甘過ぎる砂糖漬けな日々に珈琲を
休日の朝である。
季節が季節故に朝は寒くて、なかなかお布団の中から出られなかった。
毛布の塊が、もぞもぞと身動ぐ。
でも、幾ら休日といっても、御飯も食べずまま寝過ごすのは良くない。
私は、枕元付近に置いていたであろうスマホを手探りで探し、今の時刻を確認した。部屋は、まだカーテンも閉め切ったまま、電気も点けていない状態の真っ暗だ。そんな中、寝惚け
薄暗闇の中でぼんやり映し出された時刻には、朝の十時過ぎと表示されていた。うわ、のんびり寝過ぎた。
画面の眩しさと思っていたよりも寝過ごしていた事に、顰めっ面を作る。
そろそろ御飯か何か食べなきゃ……。でも、まだ寒くて布団に籠っていたい。昨晩、彼の
少しの間、逡巡し、寝起きの思考をぐるぐるさせた。
迷った末に、私は五分後に起きる事に決めた。
五分経ったら、私は、ぬくぬくとしたこのお布団の中から這い出る。
そしたら、服を着替える前に、一度あったかいシャワーを浴びよう。
昨日、眠気に負けて、結局そのまま寝ちゃったし。
汗やら何やら洗い流してスッキリしたら、綺麗な服を着て、遅めの朝御飯にしよう。
その頃には、もうお昼と然して変わらない時間帯になっている頃だろうけども、朝と昼を一緒くたにしてしまえば良いや。
一日二食になっちゃうかもでも、何も食べないよりはマシだ。
そうこう考えている内に、時間はもう
でも、まだやっぱり起きたくはないなぁ……。何故なら、寒いから。
起きたいけどまだお布団の中に籠ってたいと、うだうだ悩んでもぞもぞとしていた。
すると、不意に、背後の温もりが動いた。悟だ。
徐に腰へと腕が回ってきて、後ろの方へと引き寄せられる。
次いで、耳元すぐ後ろの方で、寝起き特有の低い声がボソボソと喋りかけてきた。
「……ん゛ぅ゛〜……莎草、起きるのぉ…?」
「おはよう、悟…。一応、そのつもりで居たよ〜」
「えぇ〜………今、何時よ…」
「えっと…もうとっくに朝の十時過ぎてるよー。……流石にそろそろ起きて、一回御飯食べなきゃ…お腹減ったし」
「……僕まだ眠いし、莎草だって昨日ので疲れて怠いでしょ……?もうちょいゆっくり寝てても良いじゃない…。つーか、僕が莎草とのんびりイチャイチャしてたいから、まだ寝てようよ〜……っ」
「確かに、気持ち的にはそっちに賛同したいんだけどね……コッチはお腹空いてんだって。いい加減、ちゃんとした服着たいし。でないと寒いし…」
「えぇ〜…っ、もう少しだけ僕とイチャイチャしてようよぉ〜。……何なら、これから体熱くなるような事、しちゃう?」
「朝っぱらから
「ちぇっ……昨日は、あんなに可愛く乱れてたのにぃ…莎草ったらつれないんだから」
冬の季節にも関わらず、裸の王様宜しく素っ裸のまま布団に籠り、私へと引っ付いてくる悟。
散々昨晩付き合ってやったというに、まだ足りないのか、仕返しに朝から厭らしく体を這おうとしていた手の甲を思い切り
現在進行形で体が怠いのも眠気が残っているのも、全部お前のせいだと、言外に背後の男に向かってオーラを放つ。
しかし、彼は構わず、私の肩口にグリグリと頭を擦り寄せてきた。
「やぁ〜だぁ〜、まだ莎草と一緒にお布団でゴロゴロイチャイチャしてたいぃ〜……っ!」
「答えは“ノン”だよ、悟」
「御飯ならデリバリー頼めばすぐじゃんよぉ〜!●ーバー●ーツとかあるじゃん!もうソレでいくなぁい?僕は、莎草とイチャイチャしたいのぉ〜っ!ねぇ〜え〜、ダメ……?」
「キラキラバシバシお目めで
「あぁん、愛しの彼女が冷たぁい……っ」
引っ付き虫と化す悟を引っ剥がして、ベッドから抜け出た。
途端、薄着の身に冷気が沁みて、ふるりと身震いをした。
うぅ…っ、寒い。早くお風呂場に行こう……っ。
タオルと下着だけを持って浴室へと向かった。
其れから数十分、たっぷり時間を掛けて温まってきてから浴室を出た。
体が冷えぬ内に手早く水気を拭って、下着を身に付け、全身保湿クリームを塗り込んでから衣服を纏う。
次いで、髪も乾かしてしまって簡単に整えた
悟は、まだベッドの上で伸びていたままだった。
仕方なく私は溜め息を
「さーとる、起きて一緒に御飯食べよ?悟の好きなの作ってあげるから」
「……パンケーキ食べたい…」
「パンケーキね。じゃ、外国式な朝食メニューにしますか…っ」
「ものすっごく甘いヤツね……じゃないと、僕、食べてやんないから」
「ハイハイ。なら、蜂蜜バターメープルシロップ生クリーム砂糖たっぷり用意しとくね。食べる時は好きなの掛けて食べて。あぁ、ベリー系のフルーツも盛り合わせしといた方が良いかな?飲み物何が良い?」
「…すんっごく甘くしたカフェオレで」
「了解。じゃあ、作ってくるから、出来上がるまでの間にシャワー済ませて服着とく事。良いわね?」
「……うん」
「よし、良い子…っ!」
子供へ接する時みたく彼の頭をヨシヨシと撫でた。
猫みたいにふわふわした柔らかい髪質が指に絡んで、心地好かった。
寝起きで何にも整えていないから、まだ寝癖も付いたままで愛らしい姿である。
黙って甘えてくる彼に、“イイ子イイ子”と言い含めてから調理へ移る。
悟の家は、所謂金持ち仕様の家だったから、キッチンやらダイニングに至っても使い勝手が良い仕様であった。
よって、ちゃっちゃか進めていく。
彼のご希望通りのパンケーキを山程こさえる為、ひたすらフライパンと生地との闘いである。
彼はお店で出て来るようなフワフワなタイプじゃないと食べてくれないだろうから、その分作る側は大変なのだ。
おまけに、悟のは激甘盛り合わせでも構わないが、私が食べるには甘過ぎるから、ごく一般的なタイプの物も用意しなくてはならない。
取り敢えず、私用の付け合わせには、目玉焼きとベーコンとインスタントのスープくらいは用意しよう。
悟用には、さっき言った分に追加でチョコレートソースも用意しとこう。
市販のだけど、普通に美味しいヤツだし、文句は言いまい。
彼の彼女として、出来る範囲で尽くしてやっているのだ。
此れで文句を言われようものなら、あの顔面ぶん殴って破局を言い渡してやろう。
…まぁ、彼の事だから、本当の本当に破局になる事は無いんだろうけれども。
腕が疲れる程パンケーキの山をこさえた後、仕上げに飲み物を用意したら遅めの朝食メニューは完成だ。
時計を見たら、すっかりお昼の時間になっていた。
此れじゃあ、朝飯じゃなくて昼飯も兼ねてになりそうだ。
全てをテーブルへと運び終え、一息
「あら、今度こそ“おはよう”かしら、悟?時間ぴったりね。御飯出来たんで呼びに行こうかと思ってたとこだったから、手間が省けたわ」
「うん、おはよう莎草。朝御飯作ってくれてアリガトね」
「正確にはもうお昼だけども、どういたしまして。……其れにしても、アンタ、薄着じゃない?寒くないの?」
「暖房点いてるから平気だよ。其れに、寒かったら莎草にあっためてもらえば済む事だしっ」
「馬鹿っ。んな事言ってる暇があったら御飯食べなさい」
「ん〜、莎草から“おはようのキス”してもらったら食べる」
「もう…っ、我が儘なんだから…」
顔を合わせるなり抱き付いてきた彼がキスを
仕方がないから、チュッと軽く触れ合うだけのキスをしてあげた。
そしたら、彼は満足げにニコニコとご機嫌顔を張り付けて、お返しのキスを頬へ落としてくる。
「んふふっ……莎草好きだよ。僕の可愛い可愛いお嫁さん!」
「まだ正式に決まってる訳じゃないけどね…」
「細かい事は気にしなーいの!莎草は僕のとっておきの彼女で、僕の将来のお嫁さんな事には変わりないんだから…っ!」
「ハイハイ。冷めない内に御飯食べよ?もうとっくにお昼の時間だよ。いい加減、腹減ったんだけど」
「うんっ、食べる食べるぅ〜!莎草が作ってくれた、僕の為のフルコース!」
「フルコースというか、ただただ甘いパンケーキが山程出て来るだけだけどね…」
「あっ、目玉焼きあるじゃん!ベーコンも焼いてくれてる〜!」
「あぁ、其れ…一応はお口直し用にね。悟の分も作っといたの。要らなかったら、私が食べるから言って」
「いや、食べるよ!?せっかく莎草が作ってくれたんだもの!!残さず食べるもんね!!」
「そりゃ良かった」
二人揃って遅めの朝飯兼昼飯に有り付く為、席へ着き、仲良く手を合わせる。
『頂きまぁーす』
互いに食事を始めて、好きにパンケーキを貪り始める。
私は、最初は、普通に一般的な蜂蜜とバターで食べ。
悟の方は、初っぱなからゲロ甘コースに走るらしく、此れでもかとたっぷり蜂蜜を掛けた後、生クリームとチョコレートソースも付けてパクリと美味しそうに口へと頬張って
見ているだけで胸焼けしそうな光景である。
「よく寝起き一番の食事でそんな甘ったるく飛ばせんね……私なら、控えめに言って、無理無理の無理だわ…」
「え〜っ、すっごく美味しいよ〜?特に甘いのオンパレードなとことか、僕にとっちゃ最高な話だけどね!」
「珈琲無しじゃ食えんわ…」
「あんな苦い飲み物、飲み物とは思えないね。胃も荒れるって効くし……っ。莎草はよく飲めるよねぇ〜」
「いや、悟の見てるだけで胃が甘くなるから、逆に丁度良いくらい」
「ウゲェ……ッ、信じらんない………!」
「私は至って普通の味覚だよ。ぶっ飛んで可笑しいのは悟の方」
まぁ、天才って何処もぶっ飛んでるものだと思うけれども。
悟の場合は、たぶん、目のせいで他より神経を使うから、無意識に体が糖分を求めてるんじゃないかと思う。
口では言ってやらないけどもね。すーぐ調子乗るから。
…なんて考えつつ、一枚目をペロリと平らげて、二枚目にナイフとフォークを入れる。
目の前で山程ゲロ甘な光景が広がっているからか、早くも胃がお口直しを訴えてきて、食べ方をオン目玉焼きバージョンに変えた。
ベーコンも一緒に乗せて、外国式の軽食メニューである。
塩気の効いたベーコンと一緒に口へと運べば、丁度良い塩梅だった。
インスタントのコンソメスープも飲めば、お口の中の甘ったるさはリセットされる。
うん、予想通りに用意してて良かった。
パンケーキの出来も、自画自賛出来る程に上手く焼けた方である。
此れなら、悟だって満足するだろう。
事実、目の前の彼は、とても満足そうにパンケーキを次々と減らしていっていた。あんなに沢山焼いていたのに、甘い物なら無限に食べれるのかというくらいに平気で食べ続けていた。
いっその事、一種の才能のように思えてきたくらいに。
「悟、美味しい?」
「うんっ!超美味しいよ〜!莎草の愛を感じるね!!」
「そらようござんした」
「あっ、莎草がオン乗せして食べてる〜!僕も真似しよっと」
「あれま、甘いのには流石に飽きたの?」
「いんにゃ、ぜぇーっんぜん!ただ莎草と
自称GLGの顔が、そりゃもう素晴らしいくらいのイケメンパウダーを振り撒きながら笑った。
いや、顔を好んで選んだ訳じゃないんだけど…如何せん顔が良過ぎるから、つい顔に目が行ってしまう。魔性の属性持ちは恐ろしいな…。
なぁんて、明後日な事を考えながらフォークの手を止めずに居ると、ふと彼から話を振られた。
「ねぇねぇ、莎草?莎草は、目玉焼きの“黄身”と“白身”、どっちが好きか訊かれたら何て答える?というか、個人的に気になった事なんだけど、どっち好み?」
「えぇ……何、いきなり…」
「良いから良いからぁ〜!ねっ、教えてよ?」
「えー……強いて言うなら、“白身”かな」
「うっそ、マジで!?ソコは“黄身”って答えるべきところじゃない!?“黄身”って答えてよ、もぉ〜〜〜っっっ!!」
「やっぱり何か試してたのね……良かった、変な答え言わなくて」
「莎草の馬鹿ァーッ!!何で“白身”って答えんのさ!?今のは“黄身”って答えるのが正解なのにィ!!」
「いや、私の好み訊いてきたのソッチじゃん…。何で好み答えてんな風に言われなきゃなんないのよ」
「えーっと、ソレはぁ〜……莎草に“好き”って言って貰いたくて…?」
「其れならそうと、んなまどろっこしい手使わないではっきり言いなさいよ馬鹿悟」
「だってぇ〜……莎草の不意を突く感じで格好良く、“好きだよ、莎草…”って囁いてみたかったんだもんっっっ!!」
大の男が“もん”て……。
此れで、齢二十八と言うのだから、詐欺である。
呆れて白けた視線を送っていると、ぶりっ子モードからイケメンモードに切り替えたらしき彼が、甘ったるい食事を視界に収めた向こう側で口を開いた。
「莎草……」
「…何、」
「好きだよ。愛してる。この世の誰よりも一番莎草の事、大好きで愛してるから」
目隠しもしてない、素の顔を曝した状態での彼が、真剣な声音で告げる。
私は一度だけ口をキュッと閉じてから、斜め下へ視線を逸らした
「……知ってるし、もう十分ってくらいに分かってるから…今更そんな格好付けて言わなくったって良いっつの……」
「嘘じゃないよ?此れは、僕の本心からの気持ちだから。信じて受け取って」
「分かった、分かったから……っ、そのイケメン顔ヤメレ。耐えらんないから……ッ」
「ふふっ……照れなくて良いんだよ、莎草?ほら、コッチ見て」
「いや、あの、ホンットもうお腹いっぱいだから…これ以上甘いのは要らな、」
不意に向かい側から手が伸びてきて、強引に正面を向かされたと思った時には口付けられていた。熱い熱い、愛の込もったキスである。
リップ音を鳴らして唇を離した彼が、至近距離で暴力的なまでに美しい顔で微笑み、言った。
「そうやってすぐ照れ隠ししようとするとこ、好きだから。もうどうしようもないくらい莎草の事が可愛くて堪んなくて好きよ」
「ッ………知ってるってば、悟の馬鹿ちん…っ。――……好き、」
「うんっ!僕もだぁーい好き!!」
ドロドロに溶かされそうなくらい甘い愛をぶつけられても平気で居られるのは、きっとこの世で私くらいなものなんだ。
だから、これからも変わらず彼からの愛を享受しつつ、甘い日々を繰り広げていくのである。
嗚呼、なんて胸焼けを起こしそうなくらいに甘いのだろう。
珈琲無しで過ごせないのは、仕方がない訳である。