不意打ちキス




それは、組織の情報を片っ端から調べる作業に没頭している時に起きた。


『―イテ……ッ!』
「どうした…?」
『いや…作業に没頭してたら水分取るのを忘れててさ。唇乾燥してたのに気付かなくて、欠伸で口大きく開けたら切れちゃって。』
「どれ、見せてみろ。」
『うぃー。』


椅子に座ったままの身体はそのままに、頭だけを彼の方へ動かした。

ひょいっ、と屈んだ彼は、私の顎の下に手を添え、唇の切れ様を診た。


「ホォ…完全にパックリ切れているな。」
『でしょ…?かなりビッキリいった気がしたもん。』
「だいぶ血が滲んでいる…。痛いんじゃないか?」
『う〜ん、ヒリヒリするかな。』
「…そうか。」
『私ってば、何かの作業に没頭すると、つい水分補給忘れちゃうからダメなんだよなぁ〜…。気を付けてはいるんだけど。』
「…………。」
『まぁ、ちょっと放っておけば血は固まるし。後でリップクリーム塗っておけば問題無いよ。』


私はそう言って切れた上唇を舐めた。

まだ血が滲んで固まっていないのか、血の味がする。

内心、「うぇ、マズッ。」と思い、舌を出す。

彼が近付けていた顔を離し、添えていた手も外したので、「もう良いのかな?」と勝手に解釈し、再び作業に戻る。

彼に背を向けて、ディスプレイと手元の資料に思考を傾けていると、不意にちょいちょいっ、と肩をつつかれたので振り返ると…。

先程よりも近い距離感に、間近にある彼の顔。

そして、唇に触れた柔らかい感触。

数秒間、放心して思考を止めていると。

べろりとしたものが切れた箇所に当たり、ビリリッとした刺激が走った事で漸く動き出す脳。

痺れる痛みに顔を顰めるも、目の前の彼は意に介さなかったようで。

唇の切れた箇所だけを嬲り、刺激しながら口付けてきた。

流石に耐え兼ねたところで、此方が小さく「痛い…っ!」と漏らせば、行為を止めてくれた。

未だにヒリヒリする唇に手を当て、彼を睨み上げると、愉快そうにフ…ッ、と笑った。


「痛かったかな…?」
『ッ……!分かっててやったでしょ…?』
「さぁ、どうだろうな?」
『ぐ…っ!人の気も知らないで…っっっ!!』
「舐めてみて思ったが…かなり鉄の味がして不味かったな。」
『当たり前だろ…!…ったく、不意打ちは止めてよね…っ。』
「何をだ…?」
『キ・ス…ッ!心臓に悪いから止めてくれって言ってんのっ!!絶対分かっててやってるだろ!?』
「クク…ッ、すまない。君の反応が面白かったので…つい、な。」
『“つい”で済むか!!ただでさえ染みて痛いってのに…!』
「だから謝ってるだろう…?」
『心が込もってないです。ちっとも反省してないでしょ、赤井さん。』
「そうか…?」
『うわ…っ!?もう良いです!あっち行ってお茶でも煙草でも何でもしててくださいっっっ!!』


「ふんっ!」と肩を怒らせ、プイッとそっぽを向き、彼を視界から外す。

そうして、途中だった作業に戻った。

その為、その後ろで彼が含み笑んでいた事など…私は知り得なかったのである。


(―止められる訳がないさ…。君にちょっかいを出す度に、いつも他人には決して見せる事の無い反応を返してくれるんだからな…?)


彼女の知らないところで、彼は自身の唇をペロリと舐める。

先程舐めた、彼女の血の味が残る感触を感じながら…。


執筆日:2016.07.30

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