悪い虫を付けぬ為の策たるは
「ねぇ、雛菊ちゃあ〜ん!もっとコッチ来て飲みなよぉ〜!」
(うっっっざぁ………しかも、しつっこいんですけど、この人…。はぁ〜〜〜ヤダヤダ早く
何故に、こんな風に外面だけは保った状態で内心無茶苦茶苛立っているかと言うと…話は仕事終わりの頃まで遡る。
いつもの如く、定時で上がれると意気揚々とデスクの上を片付けている時だった。
「雛菊さん、ちょっと良いかしら?」
「はい…何でしょう?」
「私達、今日この後飲みに行くんだけど、雛菊さんも一緒にどう?」
「えーっと、私、あんまりお酒得意じゃないのだけれど……」
「そう言わずにさぁ…っ!偶には同僚の
「……本当に一杯だけなら、まぁ…」
「よしっ、決まりね!」
そうして、出たくも無い飲み会に半ば無理矢理誘われて行ったら、まさかの合コンで。
現在進行形で、好みでも何でもないタイプの男に変に絡まれててうんざりしているところであった。
ベタ過ぎる展開である。
飲み会の話を持ち掛けられた時点で、何となく嫌な予感はしていたのだ。
頼むから外れてくれと願ったその予感は、何故か見事的中してしまったらしい。運が無い…。
(合コンなら合コンだって始めからそう言えっての……!)
付き合うのは一杯だけだと断言していたにも関わらず、いつの間にか他のドリンクを注文されており、気付けば目の前には最初に頼んだドリンク以外の商品がちらほらと並んでいた。
(別に、私は要らないのに…。)
御飯ならば、自身の本丸に帰れば、いつだって美味しい御飯が食べられるから間に合っている。
今日だって、今頃本丸では厨当番の者達が作った美味しい料理達が食卓に並んで待っている事だろう。
しかし、仕事が上がって直帰しようとしていたところで、半ば無理矢理に…というか、ほぼ強制的に飲みへ誘われて連れて来られた訳である。
本当にただの飲み会であったなら、ここまで不満を抱いていない。
だが、今回は“飲み会”と称して合コンに参加させられたので、面には出さずに居るが、怒っているのである。
つまりは、騙された訳なのだ。
何か虫の良い話だとは思ったのだ。
普段なら、あまり関わり合いの無いグループのメンバーの女性職員達からであったから。
せめて、ただの飲み会であったなら良かったのに…。
朱鳥は、こっそり深く溜め息を
直後、さっきから妙に絡んでくる男からにじり寄られて、壁際に張り付くように後退した。
「あれぇ〜…雛菊ちゃんのコップの中身、ぜぇ〜んぜん減ってなくなぁい?ダメだよぉ、遠慮しちゃ〜!こういう時こそパァーッと飲まなくちゃあ…っ!!」
「いえ、あの…私、お酒は得意じゃないので〜……っ!」
「あ、そっかぁ〜。じゃあ〜、ちょっと飲んだだけですぐに酔っちゃうってコトだねぇ…!え〜っ、雛菊ちゃんったらカッワイイ〜〜!!オレェ、雛菊ちゃんの酔っ払った可愛いトコ、見たぁいなあ〜っ?……ねぇ〜、ダメェ?」
「可愛い子を御所望でしたら…向かいの席の方とかに素敵で可愛い女の子達いっぱい居ますから、其方へ行かれてはどうでしょう〜……っ!(控えめに言って無理無理ナイナイ、頼むから今すぐ離れろくださいィ〜〜〜ッッッ!!)」
最早内心涙目で、迫って来ようとする男を突っ撥ねようとしていた。
――その時。
「其れ以上彼女に寄らば、その首刈り取る事も検討する事になるが…良いのか?」
己のスマホを握り締めて壁に張り付いていたらば、目の前に迫り来る男との間に、黒き鞘に覆われた三つ又に分かれた長物の切っ先と思しき物が、其れ以上の接触は許さぬぞと言うように遮るが如く伸びていた。
辿れば、その人物とやらは、
その人とは、大千鳥十文字槍であり、刀剣男士であった。
その
「え……なん、で……どうして、大千鳥君が此処に…?」
驚くあまりに思った事をそのまま問えば、彼はただ淡々と事実のみを受け答えた。
「少し前だったか…アンタが半ば無理矢理飲みに誘われ、付き合う事になったと聞いてな。万が一があってはならぬだろうと、俺一人単騎で来た。何事も無ければ、ただアンタを迎えに行くだけで事は済むだろうと……そのつもりで居たのだがな」
「すみません……っ。けど、どうして私の居場所が分かったの…?」
「SNSとやらでアンタが送ってきたメッセージに、この店の名前が記してあっただろう?その店の名前を元に、アンタの職場近辺で当たりそうな場所を絞って店舗の場所を割り当てたというところだ。……まぁ、実際のところは、わざわざ店舗の場所を調べずとも、GPS機能とやらを使って、アンタの持つその端末から発信される信号源を割り出せば容易に済む話だったがな。その役目を買って出てくれたのは、初期刀の加州と長義の刀だ」
つまりは、自身の飛ばしていたSOSに駆け付け、迎えに来てくれたという訳である。
酔ってウザ絡みし迫って来ていた男の間に、むんずと分け入って来た彼は、この飲み会の場から抜け出させてくれようとしているらしい。助かった…。
しかし、気分良く飲んでいて、せっかく良い雰囲気だったところ(自己談)を邪魔された男は憤慨した。
「なッ、何だよテメェ…!部外者は引っ込んでろ!!」
「生憎、貴様が無理矢理迫ろうとしていた者は俺の主故、部外者にはならぬぞ」
己の大事な主にウザ絡みしていただけでは飽き足らず、嫌がっているところを無理に迫ろうとしていたものだったからか。静かにお怒りだったらしい彼は、無意識に相手へ凄み、睨み付けて宣言する。
「悪いが、彼女は俺が貰っていくぞ。念の為に釘を刺しておくが、金輪際、我が主に対し不埒な真似を働こうものならば、その首無くなるものと思え」
「……ア、ハイ…………ッ、生言ってすんませんっした………」
彼の凄みに、すっかり酔いも冷めてしまったらしいモブ男は、怯えて小さな声でボソッと謝る事しか出来ぬようで居た。
其れに対し、朱鳥は声には出さぬが内心で。
(声ちっさ………ッ)
――と、思うのだった。
何とも拍子抜けしてしまうくらいにあっさりと事は収まるのであった。
さっきまであんなに余裕ぶっこいていたのが嘘みたいである。
茫然自失とする男は放置し、帰る支度を整えた彼女は立ち上がり、大千鳥の元へ急ぐ。
「それじゃあ、私は御迎えも来た事だし、この辺で失礼させて頂きますね。御馳走様でした…!また明日、職場でお会いしましょうね〜…っ!」
去り際とて、一応は体裁を保ちつつ外面の良さを張り付けて挨拶した。
まさかの刀剣男士の乱入とあって、呆然としていた他の者達は、間の抜けた上返事を口にして其れを見送る。
「邪魔をした」
最後に其れだけを告げて、彼女の腕を引き、颯爽と去っていく大千鳥。
外へ連れ出してもらえた先で御礼を言った朱鳥は、徐に立ち止まり振り返った彼にこう言われる。
「こういう事があるから、やはり、アンタを一人だけにはしておけぬと言うんだ……。早いところ、己の物にしなくては周りに示しが付かんか……うむ。近い内に策を実行する事としよう」
「えーっと…水差すようで御免けど、さっきから何の話かな?」
「…気にするな。此方だけの話だ」
「いや、何か気になり過ぎるワード出て来とったんですが??逆に、気にするな、という方が無理な話じゃないです??」
「今は時期尚早故……きちんと事が整い次第、話す。…だから、今は其れ以上聞くな」
「えぇ……っ。まぁ、
「アンタが無事なら、其れで構わぬ。……後日、あの男と会おう機会が有るものなら、どうなるかは知らんがな…。おもに初期刀等の者達が、だが」
「え。何、その不穏な話は……え?ちょっと待って。今、本丸の皆どうしてるの?まさかじゃないけど、
「俺は、主が無事本丸まで帰還する為にと、道中の護衛を言い付けられ来ただけだ。……後の事は知らぬぞ」
「急いで帰ろう大千鳥君!!本丸内が血の海になる前に、早く……っ!!」
過保護勢の者達が余計な事を始めぬ内にと、急いで帰路に着いた二人。
その後、彼女は、紆余曲折あった末に、大千鳥と正式に結ばれる事となるのだった。
―そうして、神嫁化した後の話は、以下である。
「先輩!聞いてくださいよ……ッ!!私、現在進行形で大変な事になってるんです!!」
「おうおう、何だよ藪から棒に。雛みてぇに懐いてきたヤツと
「冗談抜きでちゃんと聞いてくださいよ…っ!!もう、見てくださいよ、コレェ…!ついこの間まで地毛黒髪だったのが、インナーカラー染めたみたいに内側の部分だけ綺麗に分かれて白くなってたり、目の色片方が某誰かさんみたく金色になってオッドアイになってたり!化粧もしてないのに目尻のとこに赤いラインが入っててお揃になってたりって、神嫁となってから何やかんや色々と変化してるんですよぉ…っ!!コレ、一体どうしたら良いんですか!?」
「あー、その現象なぁ……神嫁化すると、何か色々と標準装備になるらしいぞー。髪の毛の色だとか、目の色だとかな。話によると、体のどっかしらの一部が相手刀の色に染まったり何たり変化するのは、最早テンプレらしい。ウチの部署の一人も、お前と似た感じになってるからマジな話な」
「嘘ですよね……っ!?」
「いや、冗談抜きでホントの話」
「ヒエ……ッッッ!?どうしよう…っ、コレ、もう元には戻らない系なんですかね!?」
「さぁ〜……相手刀にもよるしなぁ…?コレばっかりは個人差っつーか、俺にはサッパリだから、相談されても御手上げだわ」
「うわぁんっっっ!!先輩の馬鹿ァ!!もう良いです!!別の人に相談します……ッ!!」
原因は神嫁化したせいだと言われた朱鳥は、知らなかったらしく、大層吃驚した。
おまけに、このよく分からない現象は元に戻るか否かは不明らしい。
好いた相手の色に染められるというのは、甘美な響きを含んでいるが…実際問題、いきなり変わってしまったら変わってしまったで、現状に思考が追い付かぬという事なのであった。
更に言えば、職場が職場故、同じく神嫁化したという同業者は少なくないが、どうしたって悪目立ちする。
そのせいもあって、目元を片側前髪で隠すようになったりして、不覚にもにっかりや燭台切達とお揃いの様になっていたり等々……。
今まで気付かなかったが、実は、我が本丸の大千鳥は、無意識独占タイプの個体であったようだ。