眠れないなら、
もう少しだけ
怖い夢を見た。
大好きな皆が死んじゃう夢だ。
私独りだけ取り残され生きている、そんな話。
ただの夢で現実の事ではないと分かり切っているのに、頭が理解が追い付かなくてキャパオーバーしていた。
目の奥が痛んで勝手に涙が出てくる。
泣きたくもないのに。
泣いたら目元腫れるし、顔浮腫むし、翌朝起きた時絶対不細工な顔になってるから嫌なのに。
感情とは裏腹に涙腺機能は馬鹿になったみたいに涙を垂れ流した。
泣いた後、目乾燥するから目薬点したりと色々面倒なのにな…。
そうこう思っても勝手に流れ出ていくものは止まらない。
此れは一時落ち着くまではダメだな。
早々に諦めを付けて枕元に置いていたティッシュを手に取り目元を拭った。
ついでに鼻水を啜っていた鼻も噛んでスッキリさせておいた。
寝直そうにも、此れじゃあ暫くの間は不安で眠れそうにない。
あと、何だか今無性に誰かの顔を見たくなってベッドを抜け出し、夜中だというのに寮の部屋を抜け出した。
そして、自身の居た女子寮から男子寮へとやって来て、親しくなって其れなりに長い年月を過ごしている友の部屋前までやって来た。
夜中だという事もあり、きっと寝ているだろうと思って一瞬ノックするのに伸ばした手を躊躇したが、其れ以上に不安な気持ちが衝動的に躰を突き動かして、気付いた時にはあっさりと真夜中にも関わらずノック音を打ち鳴らしていた。
今更後悔しても遅い。
全ては後の祭りにしか成り得ないのだ。
そう思って、大人しく部屋の主からの応答を待った。
寸分待って中からごそごそと物音がし、次いでドアの鍵が解錠されたのだろう、ガチャリと硬質な物音の次には目の前のドアが薄く開かれていて中で眠っていた彼が寝惚け眼に不機嫌そうに顰めた顔を覗かせた。
「………こんな時間に何の用だよ……」
「―恵ぃ……っ、」
「は…、?お前何で泣いて……ッ、」
「御免ね…少しで良いから、恵の側に居ても良い…?」
「……少しの間だけだからな」
自分でも吃驚するような情けない声が口から出ていった事に、内心酷く憂鬱になった。
他人様に迷惑を掛けておきながらなんて呑気なと。
私の異様な様子に何かを察した恵は、特別何も言う事無くただ短く「入れ」と淡々と告げて中へ招く。
きっと寝ていたところを起こされて酷く不愉快だったろうし、任務や学業で疲れて眠かっただろうに、優しい彼は私を気遣って部屋へと招き入れてくれた。
私はその優しさに甘えてそっと部屋の中へと入れてもらう。
さっきまでと違って、明らかに誰か人の気配がする空間に来て、心底胸の奥が落ち着いていくのが分かった。
彼の部屋に入った途端、深呼吸をし出した私に、一先ず何か飲み物でも飲むかと提示してきた彼が冷蔵庫に入っていた未開封のペットボトルの水を差し出してくる。
私は其れに無言で頷いてゆるりと受け取った。
でも、すぐには口を開けずに、そのまま手に握って視線を落とした。
「……ノックしてもすぐに出なかったから、死んじゃったのかと思った…」
「あのなぁ…今何時か分かってるか?真夜中はとっくに過ぎてる時間なんだぞ…?おまけに、こちとら夜遅くに任務から帰って疲れて寝てたところ起こされたし…っ。そんなすぐに出れるかっての…」
「……御免、分かってる。けど…不安で不安で居ても立っても居られなくなったから来た…。迷惑なのは、端から理解してる……だから、御免…」
「………何があった?」
「…怖い夢、見た。皆死んじゃう夢…私だけが取り残されたみたいに独り生き残ってる話だった…。皆、血だらけだった。辺り一面血の海で…皆の死体が私を囲む様に転がってて、私独りその中心点に立ち尽くしてるの…。何も出来なかった、って絶望に暮れて。誰も助けれなかったって、見殺しにしちゃって、自分だけが生き延びてのうのうと息してる……。そんなの、絶対に嫌で…、夢だって分かってるのに、やけにリアルで現実味を帯びてて…本当に起こった事じゃないのに本当に起きた事みたいに錯覚しちゃって…其れで、」
「―莎草…ッ」
語気を強めた彼の呼び声にハッとして我に返る。
いけない、うっかり負の感情に飲まれかけていた。
負の感情、其れ即ち呪いの源なのに…。
肩に手を置いて揺さぶるように私の意識を現実へと戻してくれた彼は、ホッと息を吐いて安堵した。
嗚呼、また余計な心配と迷惑を掛けてしまったな。
そんな事を思ったとて、もう過ぎてしまった事は変えられない。
「…大丈夫だ、俺達はまだこうして生きてお前の目の前に居る」
「……うん、」
「勝手に居なくなったりなんかしねぇから、安心しろ」
「………うん…。有難う、恵…其れと、御免ね。また余計な迷惑掛けて…」
「お前から迷惑掛けられんのなんて今更の話だから慣れたし…もう其れ以上変に謝んな。…落ち着くまでは此処に居て良いから、好きなだけ居ろ」
「…………ん、…じゃあ、少しの間だけ居させてもらうね……」
まるでお兄ちゃんみたいだと思った。
負の感情に引っ張られて混乱の渦中にあった私を落ち着かせる為に、ぎゅっと私の身を抱き寄せて抱き締めてくれる恵にふとそんな風に思ってしまった。
血の繋がりなんて無ければ、つい少し前までは何も知らぬ赤の他人でしかなかったただの同級生であり友人に過ぎないというのに。
甚だ可笑しい感覚に気でも触れたのかとさえ一瞬思えてしまった。
だけれど、身近に感じる彼の体温と匂いに、改めて“嗚呼、まだ生きているんだな”なんて思ってしまったから。
つい、弱った拍子に甘えるように彼に縋り付いてしまった。
何もそこまでする気の無かった私は、とうとう自分の意図せぬ形で動く躰の反応に何も為せなくなる。
固まったように彼の腕の中で動かなくなれば、更に落ち着くのを促すようにぽんぽん…っ、と背中を擦られた。
口ではああ言っときながら、何処まで甲斐甲斐しいんだ、この男は…。
優しい手付きに、此処に来て収まりかけていた涙腺がまた緩んでぽろりと涙を一滴溢していった。
嗚呼もう、明日は本当に不細工な顔になるのは避けられそうにないや。
安堵感からか、再び溢れ出した涙に、彼は何も言わずただ淡々と優しく胸を貸し、背中を擦ってくれるのだった。
―暫くして、漸く本格的に落ち着きを見せた私に、改めてペットボトルの水を差し出してきた恵。
今度はしっかりと受け取って口を開き、中の水を口に含んだ。
散々泣いて水分を浪費したせいか、躰が酷く水分を欲しているのがよく分かった。
あっという間にペットボトルの半分程を飲み干してから、漸く息を吐く。
「……ふぅ…っ。色々と御免ね、恵。やっと落ち着いたわ」
「もう謝んなって、さっき言ったよな…?」
「ははっ、……うん、そうだったね。有難う、恵」
「ん…分かれば良いんだよ、分かれば。…ソレ、持って帰って良いから、好きなだけ飲めよ。喉渇いてんだろ?」
「うん…、有難く貰っとくね。代わりに、今度何か奢るから」
「別に…そんな気にしなくても良いって。……まぁ、どうしてもって言うなら、強いてジュース一本くらいな。其れ以上は必要無い。割りに合わなくなるから」
「…っふふ、…うん、分かった。じゃ、今度何か飲み物買う時にジュース一本奢ったげるね」
澄ました風に見えて口角は上がっている事から、今はそんなに不機嫌じゃないんだろうなって思った。
残りの水で喉を潤しながらそんな事を思っていたら、再び寝に入る事にしたのか、ぐしゃぐしゃになっていた布団を整えてから此方を振り返ってきた彼が口を開いてきた。
「お前、明日のスケジュールは?何か予定入ってんのか?」
「え……っ?…えっと、今日任務で派手に怪我したから、一応様子見って事で何も入れられてないけど…。恵の方は…?」
「俺も、明日は任務明けで一日休みで空いてる。イコール、何も入ってない。…から、明日の昼近くまでたぶん寝てる。お前も疲れてんだったら、このまま此処で一緒に寝るか?」
「え…っ、や、流石に其れは恵に申し訳ないから遠慮しとくよ…っ。此れ以上の迷惑は流石に悪いって」
「どうせ泣き疲れて眠ぃんだろ…?今更部屋戻って寝るのも、もう此処で寝ちまうのも大して変わんねぇし、良いよ。お前、寝相悪い訳でもないしな。どっちみち、今一人自分の部屋戻ったって寝付けねぇだろ?」
「ぅ゙…っ、仰る通りで…というか、よく私の事をご存知で……っ」
「まぁ、短くない付き合いだしな。…ともかく、下手な遠慮とか気遣いは無用だから。寝るならさっさと寝ろよ。いい加減俺も寝たいし」
「わ、分かった…!ちょっとだけ待ってて!トイレだけ済ましてくるから…っ」
そう言って私は急いでトイレを借りて済ませに行き、再び彼の元へと戻っていった。
彼の元へと戻れば、先に布団に入っているよう促されて、一言断りを入れてから失礼させてもらった。
すると、ベッドの中には少し前まで寝ていた恵の温度がまだ残り香のように僅かに残っていて温かかった。
そうこうしていれば、部屋の電気を消してくれた恵が空いたスペースに身を滑り込ませてきて、少しだけ大きな体格をした彼の躰が再び密着する。
何となくまだ目を瞑る気にはなれなくて恵の方を向いたまま横になっていたら、薄暗闇の中、長い睫毛を揺らして緩く瞬きした彼が小さく呟いた。
「…そんなすぐに寝ろとは言わねぇし、寝付けもしねぇだろうから、横になった状態のままなら好きにしてても良いぞ…。その代わり、俺の睡眠妨害するような事はすんなよ」
「…分かった…おやすみ、恵…」
「ん…、莎草もおやすみ」
やはり眠いのを我慢していたんだろう。
そんなに経たない内から、すぐに深く寝入ったらしい様子の彼の規則正しい寝息が聞こえてきた。
寝ている間も私が不安がらないよう気遣ってか、やんわりと背中に回された腕に笑みが漏れ出る。
本当、恵は何時も優しくて助けられてるよ。
長く綺麗な睫毛に縁取られた目蓋は今は寝ていて閉ざされているけれど、開いていても閉じていても綺麗で見ていて飽きないな…、なんて事を思いながら彼の寝顔を見つめ、次第に重くなっていった目蓋に抗う事無く睡魔に身を委ねた。
今度はきっと怖い夢なんか見る事は無いだろう。
そう思って、私は彼の匂いと温もりに包まれながら眠りに落ちた。
―次に目が覚めたのは、昼もとうに過ぎてしまっていた頃で、隣の恵はまだ深く寝入ったままでぐっすりだった。
このまま起きても良かったけど、私の起きる気配でぐっすりと寝入っている彼を起こしたくはなかったので、そのまま彼のベッドの中に居る事にし、彼が起きるまで彼の寝顔でも眺めて暇でも潰していようかなと思うのだった。