曖昧な関係を指す言葉、其れを飾るものを俺はもう既に知っている


『めっぐみちゃあ〜ん…っ!』
「うわっ、莎草さん!いきなり抱き付くのは止めてくださいってこの間も言いましたよね…っ!?」
『あぇ、そうだっけ?』
「そうですよ…っ。てな訳で、早く離してください。つーか、こんな往来のある場所で恥ずかしくないんですか、貴女は…。」


狗尾莎草さん。

高専でもなかなかの呪力を持ち、高レベルの呪術の使い手でもある呪術師、ついでに俺の先輩に当たる人。

任務帰りに会う以外で顔を会わせる事はほとんど無い程多忙を極めてる人らしいが、こうして機嫌が良い時は必ずと言って良い程人目も憚らず人に抱き付いてきたりする様な気儘な人だ。

要は、ちょっとした変わり者なのである。

そういった点では、五条先生と良い勝負かもしれない。

甘党であるという点も含めたら、彼と彼女はよく似ている。


「…で、今日は俺に何の用ですか?」
『任務続きで疲れちゃったから癒しを求めます…!アニマルセラピー宜しく君の玉犬なり動物の類いを思い切りモフらせてくださいっ!!』
「あの…言っときますけど、彼奴等俺のペットじゃありませんからね。従えてる式神の内の一つに過ぎないってのは百も承知の筈だと思うんですが?」
『うん、勿論知ってるけど〜何時も一緒な時点で大して変わんなくない?』
「………はぁ…っ、分かりました。分かりましたから…早く俺から退いてください。いい加減殴りますよ。」
『あ。御免、つい。』


そう言って漸く離れてくれた莎草さんは、俺が印を結ぶのを今か今かと待ち侘びた表情でにこにこと待つ。

何でこんな人に懐かれてしまったんだろうか…。

気付いたら、今の様なよく分からない関係性が築き上げられていたのだが。

掴み所の無い人であるところは、本当に五条先生その人を彷彿とさせる様だ。


「全く…偶には、顔合わすたんびに抱き付かれるこっちの身にもなってくださいね…。」
『あれ、私に抱き付かれるの嫌だった?』
「え?あ、や、別にそこまで全力で嫌って訳でもないですけど…っ、」
『じゃあ、良いじゃん。私は可愛い後輩である恵が可愛くて仕方がない。会ってついついハグしちゃうのも、謂わば愛情表現で、私なりのコミュニケーションを取ってただけ!だから、此れからも変わらず、恵の事見付けたら真っ先に抱き付きに行くね…っ!!』


この人は、明け透けなくそう言い放った。

俺と彼女との間の関係を言い表すのに当て嵌まる言葉は、ただの“先輩”と“後輩”というものだけでしかないのに。

狗尾莎草という人の思考や意図を読もうと思っても全く読めずに、すぐに諦めが来て、考える事も馬鹿らしくなってくる。

俺は彼女に乞われた通りに、影から従えている玉犬――黒犬の方を呼び出した。

もし、黒犬だけで事足りないという事になれば、脱兎や鵺も出す予定である。


「はい…どうぞ。好きなだけモフってください。」
『キャア〜ッ!モフモフ〜!!はぁん癒されるぅ〜…っ!!』


目の前に黒犬が現れるや否や思いっ切り抱き付いてわしゃわしゃと毛並みを撫で繰り回す莎草さん。

心なしか、黒犬から憂いの帯びた迷惑染みた視線を投げられた気もしないが、心の中ですまんと謝りつつ今は耐えてくれと拝んだ。


『いやぁ〜、やはり動物は癒しだね!モフモフ最高!特に、黒犬の毛並みは恵の頭撫でた時の心地にも似ててめちゃんこスッキ…!!』
「いや、ソイツは犬ですけど、俺は人間ですからね…?一緒にしないでください。」
『えぇ〜?恵の頭も凄く撫で心地良いのになぁ〜…っ。』


“恵”と俺の名を下の名前で呼ぶのは数人と限られていたが、彼女の場合、俺の名を下で呼ぶ時は頗る機嫌が良い時だけと限定されていた。

普段の調子で呼ばれる時は、大抵が上の苗字で“伏黒”呼びだった。

其れが何故かは知らない。

呼び分けされている事に気付いたのは、自分の中での記憶を分析したからであって、本人に直接問うた事ではない。

そして、敢えて訊こうとも思わない。

彼女が何を切っ掛けに俺を気に入ったのかは分からないが、今の関係性を崩すのも何だか癪で嫌だった。

曖昧な感覚で繋がっている今の関係性が、何でか不思議と不快ではなくて、寧ろ心地良さすら感じている。

きっと、彼女の方も其れは同じ。

だから俺は、特に何を言うでもなく、彼女の小さな望みを叶えてやっているのであった。


「……満足しましたか?」
『うん…っ!有難う!…満足ついでに最後、恵の頭も撫でちゃダメ…?』
「ダメです。というか嫌です。」
『え〜っ、恵の髪の毛サラッサラでめちゃくちゃ撫で心地良いのにぃ〜!』
「犬と同じ扱いしないでください。」
『ぶぅ〜っ、恵ちゃんのケチんぼ…!』
「どうとでも仰ってください…っ。任務終わったんならさっさと帰る。さっき疲れたとか言ってたのは何処の誰ですか…?ほら、何時までも道草くってないで帰りますよー。」


彼女の気が済むまでモフモフタイムを眺めたら、終わった頃を見計らって術を解き黒犬を仕舞う。

そして、自然とした流れで彼女の戯れ言を聞き流しながら手を差し伸べた。

そしたら、驚いた様にきょとん、とした顔を見せて此方を見つめ返してきた。

其れに、俺は不思議そうな顔で以て首を傾げる。

その反応に、漸く何かに得心がいったかの様に破顔した彼女が綻んだ笑みを見せて笑った。


『…うんっ!寮まで一緒に帰ろ!』


仲良しの子供がする証みたいに差し伸べた手を受け取って繋いできた彼女がご機嫌な様子で手を振る。

こうしていると、どっちが歳上で先輩か分からなくなるから面白い。


AFTERWORD

執筆日:2020.11.14

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