愛に抱かれて眠りたい



とある雨の日の事だった。

コンビニ帰りに、土砂降りの雨の中立ち尽くす彼女を見付けて、咄嗟に駆け寄った。


「うわ、すっげぇびしょ濡れじゃん…!何で傘差さないまんま濡れてんの。風邪引くよ?」


俺がそう言いながら自身の傘の中に入れてやるも無反応で、試しに目隠しするみたいに目深に被られていたフードを下ろしてやったら、宿儺の奴と同じ色をした大きな瞳が潤んで泪を湛えていた。

一瞬驚きで固まっている内に瞬きをされて雨の雫と共に頬へと溢れていった一滴に思わずハッとする。

取り敢えず、詳しく話は訊かずに、「このままだと風邪引くから帰るぞ」つって寮まで連れ帰った。

そんで、寮の風呂場に突っ込み、ずぶ濡れてた服全部脱いでもらってシャワーを浴びて温まってもらう。

暫くして出てきたところに、甲斐甲斐しくも用意した服を着せてやるなどして世話を焼いてやり、ついでに頭を拭いて丁寧に乾かしてやった。

ちなみに、彼女の部屋に断りも無しに勝手に入るのは憚られたので、自室から持ってきた自分の部屋着の一着を着替えの代わりとした。

幸い、下着までは濡れずに無事だったらしい(流石の着替えの時は俺も後ろ向いてて見てないし、彼女からも何も言われなかったからの憶測だけど)。

此処に来て初めてどうしてこうなるに至ったかの理由を問うてみた。


「何で雨ん中傘も差さずに突っ立ってたんだよ…?」


返ってきた声は、何時に無い程に力無い返事であった。


「…別に、特に理由も無い」
「理由も無いのに、この季節に土砂降りの雨ん中濡れてたの?どんだけ阿呆なのよ、お前…。そんなんしたら、あっという間に風邪引くに決まってんじゃん。馬鹿なの?女の子が躰冷やしちゃダメでしょーが、全く…っ。…取り敢えず、何か適当に躰あったまりそうな飲み物出してやるから、其れ飲んで休んでろ」


そう言って食堂まで連れていき、厨房を借りて作った蜂蜜入りのホットミルクをそっと手渡した。

椅子に腰掛けて待っていた彼女は、其れを無言で受け取ると静かに口を付ける。

細い喉がコクリと上下したので、一先ず味は不味くなかったのだろう、何も言わずに飲んでいく彼女にホッと息を吐いて安堵した。

此れで雨に濡れて完全に冷え切っていた躰も少しは温まるだろう。

本当、何でこんな寒い季節に雨に濡れるなんて自殺行為に走ったのやら。

幾ら脳味噌を使って考えようとも理解が及ばない。

ただ、そうまでして自分を追い込む程の何かが彼女にあったのだろう事は分かった。

だが、俺に其処までの事は分からない。

もしかしたら、他人には言いづらい事なのかもしれない。

兎にも角にも、今の彼女を放っておく事は出来なかった。

このまま一人にしたら、何を仕出かすか分かったもんじゃなかったからだ。

今、彼女はすげぇ不安定な状態にあるんだと思う。

その証拠に、今の彼女の目は血を混ぜたように赤く染まっていた。

自身の力の制御が上手くいかなくて呪いの力に侵食されている時のものだって、前に彼女自身から聞いた話だ。

まだ意識まで乗っ取られている訳ではないから安心出来るけど、でも何時意識までも乗っ取られるかは分からないから油断は出来ない。

彼女の中の呪いは、俺の中に居る宿儺よりはだいぶマシな奴とは分かっていても、呪いには変わりがないから、やっぱり本当に安心は出来ない。

―守りたい、大切にしたい人の一人だから、何かあったなら力になりたい。

もし、彼女を揺らがすものが呪いにあるなら、彼女の事を傷付けるなら俺が排除するぞって言ってやっても良い。

俺の知らないところで彼女が傷付くのは見たくなかった。

ただ其れだけだった。


「…何があったかは知らねぇけどさ、嫌な事あったんなら吐き出しちゃえば?話なら、俺幾らでも聞くからさ!」


なるべく雰囲気が暗くならないように何時も通りの空気を装って明るく笑ってみせる。

そしたら、僅かにだけど、落ち込んでいた彼女の表情が上向いて小さく笑みを作った。

そうそう、狗尾には笑った顔の方が似合ってるよ。

俺はそう内心で思って、腰を屈めて彼女と目線を合わす。


「狗尾は狗尾っしょ…?呪いなんかに負けちゃダメだよ」


彼女の顔を包むように触れて目の中を覗き込むみたいにして言えば、徐々に徐々に赤色に染まっていた瞳がじわじわと色を変え、元の黒い瞳に戻っていった。

そうしてゆっくりと瞬いた彼女が、俺の手の上から自身の頬に触れる。


「……有難う、虎杖。もう大丈夫そう」
「本当に大丈夫?」
「…うん、もう大丈夫」
「そっか。なら良かった!」
「世話掛けて御免ね」
「うん?良いよ、此れくらい。大した事ねぇから。――それよかさぁ…やっぱ俺の服じゃサイズ合わなさ過ぎたな〜。すっげぇぶっかぶかで裾なんかやべぇくらい下の位置になってんじゃん。最早ワンピースになっててウケるっ」


今更だが、よくよく見ると彼女の姿はダボダボのゆるゆる状態であった。

体格の優れた自分より圧倒的に小柄な彼女の身には、自身の服のサイズは合わなさ過ぎたのだ。

指先しか見えていない袖先を持ち上げて彼女が改めて丈を確認するようにパーカーの裾を摘まんで持ち上げた。

その行為に流石の俺も慌てて引き止める。


「…何、」
「いや…その、幾ら何でもソレは不味いっていうか、俺目の前に居るし、そもそも俺も多感なお年頃の男の子だから…ね?分かってください、お願いします」
「嗚呼…そういう事か。御免、うっかり…」
「うっかりで下着見えちゃってたらアウトだから…。ちょいちょい思ってたけど、狗尾って貞操観念緩くない?」
「え?そうかなぁ…」
「いや、絶対そうでしょ。だって、さっき風呂から上がった時も無防備だったし、俺に任せっ切りって感じに気ぃ許しちゃって世話焼かれてたしさ。普通、男ならあの時点で狗尾の事襲っちゃってるかんね?まぁ、同級生だし、仲の良いダチとして認めてもらえてんのは嬉しいけどさ…もうちょい異性として意識してくれても良くない?一応言うけど、俺も男よ?あんま無防備にされてっと困るかんねー」
「…別に、虎杖の事意識してない訳ではなかったけども…何でかな。何かさっきのは感覚的にお兄ちゃんみたいに思ってた」
「狗尾にとっての俺って何なの…まぁ、何でも良いけどね。狗尾が元気になってくれんのなら、幾らでも世話焼くよ。俺、狗尾の事好きだからさ!」


衒いも無くそう告げれば、彼女はきょとりとした後に、僅かに頬を赤らめてぎこちなく視線を逸らして俯いた。


「…虎杖って、結構明け透け無く物言うよね…」
「まぁ、言いたい事思った事はなるべくその時言う様にはしてっかな?だって、後々言わずに後悔したくねぇじゃん?」
「うん…まぁ、確かにそうだけどね」
「呪術師なんてやってたら何時死ぬかだって分かんないしさ。だったら、いざ死んでも後悔しない様に生きたいじゃんか。だから、伝えたい事は今伝えとく…!どうせ俺も狗尾も死刑決まってっから死んじゃうけどさ!生きてる間くらい好きな事楽しもうぜ!」


ニカッと格好良く決めたところで、邪魔に入るみたいに左頬に宿儺の一つ目と口が現れて勝手に喋り出す。


「騙されるなよ、小娘。此奴は此奴でお前の事を脅かそうと密かに画策しておるぞ。…そうさな、今しがた押さえ込んだ手をそのまま裾の下に滑り込ませようかどうしようか、とかな。餓鬼らしい葛藤に苛まれておるようで実に滑稽だ」
「ちょっと…!せっかく頑張って上げようとしてる人の好感度落とすような事言わないでくれる!?」
「ケヒッ!今ので嫌われたかもしれんなぁ?小僧よ。ザマァないな。ケヒヒヒヒッ!」
「あーもぉー!!お前喋んな出てくんなアホ…ッ!!」


奴が出てきていた箇所を思い切りベチンッ!と一発張り手を食らわせるつもりで叩くも、寸でで中に戻ったのか、自分の頬を張り手するだけに終えて悔しい。

ったく、隙あらば好き勝手俺の躰乗っ取ろうとするんだから油断ならない。

そんなこんなあった後に気まずげに彼女の方へ視線を合わせれば、純粋無垢そうに澄んだ目が此方を見ていて思わず自分から逸らしてしまった。

気まずい、非常に気まずい。

だけど、そんな俺の気持ちすらも溶かすような素直な彼女の言葉が俺の耳へと飛び込んできた。


「今ぐらいので引いたりもしないし、嫌ったりもしないって」
「え…っ?」
「だって、虎杖が歳相応な男子高校生なの知ってるし、今更じゃん?」
「狗尾さん…!」
「だから気にしなくて良いよ。私も大して気にしてないから」
「いや、ソコはちょっとは気にして欲しかったな…じゃないと、何も意識されてないみたいで若干ヘコむ…っ。つーか、地味に上げといて落とすの何なの…?さっき俺が下心抱いてた事への当て付けか何か??」
「さぁ?どうでしょうかね?ふふふっ…」


漸く笑顔を見せてくれた彼女に、皮肉だが勝手に出てきた宿儺にほんのちょっとだけ感謝しとこうかなとか思うのだった。