昔懐かしの思ひ出に浸る


「虎杖君、私は教職ではないので先生と呼ぶのは止めてください。」
「じゃあ、ナナミン!」
「張っ倒しますよ。」


久し振りに耳にする呼び名だと思ってしまった。

久しく逢っていない同僚であり先輩の顔を思い浮かべながらそう思う。

彼女は今どうしているのだろうか。

こんな生きるか死ぬか常に危険が付き纏う職場だ。

今もこの世に生きていてご健在であるかは不明だ。

何せ、ここ数年逢っていないからである。

互いに過ごしていた環境も異なれば、生きていた世界も異なる。

一人の生徒が偶然にも口にした呼び方に、嘗ての記憶に暫し想いを馳せた。


―アレは、まだ自分が学生であった頃…呪術高専に入学して日の浅い、呪術師としても未熟であった時の事だ。

心底嫌だと思う先輩に絡まれていたところを助けられ、難を逃れてホッと安堵していたところに、助け船を出してくれた張本人の彼女が言ったのだ。


『君…新入生でしょ?見ない顔だもん。たぶん初めましてだよね。私は狗尾莎草、呪術高専二年。一学年上の先輩になるけど、此れからちょくちょく顔合わせるだろうし、任務一緒になるかもしれないから宜しくね。…君の名前は何て言うの?良かったら教えてくれないかな。』
「…七海建人です。初めまして、宜しくお願い致します、先輩。」
『おぉ、君なかなかにちゃんとしてる子だね…!呪術師は変わり者が多いから安心した!とりま、此れから親しみを込めて“ナナミン”って呼んでも良い?』
「は?」
『んで、話変えるけど…さっきの人に絡まれたら、程々に相手すんのも面倒だったら遠慮無く無視るなり振り払うなりして良いからね?あの人、大概何時もふざけてるから。』
「…はぁ、」
『五条先輩、半端なく滅茶苦茶強いのは良いんだけど、人としてちょっと頭イカれてるっていうか何というか…とにかく色々と面倒な人なんだよね。先輩としても呪術師としても物凄く頼りがいがあるし、信頼はしてるんだけどなぁ〜……っ。癖強過ぎて手に負えないっつーか、ぶっちゃけ尊敬はしてない人だな!』


逢っていきなり渾名付けてくるし、当時まだ同じく学生であった五条さんの事を堂々とぶっちゃけてくる様なよく分からない人という印象が強かった人。

其れでも、五条さんとは違ってまともな人種の人であったし、尊敬の出来る人であった。

一度、呪術師の世界から離れた身の自分とは異なり、呪術高専を卒業してからもずっとこの世界に身を置いている筈の彼女は…今どうしているのだろうか。

短い懐古の回想を終えて、現実へと意識を戻す。

今はそんな事をしている余裕も暇も無いのであった。

意識を切り替えて、己が遣るべき事へと足を向けるのだった。


―一時、間を空けて再び彼の少年と向き合った際に、ふとぽつりと小さな話を零した。


「そういえば…君にそのふざけた呼び名で呼ばれる前に、君と同じ様にそう私を呼んできた人が一人だけ居ました。」
「え…っ、そうだったん?」
「えぇ…故に、“ナナミン”とその名で呼ばれるのは初めての事ではありませんでした。…不本意ながらですが。」
「へぇ〜。その人も俺達と同じ呪術師とかだったりするの?もしかすると、知らない内に逢ってたとか、今後逢うかもしれない人?」
「今も変わらずこの業界に身を置いているならば…ですかね。或いは、まだ今もこの世に生きているならばの話になりますよ。…ここ数年、一度として顔を合わせていませんし、彼女についての話を聞く機会もありませんでしたから、詳細は知りません。」
「あ…そうなんだ。っていうか、その人女の人だったの?」
「私が今の君と同じくまだ子供の頃…呪術高専の生徒であった時の一学年上の先輩です。名前は狗尾莎草さん。呪術師としての階級は、私と同じ一級クラス。彼女もあの五条さんの後輩にあたるので、私と似た様な立場になりますね。」
「マジか…。狗尾さんかぁ…初めて聞く名前だから、たぶんまだ逢った事ないわ。」
「今もご健在で呪術師を続けられているのでしたら、その内逢う事もあるでしょう。呪術師の数は限られてますから。」


どうして今になって彼女についての話題を出すに至ったのか、自分でも不思議でならない。

別段、彼と関わりがある話でもないのに。

ただ強いて言うなれば、彼が口にした自分への呼び名が切っ掛けになったに過ぎないだろう。

不意に、共に行動する予定だった伊地知君の携帯に連絡が入り、応答に出る。

すると、急遽慌てた様子で通話を切ったかと思えば、此方に頭を下げてきた。


「どうしましたか?」
「すみません…っ、急ぎ迎えの車を用意しろとの指示が来まして…!」
「其れ、もしかして五条先生からだった?」
「あ、はい…っ。ですが、今から迎えに行く人は五条さん本人ではないとの事です。誰の事かは説明されずに、ただ行き先と待ち合わせ場所を指定されただけでしたので、詳しい事は何も分かりませんが…。まぁ、何時もの事です。虎杖君は気にしないでくださいね。」


困惑した様子で言う伊地知君に、何時もの事ながら不憫な扱いを受けているな…、と心の中で思い同情した。

後輩を平気で足に使いまくる五条さんには呆れの感情しか抱かなかったが。

しかし、其れにしても一体誰の迎えに彼を差し向けたのか、気にならないとは言わない。

かといってわざわざ自分が追及する事でもない為、私情は慎んだ。


「…まぁ、私達の方はそう急ぐ事ではありませんので、其方の方を優先してくださって構いませんよ。私達は貴方が戻るまで此処で待っていますから。」
「本当にすみません…!では、少々失礼させて頂きますね…っ。」


一先ず、急ぐ伊地知君を見送り、私達は彼が戻るまで此処呪術高専にて待つ事にした。


「伊地知さん、毎度何か色々と呼び出されてて大変そうだなぁ〜。」
「彼の人使いの荒さには最早慣れたものです…。」


そうして、待っている事数十分…。

数刻待つ事にはならぬ内に此方へ向かってくる足音が聞こえて、内心思ったよりも早かったな、なんて事を思い、部屋の入口付近に目を向ける。


「どうやら、向こうの用事は早く済んだ様です。伊地知君が戻ってきたら、私達も出掛けますよ。」
「おっす…!」


足を組んで腰掛けていた椅子から立ち上がり、隣に居た虎杖君を促す。

自販機で買ったジュースを飲み干した彼が立ち上がったのと同時に、部屋の入口である扉が勢い良く開け放たれた。

そして、予想していた人物とは違う人物が顔を見せて口を開く。


『―ちょっと、遠方出張先から無理矢理呼び戻すの止めてって何度も言いましたよね!!いい加減にしてくんないとこっちも本気で怒りますよ、上に言い付けますよ、良いんですか…ッ!?』
「え……っ、いきなり何!?と、いうか…誰?」
『あれ…っ、何でナナミンが此処に居んの?…っと、隣の子誰?知らない子だな…もしかして新入生?』
「其れは此方の台詞です…。何故貴女が此処に?」
『え?や、だって、伊地知に五条先輩の居場所訊いたら此処に居るって言われたから、ついでに文句言ってやろうと思って急ぎぶっ飛んで来たんだけど……何、此れもしかして嵌められた系?』


事を理解した瞬時、彼女の顔が思い切り顰められ、不快感を露にする。

その後ろから、呑気に明るく気軽な態度すら携えてやって来た、今回の事を企てた件の人物が手を上げて言葉を発した。


「やっ。思ったより早く着いたみたいで良かったよー。」
「…やはり貴方でしたか。」
「え?何々、何の事〜?」
『ちょっと、此れはどういう事か説明して頂けますか、センパァイ…?』
「わぁー、顔怖いよお前?せっかくの美人が台無しじゃない?不細工になっちゃうよ?」
『んな事どーでも良いんで早よ説明せんかい…っ!!』
「あははぁ〜っ、久し振りに逢ったけど元気そうで何よりだわ〜。」


このままでは埒が明かないと無言の視線を突き刺せば、其れに気付いたらしい彼が至極愉しそうに笑みを浮かべて宣った。


「いやぁ〜、何か七海が莎草の事気にしてるっぽかったのと、悠仁の件に莎草にも協力してもらおうかと思ったから僕が呼び付けたの!遠路遥々駆け付けてくれてありがとねん!」
「完全なる余計なお世話です。」
『本当にこの先輩頭クソ過ぎて腹立つわ、マジでいい加減にしろ…ッ!!』


大層ご立腹な様子の彼女に同情する。

ついでにこの件に知らず知らずの内に巻き込まれた伊地知君にも同様の念を覚えた。

そんなこんないきなりの事と彼女の登場に置いてきぼりを食らっていた虎杖君が、目を白黒させながらも気まずげに小さく挙手し、呟いた。


「えーっと…何が何だか分からんけど、取り敢えず一個訊いても良い?」
「ハイ、悠仁君…!」
「その女の人…誰なの?」


ご尤もな質問であった。

すると、先日見た(というか経験した)似た様な態度で彼女の説明をし始めた。


「此奴も僕の可愛い後輩の一人でね、狗尾莎草ちゃんって言いまぁーっす!ちなみに、七海とは違って此奴はずっとこっちの世界に身を置いてたから、色々と詳しいし其れなりに強いから、何かあったら気軽に訊いてみると良いよ。ちなみに、階級は七海と一緒で数少ない一級呪術師だし、反転術式も使えるから怪我の治療はお手の物でめっちゃ頼れる子です…!――そんで、あの子が噂の宿儺の指飲み込んじゃったっていう宿儺の器、虎杖悠仁君!現在進行形で執行猶予付きの秘匿死刑囚だけど、期待の新人呪術師です!学年は一年のつい最近入ってきたばっかの子ね〜。此れでお互いの自己紹介は終わり!此れから仲良く宜しくねん!…あ、ちなみに補足しとくけど、交流会あるまでは悠仁死んだ事になってるから、他には内密に頼むよっ。」
『諸々の事情は飲み込めましたが、先輩にちゃん付けされて呼ばれるとか率直に言ってキモいんですけど…普通に引くわー。ちゃん付けされるくらいなら、何時も通り呼び捨てされる方が百億倍マシ。あと、五条先輩の方が断然強いのにその紹介の仕方止めません?普通にイラッと来るし虫酸が走るんで。』
「うわ、思った以上にメチャクソ言ってくるじゃん。酷い。」
「何か凄い既視感なんだけど…確か、先日のナナミンも似た様な事言ってなかったっけ?」
「当然の事でしょうね。」
「七海が庇ってくれない…っ。」
「何のメリットも無いのに、どうして私が貴方を庇うと思ったんですか?嫌ですよ。ぶっちゃけクソ面倒且つどうでも良いです。」
『ザマァねぇな(笑)。』
「え、ちょっと僕泣いて良い?あまりにも後輩達が冷た過ぎて悲しくなってきたんだけど。」
「逆に五条先生が泣いてるとことか見てみたい感じするわ。」
「悠仁まで僕を裏切るの…?酷くない?ねぇ。」
「知りませんよ。ご自分の胸に手を当ててよくよく考えてみたら良いんじゃないですか?」


鬱陶しく絡んでくる前に言葉で突き落とせば、部屋の隅へ移動し座り込んで泣き真似をする始末。

もう本気で面倒くさくてウザい。

あの虎杖君でさえも微妙な顔をして引いているのだからよっぽどである。

一先ず、彼の事は置いておき、久方振りに逢った彼女へと挨拶を述べた。


「暫く振りですが…お元気そうで何よりです、狗尾さん。」
『ふふふ…っ、そっちもね。思ったよりも変わらなそうで安心したわ。』
「初めて逢った人だけど、何かこの人なら尊敬出来るかもって思うのは分かる気がするなぁ〜。」
『あら、嬉しい。そんな風に言ってくれるの、ナナミンくらいだったから、虎杖君で二人目かしら。今の口振りからするに、私の事少なからず聞いてたみたいだけど…何話したの?』
「ちょっとした程度の事です。大した話はしていませんよ。」
「取り敢えず、何か此れからお世話になるみたいなんで、宜しくお願いしますわ…!」
『んっ、此方こそ宜しくね、虎杖君!』


最終的に五条さんの存在は空気と化していたが、この際もう無視って放置して行ってしまおうと思った。

後で何かグチグチと色々と絡んでくる可能性は高かったが、其れも全て無視すれば済む話である。

最悪逃げれば勝ち、其れでもしつこければ、何時ぞやの際みたいに狗尾さんが庇ってくれるだろうと信じてその場を後にして行くのだった。


AFTERWORD

執筆日:2020.12.01

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