起きて寮の部屋を出て歩いていたら、通りすがりに後輩の悠仁と逢った。
コンビニ帰りかな、片手に小さなビニール袋を持っている。
ぱっと目に付いた限りの事から分析するみたく観察していたら、悠仁の方から声をかけてきた。
「あ、オッス莎草さん!…って、あれ、どしたの?首んとこなんか押さえて。凝ってんの?凝りなら俺が解してあげよっか?」
『いや、凝ってるだけならまだ良かった。けど、コレ違うの。首攣ったの。』
「は?」
『普通驚くよね。私も驚いたもん。しかも、たぶんコレ筋やらかしたっぽくて地味に痛い。』
「何してたらそんなとこ攣るの…?」
『知らん。今しがた寝起きたらこうなってた。』
「え。…って事は今までずっと寝てたの?もう昼だよ?」
『昨日夜遅くまで任務だったし、こっち帰ってきたのも深夜だったからしゃーなかろ。つーか、そんな事よりコレどうにかなんない?マジで地味に辛いんだけど。』
「しかも現在進行形で攣ってんのかよ。…うーん、凝りとかなら俺でも治せそうだなって思ったけど…筋肉の攣りはなぁ〜。……うん、悪いけど御免、力になれなさそう。」
『そっかぁー…マジでどうすっかなコレ…。下手に動かそうものならビーンッて張って痛ぇし…湿布貼れば治るかな?』
「其れか、血行良くすれば自然と善くなるんじゃね?ほら、筋肉が攣ったりすんのって、血行が悪かったりして筋肉が強張ってたりすんのが原因って聞くし。」
『あ゙〜…もしかしたらそっちが原因かも…。最近めっきり寒くなっちゃったしさ。そのせいで寒くて筋肉縮こまっちゃってんのかも。あとは単なる疲労が溜まってるだけか…?』
「そういや莎草さん、最近忙しそうにしてるもんね。全部任務で埋まってた系?」
『Yes、その通りネ。』
「うわ、ツラ…ッ。そりゃ首攣ったりもするわ。御愁傷様…っ。」
『本当にね。学年上がると忙しさ増すのは必然だけども、ちょっとは此方の身も労って欲しいって思う時あるよね。…ぅ゙っ、悠仁の方見ようとするだけでもつっら……ッ。ただの寝違えの方がマシとかって何…?』
「無理してまで俺と視線合わせようとしてくれなくて良いって…!」
『いや、人と話してる時はつい相手側見てないと何か気になるっつーか、失礼な気がして…。癖かな?』
「…莎草さんって偶に変に凄ぇ真面目になる事あるよな。」
『おい、そりゃどういう意味だ。イッテ…!』
「だから無理すんなって…。」
あいたたた…っ、と呟きながら攣った首の左側ら辺に触れるもどうにもならない。
此れは、硝子さんとこにお世話になりに行くしかないかな…つって、運良く硝子さん居れば良いけど。
行って居なくて無駄足になっても嫌だし、連絡入れてから行ってみっかなぁ。
そうこう明後日な方向(というか斜め上の宙か天井?)を見ながら考え、服のポケットを漁くって携帯を取り出そうとしていたら、不意に距離を詰めてきた後輩に一瞬虚を突かれた。
「ねぇ、さっきは無理かもって言ったけど…ソレ、よくよく考えたら俺治せるかもしんない。」
『え…っ?マジで?』
「うん。ちょっとコレ持ってて。」
そう言って渡されたコンビニ袋を言われるままに受け取り、きょとんと不思議そうに悠仁の事を見つめる。
何をどうやってこの状況を治してくれると言うのだろう…?
ぱちくりと瞬きしながら見つめていたら、悠仁が「攣ってるとこ、ちょっと触って確かめてみたいから、手退けて。…と、今更だけど莎草さんの首、直接触るけど良い?」と一言断りを入れてきたので、其れに頷き許可する。
すると、彼の大きくゴツゴツとした手が無防備な首へと伸びてきて、攣って張って痛む患部をさわり、と軽く撫ぜられた。
慣れない感覚に、少しだけザワリと胸の内がざわついて波立つ。
ついでに、変な感覚も襲ってきそうで、つい鳥肌が立ちそうになるのを抑え付ける様に要らぬ力が入ってしまった。
そしたら、悠仁の方から何気無い感じで言葉が落とされた。
「あ…やっぱり莎草さん、何もしてなくても肩とかに変に力入り過ぎてるわ。だから攣ったりしたんじゃない?さっきから何となく観察して見てたんだけどさ。莎草さん、無意識に躰に力入ってて全然リラックス出来てないよ?」
『え、嘘。全然気付かんかった…。そんな力入ってる風に見えてた?』
「うん。今、俺が触った瞬間のは、たぶん緊張しての事だって分かるから良いけど…普段から緊張状態が続いてりゃ、そりゃ攣ったり何たりしても可笑しくないって。特に今の季節冬で寒いのもあって余計に筋肉縮こまるだろうしね。」
『はぁ…、もしかして其れが今回の原因か…?』
「たぶんそうじゃね?ちょっと意識して躰の力抜いてみてよ。」
『お、おぅ…分かった、やってみる…っ。』
促されるまま、気を落ち着ける為に深呼吸をしながら躰の力を抜いてみた。
自然といつの間にか入っていたらしい肩の辺りの力も抜けていく。
其処へ、攣って張っていた箇所を伸ばす様に解す様に悠仁の手が触れた。
その温かな温度に絆されるみたいに徐々に首周辺に入っていた無駄な力も抜けていく。
あ…コレ、何か凄いな。
軽く患部を揉んで血流を促す様に筋肉の凝りを解してくれる悠仁の手付きに、自然と気持ち良くなってきてフニャリと緩む。
「どう…?まだ痛む?」
『んーん、もうだいぶ平気になってきた…。さっきまであんなに痛かったのに、嘘みたいに和らいだわ。』
「なら、良かった。まだ痛そうならもう少し凝り解そうかなって思ってたけど…この分なら必要無さそう?」
『ん〜…でも、まだ微妙に突っ張ってて地味にまた攣りそうで怖いから、もうちょっと頼んでも良い?つか、悠仁の手付き上手過ぎてマジやべぇんだけど。マッサージまでお手の物とかどんだけスペック高いの?お前。軽率にも惚れそうなんだけど、どうしてくれる。』
「マッサージ続けんのは別に構わねぇけどさぁ、ソレ理由に惚れられんのもちょっと困る…。どう反応返して良いか分かんなくなるから。」
『御免。惚れる云々については冗談だから本気にすんな。』
「其れは其れで何か複雑なんだけど…まぁいっか。」
強過ぎず弱過ぎず絶妙な力加減でもって解される首から肩付近に、「あ〜極楽じゃあ〜…。」と年寄りくさい感想を抱いていると、不意に目の前にあった顔が少しだけ変に歪められた後、急に手を止めて明後日の方向へと逸らされた。
何だ何だ、どうした急に。
訳が分からなくて頭上に沢山の疑問符を浮かべていれば、何故か仄かに顔を赤らめた悠仁が気まずそうに目を逸らしながら呟いてきた。
「御免…すっげぇ申し訳ないんだけど、ちょっとその顔今すぐどうにかしてくれる…?」
『ふぁ…?顔?……え、何、今私そんなやばい顔してた…?』
「いや、まぁ、やばいっちゃーやばいけど…その、何っつーのかな…ちょっと他の人に見せるには憚られる感じの顔してたよ……っ。」
『え、何ソレ、どういう事?もうちょいはっきりと教えてよ…!こう、具体的に!』
「え゙ぇ゙…っ!?わざわざ訊くの!?え゙ー、うーん…聞いて後悔しない?」
『聞かん方がよく分からん過ぎて不安になるから教えてください、頼む。』
「ゔーん……っ、じゃあ正直に教えるけどさぁ…マジで後悔しても知らないかんね?」
『良いから早よう…!』
先を急かして促せば、渋々といった口調で彼は口を割ってくれた。
だが、その口から零された事実は予想だにしない事であった。
「…さっきの莎草さん…率直に言ってだいぶやばかったっつったのはさ、その…何か蕩けた顔してたから、見る人によっちゃあ色々と不味いっつーか、ぶっちゃけ誘ってる風にしか見えない顔してたから……!見るに堪えなくなって思わず…。」
『………………Really??』
「何で急に英語…?」
『スマン…衝撃的過ぎる回答に思わず日本語がどっか行ったわ。マジかよ、嘘だろ、完全無意識だったんだけどどうしよう…っ。え、思わず目逸らす程そんなやばかったん?』
「ゔ…っ、改めて訊かれると…えと、ソウッスネ…。」
『思わず片言で答えちゃうくらいにはやばかったという事だな、うん分かった…っ!でも、何の解決の仕様も無いわ、詰んだな、乙…ッ!!』
急に態度を変えた後輩に申し訳なく思いながら今の現状を暴露すると、改めて目の前の後輩は謝ってきた。
たぶん、本気でさっきのやばかったんだろうな。
めっちゃ顔赤くして気まずそうにしてるから。
年頃の男の子なのに、こんな女の飛んでもないとこ見せてすまんな…!
流石にこの状況で続きを頼むのも憚られて、私は素直に身を引き、手に持たされていた彼のコンビニ袋を返した。
そして、彼の為にもさっさとこの場から去ってやろう。
そう思って如何にもな作り笑顔を顔面に張り付けて脱兎の如く逃走を謀ろうと駆け出した。
―が、寸でで彼に肩を掴まれて引き留められる。
先輩の見たくもないもん見せられて引いただろうに、まだ何かあるのかと引き留めた本人の顔を見遣ると、恥ずかしさの残る年相応の少年の顔が必死な様子で此方を見据えていた。
「さっきの…!別に、引いたとか嫌いになったとかじゃないから、誤解しないで欲しいんだけど…っ。」
『…でも、確実にコイツァやべぇやと思うくらいには引いたのは事実っしょ?』
「いや…実際は引いたんじゃなくて、莎草さんの為にちょっと身を引いたってだけで、莎草さんの事自体を拒絶した訳じゃないよ。」
『え…どういう事?この際、誤魔化しとか要らないからはっきり言えよ。』
直球で問うと、ただでさえ赤みのあった顔を更に赤くして彼は答えた。
「あーもう…っ!自分の事自制する為だったって言えば分かる!?さっきの莎草さん見ててエロい事考えそうになったの!!そんで勢い余って手ぇ出しちゃって嫌われたくもなかったから止めたの!!此れでOK!?」
『………マジで?』
「マジだってば…!!俺、莎草さんの事、そういう意味も含めて好きだからさ……だから、その、さっきのでつい煽られちゃったと言いますか…率直に言って勃ちそうになったんだよね………其れで、思わず。」
『………Really?』
「うん…全部本当。あーもう、最悪…っ。今の俺超絶格好悪いじゃん…しかも勢いで告っちゃったけど、もうちょいちゃんとした時にちゃんと告りたかったわ…。凄ぇ余裕無さ過ぎでしょ、俺……ショックで何か泣きそう。」
まさかの展開に開いた口が塞がらなくて何もコメントが出来ない。
そんな間に、今しがた告白ぶっちゃけてくれた後輩は何でか落ち込み打ちひしがれていた。
いや、何でお前がショック受け取るん…?
今ので衝撃受けるの、私の方だったろ。
そう思って未だ肩を掴んだままだった悠仁の服の端っこを摘まんで控えめに引っ張った。
そしたら、ちょっとは回復したのか、俯けていた顔を上げて此方を向く。
“泣きそう”と言っていたのはリアルだったのか、涙目で見てきたところが可愛くてちょっと笑いそうになってしまったのは此処だけの秘密だ。
『別に、さっきの告白、嫌じゃなかったよ…?其れに、悠仁は何時も格好良いじゃん。自信持ちなよ、ハイスペックマンなスパダリ君。』
「…何ソレ。励ましのつもりなの?つか、何で莎草さんてそんなに格好良く居られんの…?俺は今凄ぇ余裕無いのにさ。」
『え…そんな余裕いっぱいそうに見える?』
「見える見える。やっぱこういう時、莎草さんて俺よか歳上なんだなぁ〜とかって思い知らされるわ。」
『へぇ…悠仁から見たらそう見えてんのね。ちょっと意外。』
「何、その言い方…まるで自分も余裕無いみたいな言い方じゃん?」
『さっきの今で余裕ある方が可笑しくない…?こう見えても私、だいぶ動揺してたから、さっき反応返すまで変な間が空いたんだけど…?此処まで言っても信用ならない?』
実際のところ、内心じゃ凄いテンパってるどころか色々とカオスな勢いで荒ぶってた。
だけど、先輩というプライドから其れを押し隠して懸命に先輩らしく在ろうと努めた。
でも、やっぱり恥ずかしさから来る赤みは防げなくて、顔に熱が集中してくる。
私の返しに、更に顔を赤くして口許を押さえた悠仁が咄嗟に顔を背けて唸る様に告げた。
「…さっきからずっと思ってたけど、莎草さんの其れ、ずりぃから…ッ。今その反応はマジでやばいから止めてくんない?」
『え、どうやばいのかが分からんのだが…??』
「だから、その赤くなった顔+潤んだ目で上目遣いに服掴んできてるとこ………はっきし言って、今手ぇ出されても文句言えないよ?莎草さん。」
背けていた癖に、男の子としてのプライドか、キッと鋭く射抜いてきた彼の瞳には分かりやすく情欲に揺らぐ色が見てとれた。
其れに私はクスリ、と微笑んで、不敵に言い返してやった。
『私に対しての遠慮とか今更じゃないの…?』
「え…其れって、つまり…、」
『出せるもんなら出してみれば良いじゃん。悠仁も健全たる男の子っつーのは分かり切ってる事なんだからさ。今更んな事でとやかく言ったりしないっつの。』
赤くなるのは条件反射だ。
慣れない事だからこその反応。
其れはお互い様だった。
服を掴んでいた私の手を取った悠仁がグッと感情を堪えた顔で私の手を握ってきた。
「今の…莎草さんも俺の事好きなんだって解釈して良いならさ、…キス、しても良い?」
『…此処、一応人の往来ある場所なんだけど…まぁ、今は誰も居ないから、一回くらいならいっか。』
「本当に良いの…?」
『うん、良いよ。私、こう見えて結構前から悠仁の事好きだったし。私の事ちゃんと女の子扱いしてくれるとこ、凄い嬉しいと思ってたから。』
「…じゃあ、目瞑ってね。見つめ合いながらのキスも良いと思うけど、まだ色々と余裕無いし、恥ずかしいからさ。」
そう言って笑う彼が可愛らしくて、つい堪え切れずに「ふはっ、」という笑みが漏れてしまった。
拗ねてしまうかな。
流石に其れは申し訳なくって直ぐ様素直に謝って目を瞑れば、お咎め無く頬に手を添えてくる感触がした。
途端、“嗚呼、今からキスするんだな…。”って感覚が襲ってきて、緊張で悠仁に握られた手に力が入った。
彼の顔が近付いて鼻先に彼の吐息が掛かったところで、不意に彼が押し留まったみたいに口を開いてぽつり、とある事を零した。
「あ…っ、すっかり忘れてたけど、莎草さん今まだ首攣ってたんだったよな…?其処にキスすんのってちょっと不味くない?大丈夫?」
『…あー、そういやそうだったねぇ…。けど、今までの遣り取りですっかり忘れるくらいにはもう善くなってたみたいだから、大丈夫だよ。心配しなくてもおkおk。』
「そうなの?なら、いっか。んじゃ、気を取り直して…キス、するから目ぇ閉じて。」
『ん…。』
完全男の子からTHE・男って感じのモードになったっぽい悠仁に促されて、再び目を閉じれば、そっと優しく柔らかな感触が唇に降ってきた。
本当に触れるだけの簡単な其れは、すぐに離れていったけど、初めてのその感覚は何時までも口許に残ったし、癖になりそうな擽ったさを秘めていた。
「…どう、だった?」
『初めてだからよく分かんないんだけど…成程、此れがキスする感覚なんだなって思った。あと、癖になりそうな擽ったさ…?は気持ち良いかなって思ったわ。……うん、此れはたぶん一回だけじゃ物足りないと思っちゃえるな…やばいな、私、思ったよりも悠仁に惚れてたっぽいかも。』
「純粋に嬉しい感想ありがと…。って事は、俺、莎草さんのファーストキス貰っちゃった事になるのか。うわ、マジか…めっちゃ嬉しいんだけど。」
『逆に訊くけど、悠仁の方はどうなのよ?』
「へ?勿論、俺も初めてだし、ファーストキスだったよ。今まで誰とも付き合った事とか無かったし、当たり前じゃん。」
『そっか。じゃあ、お互いファーストキス捧げ合ったって事か。何かウケる…!』
最初首が攣った話からどうしたらこんな展開になったのか、凄まじく謎である。
だが、全く悪い気はしない。
込み上げてくる笑いに一人くふくふと含み笑んでいると、再び頬に手を宛がってきた彼が甘い雰囲気を醸し出しながら言ってくる。
「莎草さんさえ良かったらさ…二回目のキスしても良い?」
『ふふ…っ、さっきも言ったけど、此処人の往来がある場所だよ…?』
「ぅ゙…っ、御免…けど、何か今凄ぇキスしたい衝動に駆られててさ……ダメ?」
『もう…っ、悠仁ったら男の子だなぁ…そんな言い方されて断れると思う?本当、こういう場面では悠仁ってあざとくて反応に困っちゃうわ〜。』
「え…?其れって良いっていう意味での返事なの?」
『そうだよ、お馬鹿さん…っ。――せめて、誰か人が来る前までなら許したげる。』
そう返事を返して彼の服を掴んで背伸びしてやれば、意図を理解した彼の空いた片手が控えめに腰元へと回されてそっと添えられる。
そうして二人何方ともなく唇を触れ合わせれば、あっという間に雰囲気に飲まれて、啄む様な唇を触れ合わせるだけの優しいキスを繰り返した。
時折角度を変えて降ってくる優しいそのキスに、私はすっかり夢中になってしまった。
お陰で、またさっきみたいな“蕩けた顔”を晒していたのか、必死に欲を抑え込む悠仁が熱の込もった息を吐き出しながら身を離して顔を背ける。
「本っ当その顔めっちゃクるもんあって不味いから止めてってば………ッ!」
『と言われましてもなぁ…キスされて気持ち良くなってたら仕方なくない?悠仁の方も大概な顔してる自覚ある?』
「え!?俺も何かやばい顔してんの!?」
『…強いて言うなら、男の顔してるかな。』
「あ、何だ…じゃああんま気にする事無いじゃんね。」
“此奴、本気で意味分かって言ってんのか…?”と思った私は悪くない。
悠仁って、時折ピュアなのかそうじゃないのかの判断付かない反応を寄越すから困るわ。
そうこう考えていたら、全くの方向違いの話を持ち掛けてきた悠仁。
其れに、今はこんな程度でいっかと思っておく事にしよう。
「そういえばさぁ、莎草さん、起きてきたばっかのとこだったんだよね。飯は食ったの?」
『いや、此れから食いに行こうと思って出てきたとこだったのよ。』
「じゃあ、今から一緒に食いに行かね?俺も昼まだだからさ。」
『うん、良いよ。』
「よっしゃ!んじゃ、一旦コレ部屋に置いてくるから、ちょっとだけ待ってて!」
言うなり即ちょっ早の速さで駆けていった彼の背中はあっという間に小さくなる。
相変わらず足速過ぎんだろ…っ、という感想を抱くけど、何時もの事だった。
足の速い彼の戻りは思った以上に早く、寸分と経たずにすぐに戻ってきてさっきと同じ調子で私の手を取り、喋り出す。
ついでに言うとやはりだけども、今のだけでは何一つ息を乱していないのだから本当此奴の躰の作りってどうなってんだ、って思った。
「おっ待たせ!んじゃ行こっか。場所は何処が良い?何か希望あんなら言って。」
『んー…特には。悠仁の好きな所で構わないよ。』
「そう?じゃあ、この間ナナミンから聞いた美味しいパンのお店行こ…!其処、喫茶店みたいにもなってるらしくて、飲食スペースもあるんだってさ。起きたばっかの莎草さんには軽めが良いだろうし、丁度良さげなお店っしょ?」
『…悠仁ってそういうとこあるから“天然人たらし”って言われるんだよ…。』
「え?」
無自覚無意識に人をたらし込む癖のある彼にそう指摘しても、きっと理解する事は無いだろうなって諦めて、お昼に向かうお店がどんな素敵なお店か期待に胸を膨らませるのだった。
AFTERWORD
執筆日:2020.12.15
Title by:この心臓は君の形をしている
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