夏も盛りの頃だった。
まだ梅雨が明けずに雨続きであったものの、時折晴れてはその暑い日射しを照り付けるから、目には眩しいわ汗は流れるわで蒸し暑かった。
でも、此れでまだ本格的な暑さではないというのだから、今の世の中堪ったもんじゃないと思う。
地球温暖化というのも馬鹿には出来ない話だな、と思えてしまう自分が何処かに居た。
此処本丸が在るのは、陸奥国の何処かの山手の方になるから、現世の
其れでも、今年の夏は酷暑になりそうだと報道されているのを見ると、気が滅入る気持ちだった。
まだ今は梅雨時期で比較的涼しい日々を過ごせてはいるが、梅雨が明け本格的な暑さがやって来る頃には、諸々気遣っておいてやらないとまた何時ぞやの如くぶっ倒れそうな奴が居る為、注意しておかねばならない。
そんな事を思いつつ、額から流れ落ちてきた汗を首から提げた手拭いで拭い、其れまで屈めていた腰を上げた。
「そっちはどうだぁーっ?何か採れたかぁー?」
「おぉーっ、其れなりに出来の良いヤツが色々と採れたぞぉー!そっちはどうだぁー?」
「俺の方も良い感じなのがあったから、全部採っといたぁーっ。そんまま植わっといても、デカくなり過ぎて不味くなるだけだからなァー。」
「そっかぁーっ。じゃあ、こっちのも全部採っとこうかなぁー。」
「じゃあ、そっちの採り終わったら、今日はもうこんぐらいにして引き上げようぜぇーっ。蒸し暑くて敵わねぇからよォ…っ。」
「おーっ、りょうかぁーい!全部採り終えて綺麗に籠に詰め終わったらそっち行くなぁーっ!」
畑で土塗れになりながら野菜やら何やらの収穫作業を一通り終え、籠に詰めた収穫物を抱え移動する。
同じく隣のスペースで収穫作業を行っていた御手杵の仕事が終わるのを待つ間、自分が担当していた畑から抜け出て、改めて目に映る範囲の一面を眺めてみた。
すると、雨にも風にも負けずに根を張りイキイキとする植物達が昨夜の雨に濡れて輝いていた。
少し視線を遠くへ投げれば、近くの山が目に入り、辺りに生息する木々を見遣れば、葉は青々と枝葉を伸ばし生い茂っていた。
夏らしい光景が、すぐ側で息衝いていた。
まるで、嘗て昔、己がただの刀であった頃に人々が暮らしていた時の光景に似ていた。
(俺達も、随分と人らしくなっちまったよなぁ…。まぁ、人の身を器として与えられたんだから、そりゃ人と同じように暮らしてりゃそうなっちまっても仕方ねぇけど。俺達は武器で、元は刀でありながらもこうやって暮らしてると、まんま人の真似事してるみてぇだな〜…っ。)
ふと染々と考えてしまった事に、己の武器としての存在意義を問われているかのように思えてしまって、思考を打ち消すように頭を振った。
己は、主に仕える武器だ。
其れ自体が変わる訳ではない。
戦にもきちんと出してもらえているし、其れに対する不満は一切無い。
ただ、時折思い出したかのように思ってしまうのだ。
己とは何なのかを。
考え耽ってしまうだなんて柄にも無い事だ、自分はただ言われた仕事をこなすだけで十分だと思考を切り替えたところで、作業を終えた御手杵が合流し、其方へと意識を移した。
「おぉ、結構採れたな。こんだけありゃ、今晩の飯分には困らねぇだろうし、下手すりゃ余りそうだな。」
「へへへ…っ、どんな風に調理されて出て来るのか楽しみだよな!」
「たぶん、とうもろこし辺りなんかは、すぐにでも出て来るんじゃねーか?もうすぐ八ツ時だし。こんだけ採れてりゃ、晩に回す以上に余る数だな。」
「じゃあ、早速食えるんだな…っ!そのまま蒸すのか、焼くのか茹でるのか、何れも美味そうで堪んないなぁ〜!あ、やべ…っ、食べる事ばっか考えてたら涎出てきた…。取り敢えず、早く厨に持って行こうぜ!!動いたら腹減ったし!!」
「わぁーったって…そんなに急かなくても、とうもろこしは逃げねぇから落ち着けって。お前はガキか。」
食い物にはしゃぐ奴の背を追いながら、「こんな暑い中も元気な奴だなぁ〜。」と呆れた笑みを隠しもせずに漏らして後を追った。
ある程度土埃を落とした上で勝手口の方から厨へと入れば、中に居た厨番の奴等が揃って八ツ時の菓子を用意しようとしていた。
ちょっとタイミングが遅かったかもしれない。
既に作り始めてしまっている様子を見て内心そう思った。
今日のお八ツは水菓子らしい。
暑い夏には涼しげで丁度良いチョイスだった。
「暑い中、畑当番お疲れ様…!ちょっと待ってね、今冷えたお茶注いであげるから!」
「ありがとなぁ〜、燭台切!ほい此れ、今日の収穫分!良い具合に育ったのがいっぱいあったから沢山収穫してきたぞ…っ!!」
「中には西瓜も幾つかあるぜー。」
「何とも立派な西瓜が採れたものだねぇ…っ、大玉の大きさじゃないか!」
「これは、ゆうげのデザートいきかな…?うん、すごくりっぱなすいかだ!いまからひやしておけば、よるにはちょうどたべごろぐらいにひえているだろう。ありがとう、ふたりとも!あとは、わたしたちにまかせて、ふたりはあせをながしてくるといい。もうすこししたらおやつもできるから、それまでゆっくりまっていてほしいのだぞ!」
「おーっ!今日は水菓子かぁ〜っ!そういえば、今日暑いもんなぁ〜。うん、水菓子も良いな…っ!!」
「アンタ、ただ腹が減ってただけで食えりゃ何でも良かったろ…。」
収穫物の全てを厨組に預けると、代わりに冷えた麦茶を貰って一気に飲み干す。
丁度動いた後で汗もかいていたし、喉も渇いていたので、キンキンに冷えた冷たい麦茶は最高だった。
グビリと飲んだ瞬間、冷たい麦茶が喉を通っていく感覚が心地好くて、其れだけでも一仕事終えた感じで気分が良かった。
コップ一杯だけじゃ物足りなかったので、もう一杯おかわりを所望したが、流石に其処まで手を煩わせるのも気が引けて、おかわりの分は自分で注ぐ事にし、再びゴクゴクとコップを呷った。
御手杵の奴は俺よりも喉が渇いていたのか、俺の二倍か三倍はグビグビとコップを呷っていた。
“そんなに飲んで腹がタプタプにならねぇのか?”と見ていて思ったが、あまり余計な事を言うのも野暮かと思って敢えて言わないでおいた。
水分も補給した事だし、今日与えられていた仕事も終えた事もあって、あとは自由だった。
一先ず、小豆に言われた通りに汗を流しに行く事にし、部屋へ戻ってタオルと着替えを取りに行く。
その途中で、ふと状況報告するのを忘れていた事を思い出し、御手杵には“先に風呂に行ってろ”という言葉を言い置いて、自分は主の居る元へと向かう事にした。
離れに在る主の部屋へと向かうと、何故か其処には非番の千代金丸が一緒に居た。
何も用事の無い其奴は、内番着で涼しげな格好をしており、何時になく緩やかな空気を纏って部屋の入口付近に鎮座していた。
何をしているのかと問えば、奴はのんびりとした口調でもって答えた。
「偶々、部屋を覗いたら、主が部屋の真ん中でころんと横になっていてなぁ。たぶん、一通りの仕事を終えて疲れたんだろうなぁ〜。何にも掛けないまま寝てたら風邪引くぞぉ〜と思って、部屋にあった誰かの服を腹掛け代わりに持ってきてやったんだぁ。」
「そうかい…。そら、ありがとサンクス。(奥の部屋に行けば主の寝に使ってるタオルケット辺りがあったと思うんだがなぁ…奥は主の寝室だからって気ィ遣って入らなかったか、もしくは其れすらも知らずに分かんなかったか。)」
恐らく、此奴の事だからどちらかというと後者が理由な気がしてならないが、まぁ此奴は本丸に来て日が浅いから仕方がねぇかと思う事にし、細かい事については何も言わないでおく事にした。
「取り敢えず、主は寝ちまったんだな。畑当番終わったから、汗流す前に報告しとこうかと思ったんだが…まぁ、報告は起きてからでも出来っし、いっか。」
「そうか、たぬきは今日畑当番だったんだなぁ〜。暑い中大変だったろう?お疲れ様だなぁ〜。」
「“たぬき”って呼ぶなって前にも言ったろ…。俺は同田貫であって、狸じゃねーぞ。此れ言うの何回目だよ…。」
「あいえ…其れはすまなかったなぁ〜。でも、たぬきって呼ぶ方が呼びやすくて俺は気に入ってるんだがなぁ〜…。」
「そうかよ…。なら、もう好きに呼んでくれ…。」
何か一々指摘するのも疲れてきて、もうどうでも良いかと好きに呼ばせる事にした。
何時までも此奴ののんびりとした空気と一緒に居たら、自分までも怠けて刀としての鋭さも鈍ってきてしまいそうだと思ったからだ。
悪い奴ではないとは理解しているが、如何せん、奴とは元居たお国柄や時代が違い過ぎて調子が狂ってしまう。
そうこう思っていると、入口の戸の柱に凭れ掛かって緩く団扇を扇ぐ奴が再び口を開いて喋った。
「最近の主は、夜よく眠れていないようだったからなぁ〜…そのせいもあるんだろう…。疲れて横になってしまったら、すっかり寝転けちまったようだなぁ〜。」
「ウチの主はよくやるぜ…其れ。前にも、来たばっかの奴を部屋に呼んで近侍に据えたまでは良かったが…その直後に電池が切れたみてぇに寝転けちまった事があってさ。まぁ、この話ってのが、もう随分昔に来た長曽祢の奴が来た時の話になるんだがな。」
「あいえ〜、そうだったのかぁ…っ!何だか主の意外なところを発見してしまった気分だなぁ…。でも、主にもそんなのんびりと出来る心持ちがあると知れて安心したな…。俺が初めて主を見た時は、何やら死に急いでいるみたいに見えたからさ。ちゃんと休める心があるなら安心だなぁ〜。」
「…アンタ、意外と周り見てる奴だったんだな…。」
「うん…?まぁ、俺はこう見えて色々とありながらも生き長らえてきたからなぁ〜…。こうして刀剣男士としてこの世に喚ばれるくらいには大事にしてもらったんだなぁ、というくらいの自覚はあるぞ?生きる事ってのは大事なのさ〜、戦乱の世の中じゃあ難しい事なのかもしれないけども。生き延びれたら、其れだけでも嬉しい事だよぉ。」
のんびりとした口調ながらも、奴のきちんとした思いを言葉に乗せて喋っているのだという事は、奴の話す様子からも見てとれた。
だから、俺の方も余計な口は挟まず黙す事で先を促した。
「最近は争い事以外にも色んな辛い事が世の中溢れてるらしいからなぁ〜…何だか哀しい話だ。俺達がただの物であった頃は、ただ生き延びれたら其れだけで幸せだったのに…今の世の中はそうもいかない事だらけで複雑なんだなぁ…。其れで、主自身も色んな事に悩まされてるんだろうなぁ〜…。夢見が悪いのも、もしかしてそういうのが原因なんだろうか…?」
「…ひょっとして、アンタが見た時の主、魘されてたのか…?」
「んー…暑さでちょっと眉間に皺は寄せてたが、俺が扇いでやってたら涼しくなったんだろうなぁ〜。寝顔も安らいで、今はすっかり心地良さそうに寝てるぞ〜。」
「そういう事なら、其処に扇風機あるから点ければすぐに済む話だったんだがなぁ…。」
「あい〜、そうだったのかぁ。すっかり失念してたなぁ〜。でも、俺はあまり機械の操作はよく分からないから…下手にあたって壊しても申し訳ないからなぁ。正国が操作してくれるか…?」
さっき、たぬき呼びは止めろって言ったからだろう。
下の銘で呼ぶ事にしたらしい千代金丸が、俺をそう呼んだ。
このまま揃って熱中症になられるのも困るので、主の足元近くに置いてあった扇風機を点けてやると、忽ち涼しい風が部屋へと回り始め、部屋の中に込もっていた蒸した空気も換気されていく。
戸は風通しの為に全て開け放っていたので、何も無くても今日は風もある事から外からの自然な風が入ってきて涼しい方だった。
…室内と違って、外は日照りで蒸し暑かったが。
「あ〜…、此れは確かに気持ちが良いなぁ〜…っ。手も疲れないし、勝手に風が送られてくるから楽だぁ〜。」
「今の時代は、こういう便利な物があんだよ…。」
「んだなぁ〜…此れなら、俺が扇いでなくても涼しく寝てられそうだな、主…?良かったなぁ〜。」
のんびりゆったりとした口調で紡がれる言葉が、彼女を労る台詞だったのを聞き届けて、取り敢えず報告は後にして俺は風呂へ向かおうと予定を切り替え、一旦その場から去ろうと背を向けた。
すると、その瞬間に零された奴の台詞に成程な、と思った。
「俺は一応霊刀だからな…俺が側に居る限りは、きっと
成程、だから主の部屋に居座っていたのか。
何で用も無しに奴が主の部屋に居たままだったのかの理由を漸く理解して、内心で温かな気持ちになって静かに微笑んだ。
「あんれぇ〜…?正国、何か良い事でもあったかぁ〜?何だか嬉しそうな顔してるけども…。」
「…別に、何でも無ェよ。俺は一旦汗流しに風呂行ってくっから…その間、主の事頼んだぜ。」
「嗚呼、了解したさぁ〜。」
一先ず、主の事は奴に任せる事にして、俺は一度その場を後にするのだった。
俺が風呂場へ向かった頃には、御手杵の奴はほとんど汗を流し切った後で、思った以上に来るのが遅かった俺の存在に奴は首を傾げて不思議そうな顔を向けてきた。
「やけに来るの遅かったなぁ〜。俺、もう上がっちまうところだったぞぉー?」
「まぁ、ちっとな。大した事じゃねーよ。」
「うぇ…?何か、正国機嫌良い…?」
ザバッと勢い良く頭から水を被って汗を流す。
ちゃちゃっと軽く躰も洗って流せば、スッキリとして、気分も躰も爽快だった。
―風呂から上がって濡れた頭を拭きながら再び主の部屋へ向かえば、さっきよりも人が増えていて少し驚いた。
「うぉ…っ、今度はアンタ等も居たのか……っ。」
「おや、同田貫殿でしたか…お邪魔しております。」
「そろそろお茶休憩の頃かと思って、本日の八ツ時の菓子と一緒にお持ちしたんですよ。そしたら、当のご本人は寝てらっしゃいましたし、この人もいらしてたようでしたから。ついでに、と追加の分のお茶をお運びしてきたところだったんですよ。もしかしたら…、と多めにコップを持ってきて正解でしたね。貴方もお茶要りますよね?冷蔵庫から出してきたばかりですから、キンキンに冷えてますよ。」
「お、おぉ…くれるんなら貰うわ。」
「今日は畑当番だったそうですね…千代金丸殿から聞きました。暑い中での作業、お疲れ様です。」
いつの間にか主の部屋に増えていたのは、お茶などを持ってきたらしい宗三と江雪の二人だった。
またなんとまぁ涼しげな面子が揃ったもんだった。
「汗を流してきたんでしょう?少しはサッパリされましたか?」
「おう。頭から水被ってきてスッキリしたぞ。アンタ等もあんまりベタベタして気持ち悪ぃってんなら、いっぺん汗流してきたらどうだ?大分違うぜ。」
「いえ…私達は其れ程暑いとは感じておりませんし、汗もそんなにかいておりませんので。湯を浴びるのは、日が落ちた後で構いません…。」
「そうか。そういえば、今日は一番末っ子の彼奴は一緒じゃないのな…?」
「お小夜でしたら、今は他の短刀の子等と一緒に庭で水遊び中ですよ。何でも、近い内また夏の連隊戦があるとかで…今の内から水砲兵の特訓をしておきたいのだとか。どうやら、今年の連隊戦もまた水砲兵を扱うそうですから、粟田口が用意していた水鉄砲で撃ち合いをして遊びながら訓練するそうです。」
「へぇ〜、あの子等はそんな事して遊んでたのかぁ〜…っ!見た目は小さいながらも、やっぱり逞しい子等だなぁ…。」
「ま、今年は俺も沢山活躍出来るとあって腕がなるぜ…っ!」
「そういえば、同田貫殿は極めていらっしゃいますものね…。ウチのお小夜も共に活躍するかと思いますので、同じ部隊として組まれた際は宜しくお願い致しますね。」
「嗚呼、任せとけ。」
主の側に腰を下ろしていた江雪の隣へ行けば、主の腹に掛けられていた物が変わっていた。
気になって訊けば…。
「先程、和泉守殿がご自身の羽織が無くなったとお探しになられていたので…お返ししておきました。代わりに、奥から宗三がタオルケットを取ってきてくださったので、其れを。…何も掛けていないとお腹を冷やしてしまうと思いましたから。」
「ありがとサンクス。」
「ははは…っ、アレは和泉ぃーの物だったんだなぁ〜。よく分からない内に持ってきてしまったから、すまない事をした。いやぁ、適当は良くなかったなぁ〜。」
宗三から貰ったらしい冷えた茶を飲みながらのんびりと笑う千代金丸だったが、ちっとも悪びれてなさそうに見えたのは俺だけか。
俺も宗三から受け取った茶に口を付けながら喉を潤していると、外から心地好い具合の風が吹き込んできて、縁側の方に吊るしていた風鈴がちりんちりん、と涼やかな音を鳴らした。
その音に視線を向けた宗三がぽつり、と感想を漏らす。
「良い音ですねぇ…。」
「えぇ…実に良い音です。」
「アレ、何時ぞやに行った縁日で売ってたヤツでな。主と見て回ってる時に偶々目に入ってさ、なかなかに良い物だったから土産に買ってやったんだ。丁度、審神者一周年を迎えたばっかの頃だったから…去年の話だったか?」
「へぇ〜…成程なぁ。俺はまだその頃此処に居なかったから知らなかったが…そうかぁ、主と正国の仲が良かったのはその頃からなのかぁ〜!」
「な…ッ!?は、おい、待て…っ!今、俺はそういう話をしてたんじゃねぇ……ッ、」
「今更照れなくても良いじゃありませんか。どうせもう皆が公認の仲なんですから…今更変に隠したところでバレバレなだけですよ。素直におなりなさいな。」
「ふふふ…っ、仲が良き事は良い事です…。」
何とも生温かい微笑ましい目で見られて、忽ち居心地が悪くなって気を紛らわす為にまだ濡れたままだった頭をガシガシと拭き出せば、また心地好い風が吹いてちりんちりん、と涼しげな音が鳴った。
俺達の話し声が騒がしくて目が覚めてしまったのか、其れまで夢見心地だった主がぼんやりと眼を開いて眠りから覚める。
その様子に、俺は優しく頬へ触れてやりながら声をかけた。
「起きたか…おはようさん。よく眠れたかよ…?」
『……んぅ…、何か賑やかな声がしたから目ぇ覚めたや…。…ん、取り敢えず…おはよう、たぬさん……。汗、流してきたの…?まだ髪濡れてんね…ちゃんと拭いとかないと、夏と言えども風邪引いちゃうよ?』
「分かってるよ。だからこうしてタオル頭乗っけて拭いてたんだろ?…ついでに言っとくが、畑当番終わったぞ。今日は西瓜も採れたから、晩飯の後に出て来るかもよ。今冷蔵庫で冷やされてっからな、出て来た時にゃ良い具合に冷たく冷えてるだろうぜ。」
『わあ、西瓜かぁ…今年初物になるんじゃない?あはは…っ、夜が楽しみだねぇ〜。』
目は覚ましたが、まだ少し微睡みの淵に居るのか、ゆったりと目を瞬かせ相槌を打っていた。
まだ本格的な暑さじゃないだけ夏バテしてはいなかったが、最近めっきり食欲を失くしてしまった様子の主の身は少し痩せ細り、血色が悪くなっていた。
夜あまりよく眠れなくなっていた事も要因に入るんだろうが、其れでも普段は元気そうな顔を見せているだけに、また何処かで無理をしてはいないかと気になってしまう。
故に、こうして何ともなしに気にかけて声をかけてやり、何でも無い時でも側へ付いてやるのだった。
するり、指の背で頬を撫でてやれば、心地良さそうに口許を緩め笑う。
その様子に、俺も安堵して微笑み返した。
其処へ、またちりんちりん、と小さく控えめな音が鳴り響く。
平和そのものの光景であった。
『…っふふ、心地良い音…。まさに夏の季節らしい音色だよねぇ…っ。』
「嗚呼、そうだなァ…。」
「起きられたんでしたら、お茶を飲まれてはどうです…?貴女、今までずっと寝ていらしたから水分補給出来ていないでしょう?少しでも飲まれてた方が良いんじゃありません事?」
「麦茶の他に茶菓子もありますよ…。今日は水菓子です。」
「よく冷えてて凄く美味いぞ〜っ。料理の上手い歌仙や燭台切達が作った物らしいから、味だけじゃなく見た目も楽しめて良い物だなぁ〜…!」
『其れは是非とも食べたいな…!ん、ちょっと待ってて……、今起きるから…!』
美味しい食べ物に気を惹かれて目を輝かせた主が、完全に目を覚まして寝転ばせていたその身を起き上がらせる。
まぁ、食欲がある内に何かしら腹に入れれる事が出来れば何でも良いかと思って、寝起きで乱れた彼女の髪を整えてやった。
其れに短く「有難う」と告げた後にちょちょっと自身で己の髪に触れ、ハタと気付く。
『あれ…っ?私の髪の毛…何か結ばれてる?』
「おう。俺が見た時にゃ、もうその髪型になってたぞ。」
『え…っ、嘘、マジか…!私が寝てる間に誰かが弄ったのかな…?』
「嗚呼〜、其れなぁ…俺がこの部屋に来てすぐの頃だったかねぇ?粟田ぁー…とか言う短刀の子だったか、主が気持ち良さげに寝ている隙に
『あれま…っ、本当だわ…。三つ編みとか複雑に髪弄ってくるとしたら、犯人は乱ちゃんだな…?あの子、常日頃から私の髪の毛弄りたいって言ってたからなぁ〜っ。私が寝ている隙に遊ぶとは、流石乱ちゃん…やりおるな。』
「可愛らしくて良いじゃありませんか。そうしてると何時になく女性らしく見えますよ。」
「よくお似合いです…。」
確かに、普段には無い程の女らしさが滲み出ている姿だった。
髪型一つでこうも雰囲気が変わるんだから、女ってもんは不思議な生き物だよな。
可愛らしい髪留めで後ろに一つに纏めて編まれた髪が気になるらしい主は、周りに囃し立てられて何処か気恥ずかしそうに口をすぼめていた。
普段あまり女らしく扱われる事が無いだけに慣れないらしい。
時折見せるそんな恥じらう姿が俺は密かに気に入っていた。
「今度ある連隊戦が終わったら、また今年もこの近くで縁日があるらしいから、其処で何か良い感じの髪留め買ってきてやろうか?」
『ええ…っ!?い、良いよ、別に其処までしてくれなくても…っ。どうせ、今は長いこの髪の毛だってすぐに切っちゃうんだし。』
「でも、アンタすぐに前髪や横髪が邪魔だって留めるじゃねェーか。だったら、何か手頃な物があった方が良いだろ…?」
『い、いや…っ、ピン留めくらいなら既に持ってるから…!そんな気ぃ遣ってもらわなくても十分間に合ってるから…っ!!』
「良いじゃありませんか、其れくらい買ってもらいなさいな。恋仲なんでしょう?貴女方。だったら、偶には遠慮せずにおねだりの一つでもしたら良いんですよ。どうせ、貴女が持ってると言っても、色気も何も無い代物でしょう…?」
『くっそ…ッ、言わせておけばァ……っ!』
「でも、事実でしょう?」
『ぐんっぬ………ッ!』
「決まりですね。今度の縁日くらい、貴女もお洒落して出掛けてらっしゃいな。僕達はご一緒しませんから。せっかくなんですし、お二人だけで楽しんできたら良いんじゃありません…?今年は軽装も買ってある訳ですから、丁度良い機会ですよ。」
「あい…っ、確かにアレはその為にあるような物だなぁ…!」
「…青春、ですね…。」
江雪の奴にまで囃し立てられるとは思ってなかった俺達は、些かむず痒い面持ちで顔を逸らし合った。
すぐに顔を赤らめやすい主なんかは、俺の背を盾に顔を隠してしまい、身を縮めて恥ずかしがる程だった。
まぁ、髪自体は似合っていたから、後で乱に会ったら礼の一つでも言っておこうかと思う。
執筆日:2020.07.16
【後書き】
テーマが「夏」という事でしたので、思い付く限りの夏の雰囲気や涼しげな要素を詰め込んでみました。
夏独特の青々とした緑の色彩や、風鈴の涼しげな音や空気感を文章で表してみたのですが、如何だったでしょうか…?少しでも夏の四季としての彩というか、雰囲気みたいなものが伝わっていれば良いなと思います。
今回、熱量かけて執筆しただけに、今までで書いてきたお話の中で一番長くなってしまいましたが、思い描いた物を詰め込むだけ詰め込めてとっても大満足しております…っ!
余談ですが、今回の作品を執筆するにあたって、作業BGMにずっと「夏目友人帳」の曲を聴き流しておりました。夏と言ったら夏目!と思う程、あの涼しげな曲調が今回の作品に合っていて、堪らず次の作品の構想などが浮かび上がってきてしまって、またとなく創作意欲を掻き立てられてしまいました(笑)。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品は企画サイト側で公開日が限定された物でしたが、主催者側で公開される前に当サイトの方側で先行して作品公開しても良いとの許可を得ておりますので、ご安心を。
テーマが「夏」という事でしたので、思い付く限りの夏の雰囲気や涼しげな要素を詰め込んでみました。
夏独特の青々とした緑の色彩や、風鈴の涼しげな音や空気感を文章で表してみたのですが、如何だったでしょうか…?少しでも夏の四季としての彩というか、雰囲気みたいなものが伝わっていれば良いなと思います。
今回、熱量かけて執筆しただけに、今までで書いてきたお話の中で一番長くなってしまいましたが、思い描いた物を詰め込むだけ詰め込めてとっても大満足しております…っ!
余談ですが、今回の作品を執筆するにあたって、作業BGMにずっと「夏目友人帳」の曲を聴き流しておりました。夏と言ったら夏目!と思う程、あの涼しげな曲調が今回の作品に合っていて、堪らず次の作品の構想などが浮かび上がってきてしまって、またとなく創作意欲を掻き立てられてしまいました(笑)。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には、大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
※尚、当作品は企画サイト側で公開日が限定された物でしたが、主催者側で公開される前に当サイトの方側で先行して作品公開しても良いとの許可を得ておりますので、ご安心を。
