ふれ合い、触れ愛


 非番であったが故、暇を潰す為に暫く道場での手合せに精を出し、鍛練に励んでいた。
その後、鍛練を止め、汗を流し、着替えを済ませて暫し部屋で過ごした。
…が、特に遣る事も無くなって、暇になった。
 手持ち無沙汰なままはどうも気が落ち着かぬと、特別用なども無かったが審神者部屋へと向かう事にした。
 部屋を覗くと、主が仕事の最中なのか、文机に向かって書類と端末とに向き合っていた。
今、声を掛けては邪魔をしてしまうか…。
 声を掛けるか否か、入口に突っ立ったまま思案していたら、此方の気配に気付いたのだろう。
不意に、耳に嵌めていたらしきイヤホンを外して、後ろへ振り向いた。
「どしたの、大千鳥君…?何か私に御用?」
「いや…特に用などは無かったのだが、邪魔をしてはならぬだろうと思って声をかけるのを躊躇っていた」
「そう。別に、何も用が無くたって部屋入ってきても良かったのに。どうぞ、お入んなさい。まだ仕事片付いてないから、あんまり構ってやれないけど」
「構わん。何か手伝える事があるのなら手伝おう」
「申し出は有難いし、気持ちはとっても嬉しいのだけれど…今のところ、大千鳥君が手伝えそうなお仕事が無いのよ。今遣ってるの、審神者である私にしか出来ない部分だから…っ。御免なさいね」
「いや、そもそもが此方が勝手に邪魔したのだ。気にするな」
「お詫びと言っちゃ何だけど、テーブルの上に置いてあるお菓子…沖田組から差し入れに貰った物なんだけど、良かったらどうぞ」
 そう言って後ろ手に指し示された先を見遣れば、硝子細工で作られた透明な小鉢のような容れ物に盛られた菓子があった。
 小さく盛られた山は綺麗な形を築いたままで、その形が崩されていないところを見るにまだ一度も手を付けられていない事が分かった。
そんな物に自分のような者が手を出して良いのか。
そもそもが、主の為と捧げられた貢ぎ物だろう。
其れを己が食して良い物なのか。
 刹那だけ逡巡し、迷ったものの、主自身が良いと口にしたのだ、一口も手を付けぬままでは逆に失礼に当たるかと思い直し、菓子の置かれたテーブル前へと座した。
 改めて目の前にし、初めて見る甘味だと認識して、小鉢の中にある中身を眺めた。
その様子を文机側から見ていたらしい主が再び顔を上げ、此方に向かって口を開く。
「其れ、マシュマロっていうお菓子なの。甘くて美味しいわよ。人によっては、珈琲やココアなんかを飲んだりする時の一手間に使ったりもするかしら。其れ単体でも十分に美味しいのだけどね」
「此れが、ましゅまろ…」
 名称すら知らなかった菓子の事を、主が仕事の片手間に教えてくれた。
俺は其れを復唱するように繰り返し、透明な小鉢の中にある小さな山をじ…っ、と見つめた。
 初めての物故になかなか手を出せずに居ると、横合いからひょいと手を伸ばしてきた主が一粒、手に取って口の中へと放り込んでいった。
そして、もぐり、と咀嚼し、ふにゃりと目元を緩ませて微笑む。
「うん…っ、甘くて美味しい!疲れた脳味噌に糖分が染み渡るわぁ〜」
「甘いのか…」
「うん、甘いよ。甘味だもの。基本的な原材料は…確か、砂糖と卵白とゼラチンの他に水、だったかしら?ゼラチンっていうのは、分かりやすく言って寒天みたいな物ね。見た目がふわふわとしてて柔らかくフォルムが可愛らしいから、子供や女の子なんか辺りに好まれてるお菓子よ」
「そうか…」
 試しに一粒摘まみ上げ、眼前に翳して見た。
掌の中で転がせる程小振りの、指先で摘まめるくらいの大きさだ。感触は、ふにふにとして柔らかい。
何かと似た感触をしているように思える。
 はて、その何かとは何だったか…。
記憶を巡らせるよりも先に口へと運んでみる事にした。
 途端、ふわりとした仄かな優しい甘みが口の中に広がり、大して噛まぬ内に溶けて消えた。
成程…今はこのような甘味もあるのだな。
何だか淡雪を食べた時と似たような感覚だと思った。
「…うむ、確かに甘い、な」
「でしょ」
「例えるなら、以前祝いの席の膳などで出された時に入っていた淡雪あわゆきとやらを食べた時のような感覚と似ている…」
「ああ…っ!言われてみれば確かにそうかも!どっちかと言うと、大千鳥君達の年代の子達にはそっちの方が舌に馴染みやすかったかも?記憶違いじゃなければ、原材料も大体一緒だったと思うし。あ…でも、日本で初めて作られたのっていつの時代だったっけ……前にうぐがお土産でくれた時辺りに言ってたような気がするんだけど、うろ覚えの記憶が合ってたら、“淡雪”が作られ始めたのは幕末辺りじゃなかったかなぁ〜…?あれ、どうだったっけ…??」
「あと、此れは淡雪とは違った感触だが、指で摘まんだらふにふにと柔らかかった」
「うん、マシュマロの特徴よね」
 そうにこりと笑んで言った主が再び小鉢へと手を伸ばし、また一粒と摘まんで口の中へと放り込んだ。
そして、またとなくふにゃりと表情を緩めて呟く。
「う〜ん…っ、この控えめな甘さが堪らないのよね!」
「美味そうな顔をして食べるな…」
「事実、美味しいんですもの。仕事で疲れた時は甘い物に限るわ〜」
 主に倣って、俺ももう一つ手に取り、口へと運ぶ。
柔らかな其れを同じように咀嚼し、噛み締める。
…うむ、美味だ。自然と一つ頷いていた。
 しかし、其れにしてもこの柔さ、何かに似ている気がする。
もう一つと摘まんだ“ましゅまろ”とやらを人差し指と親指で挟み、改めてもちもちと感触を味わってみた。
 そうして一つ脳裏に浮かんだ答えに、人知れず笑みを浮かべて笑った。
嗚呼、この柔らかさは確かに似ているかもしれぬ。
 ぱくり、摘まんでいた“ましゅまろ”を口の中へ放り込み、咀嚼し飲み込んでから、指先に付いていた粉を舐めて拭い、彼女の方へ振り向き口を開く。
「主、少しばかり良いか?」
「はい…?何でしょう?」
「手間は取らせん。すぐに済む」
「はぁ…?よく分かんないけども…、」
 きょとり、と目をしばたたかせる主の頬へ手を伸ばし、優しく触れてからむに、と緩く摘まんだ。
ふにゅり、摘まんだ形に歪んだ頬の感触に、やはりと勘が当たった事への喜びを内心で溢れさせた。
「あの…、大千鳥君…?此れ、は、一体どういう事で……」
「嗚呼、すまない。今食べた甘味に触れた感触と、アンタの頬に触れた時の感触が似ていた気がしてな…確かめたくて触れたのだが、いきなり触れるのは不躾だったな」
「…で、結果はどうだったので…?」
「予想通りだった、と言えば伝わるだろうか…?」
「え…私の頬っぺ、そんな柔い?」
「嗚呼、柔いな…陶磁器のような白肌にすべすべとした滑らかな肌触りをしていて、触り心地が良いぞ」
「え、は…そ、そうですか………っ」
 真正面へと向き、柔らかな主の頬を両の手で挟み込むように触れ、もちもちと感触を楽しむ。
 されるがままである主は何故やら顔が赤いが、嫌がる素振りを見せぬという事は、己が触れる事が嫌ではないという事なのだろう。
ほんのりと朱に染まった頬は、何ともいもので、好ましい表情だった。
 嗚呼…此れは、また新たな表情を知れた。
そして、この表情は他にはあまり見せたくないものだな…。
 新たに気付いた事に、俺は密かにこの事は己だけの秘め事にしようと思うのであった。


執筆日:2021.11.24
加筆修正日:2022.01.19