今宵私は狼になる


一緒に任務となった折に、ふと戦闘前息苦しくないようにと首元を緩めた際に彼女からの異様な視線を感じた。

見ると、先程までの空気とは異なったように獣染みた目で欲を孕んだ色を滲ませ小さく呟いていた。


「―七海さんの首筋…、噛み付きたいくらいに凄く魅力的ですね…」


無意識に零れ出た台詞だったらしく、ハッと我に返った途端、自分の発言に困惑したように口元を覆い隠した。

…が、今しがたの台詞はしっかりと拾ってしまっていたし、彼女が言葉を漏らした直後ガッツリ目が合ってしまった。

今更聞かなかった事には出来まい。

私は気を取り直して武器を構え、呪いと対峙した。


「…まるで肉食獣の其れと変わりない台詞でしたね…」
「あ!?や、コレはその、誤解で……っ!!」
「ですが、貴女になら噛まれても良い気がしますし、其れくらいの戯れ事になら付き合っても構わないと思えました。この任務を無事終える事が出来たなら、の話ですが。…ご褒美はその後です。さっさと片付けてしまいましょう」


そう告げて、端的に“今は任務に集中しましょう”と促す。

彼女もその言葉に意識を切り替えたのか、目の前の呪霊に向き直り、おのが武器を構えた。

さて…、此処からは狩りの時間です。

己が最も得意とする得物を手に、それぞれが有利となる相手を見定めて走り出した。


―任務完了後、宣言通りの餌を与える為に、夜も遅いからと直帰になったのを利用して彼女を自宅へ招いた。

時間的に、てっきり手頃なホテルかバーにでも寄って腹ごしらえでもするのかと思っていたらしい彼女は不思議そうに此方を見る。

どうやら、わざわざ自宅まで招いた本当の意味や目的をまだ理解出来ていないようだ。

さぁ、腹を空かせた獣に、待てが出来たご褒美に取って置きの特上の餌を与えなくては。


「任務は完了しました。約束通り、私の首筋、噛み付いてきても構いませんよ。此処ならば、誰に見られるという事もありませんからね」
「え……っ?」
「呪霊を祓う前に交わした言葉…もうお忘れですか?あの時は、あんなにも物欲しそうな目で私の首筋を見つめてきていたのに」
「あ…や、でも…アレは………」
「貴女はきちんと仕事をしてくれました。これから許すのは、其れに対するご褒美です。…まぁ、私なんかがご褒美に値するか、貴女の満足に足り得るのかは分かりませんが」
「……ほ、本当に良いんですか…?嫌…じゃありません?」
「嫌ではないから言ってるんですよ。ほら、お腹空いてるんでしょう?私で満たされるというなら、どうぞ頂いてください。しかし、お手柔らかにお願いしますね。嫌ではないと言っても、私も生きた人間ですので、本気で噛まれれば痛いです」


尚も躊躇うようにその場を動かない彼女をいざなうよう自身の膝上に導くと、観念した彼女はそれまでの無駄な足掻きを捨てて、大人しげな空気は鳴りを潜めて、内に秘めていた獣の本能を再び呼び起こした。

サバンナに佇む肉食獣の如くぎらつく目には、欲という名の感情がありありと浮かんでいた。

開いた襟元を見つめてゴクリと息を飲む彼女は、まさに獣らしい目付きであった。

肩にそっと両手を付いて、一瞬躊躇った後、かぷりと立てられる牙。

凡そ肉食獣の其れには程遠い可愛らしい牙であったが、おのれの内にもある本能を煽るには十分で。

はむはむ、と決して痛くはない擽ったさのある甘噛みに、「もっと強く噛んでくださっても大丈夫ですよ」と声をかける。

途端、少しだけ強められた力に、彼女の犬歯が食い込んだ。

刹那、己の口から堪える吐息が漏れた。

其れに私が痛がったのだと勘違いしたらしい彼女は、自身が強く噛み過ぎたと思う箇所に舌を這わせてぺろぺろと舐めた。

次いで、気遣わしげに此方を見上げた上で、再び首筋に歯を立ててくる。

本当に大丈夫か、このまま続けても平気か、と窺うように。

計算しているのか、無自覚なのか…恐らく後者であると思うが、今この状態での上目遣いはやばいだろうと思った。

しかも、さっきとは違って優しく食む程度である。

これで来ない男は居ないだろうと誰に言うでもなく心の中で言い放った。


―暫くして、一頻り満足したらしい彼女が立てていた牙を離したのを皮切りに、今度は私の番だと無防備で隙だらけだった彼女の腰元をゆるりと撫ぜた。

瞬間、猫のようにビクリと身を跳ねさせる彼女が困惑したように此方を見る。

その視線に私は平然と応えた。


「…恍惚として私の首筋に歯を立てていた貴女の事を見ていたら、何だか私までお腹が空いてきてしまいました」
「え……?――あっ!じゃ、じゃあ、今からでも御飯食べに…」
「いえ、もう食事は目の前に揃ってますので結構です」
「は、え……?い、今、何と…、」
「貴女のせいで、すっかり私もその気にさせられてしまいましてね…責任を取ってもらう代わりに、少しだけ付き合って頂こうと思います」
「え…あ、の、七海さん………?」


そっちの気に疎そうな彼女でも流石の私の空気と言いたい事を察したのか、初な彼女らしい反応で以て固まった。

所詮、己も獣だったという事である。

固まる彼女の腰を抱きながら、欲に揺らぐ彼女の目を見つめて言った。


「狗尾さんさえ良ければ…今だけは、貴女を喰らう狼になっても宜しいですか?」


彼女という獣を喰らう、腹を空かせた狼が獲物を目の前に舌舐めずりをした。


AFTERWORD

執筆日:2021.03.25

/
BACK / TOP