齢十八の色気と色欲に爆発してしまえ


 其れは、まだ暦上春を迎えたばかりの日であった。
 日が昇っている内は、比較的暖かい昼間だが、朝晩の冷え込みは未だ健在で。その日は休みだったからと、のんびり布団に籠って惰眠を謳歌していた。
 すると、不意に玄関の方で微かな物音がして。だけども、わざわざ起きて確認しに行くのは面倒で。愚図る子供みたいに小さく唸って寝返りを打った。
 暫くすると、辺りは再び静寂を取り戻したのか、シン……ッ、と静まり返る。
 たぶん、郵便屋さんが郵便物でも配達しに来た音だったのだろう。取り敢えずは、そう適当に見当を付けて、再び惰眠を貪る為に舟を漕ぎ始める。
 そしたら、不意に突然冷たい温度をした何かが体へ伸びてきて、ビクリッと盛大に跳ね、反射的にその場から飛び退こうとした。……が、そうする前に背後から体を拘束されて、一切身動きが取れなくなる。
 一体全体、何が起こったというんだ。私は一人焦って、よくも分からぬまま謎の拘束から逃れようと必死で身を捩った。しかし、状況は好転するどころか、寧ろ悪化していて。完全不意打ちの形で、首筋へ冷たいものがするりと寄せられたせいで、思わず変な声が口から滑り出て行った。
 自分の声ながら、あまりのあられもなさ加減に、目も当てられぬ程の羞恥心を抱いた。何が起きているのか、全く分かっていない事は変わらないけれども。取り敢えず、恥ずかしさに今すぐ死にたいと思ったし、穴があったら一生入っていたいと思った。……絶賛、現在進行形で山盛りの布団というかまくらの中ではあったが。
 刹那、耳の後ろすぐの近さという距離から、笑いを堪えたようにくつくつと忍び笑う低い男の人の声が鼓膜を震わせた。
「何っつー声上げてんだ、馬鹿が。ンな風に媚びた声上げてたら、俺みてぇーな野郎に喰われても知らねぇぞ……?」
 揶揄いを含んだ声音に、恐る恐る背後を振り返ると、其処には見知った仲の歳下の男の子が居た。
 見知った仲とは言えど、“親しき仲にも礼儀あり”だろう、普通。その“普通”が通用しないこの男には、何を言ったとしても、どうせ鼻で笑われ一蹴されるのがオチだ。
 一先ず、諸々いきなりの事で色々と落ち着かない心臓を押さえながらも、何とか一言だけでも返してやろうと絞り出す。
「――ガロウ……せめて、一言、来るなら来るって連絡入れて頂戴……っ。あと、音も無しにいきなり布団に入ってくんのもヤメテ。控えめに言って、心臓止まるかと思ったから……っ」
「ぁあ……? ンなちっせぇー事気にすんなよ。こっちは寒くて仕方なかったんだ。こんくらい良いだろ、別に。減るもんじゃなし……」
「そっちが良くても、私の寿命は確実に減ったぞ、オイ。つーか、私が言ってるのは、そういう問題じゃなくってだな……私が今話してるのは、常識的且つ倫理的な事についてを話してるんであって……っ、」
「うるせぇ。今は黙って俺の湯たんぽにでもなってろ」
「ひゃっ!? ちょっ、何処触って……えっ、やだやだ、冷たい! 寒いから冷たいのくっ付けて来ないでぇ!」
「うるっせぇーなぁ……寒ィから暖取らせろって言ってんのが聞こえねぇのか、オイ」
「ッ、ァ……!?」
 まただ。また、彼のせいであられもない声が出てしまった。
 私は屈辱的な気持ちになりながら、首筋に冷たい鼻先を埋めてきた彼を睨む。しかし、私の睨みを効かせた視線なんて何のその。意に介した様子も無く、気にせず私をカイロか何かみたく抱き締めてくる男は、そのまま文句を零した。
「何でも良いから、少しの間お前の事貸せ……。さっきから寒くて敵わん」
「其れっは、ガロウが薄着なのが悪っ……! って、ちょまっ……お願いだから、其処でもしょもしょ話さないで! 下手に動かないでぇ……っ!」
「あァ……? 小さくて聞こえねぇーんだよ、馬鹿。言うならもっとデケェ声で言いやがれ」
「ッ〜〜〜! 擽った過ぎて色々と堪えらんないから、喋るならせめて少し離れてから喋ってってば……!!」
「面倒くせぇ……っ、ンなもん却下だ却下」
「酷い……っ! 此処、私の布団なのに……! というか、勝手に他人ん家上がり込んどいてその横暴さは無いでしょ!? おまけに、他人に物頼む態度がなってない……!」
「チッ……誰に向かってンな口利いてやがる、手前ェ。態度がなってねぇーのは手前ェの方だろうが。今の状況分かって物言ってんのか、あ゛ァ?」
 彼の機嫌が急降下すると共に、彼の口調も態度も凶暴さを増していく。しかし、今更そんな事で怯む程、彼との付き合いは短くない。
「そもそもが、何でいきなり私のとこ来た上に、布団の中潜り込もうとなんてしたの」
「……マジでこの状況の意図が分かってねぇーみたいだな、お前。だったら、今此処で分からせてやっても良いんだぜ? 男が寝てる女の布団に潜り込む意味ってのを」
「えっ……」
 不機嫌さとは別に、突如声のトーンを落とした彼に訳が分からないまま身を固めていると。不意に、お尻の辺りに固い何かを擦り付けられ、ビクリッと体を跳ねさせた。異様な感触に身を捩って逃れようとするも、彼の拘束が解かれていないせいで上手く身動き出来ないどころか、より拘束は強まって密着度は増し、殊更に固い何かを擦り付けられる。
 嫌な予感がした。今、自身の臀部に擦り付けられているコレは、恐らく、男のナニの部分というヤツで。当然、今後ろに居て己を抱き締めてきているのも男という生き物で。彼とて、成人には至らぬ年齢であっても、体が大きくなれば自然と肉体は本能的な摂理で催す様になったりもする訳で……。つまりは、彼も立派な男の子だったという話な訳で――。其処まで思考が追い付けば、後は何となく言われずとも分かった。
 よし、今すぐ現実逃避を謀ろう。危機的状況に至るや否や、すぐ現実問題から目を逸らそうとするのは、私の悪い癖だ。その証拠に、私のそんな悪癖を咎めるように、臀部に擦り付けられていた物を強く押し付けられた。
 思わず、意思とは反してガチリと身が固まる。その反応だけでは飽き足りなく思ったのか、彼は再び耳元近くから囁き始めた。
「あ……? さっきの勢いはどうした? もっと威勢良く噛み付いて来いよ、レオ」
「ひッ……! そな、耳元で喋らな、でっ…………、」
「だったら……もう一度可愛く啼いてみな」
 突如、耳元を擽るみたくねぶられ、ガチガチに硬直していた筈の体が嘘みたいに跳ね、呼吸が詰まった。そのまま何も返せないでいると、尚も苛めてくる彼は、私の耳朶を舐めたり食んだりと弄び、私の反応を愉しんだ。
 何て奴だ。此れでまだ十八だと言うのだから、詐欺だ。
 なんて考える余裕も無くなりつつあれば、再び硬くなっている猛りを私のお尻へとグリグリ押し付けてきて。すぐ側で彼の息衝く吐息が聞こえてきて。息苦しさに悶えて息浅く喘いでいると、極め付けのように彼が首筋へ口付けてきた。其れに、ビクリッと体を跳ねさせると、反応を寄越された事に機嫌を良くしたのか。齢十八とは思えぬ程、色気を放って囁きかけてきた。
「そんなに良さげな反応返すなら……このまま本気でアンタの事、喰っちまっても良いんだぜ?」
 小さなリップ音と共に解放された首元が、既に燃えるように熱かった。
 私は身悶えしながらも、持てる理性を総動員して、“相手は未成年……!”と念じ、思い切り体を捻って体を反転させる。幸いにも、彼からの拘束は緩んでいた様で、難無く寝返りを打つ事に成功した。そして、私は燃える程に顔を真っ赤にしつつも、最低限の抵抗だとして、一言啖呵を切るように文句を言ってやった。
「未成年のお前にゃまだ早いわ……ッ!!」
「は? 漸く喋ったかと思ったら其れかy……ッんぶ!」
 まだ何か言い募ろうものならと、勢い良く口を塞いでやれば、流石の彼も降参したのか。眉間の皺が物凄い事になったが、漸く大人しくなってくれた。
 私は安堵に胸を撫で下ろし、まだ先程の事を許す気は無いと据わった目で見つめ返した。
「全くもう……あんまりオイタが過ぎる様だと、お仕置きしちゃうわよ?」
「…………」
「取り敢えず、少しは反省なさい。……あと、さっきみたいな事は、君が成人して本当の大人の仲間入りしてからじゃないと、許可したくても出来ませんからね。その点、ちゃんと肝に銘じときなさいね?」
 少しは懲りたのか、鳴りを潜めたみたいに急に大人しくなった彼に、何だかこっちが調子狂いそうだった。
 流石のずっと塞いでいる訳にも行かないので、仕方なしに様子を見つつ手を離してやれば。離したばかりの両手を取られ、利き手の内側へ口付けながら彼は言った。
「今、アンタが言った事、信じるからな。……本当に大人として認められる歳になった暁にゃ、覚悟しとけよ。アンタが今言った台詞、絶対ェ忘れずに覚えといてやるから。アンタも絶対ェ忘れんじゃねぇーぞ。良いか、絶対だからな?」
「え……アッハイ……、」
「忘れたらただじゃ済まさねぇから、よぉーく覚えとけ? レオ」
 こんなにも物騒で悪どく笑う人もそんなに居ないだろうと、明後日な事を考えようとする思考で思った。
 取り敢えず、私は自分の発言で飛んでもない未来を確約してしまったのだと、後から遅れて気付き。私の人生詰んだかも……と、胸の内だけで思うのだった。


執筆日:2023.02.27
公開日:2023.02.28