憂鬱な雨降り



とある日の事。

台風前の気圧変化で偏頭痛を起こしてダウンしてしまった梨ト。

頭痛が酷過ぎて何もする気が起きない。

食欲すらなくなり、大人しくベッドへ入り布団に引き籠った。

そんな様子に、せめて軽い物だけでも食べろと声をかけた遥都はると

しかし、その言葉に返ってきた返事は「食べる気しない…何も要らない。」というものだった。

仕方なしに、「うどんなら食べれるか?」と問えば。


『あ゙ー…まぁ、麺類なら…何とか……。』


気の抜けた返事を返しながら、梨トはもぞもぞと布団の中で寝返りを打つ。

その返答に頷き、改めて溜め息を吐いてから材料の買い出しに出る事にした遥都。

その出先で、偶然買い出しに来ていた沖矢氏と遭遇してまった。

初めは全く接触する気は無かったのだが、向こうから声をかけられたので、取り敢えず差し当たりのない程度に挨拶を返した。


「こんにちは。珍しいですね、君が一人で買い物に来るだなんて…。いつもはお姉さんと一緒でしたよね。今日は一緒じゃないんですか?」
「…Guten Tag.こんにちは。―姉さんなら、今、家で寝てますよ。」
「寝てる…?何処か具合でも悪いんですか?」
「偏頭痛だそうです…。雨が降っていますし、気圧の変化で起こるものらしいですよ。つい最近梅雨入りもしましたし、辛いんでしょう。だいぶ参ってしまっているみたいで、食欲も無いと言って食事も摂らない状態なので…何も食べないままは良くないと、とにかく何か入りそうな物をという事で本人の希望でうどんでも作ろうかと思って買いに来たんです。家にある麺類の材料を見たら、インスタントの袋麺かカップ麺しか無かったので…。」
「成程…それで君お一人だったんですね。体調を崩して弱ったお姉さんの為に何か出来ないかと動くのは、とても献身的で素晴らしい事です。まだ中学生だというのに、偉いですね。」
「…今、家には僕しか居ませんから…当然の事ですよ。」
「おや、君一人と?お母様はいらっしゃらないんですか?」
「母は用事で出掛けてしまった為、居ませんよ。出掛けに帰りは遅くなると言われたのもあるので、暫くは帰ってきませんね。」
「おやおや…それは大変だ。では、家に一人残しているお姉さんの為にも早くお家に帰らなくてはいけませんね。」
「えぇ。だから早く用事を済ませて帰りたいので、お喋りはこのくらいで……、」
「子供一人だけでお姉さんの看病とは少し心配です。宜しければ、僕にお手伝いさせてくださいませんか?」
「……………。」


なんとまぁ、いけしゃあしゃあと仰る。

警戒心露わに露骨に引く様を見せた彼に、沖矢は何とか信用を得ようと食い下がった。


「悪いようにはしませんから。そう警戒しないでください。これでも、僕はお姉さんと懇意にしている友人という立場です。親しくして頂いている身からも、彼女が現在体調を崩して床に臥せっていると聞いては居ても立っても居られません。どうかお願いです、僕にも彼女を看病するという任務のお手伝いをさせてはくれませんか…?」


最もらしい理由を並べ立てられて尚も食い下がろうとする様子に、仕方なしに折れた遥都は深々と溜め息を吐きながら了承の言葉を返す。


「……分かりました。確かに僕一人では心細かったのもありますし、大人の貴方が居てくれた方が姉さんも安心するでしょう…。しかし、許可するのは主に居間の部屋までです。声をかける用事以外での姉さんの私室に滞在する事は了承出来ませんから…その辺、履き違えないようにしてくださいね。」
「ふ…っ、これはこれは手厳しいご指摘ですね。先に釘を刺して相手を牽制しておくとは、恐れ入りました。君を攻略するのは、なかなかに骨が折れそうだ。」
「…………。(コイツ、隠す気あるのか…?思っくそ口に出してるぞ。)」


そんなこんなありながら、一緒に買い出しを終えて仲良く(?)梨トが待つ家へ向かう事に。

食事を用意するのは勿論遥都(沖矢より手慣れている)、それを見守るだけでほとんど手伝わせてもらえない沖矢氏は半ば手持ち無沙汰で苦笑いするのみで居た。

出来上がったうどんを運ぶ時のみ同行を許された沖矢氏は、偶々買い出し先の店で弟さんに話を聞いた事と心配で見舞いに来た旨を伝え、一言彼女に声をかける。

一応、空気を呼んだ遥都はこの時点で部屋を退室。

一先ず梨トの様子を見に来ただけだと告げた彼は、まあまあ元気そうだと分かった事で安堵し、彼女がうどんを食べ終えるまで側に付く。

帰り際、食べ終えた食器を片すついでにお暇しようとした彼の袖口を弱く引っ張って引き留めた梨トは、弱ったせいから来る心細さに小声で訴えた。


『あの…昴さんさえ良かったら、なんですけど……もし、この後何も用事が無いんでしたら…私が寝付くまで側に居てもらえませんか…?』


その言葉に不覚にもキュンときた彼は、眼鏡を直す振りして然り気無く口許を覆い隠した。


「…えぇ、構いませんよ。それで梨トさんの不安が和らぐのでしたら、君が寝付くまで側に居ましょう。この事は弟さんには内緒…ですね?」


お茶目にそう片目ウインクで返した彼は、心の底で知らぬ間に彼女の信頼を勝ち得ていた事にニマリとほくそ笑む。

結果、遥都と約束していた条件とは違える形で彼女に寄り添う事にした沖矢。

部屋の外でその様子をこっそりと窺っていた弟は目を瞑って溜め息を吐きながらも、彼女を案じるが故に致し方なしと彼の約束した条件とは違う行動を許すのだった。


執筆日:2020.05.23

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