甘やかな優しさ
に包まれて



また今日も五条さんに無茶振り吹っ掛けられて苦労する事になるんだろうなぁ…。

あの人、大概適当でちゃらんぽらんだから、重要な事に限って説明省いたりするし。

結構な比率で無理難題押し付けてきたりするし。

かといって、呪術師は万年人手不足だから必然的に下に付く私達補助監督の者達も多忙になるのは仕方がないので一々文句も言ってられない。

周りに心配する人物等が居ない事を良い事に憚らず盛大な溜め息を零していると、不意に気配無くやって来た人物に背後から声をかけられた。

其れに思わず何とも言えない情けない悲鳴を上げながらビクーンッ!!と肩を跳ねさせて振り返ると、任務帰りだろうか、肩から大きなショルダーバッグを掛けた宛ら遠征帰りの部活生のような出で立ちの彼女が片手を上げて緩く振りながら此方へとやって来ていた。


「やっほー、伊地知さん。こんにちは!」
「狗尾さん…!もう、背後からいきなり声をかけないでくださいよ…っ!心臓が止まるかと思ったじゃないですか」
「ありゃ、そんな驚かしちゃった?別にそんな驚かすつもりも何も無かったのだけど…まぁ、良いや。取り敢えず、遠くに伊地知さんの背中見えたから挨拶しとこっかなぁ〜って思って声かけたんだ。変に驚かしちゃったりして御免ね。何時もお仕事お疲れ様です…!」
「狗尾さん…っ!此方こそ、何時も労いの言葉をかけて頂いて嬉しいです…!お気遣い有難うございます!狗尾さんは比較的常識的な人ですし、五条さんみたく傍若無人な態度を取ったり無茶ばかり言ってきたりなんてする扱いをしてくる事はまず無いと断定出来るので感謝が尽きません…っ。嗚呼、この優しさの一欠片分だけでもあの人にあればまだ尊敬出来るのに……!」
「Oh…何だか何時も大変そうだなとは思ってたけど、こりゃだいぶお疲れみたいっすね…。御愁傷様です、伊地知さん」
「本当にそうですよ、もう……っ!偶には私の事も気遣ってくれるような上司が居て欲しいものです…!じゃなきゃ此処まで胃を痛めてなんかないですよ、ふぐぅ…っ!」


自分で言ってて悲しくなり、人前――しかも一回りも年下の女の子、後輩に当たるような人を前にも関わらず泣いてしまいそうになった為、其れは大人としてあまりにも情けなさ過ぎると思い、何とか堪えた。

嗚呼、己の上司もとい五条さんの事を考えただけで胃が痛んで仕方がない…っ。

五条さんの自分に対する扱いの酷さに毎度の如く辟易するなんてのは今更だけれども、少しは七海さんみたくまともな人を見習って欲しいと思わずには居られない。

そんな思考を抱く傍らで、東京から程近い地方へと駆り出されていたのだろう彼女の方へ意識を向け直した。


「そういえば、狗尾さんは此処からそう離れていない地方への任務に赴かれていたんでしたよね?帰ってきた…という事は、今回も無事に任務を終える事が出来たんですね。お疲れ様です。そして、おかえりなさい」
「えへへ…っ、そうやって誰かに何気無く“おかえりなさい”って言ってもらえるの、何だか嬉しいけど…やっぱり何時まで経っても慣れなくて擽ったいっすね。改めまして、狗尾莎草、只今帰還した次第であります…!――なんちゃって」
「ふふふ…っ、我々にとってはあなた方の無事の帰還が何よりの安堵に繋がる訳ですからね。見たところ、大した怪我も無さそうで安心しました」
「まぁ、私には中の呪いが在るんで、早々死ぬような事は無いっすけどね!怪我しても反転術式で治せますし!」


そう言って屈託無く笑う彼女にもまた私なんかが推し量る事も出来ないくらいの苦労と辛い経験が付き纏う。

今はこんな風に笑っていられているけども、少し前までは笑う事すら出来ない状況下に立たされていた子だ。

最近入ってきたばかりの虎杖君もそうだが、呪術師の世界にやって来る者達は皆少なからず闇を背負って生きている。

まだ二十歳にも満たない高校生の子供なのに。

そんな子供達である彼・彼女等を少しでも守る為に動くのは大人である自分達の仕事だ。

小さな事で嘆くのも程々にして、改めて自分の仕事へ対する気持ちを切り替えようと思った。

其処へ、未だ隣に居るままの彼女が口を開く。


「伊地知さんの方は、誰かのお迎え待ちってところかな…?」
「えぇ、まぁそんなところです。今は、五条さんに呼び出された七海さんを待っている最中ですね」
「五条先生の事だからなぁ…次の予定に支障無いと良いね、七海さんの方も伊地知さんの方も」
「其れですよね、本当…。まぁ、今回の一番の苦労人は七海さんの方ですかね…あの人に呼び出されても碌な事が無いですから」
「うわぁ…七海さん大丈夫かな…主に神経と胃の方が、だけど」


率直に言葉を漏らす彼女に同意しながらも、ふと思い出した事に私は口を開いた。


「任務から帰還したのなら、早いとこ報告なり何なりとしなくてはならないのでは…?こんなところで油を売っていて良いのですか?」
「嗚呼、其れなんだけど、今しがた五条先生が七海さんとお取り込み中っての聞いたから大丈夫だよ。どうせ、そんな急ぎの案件でもなかったし。ぶっちゃけ報告にあった呪霊が予想以上に弱過ぎて早めに片付いちゃったせいで暇こいて帰ってきた訳だし。あんま長居しても仕方なかったからねぇ〜今回のは。おまけに観光地でも何でもない所での短期任務だったんで」
「あ、そうだったんですね…」
「なんで、近場でお土産買うだけ買ってちゃっちゃと帰ってきたってとこっすかね。…あっ、お土産の件で思い出したや。――ハイ、此れ伊地知さんの分のお土産。大した物じゃないけど、せっかく買ったヤツだから貰って」
「え…っ、私なんかが狗尾さんのお土産なんて物を貰っちゃって良いんですか…?」
「うん。その為に買ってきたお土産なんだし。気に入らないなら、適当な誰かにやるなり捨てるなり何なりしてくれて構わないよ」
「すっ、捨てるだなんて、そんな勿体ない事しませんよぅ…!でも…本当に宜しかったんですか?狗尾さんはまだ学生でお金を使いたい場面なんていっぱいあるでしょうに…」
「え?別にお金の心配なんてしなくて良いよ。伊地知さんは真面目で良い人だからそう言ってくれたんだろうけどさ。私、他の三人よりも上の等級だから、その分必然的に任務に対する報酬額も高くなるんだよね。おまけに、普通の高校生と比べてそんなに物欲とか無いから、生活費に使われる以外で貰った報酬の殆ど全部貯金行きだし。故に全くのノープロブレム。そもそもが、こういうのって普段お世話になってる人とかへの気持ちを表してるだけの物だから、そんな気ィ遣わなくても良くない?伊地知さんたら真面目過ぎるんだから…此れは単なる私からの厚意だと思って受け取っといて」
「あ、有難うございます…っ。生徒からこうして何かを貰うなんて事、あまり無かったので、純粋に嬉しいです…!お言葉だけでも嬉しいのにお土産まで用意してくれるなんて、やはり狗尾さんは良い子ですね……っ!!」
「ははっ、そんな大袈裟な…。でも、お褒めに与り光栄でーすっ!(――もしかしてだけど、此れは私の留守間にまた虎杖が何かやらかしたっぽいな…彼奴も彼奴で大概五条先生の影響受けてるっていうか、元々の気質か。今回偶々っちゃあ偶々だったけどお土産買ってきて良かったな…)」


彼女から差し出される小さなお土産袋を大事に受け取り、感動に浸るべく一頻り胸に抱き締めるようにして持った。

中身は何だろうか?

後で大事に開けてみよう。

彼女と逢うまではあんなに暗く沈んでいた気持ちも、今やルンルンとした鼻歌すら漏れ出そうなくらいに明るく向上していた。

すっかり彼女の優しさに打ちひしがれていると、私のとは別のお土産袋をもう一つ出してきた彼女が其れを私に差し出す。


「此方は…?」
「こっちは七海さんの分。あの人も何かと忙しくしてるからさ、顔合わす暇も無さそうだと思って。此れから七海さんと一緒って事なら、私から直接渡すより伊地知さんに預けた方が早いかなって。申し訳ないけど、伊地知さんから渡してもらっても良いかな?私から、“何時も任務お疲れ様です”って伝言も添えて。…頼める?」
「はい。そういう事でしたら、私にお任せください。狗尾さんからの伝言もきちんとお伝えしておきますね」
「有難う。其れじゃ、私そろそろ行くね!七海さんにも宜しく…!伊地知さんまたね、バイバ〜イ…っ!」


大きな荷物を背負ったままぱたぱたと駆けて去っていく元気な彼女の背を穏やかな気持ちで見送る。

本当、彼女も含め、今の高専生徒達は良い子達ばかりである。

薄暗いニュースばかりが飛び交う世界だけれども、彼女達みたいな子も他の子供達と同じように健やかに成長していけれたら良いな、と切に願うばかりだ。

現実はそんな思想と違って甘くはないと分かり切っていても。

五条さんではないにせよ、彼女等にも青春を謳歌する権利があって然るべきだと思うのだ。

そんな事を考えながら、彼女が去った方向を見つめていると、惜しくも入れ違いか、此方へやって来る七海さんの姿が見えた。


「お待たせしてしまってすみませんでした」
「いえ、凡そ時間通りでしたから、問題はありませんよ。其れより、五条さんから何か言われたんですか?」
「ええ、まぁ…何時も通り、大した内容ではありませんでしたけどね。毎度の事です。初めから期待などしていません。期待するだけ無駄だと分かり切っているので。…ところで、さっきから気になっていたんですが、其れは何ですか?」
「嗚呼、此れですか?先程、任務帰りの狗尾さんに声をかけられて、少しだけ話をしましてね。お土産だそうです。まだ中を開けて確認していないので、何が入っているかは分かりませんが…。七海さんの分もお預かりしていますよ。“何時も任務お疲れ様です”との伝言付きで」
「…成程。さっきのはそういう意味合いの言葉でしたか」
「はい…?」
「失礼、此方の話です。つい今しがたですが、此処へ来る途中で私も狗尾さんに逢いましてね。擦れ違いに一言二言程度交わしただけで別れたので、詳しいお話を聞く事は出来ませんでしたが…今ので大体理解出来ました」
「おや、そうだったんですか。完全なる入れ違いとは、少々惜しかったですね」
「わざわざ私の分までお土産を用意しなくとも良いとは前に伝えていた筈なんですがね…知らぬ内に随分と慕われてしまっていたみたいです。まぁ、悪い気はしませんので構いませんが」
「ふふっ…、そうですね。私にまでもお土産をくれるだなんて、狗尾さんは良い子です」
「あの五条さんの元で学ぶ生徒とは思えないくらいにはまともな精神と常識を持った良い子でしょうね。…偶に箍が外れて暴れ回る点は難点ですが」


言われていた通り、七海さんの分と渡されたお土産を彼に手渡すと、彼も私と同じような感想を漏らしながら受け取った。

その表情は、先程までの苛付いて険しさを増していたのが嘘のように緩められている。

やはり、彼女には何か人を癒す力があるのではと思えてならない。

此処まで来たら、最早良い子過ぎて天使のようだ。

目的の場所へと向かうべく車へと乗り込むが、出発前に少し我が儘なお願いを口にしてみた。


「あの…一つだけ宜しいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「その、狗尾さんから頂いたお土産が何か気になり過ぎて仕方がないので…差し支えなかったらで良いんですが、出発前に先に開けてみても良いですか?」
「……まぁ、其れくらいなら、別に構いませんよ。余程彼女から貰ったお土産が楽しみで仕方なかったんですね」
「す、すみません…っ、この歳にもなって恥ずかしく……。生徒から何か貰うなんて事自体あまり無かったものですから、どうしても気になってしまって…っ」
「咎めたりだなんてしませんから、どうぞ早くしてください。ついでに私の方も開けて見てみますから」


七海さんの言葉に促されていそいそと貰ったお土産を開封してみると、中身は何処かの老舗の金平糖であった。

可愛らしいパッケージ缶の中に収められた袋詰めの色とりどりの小さくカラフルな星粒の様な其れは、見た目から私の心を癒してくれた。

よく見れば、土産袋の中には小さなメッセージカードも入っていて、“伊地知さんへ、何時も送迎有難うございます。”とのシンプルな感謝の言葉の文字が踊っていた。

其れだけで私の涙腺は決壊して、ついすぐ側に七海さんが居るのも忘れてぶわりと溢してしまった。

お陰で、七海さんからは呆れの視線を頂いてしまった…本当にすみません。


「…泣く程までに嬉しかったんですか…。良かったですね、貴方も狗尾さんから慕われているようで」
「ずびばぜん…っ、良い歳した大人がみっともなくて…!すぐに泣き止みますから、もう少々お待ちを……っ」
「いえ、此れから向かうのは急ぎの案件ではありませんので、お好きなだけ泣かれても構いませんよ。…ハンカチ、貸しましょうか?」
「い゙え゙…っ、わざわざ七海さんのを汚さずとも、自分のがあるので大丈夫です……。お気遣い有難うございます…っ」
「どういたしまして。取り敢えず今かける言葉としては、“心中お察しします”ですかね」


サングラスの下で穏やかに目を細めた七海さんが、控えめに口角を上げて手元の物を眺めていた。

どうやら、彼の方にも同様にメッセージカードが添えられていたようである。

恐らく、内容も似たようなものだろう。

本当、あの五条さんの生徒とは思えないくらい出来た子過ぎて泣けてしまった。

今度、自分も地方や遠方に派遣された際に、御礼と称して彼女へのお土産を用意しようかな。

勿論、彼女一人だけでは不公平なので、他三人分も含めて。

五条さんへは何時もながらに言い付けられる品物だけで十分だろう。

とにかく、今は彼女から貰ったこの金平糖を大事に大事に食べようと思い抱くのだった。