密かに好いていた先輩呪術師の七海さんへ、この時季独特の雰囲気に飲まれて勢いで手作りチョコを用意してしまった。
全てはバレンタインとか言うイベント事のせいだ。
何たってこの歳になってまで季節ごとのイベントに乗せられてしまったのか。
偶々、通りすがりに生徒達の盛り上がり様を見たからか。
流れからつい学生時の記憶を手繰り寄せてしまったからか。
どちらにせよ、作ってしまった物は仕方がない。
渡さずに無駄にしてしまうくらいなら、いっそ当たって砕けろ精神で潔くさっさか献上してしまった方が後腐れ無くて良いだろう。
そんな考えに至り、取り敢えず伊地知さん情報から七海さんが高専――此方へ来ると聞き、七海さんが通るだろう道半ばで待機していた。
いざ彼に渡す時になったら、どうしてこんなに緊張してくるのか。
緊張感から妙な不安感まで抱き始めてきてしまい、終いには渡そうかどうしようかすら迷い始めてしまって、一人不審に道端でうろうろと行ったり来たりしていると、不意に背後から声をかけられ、盛大にビクつき後ろを振り返った。
「―あの、どうかしましたか?」
『ひゃいっっっ!?』
「すみません。何やら思い詰めたような顔をされていたので、気になって…。そんなに驚かすつもりはなかったのですが、驚かせてしまったのは申し訳ありません。」
『な…っ、な、七海さんんん!?』
「はい、私ですが…どうかされましたか?」
誰かと思えば、まさかの今悩みの種になっていた当人に話しかけられようとは。
どうしたら良いものか。
驚きと混乱ついでに勢いで手に持っていた物を突き出すように彼へと差し出した。
『あ…っ、ああああの、こ、これ…っ!七海さんにと思って作りました…!!どうか貰ってください………っ!!』
そう告げた直後に、内心酷く後悔した。
もっと他にも渡し方も言い様もあっただろう、と。
しかも、みっともなく変にどもっちゃったし。
こんなんで七海さんに受け取って貰える訳がなかろうよ。
そう思ったのだが、しかし、予想とは反して彼は案外すんなり素直に受け取ってくれたのだった。
「…有難うございます。丁重に受け取らせて頂きますね。」
『え………っ、貰って、くれるんですか…?』
「えぇ、そうですが…いけませんでしたか?」
『え、や…まさかこうすんなりと受け取って貰えるとは思わなかったものですから……。』
「
そんな風に丁寧に返されて、また驚かされる。
ついでに、その後に続いた言葉にもまた驚かされてしまって、私はまともな口を利けなくなってしまうのである。
「丁度、これから休憩を入れようとしていたところだったんです。せっかくですから、近くのベンチにでも座って少しお話でもしませんか?ついでに、今しがた貴女から頂いた此方を食べても宜しいでしょうか?」
『え?…あ、はいっ、ど、どどどうぞ……っ。』
物凄くぎこちないリアクションを返しながらも何とか頷き、彼の背を追うように後を付いていってベンチへと腰掛ける。
そして、渡したチョコの箱を開けて中身を手にした彼の様子を恐る恐る窺っていれば、彼は常とあまり変わらぬ調子で口を開き感想を零した。
「…偶にはこういう味も良いですね。決して悪くはない味です。私は嫌いじゃないですよ。甘過ぎずしつこくない感じが、個人的には好みです。狗尾さんの個性を感じる味ですね。」
『あ、有難う、ございます……っ。よ、良かったぁ〜……!七海さんが食べても平気なレベルに仕上がってて…っ!』
「そんなに心配される程の出来ではないと思いますが…?」
『いや、だって…七海さんグルメだって聞き及んでましたんで、きっと沢山の美味しい物を食べてきただろう肥えた舌に果たして私なんぞの作った物が受け入れられるのだろうか、と……。』
「貴女は私をどんな風に思ってるんですか…。」
『え…、フランス人並みに舌が肥えてそうな人、ですかね…?何か勝手に普段から高級料理ばっか食べてそうなイメージでした。……えっと、取り敢えず、違ったみたいですね…御免なさい…っ。』
「五条さんじゃあるまいし。比較的普通のごくごく一般的な方々とそう変わりないレベルの物しか食べてないですよ、私も。」
『そうだったんですか…すみません、何だか変に勝手なイメージ抱いちゃって…。』
「本当ですよ。」
『う゛ぐ…ッ、誠に申し訳ございませんでした……っ。』
「いえ、構いませんよ。然して気にしていませんから。」
飛んでもない思い違いをしていた事を平謝りすれば、彼は常と変わらぬ様子で許してくれた。
うぅ…っ、やっぱり七海さんてば優しくてストレートに格好良い!
「…しかし、頂いたからには、何かしらのお返しをしなければなりませんね。しかも、今日はバレンタインですか…。なら、お返しは来月のホワイトデーにするのが礼儀ですかね。」
『え…っ、いえ!別にわざわざお返しを貰うのが目的とかそんなではなかったですから…!気にしないでください!!』
「純粋に私の気が済まないので、お返しはさせてください。そうですね……今すぐには思い浮かびませんので、来月当日までには考えておきます。あと、此れは出来ればで良いのですが…ホワイトデー当日は予定を空けておいてくださると助かります。お願い出来ますか…?」
『え………?そ、れは…別に、構いませんけど………、』
「じゃあ、その日は一日予定空けておいてください。――では、私は此れから任務がありますので失礼致します。あ…、チョコ、有難うございました。残りは家に帰ってからゆっくり頂きますね。大変貴重な物を有難うございました。お返しの件、其れなりに期待しといてください。」
『…………っあ、はい…!任務、頑張ってくださいね…!お気を付けて……っ!』
「はい。狗尾さんの方も、この後のお仕事頑張ってくださいね。それでは、また。」
そう淡々と言って去って行った七海さんの背中が遠くなっていくのを呆然と見つめたまま暫く思考をフリーズさせる。
漸く思考を取り戻した頃になって気付くが、“もしやコレはデートなる予約を取り付けられたに等しいのでは…!?”と一人盛り上がってしまい、脳内カオスにパニクった状況で奇声を発しながらクルクルとその身を踊らせる事になるのだった。
そんな私を見付けた通りすがりの五条さんが、相変わらずの軽薄さを以て話しかけてきた。
「ねぇねぇ狗尾〜、何やってんの?」
『今話しかけないでください!幸せな余韻に浸ってる最中なので…っ!』
「意味分かんないんだけど…まぁ、良いや。狗尾に質問です!今日は何の日でしょー!?」
『世で言うバレンタインの日ですね。』
「そうそう、バレンタイン!よく分かってるじゃん〜!つー訳で、僕へのチョコちょ〜だい!!」
『え、五条さんには何も用意してないですよ。だって、貴方…別に私がわざわざ用意しなくたって、どうせ道端歩いてりゃ誰かしら可愛い女の子達から山程美味しいチョコ貰うでしょう?仮にそうでなくても、どうせご自分で普段からお高い甘い物買ってるんですから、私からのなんて必要無いでしょう。』
「反応冷たぁ…ッ!!しかも、僕“には”って事は既に誰かには用意且つあげたって事だよね!?僕という存在を差し置いて、誰よその相手はァ!!」
『何でそんな事まで貴方に言わなきゃなんないんですか…?嫌ですよ。プライベートな個人情報喋るとか。黙秘権を行使します。』
「な…っ!酷い!!ちょっと気になっただけだろー!!」
『すみません、私これから仕事あるんで、失礼しますね。チョコなら可愛い可愛い生徒達からでも貰ってください。では。』
ウザ絡みしてくる五条さんの事は置いて、さっさと自分の仕事でも片付けてこよう。
昨夜の任務の報告書、早く仕上げて補助監督の人に提出しなきゃ。
去り行く道中、先程の七海さんとの遣り取りを思い出して、少女の如くまた胸を高鳴らせるのであった。
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執筆日:2021.02.08