ふと偶々逢った時に、つい腰が痛いからって年寄りくさく腰を叩きながら立ち上がったら、其れを見ていたナナミンから不躾に「貴女、今歳幾つでしたっけ?」と訊かれた。
其れに対して、私は本当の事は言わずにはぐらかそうと誤魔化すつもりで軽口を叩いて返す。
『そうやって簡単に女性に年齢訊こうとするのはタブーだよ、ナナミン?』
しかし、そういう回りくどい言い方を嫌う彼から、「今そういうの必要無いですから。」とはっきりズバッと圧し切られた。
本当この後輩容赦無い。
『私の今の歳が二十代半ばから後半に差し掛かってる事くらい、後輩だった君なら知ってるでしょ…?一つか二つ程度しか変わんないんだから。』
「なら、まだ十分にお若い筈ですよね。何故暫く見ない内にそんなに老け込まれてるんです?」
『いやぁ〜、最近任務立て続けにあったからちょっと疲れてんのと寝不足気味なんだよねぇ〜…っ。其れで躰あちこち軋んじゃって!十代の頃は此れくらい忙しくても平気だった気がすんだけど…やっぱ年齢には敵わないって事なのかな?老いとは恐ろしいもんだね。』
「いえ、貴女まだ二十代ですからね。――して、本当のところは…?何なんですか?」
やはり鋭い観察眼をお持ちのこの後輩には薄っぺらい嘘など通用しなかったか。
たぶん、このままはぐらかして適当に話を逸らして逃げようにも彼の事だ、はっきり述べるまで逃がしてくれる事など無いだろう。
諦めて本当の事を白状する為に、諸手を上げて降参の意を示し口を割る事にした。
『…えっと、本当の事白状したら、女の子の日が来ちゃったり何たりが原因で少々不調気味なだけでしてね……っ。忙しさが理由で寝不足なのとあんまりちゃんと休めてないってのはマジで本当で嘘じゃないよ?』
「……………失礼致しました。」
『いや…逆に謝らないでよ。変に恥ずかしくなってくるじゃん…っ。この歳で今更生理如きで恥ずかしがる歳でも無いけども。』
「…いえ、流石の今のは完全に此方の失言でした。私とした事が、デリケートな話題にも関わらず思い至らずにずけずけと訊いてしまいましたからね。素直に謝罪しましょう。不快な思いをさせてしまってすみませんでした。」
『いや、別に良いけどね。ただ其れ等のせいで腰が痛いってなだけの話だから。そんな気ぃ遣わなくても良いよ。』
珍しくやけに私への気遣いの姿勢を見せる彼にそう告げると、心の底から滲み出た様な感情を溜め息と共に乗せて吐き出してきた。
「……女性の身は大変そうですね。」
『まぁねー。だから女の子には優しくしてあげなきゃダメなのよって昔から言われる理由、分かったでしょ?』
「そうですね。身近な女性と言ったら貴女くらいしか居ませんでしたから…もう少し丁重に扱ってあげるべきでしたね。」
『はれ…っ?私、今そんな話してたっけ?』
あっけらかんとしていた際の急な話の転換に「うん?」と頭を捻っていたら、また更に訳が分かんなくなる事を問われた。
「つかぬ事を伺いますが…狗尾さん、この後のご予定は?」
『え、今日はもう仕事終わったから此れから自宅の方まで直帰しようかと思ってたけど…其れがどうかした?というか、さっきから色々と急にどうした…?』
「では、私が貴女を家まで送って差し上げましょう。外に車を停めてあります。行きましょうか。」
『いや人の話聞こうよ…って、え。ち、ちょっと待ってよナナミン…!話が急過ぎて付いて行けな…っ、』
てんで話が噛み合ってないと気付いた時には強引気味に腕を引っ張られていて戸惑い、彼を引き留める為に声をかけた。
しかし、彼は相変わらず此方の言葉に耳を貸さずに歩を進めるのだった。
「腰の痛みを気にされているんでしたらご心配無く。私がしっかりと支えて車のところまでエスコートして差し上げますから。狗尾さんは無理せず躰の力を抜いて私に身を委ねていてください。」
『いやだからそんな事でもないってば、ふぁ…っ!?』
そんなこんな言い募ってみるも、結局そのままナナミンに腰を支えられ(半分抱かれ)ながら駐車スペースまで連れてこられた。
ついでに助手席のドアまで丁寧に開けて案内してくれるから、何か言うタイミングも逃してナチュラルに発車される車。
―いやいや…っ、そもそも何なのよこの急展開は。
訳わかめ過ぎて頭何も考えられん様になるわ。
そんな感じでひたすら混乱して無言を貫き通してたら、徐に口を開いた彼から思わぬお言葉を頂いた。
「……生涯自分が守りたいと思う女性の身を案じる事はいけませんか。」
突然の告白に脳内宇宙しか広がらなかった。
此れぞまさにスペースキャット状態というヤツである。
完全に理解追い付かなくてそのまた無言を貫き通してたら、「私の話聞いてましたか?」と常と変わらぬ口調で淡々と問われた。
いや、だから、いきなりの事過ぎて意味分かんないんだっての。
取り敢えず、今口を開いても何も言えなさそうだったからそんな意を込めた視線を運転中の彼へと投げる。
すると、信号が赤信号となった途端に此方へ真っ直ぐとサングラス越しに熱い視線を向けてきたので押し黙るしかなかった。
「…まぁ、私もつくづくそういった事には疎いですので、過去今までにあまり直接的な言い方はしてきませんでした。――が、今は互いに良い歳になったという事もありましたし、一思いに言ってしまおうかと思いまして口にした次第です。別に、貴女からの返事を期待している訳ではありませんので、お構い無く。」
『―へぇ………ナナミン、私の事好きだったんだ…?全っ然気付かなかったし知らなかったや…。』
「言いませんでしたし、気付かせもしませんでしたからね。」
『ふぅん…。仮に、私が今の率直な気持ちと感想を返してあげようか?って言ったら…聞くの?』
「もし、すぐにお聞かせ願えるのでしたら、是非とも聞きたいところですね。」
信号が青に切り替わって、再び走り出した車に外の景色が流れ行く。
意味深な空気を滲ませて言ったのに、其れを物ともせずに受けて立つという気らしい彼に少し意外だなと思いつつ純粋に驚いて目を瞬かせていたら、暗に言葉の先を促された。
「其れで…結局何方なんですか?応える気があるんですか、無いんですか。不必要に焦らす事だけはしないでもらいたいですね。私も戯びや冗談のつもりで言った訳ではないので。…敢えて先に言っておきますと、先の発言は言葉そのままの意味ですから。私は本気で貴女を好いているとだけはお伝えしておきますよ。」
今の今までそんな素振り一度も見せる事の無かった男からの発言とは思えず、やはりまだ現実の事とは信じられない心地であった。
しかし、先程言い放ってしまった言葉を今更取り消す事も出来ない為、彼のお望み通りに応えてやるのだった。
『……私…、今まで恋愛経験なんて一度たりとも無かったけど、ナナミンの事は別に嫌いではなかったよ。かといって特別好きだったかと言われたらそうでもないけど。………だから、まぁ、その…こんな私でも良いのなら、付き合うというか、貰って頂けたら嬉しいですけど…?』
「……そうですか…。――でしたら、今から向かう行き先を変更しても宜しいでしょうか?」
『へ?…あー、其れは全然構わないけど…ちなみに何処へ向かうか訊いても?』
「当初の目的なら、このまま真っ直ぐ貴女の家まで送るだけの予定でしたが…今の貴女の返事を聞いて変更する事にしました。」
『…うん……、で…?此れから何処に向かうのかな?』
一拍間を置いた後、次に彼はこう口にするのだ。
「―私が送り狼となるご許可を頂けるのでしたら…行き先を私の自宅へと変更しても宜しいですよね。」
つまりは、“このままお持ち帰り(暫定)しますからね”と暗に滲ませた発言であった。
既に断定的な言い方からして、其れ以外の選択肢など初めから用意していないという事なのだろう。
本当、いつの間にこんなに好かれていたのかね。
ただの可愛い後輩とばかりに思っていた男が、いつの間にやら立派な大人の男性へと変わっていたらしい。
つくづく私は疎い女である。
『ところで…せっかくの空気ぶち壊す事言うけど、私、今生理中だからエッチなんて出来ないからね?』
「その点についてはご心配無く…今日はそのような事に及ぶ気は一切ありませんでしたから。」
『え?じゃあ何でわざわざ行き先ナナミン家に変更したのよ…?』
「ただでさえ躰を労りもせず無理ばかりする貴女をしっかり休ませる為ですが、何か。」
『Oh…ッ、何処までも紳士かよお前……、思った以上に出来た男過ぎて惚れるわ…っ!』
「そうでないと私が困るんですがね。」
溜め息を吐く彼だったが、その無表情そうに見える口端が少しばかり上向いているのを見て、“嗚呼…彼は本当に私に惚れてくれていたんだな。”と改めて思い知るのだった。
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執筆日:2020.12.01