暦上では、夏の暑さも少し盛りを過ぎた頃。けれど、実際の季節はまだまだ盛りを過ぎたとは思えぬ程に暑かった。
 錬度が上限に達してから久しい一文字の山鳥は、夏の季節に相応しい涼しげな装いにすっかりほだされてしまったのか、お堅い正装姿からは想像も出来ない、さっぱりすっきりとした見た目となっていた。恐らく、一文字のご隠居が見たら、“夏毛の山鳥”だ何だのと囃し立てそうである。
 そんな涼しげな軽装姿に身を包んだ彼であっても、少し動けば汗が滲むような灼熱の太陽の照り返しに熱波吹く外の景色に、些か暑苦しそうに目をすがめて溜め息を零した。
(こうも毎日暑い日ばかりが続くと敵わんな……っ。小鳥は、大丈夫だろうか……? 彼女は暑さに弱いからな……ちゃんと見ておかなければ)
 眩し過ぎる程に燦々とした日照りを受ける大地の色鮮やかな景色を眺めながら思う。
 此処の本丸の山鳥毛は夏も真っ盛りという季節に顕現を果たした故か、元の主的に言うと雪国出身ではあったものの、現代の夏の暑さに慣れていた。顕現したばかりの初めこそ「今の世の夏はこんなにも暑いのか」と驚いたが、顕現して数年も経てば慣れるというものである。
 しかしながら、毎年の如くにその暑さが厳しさを増していく事には、“若鳥”と称する周りの仲間達や主たる彼女の事を思うと、少し憂いていた。暑さが過ぎると、人の身は簡単に弱る。その逆もまた然り。今や人の器を戴いた身の者としては、純粋に心配なのであった。
 今日も大層暑くなりそうだ。その事を憂うものの、半分は夏特有の景色の色鮮やかさに見惚れてその場から動くのを名残惜しく思っていた。場所は、母屋から離れの間へ向かう途中の通路で、庭先の景色がよく見える位置であった。
 夏の景色に見惚れる事数分、ただ静かに母屋と離れとを繋ぐ通路の端に佇んでいれば、離れの間の方からやって来る足音が聞こえた。其れを耳にして漸く我に返るように庭先の景色から視線を外し、足音の方角を見遣ると、今しがた気にかけていた人物が此方へとやって来るところだった。
「おや、おはようちょもさん。こんな処でどうしたんだい? ひょっとして何か私に用だったかね?」
「嗚呼……私の可愛い小鳥よ、おはよう。食事が出来る頃合いになったので、起こしに行こうかと思っていたところだったんだ。その途中で見た景色がなかなかに美しかったものでな、つい見惚れてしまっていたのだよ」
「其れで、中途半端な処で一人静かに佇んでいた訳ですかい。いや、まぁ、非常に絵になる事間違い無しで結構な事だけれどもね」
「いやはや、お恥ずかしいところを見られてしまったものだ」
「別に恥ずかしがる事無いのでは……? 誰だってこの大地の輝きに満ちた光景を見たら、目を奪われて暫し眺めていたくなるのも仕方ないから。斯く言う私も、度々眺めては我が本丸ながら綺麗な景色だなぁ〜って思ってるもの。自然が魅せる美しさには誰にも勝てないって」
「其れもそうだな」
 朝の挨拶を交わしつつ、今日も彼女と何気無い事で会話出来た事を嬉しく思った。我ながら単純だとは思うが、相手が相手なのだから仕方がない。
 自然とした流れで共に朝餉を頂きに大広間の方へと向かう。その途中で、ふと改めて彼女へと視線を落とした先で思った。
「小鳥よ、今日は何時いつに無く珍しい涼しげな格好だな……?」
「あぁ、此れ……? 今日も暑くなりそうだったから、せっかくなら涼しい格好にしようと思って、箪笥の奥に仕舞ったまま着てなかった服を引っ張り出してみたのよ。夏にはぴったりの装いでしょう?」
「確かに、真夏の濃い青に映える白色は素敵だとは思うが……些か見せ過ぎではないかな? いや、何処を、とまでは言わないが……」
「露出度の事言ってんだよね? でも、この暑さ厳しい中でそんなの気にしてちゃ、その内熱中症で倒れちゃうよ? 別に、如何にもって程の過度な露出してる訳で無し。多少は目を瞑ってくれなきゃ困るよ」
「す、すまない……っ。頭では分かっているのだが、私は古臭い故な……どうしても気になってしまうのだよ」
「まぁ、生まれた時代を考えると分からなくも無いけどね。鎌倉の時代なんかで今みたいに露出してる人は誰も居なかっただろうし、仮に居たとしたら稀有な目で見られただろうしねぇ〜。けど、其れは其れ、此れは此れ、だよ」
 彼女の主張も分からなくも無かったが、やはり自分としては、彼女の肌が少しでも多く曝されているのがどうしても気に掛かってしょうがなかった。其れはきっと、人で言うところの悋気りんきという感情なのだろう。好いた者へ抱くヤキモチと、周りの者達に対する嫉妬である。まこと、己もすっかり人と変わらぬようになってしまったものだが、特別悪いとは思わなかったのだった。
 自身の視点よりも低い位置にある彼女の旋毛と露出された肩口を見て、少しばかり抱いてしまった劣情を理解して欲しいという風に、隣に並んで歩く彼女へと腕を伸ばして触れる。触れた先は、柔らかで円やかな頬だった。指の背で軽く優しく撫ぜるように触れただけであったが、彼女の意識を此方側へ向けるには十分なものだった。
 此方を振り返るようにして歩みを止めた彼女が頭を上げて見る。
「どしたの、ちょもさん……?」
「特に理由は無いが……何故か無性に小鳥の肌に触れたくなってしまって、な……。気分を害してしまったのなら、申し訳ない」
「いや……ちょっと頬っぺた触られたくらいなら何とも思わないけども……」
「そうか、其れは良かった。……しかし、今のは私以外がしても同じ返事を返したのか?」
「えっ? ……いやぁ〜、其れは、何とも……っ。でも、たぶん、相手がちょもさんだったから平気だったんだよ。此れが、見も知らぬ他所の本丸の審神者だとか政府所属の刀剣男士だとかにいきなりされたんだったら、怪訝な反応以前に警戒心剥き出しの対応してたと思うッスけど……」
「うむ、情状酌量の余地はある回答だったな」
「えぇっ……今のそういう会話だったん? コワッ……下手な回答せんで良かった、私!」
 妙なところで安心している彼女に柔く微笑んで、次いでは無防備に曝け出されている首筋から肩に触れ、ツツツゥーッ……と指を這わせた。途端、彼女がピクリと肩を震わせるから堪らない。動揺を隠しているつもりなのだろうが、此方としては全く隠せていない故に、愛しく思う反面で僅かばかりに悪戯心がムクリと顔を出す。劣情に煽られての事だとも隠さずに、目を細めて彼女の普段よりも露出した肌に熱い視線を注ぐ。
「暑さに負けぬようにと涼しげな装いにしたのは間違いでは無かったが……先も言った通り、私から見たら些か露出が過ぎるように見える。例えば、この肩。普段ならば、袖下に隠れている筈であるのに、今日はその真白で丸い肩が剥き出しになっている」
「えーっと……此れはそういう服でしてね? “オフショルダー”って言うんだけど……」
「次に脚だな。いつもならば、洋装で言うところの“ずぼん”とやらを穿いている事の方が多いと思うのだが、今日は違って“すかーと”という物になっている。その為、普段は布で隠れていた脚が見えている」
「ワンピースって言うんだけどね、このタイプの服は。此れでも、丈は膝下のロング丈だから露出は控えめな方なのよ?」
「しかし、普段の装いと比べたら、女性特有の円みを帯びた曲線がはっきりと分かるものだ。元より、洋装というものは和装と異なり、体の曲線に合わせて作られた物故、致し方ない事であるのは理解している。……だが、こうもあからさまにうなじを曝され、両肩も剥き出しな格好をされていては……男の本能たる部分を刺激されて敵わないというものだ」
 じわり、彼女に触れた指先から腕に伸びる刺青が赤みを帯びてくる。恐らく、首元や左目下のものも同様に赤く変じているだろう。其れが、今の自分が彼女の姿に興奮しているのだと如実に示していた。その事に気付いた彼女が、小さく驚きを示し、目を見開く。同時に、何とも言えぬ複雑な感情を滲ませて、キュッと口許を引き結んだ。嗚呼、堪らなく愛しい反応である。恥じらいを隠すように明後日の方へ逸らされ泳がされた視線を、再び己の方へ向けるべく近付く。
「小鳥……こっちを見なさい」
「ひえっ……い、今は無理です……ッ。控えめに言って無理無理の無理です……!」
「……小鳥、」
「ぴぃッ!」
 本物の鳥の如く愛らしく鳴いた彼女の顔を両の掌で挟み込むようにして上向け、強引に視線を交わらせる。そうして、恥じらいの向こうに少しばかりの恐怖と期待の色を見て、劣情に駆られた夏毛の山鳥は笑みを浮かべた。
「漸く私の目を見つめてくれたな、小鳥よ? そう怯えずとも良い、私は小鳥が怖がるような事は何もしないよ」
「ど、どうしてもこの格好が気になると言うのなら……っ、仕事中はクーラーの効いた部屋の中に居るし、何か上着でも羽織っておくからさ……っ! そ、其れで譲歩願えませんでしょうか……!? もし、其れも駄目なら、最終的には他の服に着替える手しか無いのですが……!」
「わざわざ其処までする必要は無いよ。先はああ言ったが、今の君の姿もなかなかに可憐で気に入ったのでね。正直な事を申すと、もう少し眺めていたいという気持ちもあるんだ。故に、仕事中は上着を羽織るという件で譲歩する事にしよう。羽織る時に使う上着は、是非私の物を使うと良い。小鳥の身には余る大きさだが、その分君の体を覆い隠してくれるだろう。……さて、この条件でどうだろうか?」
「はッ、はい……! 其れで良いと思います!」
「ふふふっ、良い返事だ。纏っている色が白色で良かったな……? 他の色だったならば、更なる嫉妬に駆られているところだったが……一文字の色である白を纏ってきたのは正解だったようだな」
「ぴぇっ……持ってるワンピースが偶々真っ白なだけだったんすけど、偶然にも真っ白選んで良かったァ……ッ!」
「嗚呼、我が小鳥には白がよく似合う……。肌の白さも合わさって、とても美しいよ」
 誉めそやした途端、ぶわりと顔を赤らめて恥ずかしげに視線を俯かせる彼女が愛らしくてしょうがない。慈しみたっぷりな視線を降り注げば、忽ち頬だけに留まらず耳まで真っ赤に染まり、瞳は羞恥が限度に達したのか哀れにも潤んでしまっていた。此れで煽っている自覚が無いのだから質が悪い。其処で、少しばかり我を見せる事とした。
 というのも……譲歩するとは口にしたが、ただでするとは言っていない。ほんの少し躾の意味も込めて、無防備を曝け出す肩口に一つ口付けを落とし、悪い笑みを浮かべて言った。
「未だ日も高い朝の事だ……今は此れくらいで留めおく事としよう。此れ以上苛めて、小鳥の愛らしい表情が他の者の目に触れるのも避けたいしな……。続きは夜に御預けという事にしよう。――今宵、閨を訪れた際は覚悟していろ。肩だけに限らず、他の場所へも口付けを落とし、我がものたる印を刻み付けてやるからな。楽しみに待っていると良い」
「み゚ッッッ」
 そう、敢えて耳元で囁くように告げれば、およそ人の子から出る声では無い何とも愛らしい鳴き声を発した後、絶句したように言葉を発しなくなった彼女に最後微笑んで、優しく手を引き歩みを再開させる。
 今度、彼女に何か贈るなら、今の色合いの差し色となるような青色の物を贈るとしよう。そうして、我が一文字の色であり自身の色である色合いに全身染め上げてみせようかと、内心画策するのだった。


執筆日:2022.08.27
公開日:2022.08.28

【後書き】
今回のお話は、超絶ザックリ言いますと、「小鳥は白色がよく似合うな」という誉め言葉から派生して、その内全身一文字カラーに染め上げたろと画策するお頭なお話でした。一文字怖ェしおっかないよぅ……!
でも、劣情に駆られつつも己を見失わず、理性を保ちながらも積極的な態度で押し押しな攻め攻めで来るちょもさんって良くないッスか……??(欲望に忠実な書き手審神者)
とりま、夏の暑さに耐え切れず、ちょっと露出し過ぎちゃってお灸を据えられちゃう審神者ちゃんでした!
可愛い可愛い……っ(KBCさん、俺です)
夏と言えば、濃い青空に映えるような涼しげで白いお洋服、というイメージや印象を抱きました故、其れを形にしてみた感じですね。
此処だけのお話ですが……ぶっちゃけ、今回のお話を書くに当たり、筆を手に取るまでかなり時間を要しましたが、真夜中に目覚めて以降全くと言って良い程眠れなかったのを切っ掛けに、勢いだけで書き上げたお話にしてはきちんとテーマに沿えたお話を書けて満足なのです。
皆様のお口に合うかは分かりませんが、いつも通りひっそりこっそり置いておきますね!
感想等あれば、何時いつでも大歓迎! 其れでは、お粗末様でした!
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。