微睡みのふちに
居る君と休息
五条先生の言い付けから、お互いの監視ついでに映画DVDを鑑賞しつつ特訓していた最中の事である。
気付けば、時間は既に深夜帯を回っていた。
そして、いつの間にか気が緩んでしまっていたのか、宿儺が内に居るというのに虎杖の隣でついうとうとと舟を漕いでしまった。
虎杖に声をかけられて初めて彼の肩に凭れ掛かってしまっていた事に気付く。
眠気に負けてうっかり冒した失態に、私は素直に謝罪を口にした。
「ご、御免、虎杖…っ。勝手に凭れ掛かっちゃってて……」
「いや、別にそんな気にしてないから良いけどさ…狗尾、もしかして結構眠くなってる?」
「ぅ゙……っ、や…ま、まだ大丈夫、です…。起きてます…っ」
「いやいや、明らかに眠たそうな顔してんじゃん…無理すんなって。宿儺の奴も大人しくしてるし、俺の事なら心配要らないって。…あ、もし俺が特訓中なの気にしてんだったら大丈夫。俺、まだ普通に起きてられるし、今観てるヤツ終わるくらいにはたぶん五条先生来るから。そしたら俺も寝るし。眠いなら、狗尾先に寝てて良いよ?だって、今もスゲェ眠たそうだし」
「んぐぅ………っ、でも、虎杖は起きてるのにその横で私が寝るのはちょっと…、」
「俺は全然気にしねぇから、此処そのまま使っちゃって良いから寝ろって。今の狗尾マジでやばいよ…?」
「うぐぁ……マジすかぁ…っ。最近何かあんまり深く寝付けなくて寝不足気味だったのと、何だかんだ色々あって疲れ気味だったのもあるんかな…。うぅ…っ、面目ない……」
「良いって良いって!何だったら、俺の膝、枕に使う?俺、男だから固いし、そんな寝心地良くないかもだけどさ。無いよりマシでしょ?ほい、遠慮無くどうぞっ」
そう言って胡座をかいていた片膝を崩して差し出され、ついでにソファーの背に掛けられていたブランケットまで用意される。
「………な、何か御免ね…。虎杖の側って意外と落ち着くのか、気付いたら凄い眠気来ちゃっててさ…――いや、こりゃ言い訳か。本当にすまん…恩に着る」
「ただ寝るだけなのに大袈裟過ぎでしょ!そういうとこ、狗尾ってちょいちょい面白いよな〜」
彼からの善意と誘惑に抗えず、素直に渡されたブランケットを受け取って彼の横で躰を横たえて丸くなり、ブランケットに包まると…どんだけ眠かったんだ。
おやすみ三秒というくらいにあっという間にスヤァと寝付いてしまった。
さっきまで頑張って睡魔に抗ってた行為は何だったんだ。
其れくらいの早さですっかり寝落ちてしまったのであった。
私がちゃっかりブランケットにしっかり包まって眠ってしまった様子に、枕代わりに片膝を貸す虎杖は一人ぽつりと呟いた。
「…口では意地張って強がってたけど、やっぱ眠かったんじゃん。スゲェ早さで寝落ちたわ」
其れだけ睡魔に支配されていたらしい。
すっかり安心し切ってスヤスヤと寝息を立てる私の事を見つめ、虎杖は思ったままの感想を零した。
「何か、思った以上にすんごい安眠されてますけど…俺ってそんなに気心許されてたん?いやまぁ、そうだったなら純粋に嬉しいけども」
「―知らん。…だが、無防備にも寝顔を晒す様はなかなかに面白いな。普段は澄ました顔をしている癖に、寝顔は随分と愛らしいものなのだな、この小娘。其れにしては図太い神経の持ち主だ。この俺が身近に居るというのに安易に寝転けるとは…此奴本当に警戒しているのか?」
「そんだけ疲れて眠かったって事でしょ。詳しい事は知らんけど、狗尾も色々と抱えてて苦労してるっぽいし。……にしても、眠ってる時の狗尾って、思ったよりも幼げというか…あどけなくて可愛い顔してんなぁ〜。何か、こうしてると普通の女の子って感じで、ちょっとドキドキする…」
「餓鬼め」
「うるせぇよ。せっかく狗尾が気持ち良さそうに寝てんの邪魔したくないし、こっちも映画観んのに集中すっから、お前もう黙ってろ」
「あー、分かった分かった……っはぁー、ウザァ」
「お前のがウゼェししつけぇよ…!」
軽く小声で言い合った後、静かになる部屋。
その間、TVから流れてくる眩しい映像も小うるさい音声も気にならない程深く寝入っていた私は、ひたすら虎杖の膝上に頭を預け切っていたのであった。
―暫くして、観ていた今日最後の分の映画が終わると、そのタイミング頃に見計らったようにやって来た五条先生。
何時もながらの飄々とした空気を纏って気軽に挨拶しながら部屋へと入ってくる。
「や、悠仁。調子はどう?順調そう?」
「あっ、五条先生おかえり〜!」
「うん、ただいま。って、あれ…莎草はどうしたの?トイレ?」
「いや、違う違う。此処此処、今、俺の膝枕にして寝てんよ」
「え?マジで?」
「マジマジ。俺も吃驚なくらいぐっすりだよ」
「えっ。ちょ、凄い気になるから見せて見せてぇ〜?ついでに寝顔写真に撮っちゃおーっと…!せっかくの機会だかんねぇ〜っ」
私が寝ていると聞いて興味津々にソファーを覗き込んできた先生は、スマホを取り出し構えながら虎杖の膝上の私を見つめた。
「あらまぁ〜…随分とぐっすりなご様子で。なぁーんか思った以上の展開で僕も吃驚だわ。此処まで莎草が気ぃ緩めてんのめっずらし…!」
「あ、やっぱり?俺も同じ事思ってたんだよね〜。だって、俺等ってまだ会ってからそんな経ってないじゃん?滅茶苦茶眠たそうにしてたから“寝る?”って言ったまでは良かったけど、まさかこんなぐっすりと安眠されるとは思ってませんでした、ハイ」
「でしょうね〜。僕だって、こんなに安心し切った寝顔晒した莎草、久し振りに見たもん。きっと悠仁の側が思った以上に落ち着いたんでしょうねぇ…っ」
「何かソレっぽい事、寝る前に本人からも言われたわ」
「おっ、マジで?じゃあ、本気で悠仁には心砕いてんのかもね。やっるぅ〜!」
「えぇ…っ、そうなんかなぁ?よく分からんけど…」
「莎草は昔っから警戒心強くてなかなか心許してくれない子だったから、早い段階で此処まで許されてんだったら本当の事だよ。自信持ちなって!」
「はぁ…。まぁ、五条先生が言うからにはちょっと自信持っちゃおうかな…?」
私の寝顔をまじまじと二人で眺めながらそんな事を呟く。
「こ〜んな無防備に緩み切った寝顔晒しちゃってまぁ…青春謳歌してるようで何よりだね!」
「いや、此れも青春の内に入んの…?」
訳分からん発言を受けて虎杖が首を傾げていれば、一人愉快そうに笑む先生が再び楽しげに口を開いた。
「それにしても…こんだけ莎草の気が緩んでたら、ちょっと面白いもん見れるかもね」
「うん…?どゆ事?」
「まぁ、大人しくそのまま見てなって。たぶん、こんまま待ってたら悠仁にとっては貴重な出逢いを果たせるかもしれないよん?」
「貴重な出逢い…?何じゃソレ……」
「相変わらずこの呪術師の言う事はふざけておるな」
「呪いは黙ってろよ」
彼に言われるまま大人しく私の寝顔を眺めたまま待っていれば、気の緩んだ私の隙を狙って“表に顔を出した”奴がぼんやりと目を開く。
「―何ぞ、さっきからうるさいのぉ……黙って寝かせてもくれんのか、貴様等は…」
「えっ、狗尾……じゃない…?」
「うん……?
「あはっ、お前も中でぐっすりだったとこだったのねぇ〜。すっかり人間臭くなっちゃって、マジウケる」
「え、ちょ、先生…コレどういう事?」
「この期に及んで理解出来んとは…だからお前は阿呆と言われるのだ」
「ぁあ゛!?喧嘩売ってんのか、テメェ…ッ!」
「喧しい。騒ぐな、騒々しい……っ。休息くらい静かに取れんのか…」
「いや、其処悠仁の膝だからね。フッツーに我が物顔で占領してるけどさ」
「小僧自身がこの娘に貸したのならば別に関係無かろう…?娘に施された恩恵は余にも等しく与えられて然るべきだ……分かったなら静かに寝かせろ。余は眠いのだ…莎草の眠りが浅かった分、余が代わりにその分を補うのだから………」
そう言ったきり再び目蓋を閉じた我が呪いは眠りに就いた。
私自身はずっとずっと深いところに意識が落ちていたから、何も知らぬまま気付かぬまま眠ったままであったけれど。
終始何が起こったのか理解出来ていなかった虎杖が、私の顔を凝視しながら先生へ問う。
「えっと…、もしかして、今のが始めに言ってた狗尾の…?」
「そっ。莎草の中に居座る…というか憑いてる呪いの一つだよ。宿儺と同じ特級呪霊に分類される呪いだけど、莎草のは宿儺みたいに特別個体に対した名称とか何も無くてね〜。取り敢えずは、何か呼び名無いと区別する時面倒だから、勝手に“
「え……そういうのってアリなん?」
「ダーイジョブダイジョブ!だって、僕、最強だし。記号でも何でも良いから呼称無いと呼ぶ時困っちゃうでしょ?その為だよ。…ねっ、面白いもん見れたでしょ?」
「まぁ、確かにそうだな。一時の退屈凌ぎにはなった。ついでに今後への期待が持てそうで愉しみだ」
「お前には聞いちゃいないんだよなぁ〜…?言っとくけど、幾ら宿儺であろうとも僕の可愛い生徒である莎草に手ェ出したらぶっ殺すから。そのつもりで居ろよ、クソ呪霊野郎」
「ほぉ…?この娘に手を出したらタダじゃおかないとでも言いたげだな。ますます興味深い奴だ」
「…よく分からんけど、何か俺だけがこの状況に置いてけぼりなのは分かった……。どーでも良いけど、先生、そろそろ俺も寝て良い?明日も特訓あるから早く寝たいんだけど…」
「あ、うん、良いよー。ドーゾドーゾゆっくり休んでねぇ〜!莎草の事はそのままそっとソファーに寝かせといてあげたら良いから。んじゃ、夜も遅いし、僕も退散しましょ…っと!おやすみぃ〜、悠仁と莎草!宿儺はそのままくたばっときなよ」
「抜かせ、呪術師風情が」
「良いからお前もう戻れっつの(ベシッ)」
その日、私はそのままソファーで寝かされる事となり、虎杖は別に布団を敷いて寝たそうな。
―翌日の朝、五条先生から昨晩の事を話のネタにされながら、いつの間にか撮られていた寝顔写真を見せられ、諸々を暴露されて知った事は後の祭りである。
取り敢えず、一時ずっとその場から動けなかったらしい虎杖には素直に平謝りしといた。
「昨日は本っ当ガチで御免ね…っ!!」
「いや、別にそんな気にしてないから良いって。俺としても、ちょっと役得だったというか、狗尾の可愛い寝顔拝めて嬉しかったし…。(――膝、枕に貸してるついでにこっそり頭撫でさせてもらったりとか、狗尾の髪って触り心地スゲェ柔らかかったんだなぁ〜とか、女の子特有の良い匂いを色々と堪能させてもらっちゃった事は流石に黙ってた方が良いよなぁー…っ)」
「はぁ…。まぁ、虎杖が気にしてないんなら良いんだけど…」
「貴様に膝を貸している間の小僧は、見ていてなかなかに愉快で気色が悪かったぞ。貴様が呑気にぐっすりと寝入っている隙に色々と好き勝手にやらかしていた様は、傍から見てさぞ変態臭く映ったであろうなァ?ケヒッ!」
「え………、ま…?」
「はあッ!?」
「俺は事実を述べたまでだぞ。其れを聞いた小娘にお前が嫌われようとどうなろうが関係は無いからな。後の事は知らん」
「勝手過ぎでしょうが…ッ!!――あっ!一応弁解の為言っとくけど、俺、色々やらかしてた風に言われたけど、やったと言ってもちょっと頭撫でたりだとか女の子特有の髪の毛の柔らかさとかを触って確かめてただけだから…!今言った事以外は本当何もしてないかんね!?コイツが言った事は真に受けないで!!あと変な誤解はしないで、頼むお願いします、嫌いにならないでぇ…っっっ!!」
「………えっと、うん…取り敢えず、分かったから…顔上げようよ。あと、そんな事くらいで嫌いになんてなったりしないから落ち着いて…?」
「狗尾めっちゃ良い奴…!!有難う!!大好き…っ!!」
「青春だねぇ〜…っ」
一先ず、後で五条先生のスマホは没収して昨夜に関する写真のデータは全て消去してやろうと誓った。
何が恥ずかしくて寝顔写真など曝されなきゃならんのだ…。
私は知らなかったけど、実はそのデータの一部は五条先生のスマホだけに留まらず、既に虎杖のスマホに送られててちゃっかり保存済みであったのには気付かない。