好き嫌い
今日は、安室の家にお邪魔して夕飯をご馳走になっていた。
「お待たせしました、出来ましたよ。」
『わぁっ、何だろう…?』
「はい、どうぞ。」
コトリ、と目の前に置かれた料理の皿。
それは、一見出来立てで湯気の立つとても美味しそうな料理に見えた。
だが、よく見れば、その料理には彼女の嫌いな野菜が入っていた。
『………安室さん。あのぉ…コレ、私の嫌いなもの入ってません…?』
「ええ、そうですね。」
『私の嫌いなもの、知ってますよね…?』
「勿論、存じてますよ?」
『じゃあ、何で入ってるんですか…?』
「敢えて、貴女の嫌いな野菜を入れたメニューを作ってみたんです。好き嫌いは、よくありませんからね!」
にっこり、と爽やかな笑みを浮かべる安室。
いつもポアロでアルバイトをしているので、ナチュラルにエプロンが似合っている。
それを横目に見ながら、口許を引き攣らせる梨ト。
明らかに身を引いているのが分かる。
「梨トさんも、そんなに子供じゃないんですから、好き嫌いせずに食べましょうね!野菜には沢山の栄養素が含まれてるんですよ?好き嫌いしてちゃダメです。特に、女性なら美容の意味も込めて。」
『…何の嫌がらせですか?』
「嫌がらせだなんて、飛んでもない…っ!僕は、ただ貴女に嫌いなものも食べてもらいたかっただけです。」
『余計なお世話です…。』
「残さずちゃんと食べてくださいね?せっかく僕が愛情を込めて作ったんですから。」
そう言ってエプロンを外し、自身も向かいの席に着いた彼。
無言で皿を見つめる梨トは、眉間に皺を寄せて動かない。
『…別に、子供のままでも構いませんよ…。』
「あれ、良いんですか?それで。」
『だって、どうせ私、味覚はガキンチョですから。子供で良いですよ。』
「そうですか…。それは残念です。」
大してショックを受けていない様子で、肩を落として見せた安室。
わざとらしく溜め息を吐いているが、彼女は今の時点で考えを変えるつもりはないようだ。
「貴女が子供だと言い張るのなら、僕とのキスは出来ませんね。」
『は……?』
「だってそうでしょう…?大人が子供に手を出したりなんかしたら、犯罪になっちゃうんですから。」
『え…?あ、の……安室さん?』
「急に何を言い出すんだ。」とでも言いたげな表情を浮かべて、彼を見遣った梨ト。
彼は、変わらず話を続ける。
「貴女がそう言うのであれば、仕方がないですね…。少し寂しく感じますが、これからは僕とキスが出来なくなりますね?」
『ちょ…っ、安室さん!?』
「幾ら十九歳と言えど、まだ子供だと仰るなら、僕は黙って共に居るだけに致しましょう。」
『ッ〜〜〜…!分っかりましたよ!!食べれば良いんでしょう!?もう…っ!!』
あまりにもしつこく続ける彼に嫌気が差した彼女は、勢い良くガッと箸を手に取ると「頂きますっ!!」ときちんと手を合わせてから、嫌いなものを先に優先して他の炒め物の野菜と一緒に摘まみ、口の中に放り込んだ。
嫌いなものの味を感じ、思い切り顔を顰める。
嫌いな味を我慢しながらも食す姿を目にした彼は、満足そうに微笑み、料理に手を付け始めた。
『まだ食べなきゃダメですか…?』
「あともう少し頑張ってください?」
『うぇ…っ、はい。』
「良い子ですね。ちゃんと残さず食べ切ったら、甘いご褒美をあげましょう。」
ご褒美が何なのかは不明だが、何かしらあるのであれば頑張るしかない。
嫌々ながらも、無理矢理口の中に押し込んでいった梨ト。
彼と約束した通り、嫌いではあったもの完食し切った。
楽しい食事であった筈が、今やテンションはだだ下がりで覇気が無くなっていた。
そこへ、ちゃんと食べ上げた彼女に笑顔な彼が歩み寄る。
「よく出来ましたね、偉いです…!」
『頭撫でないでください。私、子供じゃないです。』
「そうですね。貴女は、立派な大人の女性です。だから、こういう事をしても許されますよね…?」
『え…?』
クイッ、と持ち上げられた顎に、唐突として唇に触れる柔らかい感触。
遅れて聴覚が拾った、チュッ、というリップ音。
間近に映る、意地悪な笑みを浮かべた彼の顔。
「やはり、貴女とはこうでなくては。」
『ッ……!狡いですよ、それ…っ。安室さんってば、本当策士だ…っ!』
「ふふ…っ。貴女にだけですよ?僕がこんな事をするのは。」
ス…ッ、と寄せられた彼の顔が近過ぎて、思わず身を固まらせる梨ト。
「だから、僕以外の男の前でそんな可愛らしい言葉、言わないでくださいね…?」
安室透、二十九歳。
今日も、歳下彼女を翻弄して、反応を楽しむ男であった。
執筆日:2016.09.03