lost,奇しくも
今際の淵に
死神に寄り添われる
幕間の事
学生らしく、今日は面倒な座学の勉強もある日で、演習場から戻って着替えた後、何時もの教室で先生が来るのを待った。
その間、私は何時に無くぼんやりとしていて上の空だった。
そして、賑やかに会話する虎杖と野薔薇の話を遠い意識の端で聞き流していたら、ふと野薔薇が驚きの声を上げて仰け反った。
「うわ…っ!ちょっとアンタ、口端から血ィ垂れてるわよ!!」
「え…っ?」
「おわっ!?本当だ、何時切ったの?というより以前に気付かなかったの?」
「うん……全然。痛くもなかったし…」
「でも、其れだいぶ血ィ出てんだろ。ただ切れただけにしては出血の量が多過ぎるし…本当に大丈夫か?今日は朝から妙にずっとぼんやりしてるし…調子悪いんじゃねぇのか?」
「あー…かもしんないわ。もうちょっとしたら授業始まる時間だけど、硝子さんとこ行って診てもらってこよかな…」
「そうしなさい。アンタ、そんな血ィ出てんのにも気付かずにボーッとしてたんだから。…ったく、調子悪いんだったら無理せず言いなさいよね〜?」
「ははは…っ、完全無自覚だったんだから許してよ、野薔薇〜…。けど、有難う。どうせ五条先生の事だから時間通り来る事はないし、もし私が戻らずそんままだったら、硝子さんとこに行ったって言っといて。――あと、たぶんだけど…今日の残りの授業、全部欠席扱いになりそうだから、いっその事早退するとも伝えといてくれる?」
「分かった…無理せずちゃんと休んでろよ」
「うん…、何か色々と御免ね三人共。其れじゃあ、先生への伝言お願いね」
「お大事にぃ〜っ」
去り行く背中に虎杖の気遣いの言葉を受けて教室から一人出て行く。
この間も変わらず、治らぬままの口端からは絶えず血が垂れ続けているままだった。
取り敢えず、医務室に着くまでの通路の床を汚さぬよう、ポケットからハンカチを取り出して口許に宛がう。
何時もなら反転術式で此れくらいの傷、治せていた筈なのに…今は其れが出来なくなってしまっていた。
加えて、妙な気怠さが全身を支配していて、上手く頭も働かなくなってきている。
其れが示す事象に、何となく察していた私は、何気無く見上げた先の天井を見つめて息を継いだ。
(こりゃ、もう持たないだろうなぁ…)
中途半端な道端で倒れてしまわぬ内に、早いとこ硝子さんが居る医務室まで向かわねば。
もうあまり力の入らぬ四肢になけなしの力を込めてよろよろと走り出す。
―教室からようよう居なくなった私の異常さを感じ取ったらしい虎杖が、やはり心配で堪らなくなったのか、私が居なくなって暫くしても来ぬ教師の事は無視して席を立った彼は同級生達にこう言った。
「悪い、やっぱ俺狗尾一人なの何か心配だから付き添いに行ってくんね?」
「其れなら俺達も一緒に行った方が良くないか…?」
「馬っ鹿か、お前。全員付いて行ったら莎草の迷惑になるだけでしょうが…っ。其れに此れから授業だってのに、生徒一人も居なくなってたら先生も困るでしょ。行くなら虎杖一人だけで十分じゃない?」
「まぁ…確かにそうかもしれねぇけど、」
「ただの体調不良なら其れまでだって寮の部屋まで送り届けるだけだし、大丈夫だって」
「ん…分かった。狗尾の事、宜しく頼んだぞ。五条先生が来たら狗尾に付いて行ったって言っといてやるから」
「サンキューな、伏黒!」
「弱ってる莎草に手ェ出したらタダじゃおかないわよ」
「出さねぇっつの!流石の俺もそこまで馬鹿じゃねーわっ」
グチグチと要らぬ心配を受けながら同じく教室を後にした虎杖は、妙に辛気くさい顔をしながら医務室へと向かった私の後を追った。
その際、厭にざわつく胸の内に何も無ければ良いと願っていたら、彼の中に居る呪いの王が顔(正確には口)を出して口を開いた。
「―おい、小僧、あの娘の事が気掛かりならば今すぐ変われ。俺が解決してやろう」
「は?何で今お前に躰貸さなきゃなんねぇの?意味分かんねぇし、やだよ」
「良いから変われ。話ならば後で幾らでも聞いてやる」
「…何か今ので変わるの癪過ぎるけど、お前が口出ししてくるって事はやっぱタダ事じゃなさそうだな…。ゔ〜ん…っしゃーないから変わってやるけども、狗尾に何かしたらぶっ飛ばすかんな」
「心配するな、手は出さん。そういう契約だからな」
そうして、彼以外誰も居ない廊下で入れ替わった虎杖の躰には紋様が浮かび上がり、中に居た宿儺が表に現れた。
「―さて…阿奴は今どの位置に居るか……気配で探るか」
一度目を瞑って気配を辿り私の現在地を見付け出したらしい彼は目を開いて零す。
「ふむ…何となくではあったが、やはり気配すらも薄くなる程弱っておるなあの娘…俺の知らぬところで勝手に死なれては困る。早に向かうとするか」
そう呟いた瞬間にはもうその場に彼の姿は無かった。
―時は少しばかり戻って無事医務室に辿り着いていた頃。
私は酷く気怠い躰を引き摺って硝子さんへと声をかけた。
その頃には、もう血は止まらないどころか唇の両端共切れてボタボタと真っ赤な血を垂れ流しているような状態であった。
お陰様で、此処に着くまでにハンカチは既に元の色が分からぬ程血を含んで染まり切っていた。
「硝子さん…忙しいとこ御免、ちょっと診てもらっても良い?」
「おぉ、狗尾か…って、どうしたその血?確かさっきまで演習の時間だったって聞いてるけど…其れで思い切りやらかしたか?」
「違う…けど、自分じゃ治せなくてさ…其れで硝子さんの力借りに」
「あれ…お前、わざわざ私んとこ頼らずとも反転術式使えた筈だろう?どうした?」
「……今、その術式使えなくなってるから頼りに来たんだけど…。血も止まんないままだし…つーか、寧ろ悪化して酷くなってるくらいだし…」
「あー…そっかぁ、そういえばそろそろだったっけ?」
「うん…だから、治療受けに来た…」
「分かった。んじゃ、其処に在るベッドに横んなってて。手、洗ってくるから」
彼女の指示を受けるままにすぐ側に在った医療ベッドの上に横たわれば、程無くして部屋の奥に消えていた彼女が戻ってきて視界に影を落とす。
「傷の具合診るから、手ぇ退けな」
「…めちゃくちゃ血ぃ出てるから垂れそうなんだけど」
「見えなきゃ治療出来ないだろ…?良いから早く退けな」
「はぁい…」
そろり、手を退けた口許からは絶えず血が垂れ続けていて、傷を診る為に触れてきた彼女の手を赤く汚した。
「そんなに酷い傷でもないじゃん…此れくらいの傷も治せなくなってるとか、相当に弱ってるなぁ、お前。普通なら血も止まってて可笑しくないところが全然止まってないぞ」
「しょうがないじゃん…術式使えないんだから……おまけに弱ってんのは事実だし」
「まぁ、傷自体は治せない事はないから治してやるが…はっきり言っておくぞ。――狗尾、お前…もうあんまり持たないぞ。たぶん、持って数刻ってレベルだ。…今日は残り一日大人しくしとくんだな」
「…初めからそのつもりだよ」
今日を以て、私の今燃えている命は終わる。
だから、小さな傷すらも治せぬ程弱り死に往くままなのである。
硝子さんの治療のお陰で、切れていた唇の両端の傷は修復し塞がれる。
此れでもう無駄に出血する事は無くなるだろう。
だが、消え往く命の灯火を押し留める事までは叶わなかった…分かってた事だけども。
理由は、呪いの進行に因るものだからである。
最近任務続きで怪我してばっかの消耗が激しかったせいもあるだろう。
私の中に宿る命が一つ消えようとしていた。
私の命が消える時、私の躰は意思に反して弱まり、一時的に活動を止める。
一つの命が消えようと、まだ残っている命に再び火が灯るから完全に死ぬ事は無いが…其れも他に命が残っていればの話である。
まぁ、今の段階ではまだ幾つも命は残っていたから死にはしない。
一時的に死を経験する事にはなろうとも。
臨死体験は、既に三度目で、初めての事ではなかった。
一度目は任務中の時で、二度目は怪我して入院中の時で、そして三度目の今回。
任務先での事じゃないだけマシだった。
蘇りと言っても、呪いの力が働いての事だから、何も辛くない訳ではない。
通常なら人智の越えた事であるから故に伴うものが色々とあるのだ。
ただ、其れは凡そ他人が理解出来る範疇を超えていた。
だから誰にも語れずに心の奥底に積もりゆくだけなのである。
「…はい、治療完了。もう動いて良いよ」
「有難う、硝子さん…助かった」
「その調子だと、躰動かすのも辛いんだろ?今日はもう無理せず休んどけ」
「うん…取り敢えず、今日はもう寮戻って寝とくよ。感覚戻ってきたら、また来るから」
「ん。悟には私の方から連絡しとくから。おやすみ〜」
硝子さんに見送られて、私は医務室を後にした。
ハンカチ…寮の部屋戻ったら浸けとかなきゃなぁ。
たぶん落ちないとは思うけど、何もやらないよりはマシだろう。
フラフラとした覚束無い足取りで何とか寮の自室まで辿り着き、洗面台に水を張って血塗れのハンカチを放り込む。
次いで、冷蔵庫から取り出した水を少しだけ含んで飲み下す。
本当は、余分に出血した分の鉄分も摂取しなきゃいけないところだったかもしれないが、今はそこまで頭が回らなかった。
朦朧とし始めた思考にとうとう成す術無くベッドに躰を横たえた。
そして、深く深く細く息を吐き出して薄れゆく意識をどうにか繋ぎ留めて天井を見遣る。
三度目と言えど、やはり己の死ぬ瞬間というのは良い気分ではなかったし、慣れなかった。
何方かと言うと、戦闘中に死ぬ方がまだ理解が追い付くからマシなようにも思えた。
何も出来なくなるという虚無感、厭な感覚に全てを支配されるというのは、何度経験してもやはり慣れないものだ。
浅く落ちゆく呼吸に、遂に私は目を閉じた。
この事は、まだ同級生達には知られぬ方が良いだろう。
次第に動けなくなっていく四肢と躰に、私は力を抜いた。
全て成すがまま…呪いに身を任せようと思ったのだ。
そうして静かに自分の死を待っていると、徐に開かれた自室のドアにズカズカと断りも無しに入ってきた男が居た。
同級生の男の子である虎杖――ではなく、その中に宿る呪いの王・宿儺であった。
突然の来訪者とその登場の仕方に驚きを隠せず目を見開いて呆けるように見遣れば、彼は事も無げに口を開いて言った。
「随分と弱ったものだな、お前…此れは何もせずとも放っておいても死ぬな」
「……な…で、宿儺が此処に…というか、虎杖は…?」
「許可なら取ってある。今は契約の上で躰を借りておるからな。そんな話は今はどうでも良い。…何故、俺に黙って勝手に死のうとしているのかを訊きたいのだ。貴様、何故何もしておらぬのに死にそうになっているんだ…?」
「………アンタに話すのは構わないけど…虎杖にはまだ聞かれたくない。…遅かれ早かれ、何れは知られる事になるだろうとは分かってるけども、まだその時には早い」
「その心配なら要らんぞ。今、小僧は俺の中で眠っておる。気にせず話せ」
どかり、我が物顔で私が横たわるベッドの端に腰を下ろした彼が、悠々と足を組みながら腕を組み此方を見下ろした。
「一つでも嘘を吐こうものなら、その舌引っこ抜いてやるからそのつもりで居ろよ」
「…この期に及んでまで今更嘘の吐き様も無いっての…」
最早喋る気など早に失っていたが、呪いの王に命じられては仕方がないので、致し方なく口を開いて事の顛末を説明した。
「……全ては私の根源に結び付いてる呪いのせいだよ…。本来なら、私はその呪いのせいでとっくの昔に死んでる筈が、もう一つの呪いによって生かされてる身だ…。しかし、何故今更になってそんな私が今こうして死にかけているか…分かるか?」
「…そういう縛りか何かか?」
「大方近い…が、正確に言うと異なる。結論から先に話すと、ちょっと最近任務続きだったせいで酷く消耗してたから、そのせいで今の私の命は尽きかけてる…といったところだ。……私の中には二種類の呪いが居るって話は既に知ってるよな?」
「其れは小僧を通して聞いておったから知っておる。俺が知りたいのはその先だ」
「…一つは生まれ持つ方の呪い…此奴が今私の命を蝕む呪いだ。此奴は端から私の死を…私達狗尾家一族末代までの死を望み祟った奴の呪いだからな。常に私の生殺与奪の権利を握っているのはこの呪いの方なんだ…。ややこしい事になってんのは、もう一方の呪いのせいにある。そっちは私に呪術師として力を貸す方の呪いでな…今現在私を生かそうと働く呪いだ。宿儺と同じで特級扱いされる奴且つ私が秘匿死刑食らった原因の方なんだが…コレには全部で九つの命があって、ソレのお陰で私は何とか生かされてるって話なのさね…。既に二回死んでるから、今は七つしかないけど…今からまた死ぬ事になるから結局六つになるのか……。まぁ、そんな訳で、仮に死んだとしても完全に事切れる訳ではないから安心しな…」
全く以て安心出来ぬ内容だろうが、と言われそうな話であった。
しかし、呪いである彼としては然してどうでも良い事だったようで気にせず話を聞いていた。
「成程な…聞く限り見るからにややこしい事になっているのは分かった。仮にこの話を小僧にしていても、到底理解出来んかっただろうなぁ…阿奴は頭が足りんからな。話を纏めるが…――つまりは、元々の呪いのせいでお前は現在進行形で死にかけているという事だな?」
「仰る通りですとも…」
「茶化しは要らん。…今聞いた話では、お前に力を貸す側の呪いでそのもう一方の方をどうこう出来るのではないのか…?」
「其れが流石のそこまでは及ばないから現状に至ってるんだよなぁー……っ。何とか出来てたら、今頃こんな風に伸びてないって」
「…ふむ、流石のお前でもそこまでは出来んか」
「仮にも神の名の付く者に祟られたが故に蝕む呪いだからな…ウチの祖先が阿呆だったから、こんな面倒な事になってんだよ…。生まれながらに呪われるとか、結局生きててもそんなに長くは生きれないとかなら、初めから生まなきゃ良かっただろうにって思うんだけども…そもそもがそんな事本気で信じちゃいなかったウチの親が悪かったのかね……?ま、仕方ないか…そこまで信心深い人間、今の世の中に早々残っちゃいないし、そもそもが一般人の家庭だったしな…。呪いとかだけだろ…今の世も変わらず存在出来てんのは……、ッ………なぁ、もう良いか…?流石にもう喋んのも辛くなってきてんだけど……っ」
「まだ訊きたい事は山程あるのだが…如何せん、お前の方が持たぬか。…仕方ない、お前に今下手に死なれるのも癪だ、もう楽にして良いぞ」
「………良いのか、逆に…?」
「どうせ何もせずともお前は勝手に死ぬのだろう…?本来ならば俺が手を下して直接殺してやる手筈だったが…何の抵抗も出来ぬ今のお前を殺したところで何も面白くはない。精々憐れに死に逝くだけのお前を見守っていてやろう。死に際でさえ誰ぞ側に付いていてやるのだ、泣いて喜び感謝するが良い」
彼にしてはらしかぬ事をするな…と、そう思った。
けれども、口には出さずに思うだけに留め、代わりに短く礼の言葉を告げるのだった。
「……有難う、宿儺…」
「其れ以上勝手に口を開くなよ。不愉快だ。加えて、俺を見上げる事を許可した覚えも無いぞ。むざむざ殺されたくなければ慎め、娘よ」
ぞんざいな言葉を吐く割りに、その裏には彼なりの優しさや気遣いが見てとれて、少しだけ可笑しくて小さく笑いが漏れそうになった。
が、今此処で笑ったりなんかしたら、其れこそ本気で呪いの王の怒りを買う事になりそうだったから止めた。
思った以上に喋る事に気力を使い果たしたせいで疲労していた。
もう一言も口を利ける気力は残っていないだろう。
私は静かに目を伏せて、再び己を蝕む死と向き合った。
そうして、内に宿る命が一つ消え往くのを待つ。
どんどん血の気の失せゆく様に、察した様子の彼がぽつり、口を開いて問うた。
「…死ぬか」
「……………」
口を利く気力を残していない私は、当然ながら無言で肯定の意を示した。
其れを彼がどう受け取ったのかは分からぬが、少なくとも不敬だと苛付いて手を下す事は無かったようだ。
最早目を開く事すらも儘ならぬ程衰弱していく私を憐れんでか、話が済んだら早々に出ていくものと思っていた彼は意外や意外にも出ていく事はせず、横たわる私の傍らに付き添うが如く座したままであった。
戯れか、ただ静かに死を待つだけの私の髪を彼が酷く優しげな手付きで梳いていく。
まるで壊れ物を扱うような、慈しみすら孕んだその手付きに、どうして彼が虎杖と変わってまでして此処へやって来たのかの意味が少しだけ分かり、何だか悲しくなった。
同時に呪いに愛されるなど、あってはならぬ事だろうと思いつつも、やはり心の底では何処か嬉しくて矛盾していた。
―私は、私という存在は…初めから、その生をこの世に受けた時から矛盾している。
呪いに殺されながらも呪いによって生かされている。
更には、呪いの王の寵愛まで受けようものなら、宛ら世も末であるというもの…。
無意識に頬を伝った滴が彼の手を濡らした。
その事に彼は何も言わない。
黙って私の髪を梳き、目の縁から流れゆく泪を拭った。
コトリ、コトリ、小さく脈を打ち拍動していた筈の鼓動の動きが鈍り、終いにはピクリとも動かなくなってその活動を静止する。
全ての活動を止めた躰は、一時的に臨死し、ただの屍と化す。
すっかり物言わぬ冷たきものとなった後、彼は私の手首を取り、そして首元へと手を伸ばして触れた。
脈が無くなっている事を確認する為の行為であろう。
そうして私が死した事を再認識した彼は、ぽつり、口を開いた。
「やはり、人間という奴は脆くすぐに死んでしまう生き物だな…」
そこには、何の感情も込められてはいなかった。
だが、彼の手は存外優しげに私の頬へと伸びてきて、撫ぜるように手の甲を沿わせるのだった。
そして、再び私の身に熱が灯り息を吹き返すまで、彼は側に居続けた。
―
時間把握には十分にすっかりとっぷり暗くなっている室内に、今の凡その時刻を頭の中で考えた。
(―今ってたぶん夜中だよな…何か完全に寝過ごしちゃった時の感覚で調子狂うなぁ……)
もぞり、四肢を動かしてみてちゃんと感覚が通っている事を確認する。
次いで、ゆっくりと躰を起こし、くありと欠伸を漏らした。
よし、今回も問題無く躰は動きそうだな…。
けど、明日朝一で硝子さんとこ行っての検査コースは免れないなぁ…五条先生にも連絡入れなきゃだし。
取り敢えず、喉渇いたから何か飲み物でも飲むか。
そう思ってベッドから降りようと動いた拍子に、すぐ側に人の塊らしきものが横たわっている事に今更ながらに気付いて驚いた。
「うわ…っ!!虎杖、じゃない、宿儺か!?お前まだこの部屋に居たのかよ!?」
「んあ…?漸く起きたか、小娘…この俺を此処まで待たせるとは良い度胸をしているな?」
「は?や…そもそもが何であの後も変わらずずっと此処に居座ってたのかが疑問なんだけど…。っつーか、気安く人の隣で寝るなよ。此処私の部屋だし…仮にもお前の躰虎杖のなんだぞ。何か間違いあったらどう責任取るつもりだよ?」
「小僧の都合など知った事ではないわ。其れよりも…お前、もう普通に起きて動いても良いのか?」
「え……?まぁ、まだそんな激しい運動とかはすぐには無理だけども…ちょっと其処ら辺を歩くとかのレベルなら平気かな?」
「…そうか。なら良い」
いや、だから何なのよお前…。
私が起き上がったのと同様に躰を起こした虎杖…ならぬ宿儺は、ボリボリと腹を掻きながら寝惚け眼を瞬かせ、私へと視線をくれた。
その視線の意図が分からず、私は首を傾げる。
「…な、何?」
「いや…特に用という用は無いが、此れからお前はどうするのだ?」
「え…?まぁ…今の今までずっと眠ってた訳だから…水分補給した後、軽くストレッチして躰動かせるのを確認してから、御飯買いに近くのコンビニまで行こうかなって思ってるけども……?」
「では、俺も其れに付き合うとするか。何せずっと暇だったからな…幾ら小僧の躰と言えど、勝手に壊すと碌な事が無いからな。…とは言え、此れ程で小僧の躰が故障する事は無いと思うが」
「え………何、お前…もしかして、あれからずっと躰借りっぱなまんまなのか…?」
「いや、一度は生得領域に戻って小僧に話を付けてきた。流石に何の説明も無しに躰を借りるままは出来なかったのでな…。安心しろ、適当に暈して伝えたが故に核心に至る部分は伏せておる。だから、小僧は詳しい事は知らんままだ。だが、何れその内小僧から直接問い質される事にはなろうな。其れは俺の関わるところではないから知らんぞ」
「はぁ…まぁ、その件に関しちゃ私も了承の範囲だから別に良いけども…そうまでして何で宿儺が私の側に付いてたの?」
「…今はまだ言わん」
「いや、意味分からんて…」
彼が何を考えているのかの意図は相変わらず読めずに、私はただ一人困惑で頭を悩ますのであった。
その後も、私が再び床に戻るまでは何故かずっと側から離れず、コンビニへ行くのも食事をするのも一緒だった。
「…何でコンビニまで付いてくんの?というか何時までお前は虎杖の躰借りてるつもりだ?」
「お前は今から飯を買いに行くのだろう…?小僧の躰も腹を空かせたままではうるさいのでな、何か入れてやらねば腹の虫も収まらんくて敵わん」
「マジかよ…お前そんな長時間虎杖の躰借りたまんまなの?端的に言ってやばない?つーか、何か物食べてる宿儺とか想像付かな過ぎてシュールなんだけど」
「殺すぞ」
「殺すのは勝手だけど…私一回くらいじゃ死なないよ?まだ命残ってるし。殺そうとしても、たぶん呪いに阻まれて簡単に死なないしね。残念でした〜」
「…生得領域に居る時の小僧並みにウッザァ…っ」
「なら付いてくんなよ」
終始そんな調子で、結局彼が私の元から離れたのは翌日の朝になっての事だった。
「…えーっと、取り敢えずは朝の挨拶っつー事でおはよう、虎杖」
「うお…っ!?何か急に戻ってて状況読めねぇんだけど…取り敢えず、オッス!結局昨日一日何でかずっと彼奴に躰の主導権奪われてて凄ぇ不満ありまくるけども、その件については今はちょっと置いといて…狗尾何とも無かった?大丈夫?何もされてない?」
「何もされてないない。だから安心して良いよ」
「良かったぁ〜…っ!色々訊いてみたんだけどさ、彼奴詳しく話してくんねぇどころかまともに取り合ってもくれなくてさ。ちっとも訳分かんねーの。…でも、ま、狗尾に何とも無さそうで元気そうだったから安心したわ!」
「ははは…っ、その節はご心配とご迷惑お掛けしてすんませんね…」
やっぱりだけど、彼は彼でまともに話をしていなかったのだと知って呆れたと同時に、言葉通りに核心には触れずに居てくれた事に感謝し、次に顔を合わせた時に改めて礼の一つくらいは述べてやろうと思うのであった。