アメリカ式挨拶



いつもながら工藤邸に宿泊している朝の風景。

「ふわぁ…っ。」と欠伸を漏らしながらリビングへと向かうと、朝食を作り終えたところだった赤井さんが料理をテーブルへと並べている場面だった。


「おはよう。よく眠れたかな…?」
『あい…おはようございます。いつも早いですね、起きるの…。』
「まぁ、向こうじゃ仕事の関係で不規則な事が多かったがな。顔は洗ってきたんだろう?今、丁度朝食が出来たところだ。一緒に食べよう。」
『はーい。』


寝起きでぼんやりとした頭で席に着き、目の前の料理が揃うのを待つ。

赤井さんも席に着いたところで、二人で手を合わせて「頂きます。」と食べ始めた。

赤井さんはブラックコーヒーを、私はカフェオレを飲みながらテレビのリモコンを操作し、朝のニュースを点ける。

最早、此処で二人揃って居る時の朝では日常と課した光景で、半ば義務的のようにテレビのニュース番組を眺める。

画面は、今日の全国の天気予報を伝えているところだった。


「ふむ…今日は晴れか。なら、洗濯物がよく乾くな…。」
『それなりに風も吹くようですし、快晴で一日中お日様が出るんなら、洗濯日和ですねぇー。』
「後で食器を洗い片付けたら、洗濯機に洗い物を放り込むか。」


赤井さんが主婦的思考でぼそりと呟くと、画面は、とあるアメリカのお偉いさん方が出会い頭の挨拶に頬っぺたへチュッチュしている場面に切り替わった。

外国だなぁ…。

それを見て、梨トは率直な感想をポツリと呟いた。


『そういやぁ、昔…子供の頃、友達にホッペチューされた事あったっけなぁ〜。…小学校高学年の頃だっけ。』


特に理由も無く呟いた言葉だったのだが、それを聞いた赤井さんは何を勘違いしたのか。

思わず飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。

おまけに、気管に入ってしまったのか、噎せて咳き込んだ。


『だ、大丈夫ですか…?』
「ゲホッ!ゲホッゴホ……ッ。あ゙ぁ゙、すまん…っ。大丈夫だ、有難う…。」


食べる手を止めて様子を窺っていると、落ち着いたのか、ちょっとだけダミ声になりながら返事を返してくれた。

そんなに驚くような内容だったかな…。

そう思いながら彼を見つめていると、噎せたせいで喉に違和感が残るのか、気にした様子で首に触れつつ、問うてきた。


「今の話は、本当か…?」
『へ…?あ、はい。本当です。』
「そうか…。」


凄い顔してこっち見てきた赤井さん。

ちなみに、その表情は、めっちゃ必死で焦った感じの表情。

嗚呼…たぶん勘違いしたんだな、この反応は。

そう冷静に分析して、彼の誤解を解くべく言葉を付け足す。


『何か勘違いしてそうだから言っときますけど…その子、女の子ですよ。』
「何だ…女か。…いや、待てよ。逆に、それは良いのか?」
『大丈夫ですよ。その子、単に女の子と可愛い子が好きなだけだったんで。』
「小学生の頃で高学年と言ったら、思春期だろう…?どうなんだ、それは…。というか、その子は本当に女か?聞いていると、まるで男のような趣味だが…。」
『いや、本当に女の子ですって。ちょっとばかし男気盛んな男前な女の子ですよ。可愛い子って言っても、女の子限定でしたし。何より、人に抱き付いたりするのが好きな人懐っこい子でしたから。』
「はぁ…。変わった友人が居たんだな。」
『中学まで一緒だったんですけど、高校は別々に進学したし。元気にしてるかなぁ〜、アイツ…。たぶん元気にしてるだろうけど、全然逢ってないなぁ…。』


口の中でモグモグしながら、懐かしき友を浮かべて思考を傾けていると。

噂すれば、何とやら…。

唐突に、自身の携帯へ連絡が入り、相手を確認すると、今しがた話していた人物からだった。


『もしもし?久し振r…、』
<やっほぉーっっっ!!おっ久ぁー!!元気にしてたーっ!?>


電話に出た途端、通話口から盛大に音が漏れる程の馬鹿デカイ声で喋ってきやがったあの野郎。

当てていた側の耳がキーンとして、思わず片耳を塞ぎ、携帯を耳から遠ざける。

いつもはポーカーフェイスを決めてあまり表情を変えないあの赤井さんでさえ、今の音量に驚いている様子だ。

耳鳴りが治まると、再び携帯を耳に当て、不機嫌気味な声で言葉を返す。


『声がデカ過ぎるわ、ド阿呆…ッ!!人の鼓膜破る気か!?』
<ごめんごめんっ!超久々だったから、ついテンション上がっちゃって!!>
『気持ちは分かるけども!マジで耳死ぬから止めてくれッッッ!!』
<スマン…!>
『まぁ、私は元気だけども…。そっちは…って、訊くまでもねぇな。…で?突然どうしたの、電話掛けてきたりなんかして…?』
<おうっ、ちょっとな!アタシ、仕事の関係で有給取ったから、久々に実家帰って来ててさ!!それで、久々に梨トの顔が見たくなって、逢いたいなぁって!突撃お宅訪問しちゃいましたぁーっ!!>
『あぁ、そういや瑠花るかは高校卒業した後就職した……って、はァッ!?』
<という訳で、今から逢えない!?ちなみにぃ、今アタシ、アンタん家の前に居まぁーっす!!>
『“居まぁーっす!!”って、おっま…!!急に連絡寄越してきたと思ったらそれかいっっっ!?』


大声で返していたら、珍しく驚いている赤井さんがポカーンとして此方を見ていた。

まぁ、たぶん、この言葉の応酬の様子が見慣れないんだろう。

かなり親しい間柄での口調だったのもあるから。


『お前…相変わらずだなぁ〜、その勢い。』
<エヘヘ!何かそう言われると嬉しい…っ!>
『褒めてねェよ。社会人になってんだったら、家来る以前にこっちに帰ってくる時点で先に連絡入れとけよ。常識として!せめて常識は捨てないで…!』
<大丈夫、捨ててない捨ててない!ちゃんと常識あるよ〜。単に、梨トとは中学ん時みたいに付き合ってたのが抜けなくて。アンタならいつまで通りでも良いかなって!!>
『私の扱いっっっ!!頼むから、私にも常識対応してくれッッッ!!そんな急に来られると流石に困るわ…ッ!!』


何か色々と可笑しくなってきそうで、俯いて額に手を当てていたら、ずっと蚊帳の外だった赤井さんが心配して小声で声をかけてきた。


「その、大丈夫か…?」
『…大丈夫です。』


一つ溜め息を零して、今知り合いの家に居て自宅に行っても居ないという事を伝え、逢いたいなら二丁目の工藤邸まで来いと告げた。

彼女もそれに了承し、「すぐ行くね!」と言うと早いが否か、即電話を切った。


『…まぁ、そういう事なんで……今話してた友人が、自宅に突撃訪問してきたんで、急遽此方に来るよう伝えたんですけど…良いですか?』
「別に、俺としては構わないが…。それなら、俺は急いで変装してきた方が良さそうだな。」
『すみませんが、お願いします…っ。』


困った感じで半笑い気味に返すと、食べ終えた食器を片手に頭をぽんぽんされた。

ドタバタで変装し、出てきた赤井さんこと昴さんの髪は、いつもよりボサボサだった。

まるで、酷い寝癖のようだ。

手早く整えてあげると、タイミング良く門が開く音がし、そのすぐ後にチャイムが鳴らされる。

玄関に出て扉を開けた途端、彼女は相変わらずの熱烈なハグをかましてきた。


「逢いたかったよ梨ト〜っ!!」
『グエ…ッ!!』
「アンタ、相変わらず細いねぇ〜。ちゃんと食べてる?」
『感動の再会で嬉しいのは分かったが、中身出る…っ、苦し…ッ!あと、出逢い頭のハグは止めて!心臓に悪いっっっ!!』
「あはっ、ごめんごめん。逢えたのが嬉し過ぎて。これで許して!」
『うあっ!?ちょっ、それ止めろよな!!』


思い切り抱き付かれたと思えば、今度は左頬にキスされた。

そんな強烈な第一印象に、予想以上の男前さを持つ女の子に、驚き過ぎて固まる昴さんこと赤井さん。

あの赤井さんが呆然と立ち尽くしている。


「ところで…何で、アンタ、彼の有名なあの高校生探偵の家に居る訳?」
『今、順を追って話すから…ちゃんと聞いてなね。』


一気に問い詰められそうになるのを、どうどうと抑えるように対応する。


『取り敢えず…まずは紹介からね。此方、今訳あって工藤さん宅で仮住まい中の沖矢昴さん、東都大学院生。』
「どうも、沖矢です。宜しく。」
『で…こっちは、私の中学ん頃の同級生、東雲(シノノメ)瑠花。現在進行形で一般企業にて就職中。』
「ども〜っ。瑠花でーす!宜しくお願いしまーっす!…えーっと…それで?その沖矢さんって人と何で一緒に居るの…?それも朝っぱらから。」
『その台詞、こっちが言いたいわ…。こんな朝早ぇ時間に突撃訪問してくんじゃねーよ。いつもだったら、まだ寝てる時間だわ。』


矢継ぎ早な会話を繋げながら、時折罵倒を挟みつつ話を続ける。


『え〜っと、この昴さんとは少し前からの知り合いで、親しくさせてもらってて…今日は、偶々此方に用があって泊まり込ませてもらってたんです。』
「男が居る家に泊まり込み…!?ひゅーひゅーっ!!とうとう梨トにも春、もとい彼氏到来か…っ!?」
『違う…っ!!まだそんな関係じゃない!!』
「まだ?まだって事は、その内そういう関係になる予定があるって事なんじゃない…!?ひゅーっ!!アッツイねぇ〜!やるねぇ〜!!」
『だから違うっての…!!変に茶化すなっ!!』
「えぇ〜っ!良いじゃん、照れなくてもぉ〜!あ、もしかしてアレかぁ…?実は気があったけど、まだ告ってないとかん…?」
『何でそういう話に持っていこうとすんの!もう、昴さんも何か言ってやってくださいよ〜…っ。』
「え…違うんですか?僕としては、既に君とは付き合っているつもりだったのですが。」
「ホラ、見てみなさい!やっぱりそうなんじゃん!!ひゅーひゅーっ!!」
『ちょ…っ!?何、昴さんまで悪ノリしてるんですか!?ノラなくて良いんですよ!こんなの放っておいて良いんですから!!放置プレイですよ、放置プレイ…ッ!!』


何故か昴さんまでも悪ノリして、恋人コールを煽る。

何で…!?

赤井さん、変装するとキャラ変わり過ぎでしょう!?

微妙に複雑な心中に陥りつつある現状をどうにかする為、何とか誤解だけは解かねば…っ!!


『とにかく…っ!昴さんは私の彼氏ではないので、勘違いしないように!!』
「恥ずかしがっちゃって〜、梨トったら可愛いなぁ!」
『だから、そういうの止めろっ!!つか…そっちこそ、その手の話どうなってんのよ!?中学ん時だって、付き合ってた経験あったでしょ!』
「ん?アタシ?うん、彼氏居たよ〜…?もう別れたけど。同僚に強制的に連れてかれた合コン先で新しい恋見付けたから、今はその人とお付き合いしようと奮闘中〜!つまり、今はフリー状態ね。」
『相変わらず、そういうの早いね…。私なんて未だに恋愛経験ゼロなのに。』
「何言ってんの?アンタには沖矢さんが居るじゃない。」
『だから、何で!!』
「僕は、梨トさんなら大歓迎ですよ?」
『お願いだから、昴さん悪ノリしないで…っ!』


この手の弄りには慣れてないから、何だか泣きそうになってくる。

というか、私帰っちゃって良い?

もう帰っちゃって良いよね、コレ?

即刻帰りたい。

マジで帰りたい。

こんな事なら、コイツこの家に呼ぶんじゃなかった…。

一人遠い目をして黄昏れながら話の軸を戻そうと試みる。


『…まぁ、取り敢えず、その話はどうでも良いから置いとくとして…。それで…結局、瑠花はウチん家来て何がしたかったの?』
「え…?久し振りの梨トとの再会果たして抱き合って、近況報告してちょっと話したら終わりにするつもりだった。」
『マジで何がしたいんだ、お前。』
「まぁ、実のところを言えばぁ〜、失恋して傷付いてた心を梨トに癒してもらおうかと!」
『何故ゆえ、私…?』
「だって、梨トは昔っから可愛くて、今も可愛いんだもん。きっと弄り倒せば、懐かしくて面白い反応が返ってくるかなぁ〜って!あわよくば、何ちゃってカレカノごっこしてお出掛けしようと思ってました…!!」
『…ちなみに訊くけど、その時の私の立場ことポジションは…?』
「勿論、カ・ノ・ジョ!」
『理不尽…ッ!!そこはせめて彼氏だろ…っ!?彼氏にしてくれよ!!失恋中なら…っっっ!!』
「だってぇ〜、梨トは可愛過ぎるから彼氏役に向いてないんだもんっ。梨トと居るなら、アタシがリードしてエスコートしたいの…!」
『うん…何かお前が元カレと別れるに至った理由が分かった気がしたわ…。たぶん、瑠花が男前過ぎんのが原因なんだわ。』


頭を抱えて、もう気を遣うなんて事は彼方に追いやり、盛大に溜め息を吐き出す。

ダメだ、コイツ…早く何とかしないと。

かぶりを振って彼女の両肩を掴み、言った。


『取り敢えず、お前はもう少しお淑やかさってもんを知ろう…?じゃなきゃ、マジで今後の恋愛にも影響してくるぞ。』
「いや、それは分かってんだけどねぇ〜…最近骨のある奴が居ないんだよ〜。」
『お前はどんな理想を追い求めてるの…!?』
「まぁ、それなりのイケメンさと包容力と、あと優しさとか。そう挙げてくと…軽く、其処に居る沖矢さんも理想範囲に入りそうなんだよね〜…。」
『あ、いや、この人はちょいマズイ…ッ。』


いやいや、“昴さんは実はある人の変装姿で、その中身はFBIの赤井秀一さんです!”なんて言えねぇぇぇーっっっ!!

友人のまさかの発言にどうしたものかと必死に考えを巡らせていると、不意に肩にポンッと置かれた手。

斜め後ろを振り返ると、昴さんな赤井さんがにっこりと意味深な笑みを浮かべて、「此処は任せて。」とでも言うように前へ一歩踏み出た。


「そう言って頂けてとても嬉しいのですが…すみません。申し訳ありませんが、僕のお相手は梨トさんと決めているので、貴女とのお付き合いは出来ません。ごめんなさい。」
『え…?』


爽やかに交わした彼は、満足げな笑顔で此方へ向き、にこりと微笑んだ。

は………?

何言ってくれちゃってんの、この人…?

謎のときめき感で顔が赤くなるが、ふいっ、とそっぽを向いて誤魔化す。

しかし、彼は私の斜め上な思考で友人を言い包めたのだ。


「それに…、」
『わ…っ!?』


急に私の背後に回ったかと思うと、突然後ろから私へ腕を回してきて、抱き込められるような形になる。


「―僕は、すっかり彼女に心を奪われた“彼女のもの”なので…っ。」
『はぇ…っ!?』
「わーぉ…。だ、いたぁーん…っ!」


ちょっと、この人何を言い出すんだ!?

慌てて上を見上げれば、楽しげな笑みを浮かべていて…明らかにこの状況を楽しんでいらっしゃる。

おまけのトドメと言わんばかりに、そのままの体勢で私の頭にキスを落とした。

それは、端から見れば見せ付けるかのように…。

お陰で、収まっていた筈の囃す歓声がまた沸き起こる。

勘弁してくれ…っ。

流石の私でも処理し切れなくなり、オーバーヒートした脳味噌が爆発して何も発せなくなった。


「やっぱり、梨トに気があったんじゃん!?良かったねぇ、梨ト!!………梨ト?おーいっ!…あらら、撃沈しちゃってるわ。相変わらず初心な子ねぇ〜。」
「まだ慣れてないんですよ。彼女は、恥ずかしがり屋さんですから。」
「大丈夫かぁ〜?生きて息してるぅ〜?」


顔を覆って俯いていると、これ見よがしにニヤニヤとニヤ付いた瑠花が下から覗き込もうとしてくる。

やばい、本気で泣きそう…。


『………あ゛ーっ、穴があったら一生籠ってたひぃー…ッ。』
「あ、生きてた。しかも、こりゃ重症だわ(笑)。」
「照れてるんですよ。」


楽しげな昴さんの声が、頭上から降ってくる。

頼むから、それ止めてくれ…!


「肝心の梨トさんがこんな状態です。其方もこの後の予定があるでしょうし、そろそろお暇された方が宜しいのでは…?」
「そうですねぇ〜っ。まぁ、さっきのはほんの冗談だったんですけど。梨トの元気な顔見れたし、どうやら彼氏と上手くいってるみたいだし…っ!アタシは帰ろうかなぁ〜。これ以上長居しても、お二人の邪魔になるだけだろうしね?(ニヤリ)」
「その方が良いでしょうね。暫くは、復活出来ないと思われますので。」
「それじゃあね、梨トっ!彼氏さんと仲良くね!!」
『一昨日来やがれ、クッソが…っ。』
「おやおや、照れ隠しとは可愛いですね。」


友人が立ち去った後も、一時は離れてくれなかった昴さん。

え、何?

アメリカじゃ、こういうのも挨拶とかコミュニケーションの内なの…?


「―にしても…嵐のように来て去って行ったな。」
『昔っから変わってなかったわ、アレ…。つーか、更にパワフル化したんじゃない…?』
「凄く勢いのある友人だったな…。だが、君の珍しい一面を見れて楽しかったよ。」
『そりゃそうでしょうね。赤井さん、終始ノリノリでしたもんね。』
「まぁ、先程君の友人に言った事は、あながち嘘じゃないぞ?」
『え?』
「君は、いつも見ていて飽きないからな。」


後ろから抱き込んだまま耳元でそう囁いた赤井さんは、見上げかけた私の頬へホッペチューした。

それも、アイツが出逢い頭にした方とは反対に。

…これだからアメリカンって慣れない。


執筆日:2016.08.22
加筆修正日:2020.05.19

PREVNEXT
BACKTOP