茹だる暑さ
窓を完全に締め切っていても聞こえてくる蝉達の大合唱。
今年は、今までで最もうるさいくらいの音量である。
それこそ、外を出歩いていれば鼓膜を突き破らんばかりの大音量なのであった。
『―ねぇ…このホテルの空調設備どうなってんの?全然涼しくならないんだけど。』
「そうねぇ…。けど、これでも限界温度まで下げてるつもりよ?」
『嘘でしょ…?これで限界とか終わってんじゃん。ふざけてんの…?つか、このエアコン自体、壊れてんじゃねーの?』
「文句なら、此処のスタッフに言ってくれない?私じゃどうにもならないわよ。…というか、口調…素に戻ってるわよ。」
『知らん。暑い。だるいぃ〜…っ。』
宿泊室に備え付けられた椅子に座り、テーブルに突っ伏すキティ。
そこへ、安室透ことバーボンが部屋へ入ってきた。
「どうも、こんにちは…って、どうされたんですか?彼女。」
「暑さにバテてんのよ。」
「ああ…成程。」
『暑い〜、暑いよぉ〜。溶けちゃうよぉ〜…っ。』
彼が訪れてもお構い無しにぐたぁ…っ、と意気消沈しているキティなのだった。
しかし、暑さのあまりイライラが増している彼女は、段々と負のオーラを纏い始める。
『そういえばさぁ…いつも全身真っ黒黒すけ且つ季節感総無視のジンとウォッカって、このクソ暑い夏でもあの格好なの…?』
「え、ええ…。基本はあの格好だから、変装以外で彼等が別の服装を着てるところなんて見た事無いわね。」
「僕も同じくですが…それがどうかしたんですか、キティ?」
疑問符を浮かべ、彼女の方を見遣るバーボン。
当然の質問であった。
『いや…もし、いつもと同じあの格好して来やがったら、剥いでやろうかと。』
「「は?」」
二人が声を揃えて異を唱えた。
「ちょ…ちょ、ちょっと待って。貴女、ソレ本気で言ってるの?冗談よね?」
「相手は、あのジンですよ…?頭大丈夫ですか?暑さでやられたんじゃありません?」
「ちょっと貴方、キティに対して何て事言うのよ!」
「いや、だって当然の流れでしょう?あまりにもブッ飛んだ事を仰るので。」
「だからって、私の可愛いキティを傷付けるような事は言わないで頂戴!貴方って、本当似非紳士よね?」
『どーでも良い…。とにかく暑い。誰か、この地球温暖化を止めてくれないか…?マジで腹立ってくるから。』
背後の口論を耳に、暑さも加わって更に苛立ち始めるキティ。
そこへやって来てしまった黒ずくめ二人組。
何というバッドタイミングか。
二人のいつもながらの季節感総無視の姿を目にした途端、怪しくその目を光らせたキティ。
逸早く彼女の変化に気付いたバーボンが「早まるなキティ…ッ!!」と声を上げる。
ユラリと立ち上がった彼女の目は完全に据わっている。
『やはりその格好か貴様等…。このクソ暑い中茹で蛸になりてぇのか。もしくはアレか…?熱中症にでもなってぶっ倒れてぇのか?自殺志願者ですかコノヤロー。』
相手があの幹部様と言えども、暑さがここまで来れば被るべき皮も投げ捨ててしまうのである。
というか、耐えるのにも限度があるというものなのだ。
毎日猛暑日で暑さの記録を更新しまくっているのに、それでも変えないルックス、最早馬鹿としか言い様がない。
「ちょ、キティ…?何か口調が崩れてやすぜ…?な、何かあったんすか?」
ウォッカの言葉、既に耳に入らず。
不穏な空気を纏うキティ。
敏感なジンが何かを察し、固く閉ざしていた口を開いた。
「おい、いつまで突っ立んでテメェ。邪魔だ、退け。」
それが合図だったかのように、突然動きを速めたキティは、目の前の男の服に手を掛ける。
『見ててイライラすんだよ、クソが。』
「な…ッ、てめ、何しやがる!」
『剥ぐ。』
「は!?」
まさかの流れに、あのジンも遅れを取ったようで。
瞬間、彼のロングコートの腰紐を引き解いた彼女。
突然の暴挙に目を剥く二人。
呆然と立ち尽くす男を他所に、幹部だとか何だとか関係無ぇとばかりに盛大に追い剥ぎするキティ。
あっという間に真っ黒なロングコートの前は全開にされた。
直ぐ様、そのロングコートを剥ごうと引っ張る。
我に返った彼が慌てて引き止める。
「おっ、おい!!餓えてんのか知らねぇが、一旦落ち着け…ッ!!」
『うるさい。黙れ。』
「「キティさんんんんん!!!??」」
服の中に仕込まれた暗器等、屁でもない。
バッサバッサと剥いでいくキティ。
ハイネックと下の黒いスラックスだけになると、お次はアンタだと言わんばかりに標的を変える彼女。
ロックオンされたウォッカは、サングラスの下で涙目になって怯えた。
「ど、どどどどうしたんですキティッ!!?」
僅かな抵抗で後退るも何のその。
あっという間に彼もジンと同じ格好にひっ剥がされた。
一仕事終えるとスッキリしたのか。
『ふぅ…っ。これで視界も涼しくなった!』
「「その為だけに服剥いだのか!?」」
その一言に何となく意識が回復したジンは、「成程、そういう事か…。」と冷や汗を垂らしながら納得する。
要は、二人のいつもの季節感無視な格好が気に障ったのである。
彼女等の説明を聞き、漸く合点のいったウォッカは安堵の息を吐く。
「あの大人しいキティがトチ狂っちまったのかと思いやしたぜ。」
「ったく…ヒヤヒヤさせるぜ。いきなりあんな事されたら焦るだろうが。これからは物は口で言うんだな。」
「そうですよ。見てるのも暑っ苦しいからって、剥ぐのは止めてくだせぇよ…。吃驚するじゃねぇか。」
「しょうがねぇから、次に逢う時は周りに怪しまれねぇように季節にあった格好をしてきてやるよ。」
「全く、早とちりなキティっすね!」
何だか最終的には穏やかな空気になる二人。
「いや、何なんだよこのオチ。あのジンが素直に言う事聞くとか有り得ないだろ。つか、季節に合った格好とか今更だろ。」
「そもそも何良い雰囲気で終わらそうとしてるのよ。こっちの気持ちも考えなさいよ。どれだけ肝を冷やしたか分かってるの?」
無駄に疲れたベルモットとバーボンであった。
執筆日:2017.09.11