似た者同士の引力
神出鬼没にやって来る野良猫ならぬ腹ペコ狼氏……もとい、ガロウは、今日も変わらずお腹を空かせてやって来た。
というより、毎度の如く、嵐みたいに突然やって来るなり、「何か腹に溜まりそうな物寄越せ」と言って我が家に居座っている。
最早慣れた事なので、催促された通りにすぐに用意出来る冷凍の炒飯と焼くだけの餃子ワンパック丸ごとを出して差し上げた。こういう時、インスタントや冷凍物は時間が無い時でも手早く用意出来るから便利だ。焼くだけの餃子も、大して時間を掛けずに完成するから、お昼や晩御飯のおかずに重宝している。
世にある便利な冷凍食品を生み出してくれた某有名メーカーの会社達には感謝しか無い。有難う、冷凍食品。有難う、簡単時短調理食品。貴方達は、私の貴重な戦力且つお腹を満たしてくれる源よ。本当にいつも有難うって感謝してる。
そんなこんな、変な信仰心を抱きながら、心の中でこの世の中に冷凍食品なる物を生み出してくれた方々に感謝を捧げて天を振り仰いでいると。勝手にやって来て横暴にも飯を要求して居座るだけの彼が、米粒を口端に引っ付けながら文句を口にした。
「いつもこんなんばっかだよな。時短だか何だか知らねぇが」
「こんなんって?」
「明らかに冷凍食品とかばっかの、如何にもすぐに出せる系のインスタント物ばっかじゃねーか。偶には手作りの物とかねぇーのかよ?」
「ちょっとの時間も待てが出来ない君の為を思って用意してやった物にケチ付けるとは、良い度胸じゃねぇーの。もう飯くれって言っても出してやんねーぞコラ」
「チッ……毎回似たような同じようなメニューばっか食わされてたら、そりゃ文句の一つも言いたかなるだろ」
「何様気取りじゃおんどりゃあ。ただ飯
「何だよ! 其処までキレるこた無ェだろ!?」
「うるせぇ!! 生意気のガキンチョの分際で、飯の有り難みも分からん癖にほざくんじゃねぇッ!! 自分で働いて金稼ぐ苦労も知らなぇ癖に一丁前に舐めた口利くんじゃねェーわド阿呆ッ!!」
「ちょっとくらい手前ェの手作り食ってみてぇって思ったから言ってみただけだろうが!! 何でいきなりそんなキレんだよ!?」
「いや、マジで君がタダ飯貰ってんのにも関わらずくだらない文句言うから、ちょっとイラッと来ましてね」
「ちょっとイラッと来たのレベルじゃなかったろ今の!? どう見てもガチギレだったじゃねーか!! 女じゃねェー台詞バンバン飛び出てってたぞ!!」
「俺が女らしくないのは今更なんだぜ、この糞餓鬼野郎め。諦めロン」
「クソッ……何なんだよ、さっきから……っ。調子狂うっつの……」
些細な小言という文句一つで思わぬ口論に発展した事に、自分が迂闊な事を喋った自覚はあったのか、罰の悪い顔をする。まぁ、こうして現実社会の厳しさや日常にありふれた当然の物への有り難みを知ったりする事は、此れからを生きていく若者達には必要な経験である。反面教師でも何でも、其れがこの先を生きていく糧になれば幸いだ。
……なんて偉そうな口を利く事は、彼相手にはしてやらないけれども。
ただ
「口元、付いてたよ」
「っ……! そういう事は、先に口で言ってからにしろっての……っ」
「御免。その内、君自身で気付くかなって思ったんだけど、一向に気付く様子無さげだったからさ。まぁ、何だかんだ文句言いつつ、いつも美味しそうに完食するんだから、変に残されるよかは助かるよ」
「せっかく出して貰った物なんだから、最後まで食うに決まってんだろ馬鹿が……っ。俺は其処まで馬鹿じゃねぇ」
「うんうん。そういうとこまでちゃんと分かってんなら良いのよ。ただ、さっきの軽々しく言われた発言は許さねぇからな。次言ったら、飯どころか家から追い出すから。よぉーく覚えておくように」
「チッ……悪かったよ、下手な口利いて……。コレで良いか?」
「うん。まぁ、及第点ってとこかな? 悪い事したらちゃんと謝る、小さな事だけど、此れが出来るのと出来ないとでは大きく異なるからね。御免なさいを言える事は、実は凄く大切な事なのよ? 此れは大人も子供も関係無く言える事よ。だから、今回ちゃんと御免なさいを言えて反省出来たガロウ君は偉い……! ので、今日のところは取り敢えず許したげる。でも、次は無いと思え」
「目が笑ってねぇよ……おっかね……っ。女怒らせたら怖ェってのは本当だったんだな」
一応は反省の余地を見せた彼に、取り敢えずは許す方向で今の会話を締める。
会話が終わると見るや否や、再び食事の手を再開させるガロウ。余程お腹を空かせていたのだろう。文句を言いつつもがっつく為に、お皿の中身はどんどん空になっていった。
そして、あっという間に完食してしまうと、空になった皿を突き出して“おかわり”を所望してきた。全く、図々しいにも程がある奴め。
仕方なく、次の料理を提供してやるべく腰を上げ、空になった皿を受け取る。
其処で、未だ右手の指に摘まんだままであった彼のお弁当の所在を問うた。
「ところで、コレどうしよう……?」
「あ? まだ取ったまんまであったのかよ。んなモンさっさと食っちまえば良いだけの話だろ?」
「自分のならまだしも、君のだから流石に憚られて……。俺、君の母親でも何でもないし」
「はぁ? ったく、面倒くせぇ……」
「まぁ、でも、捨てるのも勿体無いし、食べちゃうか。お米一粒にだって神様は宿ってるんだぞって、昔親に茶碗に米引っ付ける
そう言って、ぱくり、自身の指に付いたままであった物を食べた。すると、目の前でギョッと目を剥き驚く様子の彼が、つい先程まで米粒を摘まんでいた方の手首を掴んで言う。
「なっ! おまっ、何で今食ったよ!?」
「えっ? だって、君が食っちまえば良いって言ったからだけど……」
「さっき俺のだから憚られるとか言ったのは何処のどいつだよ!!」
「でも、あのまま捨てちゃうのも罰当たりみたいで勿体無いし。かといって、君にわざわざ“食べて取って”って言うのも何かアレで違う気がして……?」
「普通に言ってくれりゃ食ったわ! 俺もそのつもりで居たんだからよぉ!!」
「えっと、何か御免……っ」
「チッ……ったく……んで、んな事恥ずかしげもなく出来るかね……っ」
彼の反応を見るや、どうやら今しがたの一連の行為が恥ずかしかったらしい。成程、彼も年相応に恥ずかしがる事はあるようだ。此れは良い事を知れた。
私は、心なしかにんまりとした笑みを浮かべて、彼の頭を撫でた。
「ふふっ……そうやってまだ恥ずかしがれる感情が残ってるなら、良いってもんよ」
「クソッ、餓鬼扱いすんな……っ!」
「ふふふっ、何だ、まだまだ可愛いとこ残ってるじゃない、君も!」
「るっせぇ! 早く次の飯寄越せよ!!」
「あ゛? 其れが他人に物頼む態度か? 違うだろ。“満腹にはまだ足りないから、おかわりあるならください”くらい言いなさい。其れすら言えなきゃ、君は
「チィッ! …………飯、まだ足んねぇから、出せる物あんならくれ……。無ェなら其れで構わねぇから」
御飯が関わると、流石の彼も大人しく言う事を聞いてくれる。恐らく、日頃こうして御飯に有り付ける場所が、我が家を除いて他にはあまり無いのだろう。だから、粗野且つ横暴で怖い不良みたいな見た目だけれど、一応は年相応の感情も残しているのだ。
彼は、きっと、体ばかり大きく強くなってしまった、小さな子供なのだ。事実、歳だけを言えば、まだ未成年の十八歳という話なのだから、子供に違いない。大人と言うには、まだ未熟で若過ぎる、社会の広さを知らなさ過ぎる、青二才のガキンチョ。本来であらば、まだまだ大人の保護下にあるべき年齢の存在だ。
けれど、彼は生い立ち故に、海外ではよく見掛けられるストリートチルドレンになってしまっている。この国で生まれたにも関わらずにだ。
頼れる存在が居ない。だから、一人孤独な運命を彷徨っている。まだ齢十八にして、過酷な運命を背負っている。
憐れみを抱く訳では無い。ただ、其れは何かが違うだろうと否定したいだけだ。彼みたいな、まだまだ大人には満たぬ存在を守るべき大人という立場であるが故に、少し考えてしまっただけ。自分なんてちっぽけな存在でも、彼の心の拠り所となれていたら……とかね。
変に湿っぽくなっちゃったな。思考を切り替えて、今は彼の望むおかわりとなる食事を早く何か用意してあげなくては。でないと、遅いと癇癪を起こして暴れられるかもしれない。そうなっては、後の掃除片付けが大変だ。
空になった食器全てを一度下げるべく台所へ向かった先で、頭の中で時短で用意出来る
そういえば、まだ汁物は一つも出していなかったな。何となく中華な流れから、これまたインスタント物に頼る事になるけれど、何か簡単にスープでも用意してあげよう。卵スープと若布スープ、あと春雨スープやら
即席類を仕舞った戸棚を物色しつつ、彼に一旦訊いてこようとその身を翻そうとして、ギシリと硬直した。いつの間にやって来たのやら、すぐ側の背後に彼の存在が居たのだ。驚き過ぎて逆に何のリアクションも取れなかったが、心臓がバクバクと激しく脈打って
一先ず、何か一言口を利かねばと、背後に居た彼へ口を開いた。
「あの……まだ何を用意するとかも考え中の段階なのですが……っ、何か用だったかい?」
「いや……次は何が出て来んのか、気になって様子見に来ただけだ」
「そ、そっすか……っ。出来れば、向こうで待っていてくれると有難いのだけど……」
「用意するまでの流れとか見てちゃ駄目か?」
「えっ? ……いや、駄目、とかではない、けれども…………っ」
「んじゃあ、此処で見てても良いか? ただ待ってるだけっつーのも退屈で暇だしよ。邪魔はしねぇようにすっから」
「お、おぅ……っ。そういう事なら、まぁ……? けど、たぶん見てても何も面白くないと思うよ? 俺、要領悪い人間だから、手際とかも良くないし」
「面白いか面白くないかは俺が決める事だろ……? お前は気にせず、俺様の為の食事を用意する事にだけ集中してりゃ良いんだよ」
いや、何様のつもりやねん。思いはしたものの、結局口に出す事はせず。代わりにチベスナみたくジト目な視線を送るだけに留めて、戸棚の方へ向き直りながら別の言葉を口にした。
「おかわりとは言われたけど、ぶっちゃけ何が食べたいとかの希望はある? 無ければ、何となくの流れで適当に中華系の物用意するけど……。あっ、また冷凍や即席系が出て来ても文句は無しね! すぐに出せるっつったら、そんぐらいの物しか無いんだから!」
「う〜ん……特にコレと言った希望は無ェな。兎に角食べれれば何でも構わん。腹に溜まりそうな食い物、何か出せ」
「カツアゲかよ。じゃあ、汁物はまだ出してなかったから、適当にスープ系にしとこっか。種類其れなりに沢山あるから、好きなの選びな」
「汁物ってあんま腹に溜まる気しねぇけどなぁ……」
「汁物を侮る事勿れ。汁物ってのはなぁ、色んな出汁やエキスたっぷりで意外と滋養があったり栄養の詰まった代物なんぞ。馬鹿にしたらいかんよ、
「何だ、その言い草? お前ェは汁物作ってる会社の回し者か何かかよ……っ」
「いや、単純に美味しいし、事実だから言ってんの。味噌汁とか特に体に良い栄養いっぱい詰まってんのよ〜」
「何でんな風に詳しいんだ、お前?」
「昔、ブラック会社勤めてた時に胃腸やらかして、一週間絶食状態に陥った事あるんだけどさぁ。そん時、漸くまともに食える状態まで回復して初めて食ったのが味噌汁だったのよ。子供ん頃医者とかにも言われた事あったけど、味噌汁って実は一番身近な食べ物でマジで凄い力ある食べ物なんだから……っ! 夏場であれば、夏バテや熱中症予防にだって効く、優れものなんだぞ!! 最早、飲む点滴と言われる甘酒に並ぶくらいの栄養素たっぷりにゃんだぞ!! 故に、汁物と言って馬鹿にする事勿れ。汁物だってその日の献立を彩る歴とした料理ぞ。舐めたらシバく」
「何気無く聞かされた衝撃の事実の方が驚きを隠せねぇんだけど……っ。お前、実は色々と苦労してきてんのな……?」
何気無く零された彼の言葉に、人知れず渇いた笑みを浮かべて笑った。
「ははっ、俺なんかまだマシな方よ。世の中じゃもっと苦労してる人達でいっぱいなんだから。其れと比べたら、俺なんてまだ、全然マシって感じで……泣くのも許されちゃいないくらいの立場だったんだから……。アレくらいで音を上げてたら、世の中でもっと頑張ってる人達に失礼というか…………兎に角、そんなだったから! 所詮もう過ぎた事なんだしっ、今更くよくよ悩んでたってしょうがないっしょ! 大切なのは、今をどう生きるか!! 過去は過去で、変える事なんて出来ないんだから、どんな事があろうとも、その過去の経験をバネに糧に、此れからを生きてくしかないの! だって、死んだら其れで何もかも終わりなんだから、其れじゃつまんないでしょ……? 死ぬのは、生きるより簡単だし楽な事は誰だって知ってる。でも、其れを選ぶのは、本当の最後の最終手段として。本気で生きる事に疲れて諦めた時ぐらいにならないと、死ぬという手段は選びたくない…………。まぁ、既に過去に一遍選びかけた事があるんだけどね」
「お前…………、」
「あはっ。変に暗い話しちゃって御免ね! こんなくだらない話、君には興味の無い話だったでしょ? そもそもが、スープ何にするか聞いてる最中の流れだったのに、俺ってば変な空気にしちゃったわ! 今のは忘れて! 其れよか、君の胃袋を満たす為の御飯を用意しなきゃ……って、あれ、ガロウ君? どうし――、」
不意に、更に此方へ近寄ってきたらしき気配に振り向いたところで、突然彼に抱き締められた。其れも、思い切り正面から力いっぱいな感じで。完全に油断してたのもあるけども、まさかそんな事になろうだなんて思ってもみなかったから、予想外の事過ぎて思考が止まった。
そのまま呆然とされるがままで居れば、これまた唐突に口を開いた彼に驚かされた。
「悪かった……俺の不用意な発言で嫌な事思い出させちまって……。そんな顔させるつもりなんか、一ミリも無かったんだ……悪ィ……ッ」
「え…………あの、ガロ、く……?」
「無理して笑おうとなんかすんなよ。辛い時は辛ェって、我慢せず泣いちまえ。其れで、お前を責める奴なんかが居たら、俺が追っ払ってやんよ。だから……んな不器用に無理して笑ったみてぇな顔、すんな」
「え、っと……そんなに変な顔してましたかね、俺……?」
取り敢えず、何かしら反応を返した方が良いだろうと口を開けば、尚更抱き締める力を強められてちょっと苦しい。しかし、此処で“苦しい”と苦情を口にするのは憚られて。結局は受け入れるがままの姿勢で居れば、徐にガバッと身を離した彼が両方の二の腕を掴んだ状態で言った。
「お前の事、此れまで何も知らねぇまんまだったが、実はお前も俺と似た者同士だったんだな!」
「はぇ……?」
「都合が良い奴だったから適当に利用するだけ利用して捨てるつもりで居たが、気が変わったわ。お前、やっぱ必要だわ。文句は言われっけど、明らかに不審者な俺の事追い出さねぇし、言えば飯も出してくれるし、寝床だって用意してくれるしよ。似た者同士だったってんなら、俺の仲間も同然だろ! 其れに、お前は、俺が悪役応援しても一切否定したりしねぇもんな!」
「や……だって、悪役っつーか、ヒール系のキャラへの人気は一定数あるというか……誰が何好きになろうが勝手な訳だから、結局はそういう話な訳で…………?」
「ホラな! お前は俺を一度も否定しねぇんだよ! 皆必ず俺を否定した……可笑しい奴だ何だと指差して囃し立てて
急な展開に訳が分からずのまま目をぱちくりと瞬かせる。取り敢えず、何かしらが切っ掛けで彼に何かのスイッチが入ってしまったらしい事だけは分かった。だから何をどうするという術は持たなかったが。
一先ず、そのまま様子を見ていたら、彼は何処か嬉しそうな空気を滲ませて嬉々とした風に笑った。
「お前ってやっぱ良い奴だったんだな! そんなお前ん所に偶然にも転がり込めて、俺は運が良かったぜ! 何せ、此処なら安全だし、飯もあればちゃんとした寝床もある! 俺という個人をちゃんと人として扱ってくれる! こんなに良い事尽くめだなんてとこ、他には無ェよ!!」
「あ、有難う……っ」
「お前だけだぜ! 俺をまともな奴として扱ってくれんのは……っ! そうと分かりゃ、改めて感謝しなくっちゃなぁ! あんがとよ、レオ! この調子で、此れからも頼むぜ!!」
「え、あ、うんっ。何か感謝されてんのは分かったから、とっ、取り敢えず一旦離れようか……! 現状、何かよく分かんないけどめっちゃ近いよ!? あと、そんなくっ付かれてたら身動き取りにくくなっちゃって何も用意出来ないからァっ!!」
「おっと、すまんすまん。つい、何か嬉しくなっちまってよ。あと、何となくお前抱き心地良さげだと思ってな。後でもっぺん抱かせろや」
「ちょっと!? 今然り気無く物凄いセクハラ受けた気がするんですが!?」
「何だよ……ハグするくらいちょっとしたスキンシップの内だろうがよ。ハグしちゃ駄目なのか……?」
「ぅぐッ……そんな
「マジかよ。お前、貞操とかそこら辺の危機感大丈夫か? そんなチョロかったらいつか絶対変な奴に引っ掛かんぞ」
「お前ェが言い出した事だろーがよォッ!!」
何かよく分からんが、取り敢えず、彼の中で私に対しての扱いに変化が生じた事だけは理解した。その証拠に、離れろと言った筈なのに、即席スープのバラエティーパック袋を出してやるべくくるりと反転すれば、逆にまた背後へ抱き付いてきて離れない。何なんだ、さっきから。調子が狂うのはこっちだよ!
「ちょっとガロウ! 動きづらいから離れて!」
「お前やっぱ抱き心地良いなぁ〜。ハグの才能あるな?」
「話を聞けェ!!」
「そうカリカリすんなよ。何なら、本当にセクハラかましてやっても良いんだぜ?」
途端、纏う雰囲気を変えた彼が厭らしく首筋へと口付けてきた。おまけに、此方へはっきりと示すようにリップ音まで鳴らして。
「なぁ、レオ……?」
更には、耳元への囁きまで。此奴、手慣れておる。
しかし、あからさまな煽りに乗る事無く、持ち前の回避術を駆使しつつ、彼の拘束から逃れ、反対に床へと組み倒して腕を捻り上げながら言ってやった。
「あんま大人おちょくってっと……痛い目見んぞ?」
「ヘッ……流石は現役プロヒーロー様……そう簡単にゃ落ちてくんねぇってか……!」
「ふんっ、当然の事。此れに懲りたら、下手な真似しない事ね」
「はッ、こんなんで俺が懲りるなんて思うかよ……ッ、イデデデ!! テメッ、本気で人の腕折る気か!?」
「お前ェが今日のところは大人しくするって約束しねぇー限りは折る事も
「こんな事で折られて堪るかってんだ……っ! 離せ馬鹿!!」
「やだね。お前ェがちゃんと反省するまで捻り上げる」
「ッぐ……クッソが……! 分かった、分かったから! 今回のところは俺が悪かったから! 一旦離してくれ!! マジで折れる……ッ!!」
「よし。言質取ったからな」
乞われるままに解放して、起き上がるのを手伝ってやる。すると、彼は悪態を
「チッ……この馬鹿力女が……っ」
「何とでも仰い。まぁ、取り敢えず飯のおかわりは用意してやっから、好きなのさっさと選べ」
「お前の手作りは無ェのかよ……?」
「期待されてるとこ悪いけど、俺、基本的家事すんの苦手だから。なので、自炊すんのも本当は苦手なの。でも、一人暮らし故、自分で用意する他無いから最低限やってるだけであって、リアルな本音言ったら無理無理の無理なのよ。だから、神出鬼没にやって来るお前に出せる物は、即席物か冷凍物になりがちなの。文句あんなら一昨日来やがれ。其れか、来るなら来るって前以て連絡寄越せや。突撃訪問されても毎度ご丁寧に対応して飯出してあげてた俺に感謝しろ。食費も生活費もびた一文払いもせず、タダ飯食らうだけ食らっていくマセ餓鬼め。次くだらねぇ文句言ったらベランダの外に吊し上げっからな」
「まだ根に持ってやがったのかよ……面倒くせぇ女」
「その女のとこまでわざわざやって来て毎度飯せびってんのは何処のどいつだ、ぁ゛あ゛ん? マジの本気でシバき上げっぞ」
「わぁーってるっての!! だからそう怒んな! 嫁行けなくなっても知らねぇぞ!!」
そんなこんな、度々彼の不用意な発言で私のメンチ切った台詞が飛ぶが、比較的穏やかな日常の風景が其処にはあったのだった。
誰も傷付く事は無い、平和な一日の一幕が。
「抱き付いてみて初めて分かったんだけどよ……お前、思った以上に細っこかったんだな?」
「まぁ……十八の割りに成人男性の平均並み以上に体格の良い君と比べたら、そりゃあね」
「あと、案外着痩せもすんのか、思ってたよりも胸が小せぇ」
「オイコラ、手前ェ喧嘩売ってんのか? 一宿一飯どころじゃねぇ恩人相手に向かって、んな口利くたぁふざけた根性してんじゃねーの。一遍表出やがれ、そのひん曲がった根性叩き直したらァッ!!」
「煽り耐性無さ過ぎかよコイツ!?」
公開日:2023.03.06