君の痕が欲しいと乞うサイボーグ


※時系列としては、シリーズ作品である『にゃんにゃんプチパニック』の後軸なお話となります。
※尚、上記作品を未履修でも、一応は単体として読めなくもないです。但し、固定設定文等をさらわずに読むと、一部よく分からなくなるところが出て来る可能性があります。
※以上を踏まえた上で、どうぞ。


 ふと、定期メンテナンスから帰ってきた彼の雰囲気が少し変わった風に見えたから。
 気付いた時には、もう口が勝手に言葉をかけていた。
「ジェノス君……! 定期メンテお疲れ様! 何か前とちょっと違う感じするけど、また何処か進化したりしたのかい?」
「あぁ。クセーノ博士が、また色々と試行錯誤してくださったみたいでな。より人間らしく見えるよう、頸部辺りの装甲を少し変更したと言っていた。前は、頸部の装甲を別個覆う事はしていなかったんだが、顔の表面と同じように人工的な外皮組織で覆う事で、より人らしくなり、また急所の守備力を上げる事にも成功したという訳だ」
「おぉっ……! 流石はクセーノ博士、毎度ながら技術力が凄いね!」
「本当に、クセーノ博士には頭が上がらない……。復讐を果たす為にも、俺はまだまだ此れからも強くならねばならない。その為には、もっとパーツの強化や改造が必要だ」
「そっか。メカとかの構造について、俺はあんま詳しくないから何とも言えんが、取り敢えず何か格好良いって事だけは分かるよ! いやはや、クセーノ博士は何処まで頑張るんだろうね〜。メンテから帰ってくる度、何処かしら進化してくるから、言い様はちょっとアレだけど、心無しかワクワクしてる自分が居るわ」
「そういえば、レオは、アンドロイドやサイボーグ等と言った、所謂機械生命体にも興味があったんだったな」
「うんっ! メタリックな格好良さは、男心を擽るロマンが詰まってるよね……! 鋼鉄のあの艶やかな照り感とか、堪らなくテンション上がっちゃうし! 漏れ無くスチームパンクな世界観とかも大好物です!!」
「男心と言うには、些か異なる点があるだろう。先ず、大前提として、お前は女だ。“男心”と称するには、表現として相応しくないだろう」
「良いんだよ。敢えて、分かりやすく意味が伝わるような言葉を選んだだけなんだから。其れに、“俺”って言ってる時点で、男も女も無いようなもんさね」
「そうか」
 そんなこんな、彼の進化に興味を示すついでに好きなものについて興奮した様に語っていると。淡々と返事を返していたジェノスが、徐にこんな事を言い出した。
「レオ、一つ頼みたい事があるんだが……良いだろうか?」
「おん? 何でっしゃろ」
「せっかく人工皮膚を外皮組織として付けてもらったんだ。どんな風に変わったのか、直接触れて確かめてみてくれないか?」
「何だ、そんな事かいにゃ。其れくらい御安い御用ですとも……っ!」
 自身よりも高い背を少し屈めて、首元を晒してくるジェノス。求められた通り、両手を伸ばして触れた其処は、顔の表面と同じような組織で構成されているのか、人肌に触れる感触と相違無いものが返ってきた。其れが不思議で面白く、つい相手がサイボーグである事で対人感覚を忘れ、不躾にもぺたぺたと触りまくってしまった。
 しかし、彼は其れを嫌とは思わなかったのか、時折擽ったそうに目を細めはするものの、苦情を呈する事は無い。ならばと、尚も興味津々で思い切りベタベタ触りまくっていたらば、不意に更に身を屈めてきた彼が耳元で囁いてきた。
「お前さえ嫌じゃなければ……そのまま、俺の首元へ噛み付いて跡を付けてくれたって構わない。寧ろ、人工的な皮膚を外皮として取り付けた事で、以前には出来なかった事が出来る……。俺に、お前のものという印を付けてもらえないだろうか?」
「えっ……!?」
「この間は、何も言わずとも噛み付いてきただろう? まぁ、あの時は半猫化が原因であった事は理解しているが……。今回も、同様にしてくれても構わないんだぞ?」
「え゛っ……や、でも……アレは、上手く人語を発声出来ない代わりとして、お前があれ以上喋って体力を消耗する事を阻止する意図でやった事であってだな……!? 私自身の意思であったとしても、猫化した影響下でやらかした事だから、生身の人間そのままで同じ事するのは流石に憚られる訳でして……っ!」
「俺が許可しているんだ。遠慮は要らない、思い切りやってくれ」
「どうしてもジェノス君はやって欲しいんだね……?」
「新しく装備が変わった以上、試してみたいと思うのは仕方がない事だろう。其れに、俺はサイボーグ故に、本物の人と同じように傷や痕が残る事はほぼ無い……。何故ならば、メンテナンスの度に全て博士が綺麗にしてくださるからな。傷が付いて磨耗したとしても、新しいパーツに変えられてしまえば跡形も残らない。だから、今この時こそチャンスだと思ったんだ。今の、この装備である内に、お前の何かしらの痕を残してもらえたらと……」
 思ってもみなかった言葉が返ってきて、一瞬呆けて固まってしまった。――が、すぐにハッと我に返り、慌てて口を開いて言う。
「ま、まさか、そんな理由からだとは思いもしなくって……深く考えもせず一方的に断る言い方で返して御免ね……っ」
「別に、気にしていないから良い。其れよりも……するのか、しないのか、どっちなんだ?」
「しっ、します……! やらせて頂きます! ……って、言ったは良いものの、具体的にはどうやれば良いんだい?」
「そのまま適当に、好きなところに噛み付いてくれれば良いだけだ。但し、端に軽く噛み付いただけでは跡なんて付き様も無いだろう。よって、其れなりの力を込めてやってくれ。痛くしても構わん。がぶっと思い切りやってくれ」
「仮に、やるのは別に構わないんだけど……このままの体勢でやるのはちょっとやりづらいので……。一旦、楽な体勢に座ってもらってからでも良いかい? その方がやり易そうだから……っ」
「お前がその方が良いと言うのなら、分かった」
 素直にその場に座り込み、片膝を立てて、もう片方の足は投げ出すような形で楽な体勢へと整えたジェノス。その股の間のスペースに失礼する形で、なるべく自分の体重を掛けない様、彼の両肩へ手を置き、一言断りを挟んでから始める。
「それじゃあ、行くよ……? 心の準備は良いかい?」
「あぁ。遠慮無くやってくれ」
「じゃ、じゃあ、ちょっと失礼させて頂きます……っ」
 先日の半猫化した時のイメージを想像しながら、恐る恐る彼の首筋へと顔を寄せ、ゆっくり口を開く。一先ずは、お試しの一回目だと、柔く軽くを意識してはむり、と歯を立てた。
 恥ずかしさから、すぐに口を離し、勢い良く身を離せば、彼は不満げな顔をして不服を申し立てる。
「おい、そんなんじゃ全然跡なんか残らないぞ。もっと真剣に力を込めてやってくれ」
「いやいやいやいやっ、そもそもがこの体勢で居る事自体が凄く恥ずかしいからね!? その上、こんな行為やらされるとか、恥ずかしい以外の何物でもないからァッ!!」
「体勢に関してはお前が言い出した事なんだが……。何故此れ程の事如きでそんなに恥ずかしがるんだ……? 先日の時は、そんな様子欠片も見せなかっただろう」
「さっきも言ったけど、あの時は完全意識が猫化してたから出来た事であって! 普通に正気保ってる今の状態で同じ事なんて出来るかぁいッ!! 端的に言って無理だわ!! 逆に、何でお前はそんな平然として居られるのかが謎だわ!?」
「御託は良いから、さっさとやってくれ。でないと、先生が帰ってきてしまうだろう……っ」
「跡付けてくれとか小っ恥ずかしい事言い出したのはお前だっちゅーの!? ……ったく、やる側の事もちったぁ考えてくれよ、もう……っ」
 幾ら言っても頑として考えを改める気の無いジェノスに、盛大な溜め息を吐き出してから、恥を飲んで再び頼まれた事を実行する事に。
 再度、彼の首筋へ口許を寄せ、遠慮がちに歯を立てて食んでみれば、力加減が足りないとの催促だったのだろう。徐にギュッと抱き寄せられ、より体が密着する体勢となった。其れに驚き、狼狽えたように声を発しようとすれば、途端、噛み付いていた部分から歯が浮き、離された事を直ぐ様察知した彼から先制したように言い含められる。
「もっとだ。まだそんなんじゃ跡が付く以前の問題だぞ。俺が言う通りにしろ。もっとしっかりちゃんと力を込めて噛んでくれ」
「ぶっちゃけ、どれくらいまで噛み付けば良いのかの正解が分からないのだけど!?」
「良いから、お前は肉食獣の獣になったつもりでやれ。今のお前は、腹を空かせて飢えた獣だ。俺は、そんなお前の前に現れた獲物なんだ。さぁ、遠慮なんか要らない。存分にその歯を、牙を、俺の首筋に立てろ。そして、肉へ食らい付くように強く噛み付き、しゃぶり尽くせ」
 今から行う背徳的な行為に対しての暗示を掛けるように、彼は言葉を羅列し唱えていく。
 ――私は獣。其れも、腹を空かせた獣なのだ。彼は、そんな私が捕らえた獲物。此れから食す為に捕らえた、美味しそうな獲物なのだ。
 戦闘下でも何でもないのに、チョーカーの神経操作のモードを弄った訳でもないのに、ふとスイッチが入ったみたくキュインッと意識が切り替わったのか。さっきまで感じていた羞恥心など嘘だったかのように、そんな感覚など何処か遠くへ忘れ去ったが如く、レオは彼の首へと牙を立てた。
 今度の其れは、先程みたいな戯れのレベルではない。本当の本気で力を込めた噛み付きだった。
 途端、彼は痛みからか僅かに顔を歪めて、小さく呻く。其れにも構わず、彼女は本物の獣になったかのように、がぶりがぶりと遠慮無く彼の肌へと歯を立てた。
 当然、彼女の歯は人間の其れ故、ただのエナメル組織から成るものだ。彼の装甲に比べたら、赤子のようにか弱くひ弱だろう。けれど、意識の問題なのか、一時的であれ、理性の箍が外れたみたくリセットされた状況下にある今は、通常の其れよりも遥かに強化されたように思えた。
「ッぐ…………良いぞ、レオ……っ。そのままもう少し力を込めれば、きっと跡が残る筈だッ……」
 半ば苦しそうに息を詰めた声に、ピクリッ、一瞬だけ其方へ意識が傾きかけるも、目の前の事に集中し過ぎているのか、結局は無視した模様である。
 彼の瞳孔が、自身に加わる衝撃を分析し、キュルキュルと激しく揺らいでは頸部への僅かな損傷を検知し、警告WARNINGという文字を表示する。だが、尚も制止する事は無く、行為は続行される。
 暫くそうしていると、牙を立てた部位からミシリッと軋む嫌な異音が聞こえてきた。尚も、彼女は離さないし、彼も止めない。
 その内、彼女の喉から獣のような唸り声が響き始める。何かの異質さに気付いたジェノスが、すかさず彼女へ呼びかけた。
「レオっ……? どうしたんだ? おい、レオ……――ッ……!」
「ぐぅるるるる……っ」
「……ッ、まさか、暴走しているのか……っ?」
 己の首筋に噛み付いて離さない様子の彼女に、流石に可笑しいと思い始めた彼は、腕に込める力を強めて呼びかける。
「レオっ、おいレオっ……! 聞いているのか!? ッ……、ぐッ……クソッ、返事もしないとは……参ったな……っ。せめて、先生が帰ってくるまでには何とかしないと……っ」
 呼びかけに応じない事に、即時判断を下した彼の行動は早かった。
 いつの間にか真剣になって自身へ張り付く彼女を引き剥がそうと力を込める。すると、唸る彼女が拒絶する反応を見せ、難航した。引き剥がそうとしたのが、どうやら逆効果だったらしい。
 仕方なく、最初やった時のように強く抱き締め、より彼女の意識へ届かせるように耳元ではっきりと呼びかけた。
「――レオッ……もう良い、今すぐ口を離せ……っ。一旦、体を起こして、俺の方を見ろッ……!」
 ピクリッ、肩を揺らした彼女に、今度こそは反応を示してくれたと内心ホッと安堵し胸を撫で下ろす。ゆっくりとしたぎこちない動作であったが、体を起こしてくれた彼女が視線を合わせる。
 すると、彼女の目が、戦闘中でもないのに、瞳孔部分が縦に裂けている事に気が付いた。おまけに、本当にしゃぶり付くみたく噛み付いていたのか、口端から垂れた涎がそのまま伝って糸を引いていた。何とも扇情的な光景に、ゴクリ生唾を飲み込むと、我に返った風にハッとして、彼女の体を掴んで揺らす。
「おい、レオ、しっかりしろ……! お前に掛かっていた半猫化の影響はもう解けた筈だろう……っ!? 目を覚ませ、レオ!! こんな事で理性を失うな!!」
「ぅ゛あ゛うっ、う゛ぅ゛〜……っ」
「チッ……斯くなる上は……っ!」
 強制的に落とすしか無いと判断したのだろう。彼女の首裏へ少しの力を入れてトンッと手刀を落とした。途端、意識を失った彼女は、とすりとそのまま力無く彼の胸へと凭れ掛かるようにして眠った。
 一難は去ったと、漸く本当の意味での安堵の溜め息をいて呟く。
「まさか、こんな事で暴走しかけてしまうとは……っ。もしや、先日の一件のせいで、制御式チョーカーに不具合が生じたのか……? 確か、アレ以来整備には出していなかった筈…………博士に要相談しなければ」
 彼女に噛み付く様指示したのは自分自身であったが、予想外の出来事に、彼は自身の浅はかな欲求を満たすが為に彼女を利用した事を酷く反省した。
 そして、改めて彼女に噛み付かれた部位へ手を伸ばし、触れる。すれば、其処は生温かく湿り、つい今しがたまで彼女が噛み付いていたのだという事を如実に示していた。恐らく、今、鏡を覗けば、彼女が噛み付いた場所にははっきりくっきりとした歯形が付いている事だろう。
 触れていた手を首から離せば、付着していた彼女の唾液がつぅ……っ、と糸を引いて伝う。その光景に、視界の暴力だと思うのと同時に、ゾクリとした何とも言い難い恍惚感が走り、人知れずジェノスは笑みを浮かべていた。


 ――その後、野暮用で家を空けていたサイタマが帰宅する。
「おー、ジェノス帰ってきてたんだなぁ。おかえりー。アンド、ただいまぁー」
「お帰りなさいませ、先生……! この度も、定期メンテナンスで家を空けてしまい、申し訳ありませんでした!」
「んー? 別にいつもの事だから今更良いってそんなの。其れよか……レオ来てるみたいだけど、何で寝てんの?」
「いえ……その……サイタマ先生が出掛けている間に、ちょっと色々とありまして……其れで、今は半強制的に眠ってもらっています」
「えっ。半強制的にって……此奴、また何かやらかしたの?」
「大した事じゃありませんから、先生は気にしないでください! もし、レオの存在を邪魔に思われる様でしたら、自宅の方まで運んで寝かせておきますので……!」
「いや、良いよ。其処までしなくたって……。別に邪魔とかウザいとも思ってないから。あと、お前が半強制的に落として伸びてるってのに、邪魔とか言ったら可哀想だろ?」
「流石は先生です! 気遣いが足りず、申し訳ありませんでした!」
「いや、謝る相手違くないか? 謝るなら、俺じゃなくレオ本人に謝れよ……」
 弟子のぞんざいな物言いに若干の引きを見せつつも、そう答えたサイタマは、ふと気になった弟子の首元に首を傾げて問うた。
「あれ……お前、メンテから帰ってきたばっかの筈だったよなぁ? 何でもう首んとこ怪我してんの? もしかして、帰り道で早くも怪人とばったり出会しちまったとかか……? 其れで負傷したんだろ、その傷」
「ッ……! え、えぇ……そう、みたいですね……っ。ははっ……、」
「せっかくメンテ終わったばっかだったのにな。また行かなきゃ行けなくなるとか、最悪じゃねぇ?」
「此れくらいの損傷でしたら、軽度ですので、わざわざ博士の元へ行かずとも平気ですよ。でも、そうですね……場所が場所で目立つでしょうから、何かで隠した方が良さそうですね。後で、ガーゼかテープのような物でも貼り付けておきましょう」
「うん。まぁ、ジェノスがしたい様にすれば良いと思うぞ」
 弟子の返事に特に疑問を抱く事無く、平然とそのまま受け入れたサイタマは暢気に呟く。
「にしても、お前相手に噛み付きに行くとか、よっぽど腹減ってたのかなぁー其奴。お前サイボーグだから硬くて歯が立たない筈だろうにな。たぶんだけど、お前とやり合ったって言うその怪人、歯折れたんじゃね? 仮に折れなかったとしても、欠けちゃったりしてたりな! あははははっ……!」
「……後で確認しておきますね」
「えっ? 何で?」
「いえ、そのっ……一応、俺の新品なる装甲がどれだけの強度を誇るのか、のちのちの研究の為にも知っておきたくて……と言ったところでしょうか」
「あっ、そう……。まぁ、好きにしたらいんじゃない?」
 適当に暈して言ったが、鈍いサイタマはやはり気付く事は無く、そのまま暢気にのんびりと帰宅するまでの道中買ったらしいアイス棒へ食らい付き始める。その事に安堵し、テレビに夢中になった様子の隙を突いて、念の為にとこっそり背後で眠る彼女の口を開いて、エナメル部分に損傷が無いか検分した。幸い、何処にも損傷は見られず、比較的健康な歯が並んでいるだけであった。
 ふと、唾液で触れた指先が濡れてテラリと厭らしく照り輝く。ついでに、口の中より覗く色好い赤き舌と艶かしくも艶やかな唇に、性的欲求を駆られ。気付いた時には、ジェノスは無言で口付けていた。彼の背後では、何も知らない師が、何も気付く事無く座っているのも憚らずに。
 二人だけが知る秘め事だと、一方的に言い訳付けて、再び唇を合わせた。
 唾液で濡れて艶やかに光る唇は、此方を誘うようなものであったと、のちに彼は自身の中で一人ごちている。


執筆日:2023.02.27
公開日:2023.02.28