目覚めの朝に




「こんにちはぁ〜っ!遊びに来たよ!」
「おや、コナン君。こんにちは。丁度良いところに来てくれました。今、御飯を作っている途中なのですが…まだ起きてこないお寝坊さんのお姫様を起こしてきて欲しいんです。頼まれてくれますか…?」
「お寝坊さんのお姫様って…梨トさんの事?梨トさん、まだ寝てるの…?」
「えぇ。お休みの日は、大抵このくらいの時間まで眠っていらっしゃいますよ。なので、御飯が出来る頃に僕が起こしに行くんです。でも、今日はコナン君が来てくれましたし、その任務はコナン君にお任せしようかな、と。」
「そっかぁ…。うん、分かった!僕、ちょっと梨トさんの事起こしに行ってくるね!」


昼近くに工藤邸にやって来たコナンは、沖矢に化けた赤井に言われた通り、噂のお寝坊なお姫様が居るという二階へと上がっていく。

彼女が此方に泊まり込んだ時によく利用する部屋へと、躊躇う事なく入っていく。

その際に、一応のノックと一言部屋に入る言葉をかけてから入った。

部屋を覗けば、窓際のカーテンは閉め切られたままであるせいか、電気の点いていない部屋は薄暗いままだ。

壁際のスイッチを入れてから、ベッドがある側へと歩み寄ると、部屋の主が未だに布団の中で丸まって寝ている事が見てとれた。


「(マジで寝てやがった…。)梨ト姉ちゃーん…っ?もう朝だよーっ。ていうか、もう昼だよー?起きて御飯食べようよぉ〜?」
『………ん゙ぅ……っ。』
「梨ト姉ちゃん…!僕だよ?コーナーンーっ!ねぇ、起きてってばー…っ。」
『ぅ゙〜…ん゙……ッ。』
「(ハハハ〜ッ、コイツ、ガチで起きねぇー…ッ!)もぉ〜…っ、御飯出来ちゃうよーっ?」
『………。(グーグー…。)』
「駄目だ、コレ…。全然起きやしねぇーし。完っ全に爆睡してやがる…。」


何度か呼びかけてみたものの、全くと言って良い程、彼女が起きる気配は無い。

寧ろ、完全に爆睡していて、呼びかけた声も聞こえているのか怪しいところだ。

しかし、頼まれたからには起こしてやりたいところなのだが、どうしたものか…。

考えあぐねていると、御飯が出来たのか、呼びに来た沖矢が部屋へと入室してきた。


「お姫様の様子はどうですか、コナン君…?」
「昴さん…!それが、何度か呼びかけてはみたんだけど、この有り様で…っ。」
「ふむ。君の声には起きませんでしたか。困ったお姫様ですね…。仕方ありません。此処は、いつも通り、僕が起こしましょう。」


そう言って、眠る彼女の枕元に歩み寄り、軽く呼びかける沖矢。


「梨トさん、起きてください…?もうお昼ですよ。せっかく作った御飯、冷めちゃいますよ…?」
『……ぅ゙ゔ〜ん…っ。』
「…唸るだけで、全然起きないね。」
「そうですねぇ…。昨日は夜遅くまで起きていらっしゃいましたから、そのせいもあるでしょう。」
「どうするの?昴さん。」
「う〜ん…。こうなったら、奥の手を使うしかありませんね!」
「奥の手…?」
「えぇ。まぁ、コナン君は先に下へ降りて待っていてください。せっかく出来上がった御飯が冷めてしまっては、勿体無いですから。」
「え…っ、僕も良いの?」
「どうせ、お昼はまだなんでしょう…?良かったら、召し上がっていってください。有り合わせの物で申し訳ないですが。」
「わぁーいっ!有難う、昴さん…!!それじゃ、僕、下で待ってるね!」
「はい。僕も、彼女を起こし次第、下へ行きますから。」


小さな名探偵が居なくなって、二人きりになる部屋。

というよりは、二人だけの空間になるよう仕向けた、というのが正しいだろう。


「全く…いつまで寝ているつもりですか?梨トさん。そろそろ起きてください…?」
『ぅ゙ゔ〜ん……っ。』


返ってくるのは、やはり唸り声のみだ。

本人が起きる気配は、無い。

思わず、溜め息を吐いた彼が、本来の調子で言葉を漏らした。


「本当に手の掛かる子だな、君は…。」


キラリと一瞬だけ光った眼鏡を抑え、感情を抑えた声で一言零した。


「早く起きないと…呼びかけだけでなく、寝込みを襲いますよ。」


軽く脅し文句だ。

その言葉には、漸く起きた梨トが寝起き満載な掠れ声で返した。


『…ん゙ぅ…っ、……昴さんは、そんな人じゃないでしょう…?』


寝起きの小さな掠れ声で呟いたのだが、その声をしっかりと拾っていた彼は「では、遠慮無く。」と口にし、ギシリッ、とベッドを軋ませた。

その音に、流石に目を開けた梨トは、自身の目の前に広がる光景に固まり、慌てて跳ね起き、後退る。


「おはようございます。漸く起きる気になりましたか?」


布団に包まったままだった彼女に覆い被さるようにしていた彼は、ニッコリと微笑み言った。


『昴さん…まさか本気で襲うつもりでした…?』


暫し、無言の間を空け。


「………冗談ですよ。そんなに引かないでください。貴女を起こす為の強行手段として鎌を掛けた、という事なだけです。…まぁ、貴女本人が襲っても良いと仰るなら、構いませんが?」


意味深発言に、怪しげな笑み。

ひたすらたじたじするしかない彼女は、引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。


―時は移って、リビングで。

漸く起きた彼女と一緒に御飯を食べながら、彼女の沖矢に対する様子が可笑しいと感じたコナンは、こそりと彼の耳元へと耳打ちして問うた。


「ねぇ、昴さん…一体何やったの?梨トさん、明らかに様子が変なんだけど…。」
「まぁ、ちょっとばかし悪戯を。」


愉し気にそう呟いた彼は、至極面白がっているように見える。

それ故に、彼の本当の正体を知っているコナンは呆れ顔で…。


「…あんまり梨トさんの事、苛めないであげてね…。」
「ええ、分かってますよ。」
「あ〜…まぁ、分かってるなら良いんだ。(絶対分かってねぇな、コレ…。)」


ハハハ…ッ、と乾いた笑みを浮かべるコナン。

その横で笑顔を浮かべる彼は、先程までの事を思い出し、心の内でこう思った。


(さっきの反応は、なかなか面白いものだったな…。やはり、君はいつ見ていても飽きんよ。)


やはり、内心愉しんでいた沖矢だった。


執筆日:2018.07.04
加筆修正日:2020.05.23

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