perfume of cigarette



目の前を通り過ぎていった彼の長い髪が揺れる。

その余韻で、彼が愛飲する煙草の匂いがふわりと鼻先を掠めた。

つい、髪の先っぽを目で追うと、彼が歩く度に揺れる漂うソレと、男にしては手入れの行き届いた髪質に目がいく。

条件反射で、揺れ動く獲物を引っ掴むと、急に後ろから制止をかけられた彼が鋭い双眸を此方に向けた。


「………オイ、何してやがる。」
『うわ〜…改めて触ってみると、めっちゃサラサラじゃんよ。羨ましいくらいだな。』
「聞いてんのか?」


物凄い形相で睨み付けてくる彼の視線などお構い無しに梨トは触り心地の良い長髪を弄くる。

頭だけを振り向かせていたジンは、己の言葉を無視る彼女に無言のオーラを飛ばし、身体ごと方向転換した。


「気安く触んじゃねぇよ。」
『あいたっ。』


パシンッ、と軽い音を立てて叩かれた手。

力加減はされていたようだが、地味に痛い。

地味な痛みにちょっぴり顔を顰めて、叩かれたところを擦る。


「何のつもりだ?」
『んー?ただ、目の前を漂ってた髪の毛に惹かれまして。』
「はぁ……?」
『見るたんびに思うんですけど…ジンさんの髪、いつも綺麗ですよね。何のシャンプー使ってるんですか?』
「ぁあ?んなもん知らねぇよ。あるのを使ってるだけだ。」
『え〜?絶対良いヤツ使ってるでしょう?』


叩き落とされてもめげない彼女は、再び彼の髪を一房取ると、髪先を摘まんでにこりと笑う。

無言で閉口するジンは、彼女が何を考えているのかを勘繰り、沈黙を返した。


『これだけ綺麗なんですから、普段から手入れを怠ってないんじゃないですか?コンディショナーも使ってるんじゃないですかね!』
「だから、知らねぇって…。」
『煙草の匂いが強いですが、その中に混じって仄かに別の匂いがするんですよね…。何のシャンプーだろ?』
「お前、鼻良過ぎだろ。犬かテメェは。」
『う〜ん…こんだけ長いから、それなりの物使うよねぇ…。○ックス?いち〇…?パン○ーン?それとも巷で人気のノンシリコンの…、』
「人の話を聞け。…そんなに気になんのかよ?」


両手をポケットに突っ込んだまま問う彼。

ふと問われた梨トは、キョトンと彼を見遣った。


『だって、男でこんなに綺麗な髪質とか羨ましいですもん。』


至極普通であると言わんばかりに言い切った梨ト。

目深く被った帽子の下で呆然とする男。

少ししてから煙と共に溜め息を吐き出すと、ポツリと零すように呟いた。


「…やっぱりテメェは変わった奴だ。」
『どういう意味ですか?』
「言葉の通りだ。テメェは可笑しな奴だってな。」
『地味に失礼ですね。何故そう思うんです…?』
「どっからどう考えても、お前みたいに俺に話しかける奴は他に居ねぇだろ。特に下の奴等は、怯えた面で此方を見た後、尻尾を巻いて逃げて行くからな。俺に近付く事すらネェよ。」
『そんなに気ぃ遣いますかね…?組織の幹部様に。』
「そういう事じゃねぇよ。」


未だ掴まれていた髪を払い除け、わざとらしく紫煙を彼女の顔に向かって吐き掛ける。

当然の事に噎せる梨トはケホケホと咳き込んだ。


『ケッホケホ…ッ。うえぇ……っ、地味に酷いじゃないですかジンさん。』
「何の事だかな。」
『むぅ…っ、誤魔化した…。まぁ、良いですけど。偶に軽い意地悪はされますが、ジンさんが実は意外と優しいって事は知っているので。』
「………前言撤回だ。テメェはイカれてやがる。」
『ぇえ…っ!?それは酷いですよ!』


罵ったとしても尚、長い銀髪に惹かれるように付いてくる梨ト。

まるで、本物の子猫のようだ。


(―全く…“キティ”だなんてコードネーム付けるとは、ボスもイカれたお人だ…。)


まさに、“kitty子猫”が似合う彼女。

紫煙を燻らせながら、真っ黒な帽子の下で彼は密かに口角を上げるのであった。


執筆日:2017.01.09

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