薄氷の裏にて眠る
朝、目が覚めて真っ先に寮の自室の天井が目に入った。
布団から出ていた首元を冬になりたての冷たい空気がひやりと触れる。
次いで、その上をざらり、と冷たい何かが滑った。
私は其れが何かを知っている。
私の中の奥深い処に生まれた時から根付いている呪いだ。
荒神と成りて終いには祟り神と堕ちた土地神に掛けられた、一家末代まで呪う祟り。
私の命を握る呪いだ。
その冷たい手指が、私の首元を緩く掴んでいた。
何だ、殺すのか。
今殺すのか。
殺すなら好きにしたら良い。
そのまま絞めるなり、骨を折るなり。
やろうと思えば何時でも出来るのだろう。
いっその事、殺すなら一思いに殺してくれ。
顔を横向けたまま半目開いて何ともなしに壁側を見つめるも、其れ以上の力は加えられない。
ざらり、と冷たい何かはそのまま私の首元に緩く絡み付いたまま動かない。
ただただ緩くざらり、と不快な感触で以て私の首元を撫ぜるだけだ。
まるで、何時でも私の生殺与奪の権利を握っているのは此方なのだと主張するかのように。
其れに、今更どうこうする気など起きない。
目は覚ました筈だったけれど、何だか起き上がる気にはなれなくて、結局そのまままた寝入る事にした。
空腹を訴える腹に、朝御飯食べなきゃな…とは思ったけど、どうでも良くなった。
どうせ、今日は任務も入っていないし、面倒な座学も入っていない。
寝過ごしてしまったとしても構わないだろう。
そう思って私は
首元では相変わらずざらり、とした冷たい感覚が這っていたが、無視して放る事にする。
どのみち構ったとしても何も変わる事は無いのだ。
この呪いはずっと私の根源に結び付いたまま離れる事は無いのだから。
―再び意識が浮上して目が覚めた時には、既に日も高く昇り切った明るい昼間の頃であった。
布団からはみ出ていた首元を冬になりたてな冷えた空気が触れる。
その上を、温かな人肌が撫ぜて、ふと其処で漸く自分自身以外の存在がこの室内に居る事に気が付いた。
緩く瞬かせて開いた眼を首元から伸びる手から腕に沿って見上げる。
刹那、不安げに揺らいでいた青の瞳と目が合った。
深い夜空のように綺麗な色をした目だと思った。
ぱちり、寝起きの寝惚け眼を瞬かせて息を吸う。
「………何してんの…?」
「…お前が、あまりにも死んだみてぇに動かず寝てるから、本当に生きてっか気になって……、」
「……心配しなくとも、私はそう簡単に死んだりなんかしないよ…。私の中にはもう一つの呪いが居るからね。其奴が居る限り、恵の知らないところで勝手に死んだりなんかしないって。…仮に死のうとしても死ねない仕組みになってるからさ。反転術式使えるし、どっちみち彼奴が勝手に治すし、何なら一回死んだところでまだ命残ってるから結局死ねないし」
「其れでも…だろ。…何で、今日朝飯食いに来なかったんだよ?」
「…嗚呼、其れで私の部屋に来てたのか……。特に理由という理由は無いよ。…何か寝覚め悪かったから、気分悪くて寝直した。ただ其れだけの事だよ」
寝起きてすぐにいっぱい喋って疲れた。
私はあまり寝起きが良い方ではない上に、寝起きは極端に口数が減る。
まだ眠気を訴えてきそうな頭に抗えず、私は緩く目を閉じた。
依然として、首元に触れる温もりは離れぬままだ。
「お前まだ寝る気かよ」
「…恵の体温温くて抗えん…」
「嗚呼…そういやお前って朝、つーか寝起きは体温低いんだっけ。…けど、もう昼だぞ。いい加減起きて飯食えよ。じゃねーと躰持たなくなんぞ。何時緊急で任務入れられるか分かんねぇんだから…」
「えぇー………何か怠い、面倒」
「良いから起きろ」
「…じゃあ、恵が起こしてよ」
「何でわざわざ俺が起こしてやらなきゃなんねぇんだよ。其れこそ面倒くせぇわ。自分で起きろ」
「ケチィー…ッ、どうせ起こしに来たなら最後まで面倒見てけよぉー…っ」
「うるせぇ、さっさとしろ。…部屋ん外で待っててやるから」
優しいのか、優しくないのか。
答えは前者だ。
恵はやはり呪術師という仲間枠の中では優しい方である。
まぁ、そもそもが私の周りに居る呪術師の大概が優しい人達ばかりであるが。
彼の催促に従って漸く今日初めてベッドから身を起こした。
寝間着から適当な部屋着に着替え、顔を洗い、寝癖の付いていた髪を整えて軽く纏める。
そうして鏡の中に映り込む自身の首元には、先程までの彼の手の温もりが染み付いていた。
お陰で、あんなに不快で仕方がなかったざらり、とした冷たい感覚は消えていた。
せっかく残っている温度を失くさないよう、しっかりと首元を覆えるハイネックのインナーに身を包んで、その上にもう一枚明るめの色合いのセーターを着込んで待ち人の待つ部屋の外へと出て行った。
「お待たせ。そんじゃ行こっか」
「…ん」
「今日のお昼御飯って何だろう…?つって、私はまだ一食目だから朝昼一緒だけどね。恵はお昼のメニュー何か知ってる?」
「いや、まだ食堂覗いてねぇから知らねぇよ」
「そっかぁ。私寝起きたばっかの一食目だから、あんま重めのメニューじゃないと良いなぁー…っ」
くだらない、他愛もない呟きを零して彼の隣を歩く。
きっと、この先もまたその先も、こんな感じの緩く温かな関係が続くのだ。
今の内は、取り敢えずそう信じて疑わずに居る事にしよう。
彼がくれる優しさと温もりを取り零さないように。