気になるその舌先の行方
何かを口にする度に、唇に付着するのが気になるのか。飲み物でも何でも、何かを食べたり飲んだり口にする度にレオはチロリと舌先を覗かせて自身の唇を舐めた。
食事などの際に何気無くされる仕草に気付いたのは、
其れも此れも、全部レオのせいだ。恐らくは無自覚でやっている、癖みたいなものだろう。だが、その無自覚でされる癖付いた仕草が、妙に色っぽく思えて、そこはかとなく誘われているように感じた。
無自覚とは、つまり、無意識の内からなる行動だ。つい反射的にやっている事だからこそ、指摘しようにもしづらいところだ。
しかし、悶々した思いは募るばかり。
今だって、昼の食事にと出したカルボナーラを、至極美味しそうに口へ運んでは、舌先を出してぺろりと唇を舐めている。流石の俺の理性も、些か我慢の限界を訴えてきていた。
堪らず、俺は彼女へ声をかける。
「そんなに顔を綻ばせるくらい美味いか」
「うんっ……! 相変わらずの料理の上手さに、舌を巻くしかにゃいね……!」
「そうか。喜んでもらえたなら何よりだが……ソースのクリームが口端に付いているぞ」
「えっ、さっき舐め取ったと思ってたのに……まだ付いてたのか。上手く取り切れなかったのかね?」
「俺が綺麗にしてやるから、動くな」
「ありゃ、何かすまんね。有難うジェノス君」
無防備の無警戒にも大人しく俺へと身を委ねてきたレオ。馬鹿正直な奴だ。そんなお前を、此方は御馳走を目の前にぶら下げられた獣の如き目で見ていたと言うに。
何も知らず、動くなと言った通りに、此方へ顔を向けたまま大人しく待つ彼女の顎を掬い上げるように固定すると、そのまま彼女の唇へ己のものを押し付けた。そうして、今しがた彼女自身が舐めていた下唇を少しだけ食むように口付け、隙間から覗いた舌先へちゅっと吸い付く。
最後に、仕上げとばかりに口端に付いていたという嘘を実行するべく、何も付いていない綺麗な口端をぺろりと舌先で掬うように舐めた。
「ほら、此れで綺麗になったぞ」
「なっ、ななっ……何で直接舐め取った!?」
「この方が確実で早いと思ったからだが」
「其処は普通にティッシュか何かで拭き取るだけで済んだだろ!? 何でティッシュ取るまでの行為を省いたの!! ちょっとの距離だし、そんな時間も手間も掛かんない筈でしょ!? 何で今の
「すまない……少し前から、お前の無自覚からなる癖の舌先で唇を舐めるという仕草や動作が異様に気になって仕方なくなってしまって。ほぼ衝動的に動いてしまった訳で、別に悪気があったとかそんな訳では全く無く、ただ――、」
「御免。思った以上に長いから、出来たら簡潔に短く正直に言って」
「今のお前についムラッと来たからやった。後悔はしていない」
「素直で宜しい」
もしや、今ので呆れられたり、最悪嫌われてしまっただろうか……。俺は叱られた仔犬のようにシュンとし俯いた。
流石に、今のは迂闊な行動だったと、後からになって反省する。幾ら懐の深い、器の広い彼女とて、されて嫌な事くらいある筈だ。自分は其れを犯してしまったのか。一時的な衝動に駆られて、欲に目が眩んだオチが此れか。全く、俺とした事が情け無さ過ぎるだろう。此れでは、彼女に幻滅されたとて可笑しくはない事だ。
そう自己嫌悪の感情に囚われていると、不意に強化繊維からなる髪の上に優しい重みが降ってきた。恐る恐る顔を上げれば、頭の上の重みの正体は、彼女の掌であった事が判った。
レオは、先程俺が失態を犯してしまったばかりにも関わらず、仕方ないなと言わんばかりの笑みを浮かべて笑っていた。おまけに、慈愛に満ちた優しい言葉まで投げ掛けてくれる。
「いきなりやってきた事には吃驚したし、流石の予想外過ぎて思わず捲し立てて返しちゃったけど……君も立派な健全とした男の子だったもんね。しかも、まだまだ色々とお盛んであろう十代なら、ちょっとした事が切っ掛けで盛っちゃっても無理無いよ。まだ未熟なだけだから、此れから其れを制御出来るよう覚えていこうね! 分かったら、
「ハイッ……!」
「ん、宜しい! じゃあ、まだ途中だった食事再開しなくっちゃね。早く食べないと、せっかくのあったかいパスタが冷めちゃうし、伸びて味が落ちちゃう……っ」
「其れもそうだな。先生も、食事中にお騒がせしてしまい、すみませんでした!」
「ん? 御免、テレビ見てて何も気付かんかった。何かあったのか?」
先生も居る手前でやらかした事の謝罪を告げれば、両方の頬っぺたがパンパンになるまで物を口に詰め込んだ先生が振り向き、モチャモチャと咀嚼しながらそう言った。どうやらテレビ番組に夢中で、此方の出来事には一切気付かなかったらしい。サイタマ先生らしい事だ。
何も知らず、何も気付かなかったのなら、此れ以上気にする必要も無いだろう。俺は元気に再び口を開いて言った。
「いえ! 何も気にされていなかったのなら結構です! 変な事を言ってすみませんでした!」
「あっそう。其れよか、このパスタめっちゃ美味いな」
「まだおかわりは沢山あるので、好きなだけどうぞ!!」
「おう。じゃあ、此れ食ったらおかわりしよ〜。あっ、せっかくなら味変してみるのも良いよなぁー。次、何加えて食べよう……」
先生のように、周りの物事などに気を囚われる事が無いくらい強くならなくては……っ!
そう決意して、俺も二人に倣うように食事の手を再開して、自らの手ずから作った料理に舌鼓を打つのだった。
公開日:2023.03.08