儚くも、散って…



―夢を見た。

それは、少し前の出来事で、そこまで懐かしむ程のものでもなかった筈だが…。

私の中では、今ではかけがえのない想い出であり、記憶である。

それは…とある組織での任務の時の話だった。

彼女…組織のNo.2“RUM”の腹心である女、キュラソーと組んだ日。


「アナタが、新しく入ったっていうキティ…?」
『え…?あ、はい…そうですけど…。』
「今回の任務の情報収集、期待してるわよ。」


何故、組織の中でもお偉い方に入る彼女と任務を行わねばならないのか…?

他にも情報収集に長けた人は、五万と居るのに。

彼女と任務だと言い渡された時は、そう思ってた。

それから何度か、数回と数えられる程しかないけれど、彼女と共に組み、任務を行った。

彼女の潜入先までの護衛やら、いつも通りの情報収集の任務やら…簡単なように見えて難しい仕事。

私が彼女と触れ合ったのは、そんな時ぐらいだった。

でも、とある任務の帰り際であった、束の間の休憩時間…。

突拍子もなく、彼女から話しかけられた。


「―貴女、本当に純粋な心の持ち主よね…。私達のように、真っ黒じゃないわ…。じゃなきゃ、“殺しは出来ない”なんて言わないもの。」
『ぇ………?』
「貴女…本当にこの組織の人間なのかしら…?ノックって面構えでも無いけど、自ら望んで組織に入り、組織の為に動いてるとは思えない。……違わない?」
『……………。』
「…まぁ、答えられる訳無いわよね。組織に対して不利益となるような事を、自ら冒そうとはしない筈だもの。特に、貴女のような用心深い人はね…。」


彼女の質問の真の意図が読めず、私はただだんまりを決め込む事しか出来なかった。

しかし、彼女は片手に紅茶の缶を握り締めて、気にせず呟いた。


「…私も同じよ。ただ自分が生きる為には、この道しか無かっただけ…。“RUM”がわざわざ用意してくれた、この場所がね。」
『え…?それって、どういう……。』
「さぁ…?自分で探し出してみたら?…ま、そう簡単に私の情報なんて出てくる訳も無いけど。」
『ちょ…っ、キュラソー…ッ!』
「さっ、帰りましょ。可愛い可愛いキティちゃん…?」


そう言って先に歩き出した彼女は、駐車場へと向かう。

だけど、その時、一度だけ振り返って私のコードネームを呼んだ時の彼女の表情は、今まで見てきた組織のNo.2である“RUM”の腹心として働く表情とは、一線を画していた。

私が追ってくるのを振り返った瞬間のそれは、きっと、彼女自身の中での本当の彼女の姿だったのだろうと思う。

でなきゃ、あんなに儚く優しげに笑いかけるなんてしなかっただろう…。

あの時の、彼女の今にも消え入りそうな儚い笑みは、今も記憶の片隅に眠っている。

忘れる事は決して無い。

忘れる事の出来ない、今となっては、数少ない彼女との想い出の一つだから。


―あの日、彼女を亡くしてから数日が経った。

遣る瀬無い気持ちが渦巻きながら寝付いたせいか。

彼女は、夢の中へ逢いに来てくれた…。

だけれど、夢の中でも、彼女はあの笑みを浮かべて。

ただひたすら私へと微笑みかけるのだった。

話しかけるも、答える事は無く、ただ聞いているだけ…。

ただし、夢の中で最後、彼女は私の名前を呼んだ。


「―キティちゃん、…いえ、ギムレットの娘、此瀬梨ト。」
『私の名前…、まだ教えてないのに……?』


そう呟いたら、彼女は「フ…ッ。」と笑って私の手を取った。


「有難う、あの時私を救おうとしてくれて…。あのギリギリな環境の中、子供達も救おうとしてくれたんでしょう…?それだけで、十分よ。…本当に有難う。」
『そんな…っ!私、結局は……っ。』
「良いのよ…。それが、運命さだめだったのよ。“RUM”の腹心であった“キュラソー”としての、ね…。」


まるで、本当に最期のお別れのような言葉だった。

彼女は、最後に私を抱き締めてゆっくりと離し、頬に触れながら口にした。


「貴女は…絶対に生きて、いつか組織を抜けるのよ…?私みたいに、暗がりの底も見えないくらいの真っ黒に染まっちゃダメよ。」
『……ううんっ、貴女の色…真っ黒じゃなかったよ?だって、貴女は最後に見せてくれたじゃない…っ。何色にも侵されない、真っ白な色を……。』
「そう言ってくれる、貴女みたいな人に出逢えて良かったわ…。もし、きっと、そんな綺麗な色に変われていたのなら…それは、貴女のお陰でもあると思うから。」
『え…っ?』


すぐには意味が飲み込めずに、彼女の顔を見返す。

そ…っ、と手を離した彼女は、素敵な笑顔を浮かべていた。


「―大切な人、もう失くさないようにね、梨トちゃん……?それじゃあ、ね…。」


そう告げた彼女は、後ろ手に手を振りながら消えて行った。


―それでも…。

私は、もっと貴女と話したかった。

もっと、貴女の事を知りたかった。

けれど、今となっては、それは叶わない。

貴女には、もう逢えない。

優しく微笑みながら去っていく貴女の幻を、私は見た。

そして、私は、涙を流して夢から覚める。

そんな私の側には、そっと私の頭に手を添える、本当の姿に戻った貴方が居た。


執筆日:2016.08.18
加筆修正日:2020.05.19

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