、実際、目も悪くないのに眼鏡を掛けているらしいが…。
リアルに目の悪い自分にしてみれば、それはイジリの対象でしかない訳なのである。
『ぎぃのさぁ〜んっ!』
「……何だ。」
『今日もその眼鏡姿、素敵ですね…っ!』
「揶揄う為に声を掛けるくらいなら、仕事しろ。」
『あっはー、照れてやんの…!』
いつものように、軽い感じで声を掛けてみる。
当然の如く、眉間に皺を寄せてこっちを見上げるギノさん。
デスクで仕事中のギノさんは、基本、機嫌が悪そうに見える。
まぁ、それは目付きのせいでもあるのだけれど…。
今日のオレは、こんな事ではめげませんよ…っ!
『もぉ〜…。ギノさんったら、素直じゃないなぁ〜?あ…もしかして、ツンデレですか?まさかのツンデレですか…!?わぁおっ!!マジすか!?ツンデレ眼鏡さん、此処に現る…!?』
「うるさいぞ露罹…っ!さっさと仕事に戻れ!!あと、俺は断じて、ツンデレなどではない…っ。」
『え…。ギノさん、ツンデレの意味知ってたんですか…?そういうの疎そうなのに…。』
「貴様…っ!馬鹿にしているのか!?」
『いえ、断じて違います。ギノさんに対する愛故に、イジっておりました…!!』
「ふざけるのも大概にしろ…っ!!」
敬礼ポーズで真面目に言ってやったら、逆に怒られた。
本心なのに…。
ちょっとだけしょんぼりとして俯いていると、とっつぁんが助け舟を出してきてくれた。
「まぁまぁ、そうカッカしなさんな、監視官。」
「征陸…。どうでも良いが、同僚として立場も先輩であると分かっているなら、ちゃんとコイツを躾ておけ…っ。仕事の邪魔だ。」
『コイツって…。オレ、一応女の子なんですけど。』
「だったら、普段からそれらしい所作をしてもらいたいものだな。」
『ぅわぁん…っ!ギノさんってば、ヒドイ……っ!!』
わ…っ!と顔を両手で覆い、わざとらしく泣き真似をする。
ギノさんからは、ただただ冷たい視線を投げかけられた。
正直、痛い…。
『うぅ…っ、ギノさんがいじめる……!!』
「人聞きの悪い言い方はやめろ。」
『ガラスのハートが砕けちゃったらどうするんですか…っ!?』
「…そもそものところ、お前の芯は、そんな事で砕ける程、柔じゃないだろ…。」
『コウちゃん、突っ込んでこないでよ…。』
「てか、ガラスのハートって…っ!(笑)」
『あのね、縢くん…?女の子は皆、繊細なんだよぅ…っ!!何か文句あんのか、ゴルァ!?』
「未有…。お前さん女なんだから、そんな荒い言葉遣いしちゃぁ、駄目だろ…?」
「全く、その通りだな。」
『とっつぁんまでぇ〜…っ!うぅっ、皆でオレをいじめるんだぁ……っ。』
ギノさんをイジっていたら、いつの間にか、自分に対する女性としての定義をイジられてしまった。
影で笑いを堪えている縢くんについては、後できっちり絞めておこうと思う…。
流石に、やられてばっかでは性に合わないので、反撃へ出る事にする。
そんな訳で、ふとした瞬間にギノさんの掛けている眼鏡をひょいっ、と取ってみた。
すると、途端に慌て出し、返せと迫ってきたギノさん。
その反応が面白くて、伸ばしてきた手から、「ほーれ、こっちだよ〜。」と眼鏡を遠ざける。
「露罹、貴様…っ!」
『おぉ〜…っ!ギノさんの眼鏡、スタイリッシュで格好良いですね…!!』
「良いから、返せ…っ!!」
『何でそんなに慌ててるんですか……?』
「早く返せと言ってるんだ…っっっ!!」
手元にある眼鏡を奪おうと掴み掛かって来るものの、それをものともせずに、ひらりと躱す。
試しに、自分が掛けていた眼鏡をギノさんへと掛けてあげた。
「な…っ!?い、いきなり、何を……っ!」
『どうです…?本物の眼鏡を掛けた感じは。』
「ッ……、これ…っ、本物の度入りじゃないか…!!」
『そりゃそうですよ。オレ、リアルに目悪いですもん。』
「貴様は…いつもこんなものを掛けていたのか…っ?」
度の入った眼鏡に驚き、頭をぐらつかせるギノさん。
…とは言っても、大した度数は入っていないと思うのだが。
まぁ、慣れぬ人が掛ければ、そうなるのか。
今の世の中では、本物の度入り眼鏡はレアで珍しいようだし。
「…露罹。お前は、今、眼鏡を掛けていないが…その状態で見えているのか…?」
『う〜ん…。見えない事はないんですけど〜…かなぁりぼやけてるんで、めっちゃ不便ですね。』
「そうなのか…?」
『はい。裸眼で見るなら、たぶん、こんくらいの距離にならないと…。』
「…ッ!?ち、近いぞっ!!もっ、もう少し離れろ…っ!」
『あ、いや…分かりやすく証明したつもりだったんですけど…。』
よく見えていないのを証明する為、思いっ切りギノさんに近寄ると、盛大に慌てて身を引かれた。
ぼやけた視界で間近に見えた顔は、何だか赤く染まっているように見えた。
…純粋ですなぁ〜…。
内心、そんな感じでにやけていると、ふと手元に持っていたギノさんの眼鏡を思い出す。
どうしようかと考え、その結果、適当に自分に掛けてみる事にした。
『…じゃ〜んっ!……どう?似合う?』
「おぉ〜…。なかなか良いんじゃないか?未有。」
『本当、とっつぁん…?』
「ん…。あたしは、いつもの眼鏡の方が未有らしくて良いと思うけど…。」
「まぁまぁってとこだろ…。なぁ、ギノ?」
「………ん?あ、あぁ…。そう、だな…。」
「あっれぇ〜…?もしかしてギノさん、つゆりんに見惚れちゃったぁ…?」
度入りの眼鏡が余程キツかったのか…。
すぐに外したギノさんは、オレの方を見ると、急に動きを止めた。
どうしたのだろうか…?
もしや…思考停止する程、似合わなかったのだろうか。
そんな風に思っていると、未だに固まっているギノさんを心配して、朱ちゃんが声を掛けた。
「あ、あの…宜野座さん?どうかしましたか…?」
「……ッ!…な、何でもない…っ。気にするな。」
「え…っ?で、でも…。」
「っ!何でもないと言っているだろう…ッ!!」
「ぅあ…っ!?は、はいっ!すみません……っっっ!!」
突然、声を荒げられた事に吃驚して身を縮こまらせる朱ちゃん。
もっと優しくしてあげなよね〜…。
ふと、ちらりと縢くんの方を見てみると、何やらにやけた顔でギノさんを見つめていた。
…何でにやけてんの?
あー…でもコレ、絶対に怒られるぞ…。
「…おい、縢。何故、ニヤついた顔でこっちを見るんだ。」
「え…?いや、だってさぁ…。ギノさん、今のぜってぇ見惚れてたでしょ…?自分の眼鏡掛けたつゆりん可愛いなぁ〜、とか。思っちゃったんでしょ…!?素直じゃねぇな〜、ギノさんってば!やっぱツンデレじゃん。」
「はぁ…ッ!?な…っ、なな何を言い出して…っ!!」
唇を戦慄かせて全く動揺を隠し切れていないギノさんなんて、珍しい事もあるもんだなぁ〜…。
てか、縢くんがにやけてたのって…。
「縢…。」
『君って奴は、とことん残念だよ…。』
「え…。何で俺、つゆりんにまで呆れられてんの…?クニっちはいつもの事だけどさ。」
何処か冷めた視線を二人から受けた縢くんは、漸く大人しくなったよう…。
そろそろ、ギノさんイジリもこの辺で止めておくか…。
そう思い、掛けていたギノさんの眼鏡を外した。
『はい、ギノさん。眼鏡お借りしましたぁ〜。』
「ん?あ、あぁ…。」
『う〜ん…。でも、ギノさんって…。』
「な、何なんだ、今度は…っ。」
自分の眼鏡と交換するように手渡しながら、ギノさんの綺麗に整った顔を見つめる。
『…眼鏡掛けてない方が、何か自然な感じで良いですね…っ!』
「………ッッッ!!?」
『格好良くて素敵ですし、何より…切れ長な目に、凄く惹かれちゃいます…っ!!』
そう思った事をそのまま口にしたら、ギノさんが完全にフリーズしてしまった。
「はっはっは…っ!!こりゃあ、やられちまったなぁ?伸元…っ!」
「露罹さん……っ。」
「出たよ天然爆弾発言…。あーあ、天然って怖ぇよなぁー…。」
ギノさんが動かなくなった事を不思議に思い、周りを見渡せば。
何故かとっつぁんには楽しそうに笑われていて、朱ちゃんと縢くんからは複雑そうな顔で見つめられていた。
『……オレ、何か変な事言った…?』
「あーっ!もう…!!つゆりんってば、どんだけ無自覚なのよ!?」
「恐ろしい子ね…。」
「ギノ。おいっ、しっかりしろ。」
「あれま。ギノさん、立ったまんま気絶してやんの。」
『え?』
縢くんに言われて、今の今まで外していた眼鏡を改めて掛けて見てみると、本当に気絶していた。
…えー…?
オレ、そんなにショッキングな事言ったかなぁ…。
目が覚めたら、ちゃんと謝りに行こう。
ギノさんはその後、コウちゃんによって、志恩さんの所へと運ばれていきましたとさ。
↓以下、オマケ。
(俺は、断じて可愛いなどとは思っていない…!思ってなんてないからな…っ!?普段の眼鏡姿より、歳相応で似合ってるとか…。俺の眼鏡をアイツが掛けた事とか…そ、そんな事……ッッッ!!)
「…………ギノ…。目が覚めたと聞いたから、様子を見に来たんだが…どうした?そんな怖い顔して。」
「ッ…!!?こ、狡噛…!!い、いいつから其処に……っ!?」
「お前が怖い顔して、ぶつぶつと独り言を言ってる時からだよ。まぁ、何て呟いていたとかは誰にも言わないし、聞かなかった事にしておいてやるから、安心しろ。俺は縢じゃないからな…。」
「………口に、出していたのか…?」
「バッチリ。それも、全部な。」
「ッッッ〜〜〜!!!??」
彼女の知らぬ間に、宜野座氏は、別の意味で体調を崩して寝込んだとさ。
「お…っ?ギノさんは、まだのご様子…?やっりぃ!遅刻じゃない…っ!!」
『あれ……?ギノさんは…?コウちゃん、何か聞いてる…?』
「いや…俺は、何も。」
「ふ〜ん…。まっ、そのうち来るっしょ?」
『うん…。大丈夫かな?ギノさん…。まだ具合悪いのかなぁ…?早く好くなると良いね〜…。』
(…お前が原因の一つである、という事は、黙っておいた方が良さそうだな……。)
こんな部下を持ってるから、ギノは苦労するんだろうな…。
深々と染々心底思った狡噛氏でした。
めでたしめでたし♪
(天然無自覚は、ある意味凶器になる…というお話でした(笑)。/by:管理人)
加筆修正日:2019.03.26
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