「もっかい言って?」



 休日の朝の事であった。
朝が苦手で且つ気温の寒さからいつまでも布団の中に籠ってぬくぬくごろごろと微睡んでいた。
 其処へ、常と変わらぬ様子で元気な声を上げてやって来た悠仁。
時間にして既に午前九時半過ぎであった。


「おっはよー莎草!…って、やっぱまだ布団の中だったかぁ〜。おーい、莎草さぁーん、もう朝ですよー。いい加減起きて御飯食べましょぉー?」
「……ん゛〜ぅ゛………、」
「こぉーら、いつまで寝てんの…っ。早く起きなさい…!休みの日だからって一日中寝てたらだらしがないわよ!!貴女まだ若いでしょ!!寒いからって布団の中籠ったまんまも駄目!!起きてお日様の光浴びなさい!!」
「…ん゛に゛ゅ゛ぅ゛……っ、寒い…毛布返して……」
「めっ!!返したらまた寝るでしょ!!目ぇ覚めたんだったら起きて顔洗って服着替える!!そんで飯を食え!!莎草が身支度整えてる間に俺が飯作っといてやるから!!…ったく、もぉ〜…放ってたら飯も何も食わないまんま一日寝て過ごすんだから〜不健康極まりなさ過ぎよ!!貴女まだ十代でしょ!?枯れ過ぎよ!!もっと青春謳歌しなさい!!」
「………お前は私のオカンか何かか…?」
「良いから、起きたんなら顔洗ってくる!」
「…起きたっつーより、強制的に起こされたんだがな……ふわぁ〜あっ、ねむ…」


 何処のオカンだよ、という具合に包まっていた布団諸々をがされ、無理矢理起こされた私。
寝惚け眼を擦りながらぽやぽやんとする頭を起こし訴えたら、オカン節続行のまま洗面所へと突っ込まれた。
だから何でオカンみたいな事やってんの。
 意味が分からずまま、突っ込む気力も無く、仕方なしとばかりに起きる事にし、冷たい水で顔を洗った。
お陰で一気に目が覚めて、眠気も吹っ飛んで頭も覚める。
そのまま寝間着のもこもこパジャマからあったか素材の服へと着替えて、寝癖まみれでしっちゃかめっちゃかにぐしゃぐしゃな髪の毛を梳かして整える。
特に出掛ける気も予定も無いし、寒かったので、取り敢えず適当にハーフアップのお団子に纏めておいた。
前髪は緩く顔の横に避けて流すか耳に掛けておく事にしよう。
 保湿用に顔にクリームも塗って、粗方の身支度が整ったところで台所の方を覗きに行った。


「改めまして、おはようございます虎杖さん…休日にも関わらず朝飯作ってもらっちゃっててすんません…っ」
「おっ、おはよー。顔洗って頭シャキッとした?」
「お陰様で…あの、本当何から何までお世話になりまして、有難うございます…」
「良いって良いって!俺が好きでやってる事だからさ!其れよか、その服可愛いね!めっちゃ似合ってんじゃん!」
「あ、コレ…こないだ、野薔薇に連れてかれた先で買ったヤツなんだ。地味にお気にのヤツなんよ」
「へぇ〜良いじゃん!フード付きなとことか俺とお揃みたいだし!よく似合ってんよ!」
「あーっと、有難うございます…?」
「後で写真撮らせてね!可愛いから記念に撮っときたい!」
「え、や、其れはちょっと…」
「何で!?」
「いや、そこまでのもんじゃないから…言うてただの部屋着だし」
「え〜っ、せっかく可愛い格好してんのに勿体なぁ〜い!」


 ――とか何とか言いつつも調理を続ける手は止めない悠仁…出来た男である。
同じ年齢とは思えぬ程家事が身に付き完璧にこなしている。
主夫のかがみか、此奴こやつは…。

 一先ず、調理の邪魔にならない程度の距離から手元を覗き込み、問う。


「何作ってんの…?」
「んー?目玉焼きだよ。取り敢えず何かしら食べさせようと思って、冷蔵庫ん中にあった物拝借して有り合わせの物作ってる。御飯は炊かなきゃ無かったし炊き上がるまで時間掛かりそうだったから、手っ取り早く食パン焼いてトーストにする事にした。味付けはお好みでしてね」
「わぁ、本当何から何までお世話してもらっちゃって悪いね〜…」
「良いよ。俺が好きでやってる事だし。莎草が元気に笑っていてくれたら、俺、其れだけで嬉しいからさ」
「うわ、良い奴過ぎるやん、この男…泣かせに来とるわ」
「大袈裟ァッ!」
「…もし、将来悠仁に結婚相手出来なかったら、私が貰ってあげるね。引く手数多な君の事だから、たぶん無いだろうけども」
「え。結婚相手居なかったら、俺、莎草に貰われる運命なの?…じゃあ、このままずっと独り身貫いとこっかなぁ〜。そしたら、最終的には莎草さんが俺の事貰ってくれるんでしょ?やったね、将来のお嫁さん確定じゃん」
「え」
「え?」


 まさかの返答に聞き返したら、逆に向こうからも聞き返されてしまった。
暫し沈黙が漂い、調理の音だけが室内に響く。


「……今の、ほんの冗談のつもりだったのですが…?」
「嘘、マジで…?やば、俺今普通にガチレス返したかも…」
「は?何やておま」
「御免、今のは忘れて」
「ア、ハイ…」


 微妙な空気が漂う中、有り合わせで作っただけの簡単な料理は完成する。
出来上がった料理はそのままテーブルへと運ばれ、丁寧に私の眼前へと並べられていった。


「ハイ、出来上がりましたよ〜。冷めない内に召し上がれ!」
「わぁーい、美味しそう〜っ」
「有り合わせの物で適当に作ったから、シンプルにベーコンエッグと冷食の付け合わせになっちゃったけど…大丈夫だった?」
「うん、全然大丈夫。寧ろ、普段一人の時に作る食事よりちゃんとしたメニューだから感謝なのです」
「ちょっ…コレより下のレベルて…莎草さん、貴女普段どんな食事生活してるんすか?」
THE・適当」
「不摂生過ぎる…ッ!!もっとちゃんとした物食べようよ…!!貴女まだ育ち盛りの学生なんだから!!」
「言うて一応は食べてるんだからマシな方よ…?食べる気無かったら、喉は渇くからって飲み物飲むだけ何も食べない事もザラにある。ギリお菓子摘まむ程度で終わらす事もあるかな」
「お菓子は御飯に含まれません!!っもう、御飯はちゃんと食べなきゃ駄目でしょ!?作るのも買うのも面倒だったら俺が作ってあげるから食べて!!じゃないと、いつかマジで俺の知らないとこで倒れそうだから心配だわ…ッ!!」


 またもやオカン節を発揮している彼を他所に、「頂きます」と手を合わせて出来立てホカホカの食事に手を付け始める。
有り合わせの物で作ったと言いながら、主食のトーストにしっかりとおかずとスープまで付いているのだから完璧である。
 まずは胃に優しいスープから頂く事にしよう。
インスタントのポタージュスープだったけども、彼が作ってくれた物だからだろうか、普段のウン倍も美味しくてホゥ…ッ、と溜め息が零れた。
うん、あったかい食事を摂るとあったまるな。
 その調子で綺麗なきつね色に焼き上げられたトーストに据え置きのマーガリンを塗って、まずはそのままの味を楽しむ為に他の味付けはしないままぱくり、一口かじった。
うん、旨んい。
 美味しい御飯に食欲を刺激されて、食事の手が次へ次へと進む。
その様子を向かいの席に座った悠仁がにこにこと嬉しそうな顔で眺めていた。
 彼の手元には、この部屋に置いてあったココアを淹れたカップのみである。
恐らく、私を起こしに来た時点で朝飯は済ませた後だったのだろう。
という事は、此処へ来たのは、わざわざ私の朝食を作るが為だったという事である。
 本当何から何までお世話になっちゃって申し訳ない…。
仮に悠仁が居なくなっちゃったらどうすんだろ、私…。
想像に難くない未来が予想出来て、苦笑が洩れた。
その様子を眺めていた悠仁が、ふと口を開いて言う。


「何、どしたの莎草さん…?」
「ううん…何でもない。ただ、ほんのちょっと、こういうのも悪くないよねって思っただけ…」
「そっか。…莎草さえ良ければ、俺、毎日飯作りに来るよ?」
「えー?いやぁ、流石のそこまでは迷惑掛けらんないって!」
「迷惑なんかじゃないって。俺がしたいから言ってみただけ」
「…そんな甘やかしてたら、その内駄目人間になっちゃうかもよ?悠仁無しじゃ居られなくなっちゃうじゃん…良いの?」
「寧ろ、そうなってくれた方が実は嬉しかったりして…ははっ、ジョークだよジョーク。莎草は莎草の好きなようにしてて?」
「……じゃあ、これからも宜しくお願いしますね」
「えっ、マジで言ってんの?俺、本当に冗談のつもりだったんだけど…でも、やべぇ、何か嬉しいわ」
「ふはっ…悠仁照れてやんの」
「やだぁ〜っ恥ずかしいからこっち見ないで!」
「ははっ、カンッワイイ!」


 最早どっちから言い出した事なのか分からない空気になっていた。
照れて顔を赤くした彼が可愛くて、後で写真でも撮ってやろうと思うのだった。

 ぱくぱくと食べ進める内に、目玉焼きをトーストの上に乗っけて更にその上からマヨネーズを掛けて食べていたら、不意に悠仁から再び話しかけられた。


「ねぇ、莎草は目玉焼きの“黄身”と“白身”、どっちが好き?俺、“黄身”派なんだけど、莎草は?どっち好き?」
「ん〜…っ、ぶっちゃけ言ったらどっちも好きなんだけど…強いて言うなら、私も“黄身”派かな?だって、TKGの主役は“黄身”だし。卵って言ってイメージするのも“黄身”の方だし。現在進行形でその“黄身”美味しく頂いてますし…うん、“黄身”のが好きかな」
「もっかい言って?」
「え?だから、“黄身”のが好きだって…」
「うん、俺も好きだよ、莎草の事」
「…はい?」


 今、一瞬何て言われたか分かんなくて彼の方を見返したら、何でか蕩けた笑み浮かべた表情で私の事を見つめていた。
思わず聞き返す。


「…今、何て…?」
「ん?莎草の事好きだよ、って言ったの」
「…何で?今、目玉焼きの話してたよね…?」
「うん。実は今までの会話、莎草に好きって言ってもらう為の流れだったんだよ。知らない?目玉焼きの“黄身”に相手に対する“君”って言葉掛けたネタ。俺、一回やってみたくてさ、丁度良い機会だったから試してみたんだ〜っ。…へへっ、引っ掛かったね!莎草からの好き、もーらい!」
「……今のは反則じゃない…?」
「アリアリのアリでーす!あ、前言撤回は無しよ?忘れろって言っても、絶対に忘れてやんねーから」
「ずりきぃ〜ぞ、此奴こいつゥ〜…っ。……まぁ、美味い飯作ってもらってんだから、良しとするか」
「いや、あっさり受け入れるんかい!」


 無駄にキレの良いツッコミを貰いつつも箸を止めずにもくもく食べていると、乙女みたいに可愛らしく両頬に頬杖を付いた悠仁が此方を見つめながら言った。


「ねっ、ねっ、さっきのもっかい言って?」
「えぇ…やだよ。同じトーンで言えるの一回ポッキリまでだから」
「えーっ!そこを何とかぁ〜!!」
「えー……?っもぉー、しょうがないなぁ……一回だけだからね?」
「うん!ありがと莎草!其れではお願いします…!」
「………悠仁の事、好きだよ」
「ッ……!?」
「――ハイ、もう終わりねぇ〜」
「ええ…っ!?御免、今のワンモア!リテイクお願いします、頼むからぁ〜っ!!」
「やだ。此れ以上は言わない。だって恥ずいし……っ」
「うわ、今の顔超絶可愛いんだけど…っ。写真撮っちゃ駄目?」
「駄目!!あっ、コラ、スマホ構えるな、こっち向けるな!ニヤニヤするなぁー!!」
「えっへへ…今日一可愛い莎草の写真ゲット〜!」
「今すぐ消せ!!」
「やーだよ〜っ!俺の一生の宝物にする」
「せんで良い!!」


 そうして結局撮れたのはブレブレの一枚だったのだけど、彼は其れを至極嬉しそうに眺めては破顔するのだった。
だから、恥ずかしかったけれど、未だ消せずにいるのである。
 以来、彼とは恋人関係を築いている。
宣言通り毎日美味しい御飯を作りに来て、まるで通い妻のようであった。
宛ら、私は旦那という事か。
 彼と築く家庭は、きっと、いつまでも笑顔の絶えない温かい家庭になるんだろうなぁ。


執筆日:2021.11.26
Title by:パニエ