消耗してしまった君に



彼が、日本の警察の中でも偉い立場に居る人間だと知ったのは、つい最近で。

彼が、私に気を許してくれるようになったのは、それよりちょっと前で。

本当の意味で私に気を許し、本来の自分を晒け出してくれるようになったのは、ほんの数日前くらいだった。

彼は、常に気を張っていて、神経を磨り減らし過ぎている。

おまけに、組織やら探偵やらの顔も持っていて、トリプルフェイスだなんて呼ばれる始末である。

そんな働き詰めの彼にも、休息というものは必要で、時にしっかりと睡眠を取らねばならない。

だが、彼という男は、ある程度休みを取りはしても、すぐに起きて動き出すといった、人間としての最低限の生活をギリギリこなしているような状態の生活しか送れていないのだった。

だからなのか、あまり眠れていないせいで、目の下にはくっきりとした隈が出来てしまっていた。

まぁ、彼の場合、物理的にも眠れずに酷い寝不足に陥っているのだろうが…。

しかし、幾ら休息を挟んでいようも、まともな睡眠も取れていない状態では頭の回転も鈍るし、上手く働かなくなるであろう。

事実、何の連絡も無しに彼の部屋へ訪れていようも、通常通りの彼であったなら一言二言、小言が飛んでくる筈が。


「嗚呼…、何だ。来てたのか。」


との言葉のみで、お咎め無しであった。


『おかえりなさい、降谷さん。』
「…嗚呼、今帰った。」
『そこは“ただいま”、でしょ…?まぁ、今日も無事ご帰宅出来たようで何よりだよ。』
「………嗚呼…っ、」
『相当お疲れな様だね…?また寝てないの?』
「…二時間くらい前に、一時間程小休止は入れた。」
『それ、寝てる内に入んないでしょ…。ちゃんと寝ないと、回るものも回らなくなるよ?』
「………。」


あまりにも睡眠が足らなさ過ぎて、眉間に皺を寄せたままに無言の返事を返した降谷。

余程眠いのだろう、返事を返すのも億劫な程疲れ果て、気力も無いようだ。

警察庁の人間としての彼であったなら、いつもなら幼げに見える垂れ目も鋭く吊り上げられているのだが…その目も今や瞑れてしまいそうな程に落ちていた。


『ちなみに聞くけど…今日で何徹目?』
「……二徹目くらい、だったか…?」
『嘘。絶対三、四徹くらいはしてる顔だよ。ったく、もう…ちゃんと睡眠は取らなきゃダメだよ?最低限、人間としての生活を送るのであれば、睡眠は取らなきゃ!』
「分かってはいるんだがなぁ…。仕事が溜まっている事を考えると、早急に片付けてしまわなくてはと思って…つい。」
『それじゃあ、何時まで経っても身体は休まらないよ。下手したら、何時か身体壊しちゃうからね?』


言ったとしても、繰り返されてしまうのは分かり切っているから、一応は忠告しておいて、隣の席を空けてやる。


『ほぉら…っ、帰ってきたんなら何時までも突っ立ってないで座りなよ。そんでもって、少しは休むんでしょ…?お膝貸してあげるから、ちょっとは寝てください。』
「…何か、いつも悪いな、梨ト。」
『どーいたしまして…っ。少しでも眠れたら、頭の回転も良くなるでしょ。』


背広を脱いだ彼を無理矢理ソファーへ座らせると、強制的に膝元に頭を置かせる。

すると、やはり目を開けているのも辛かったのか、すぐに目を閉じた彼は、目の乾きが沁みたのか、目頭を強く摘まんで揉んだ。

そんな彼の男にしてはサラサラな髪を梳き、頭を撫でて眠りを促してやる。


『食事の方は、ちゃんと摂れてるの…?』
「いや…まともに食ったのは一昨日の夜だけだな…。後は、ほとんどがカロリーメイトだとかゼリーだとか、仕事しながら済ませられる物しか食ってない…。」
『だと思った…。じゃあ、二時間程寝て起きたら、簡単な御飯作ってあげるから。それ食べてね。』
「ん…。何から何まですまないな、梨ト…。」
『良いって事さね…。ゆっくり休みなされや。』
「う、ん………。」
『…おやすみなさい、降谷さん。』


疲れ切っていたのだろう彼は、ものの数秒で眠りに就いたようだった。

眠ってしまった彼からは、静かな寝息が聞こえてくる。


『…あんまり無茶しないでくださいね。貴方は、いつも無理をしてるから…。偶には、ゆっくりと休んでくださいね…?』


色素の薄いサラサラとした髪を掻き分けて、そっと額に口付ける。

彼が少しでもよく眠れるように、おまじないをかけて。


執筆日:2018.02.26
加筆修正日:2020.05.23

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