春は、兎に角、眠くなるから嫌いだった。
桜は確かに綺麗だし、あんなに寒くて仕方がなかった冬の温度が緩まり、徐々に暖かさを取り戻していく事は、別に悪くはないと思ったけれども。
春は花粉の飛ぶ季節だから、花粉症を患う身分としては、四季の中で二番目に嫌いな季節だった。ちなみに、一番嫌いな季節は夏である。今のご時世、暑さが尋常でないくらいに暑過ぎるのが反って駄目だ。
今日も今日とて、花粉症の薬を服用するが為に襲ってくる眠気と戦っていた。ただでさえ、春という季節は、春眠暁が何とやらと眠気を誘うのに。花粉のせいで、其れ以上に眠気が来て頭が駄目になる。
眠気に支配された頭は、著しく思考する力を失い、回転力が落ちる。よって、判断力は欠け、注意散漫になる事もしばしばだ。
先程、物に躓いて膝を打ったのも忘れ去ったように、座り込むなり眠気に襲われて舟を漕いでいた。
この季節では物珍しくもない姿だが、彼女と知り合って日の浅い弟子のジェノスは、少々心配げに口を開いて言った。
「琥珀の事ですが……このところ、よく眠たげに舟を漕ぐ姿が多く見られるように思いますが、何処か具合でも悪いのでしょうか? 其れとも、単なる心配事から夜あまり眠れていないとか……?」
「いや、此奴の場合は、ただの花粉症によるものだから気にすんな」
「花粉症、ですか……?」
「そう。琥珀の奴、其れなりに花粉症酷いらしくって、毎年薬飲んで抑えてないとしんどいんだってさ。で、花粉症抑える為に薬飲むと、今度は薬の副作用で滅茶苦茶眠くなるんだそうだ」
「そうだったんですね。其れで、このところしょっちゅう寝落ちたように転た寝していたのか……っ。腑に落ちてすっきりしたところで、一つ気になったのですが……薬と言えば、眠気の少ない物だってある筈ですよね? あまりに眠気が強いようなら、医者に言って眠気の弱い物へと変えてもらえば済む話なのでは……」
「其れが、簡単には行かない話らしくってさぁ。前に俺も同じ事訊いて言われたんだけど……どうも、琥珀は体質的な問題で薬の効き目が強く出ちゃうタイプみたいで、どんなに眠気を抑えた薬貰っても眠くなっちまうんだとさ。おまけに、弱めの薬を出そうとすると反ってアレルギーを抑える効果まで弱めちゃう事になるらしいから、下手に弱過ぎる薬は出せないと医者に言われたらしい。まぁ、ぶっちゃけ、俺もお前も生まれてこの方花粉症なんてもの患った事無いから、花粉症の辛さなんか分かんないけどなー。お前に至ってはサイボーグだから、花粉なんて何の障害にも成り得ないんだろうけど」
「いえ。俺とて、視界にあまりのゴミが付着すれば、機能低下が見られますし、最悪壊れます。ですので、定期メンテナンスで洗浄・除去を行っているんです」
「へぇー、そうだったのかぁ。だから、お前、いつも博士んとこから帰ってくる度にピカピカだったんだな」
「はいっ、全てはクセーノ博士のお陰です……!」
舟を漕ぐ彼女の理由が知れたところで、一旦会話は途切れ、お茶を飲むというブレイクタイムの間が流れる。
そうして、一心地着くと、再び口を開いた弟子は言った。
「……にしても、花粉症を患っていたとは、大変ですね」
「なぁー。女の子は、ただでさえ、俺達男と違って生理とかって何か辛いらしいもので定期的に苦しまなきゃいけないのにさぁ。おまけに、琥珀はヒーローもやってるから、生理や花粉だけでなく怪人まで相手にしなきゃなんないとか……控えめに言って、そりゃ疲れて眠くなってもしょうがねぇーって話だろ」
「先生、琥珀が今寝てしまいそうになっているのは、薬の副作用だと仰った筈では……?」
「いや、まぁ、其れはそうなんだけどさ……っ。実際、琥珀自身の事を思うと、いつも大変なのに琥珀なりに精一杯頑張ってんだなぁーって思ったら、何か少しは労ってやった方が良い気がしてきて」
「其れは確かに、そうですね。でしたら、今は比較的緩やかで穏やかな日ですし、休ませておきましょうか。仮に、怪人が出て来たとしても、俺達や他の近場に居るヒーロー達で片付ければ問題ありませんしね」
「そういう事だな」
会話が一段落着くなり、今にも寝落ちそうになっている彼女へ、努めて優しげな声をかけて促す。
「おーい、琥珀ーっ。あんまり眠いなら、いっその事横になって寝ちまえば……?」
「ゔぅ゙んっ…………やら、まだ寝たくない……。幾ら、花粉のせいで眠くなろうが……寝てばっかで一日過ごしてちゃ、駄目人間になっちゃうぅ…………っ」
「こら、琥珀。餓鬼みたくごねるな。先生の手を煩わせるくらいなら、大人しく素直に言う事を聞いて寝ろ」
「ん゙〜ぅ゙……っ」
尚も愚図ってうだうだうにゃうにゃと抗っていれば、見兼ねた様子のサイタマが彼女の腕を引いて自身の方へ倒れ込ませた。衝撃で小さな呻き声を上げるも、些細な衝撃くらいでは眠気は飛んでくれなかった模様で。サイタマの膝を枕に横になる形となった彼女は、素直に身を委ねた。
大人しくなった彼女の様子に、漸く諦めたか……と落ち着いた声を零して、膝上に乗せた彼女の頭を何とはなしに撫ぜる。
「今日のところは、無理せず寝とけ。別に誰も怒ったりなんかしないんだからさ。あんまりにも眠いんなら、そんまま素直に寝ちまえよ」
「…………ぅん」
小さく返ってきたお返事に、良い子良い子と褒めるように頭を撫でた。若干、子供扱いをしている自覚はあったが、眠気を催した彼女はまんま子供みたく思えるのだから仕方がない。年齢は、自分とほぼ変わらないどころか、彼女の方が一つ歳上だったりしなくもないのだけれど。
弟子からの嫉妬と羨望の入り交じった視線が痛くはあったが、まぁ、こんな日があったって良いだろうと開き直って、軽く無視して。
触れる彼女の髪の柔らかさに心地好く思いながら、彼女が起きるまでの暫しの間、指に絡めて弄ぶのだった。
執筆日:2023.02.27
公開日:2023.03.02
公開日:2023.03.02
【後書き】
今回の“春”というテーマに、今最も自分が思い描くイメージを形にしてみました。
ぶっちゃけ、絶賛花粉に苦しんでいる自分のリアル事情を元ネタにした感じです(笑)。
春は、冬から目覚めた動植物達で溢れた季節ではありますが、其れと同時に、杉や檜等と言った花粉が飛翔する時季でもありますよね。
花粉症を患う自分の経験談を元に、花粉症の辛さと向き合いつつも日常を過ごしている夢主と、其れを取り巻く環境やらキャラクター達の心情などの描写を丁寧に描いたつもりです。
何て事は無い日常の風景だったとしても、ふとした時に感じる物事の変化や其れに対する感情の揺れ動きを上手く表現出来ていたならば、幸いです。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
今回の“春”というテーマに、今最も自分が思い描くイメージを形にしてみました。
ぶっちゃけ、絶賛花粉に苦しんでいる自分のリアル事情を元ネタにした感じです(笑)。
春は、冬から目覚めた動植物達で溢れた季節ではありますが、其れと同時に、杉や檜等と言った花粉が飛翔する時季でもありますよね。
花粉症を患う自分の経験談を元に、花粉症の辛さと向き合いつつも日常を過ごしている夢主と、其れを取り巻く環境やらキャラクター達の心情などの描写を丁寧に描いたつもりです。
何て事は無い日常の風景だったとしても、ふとした時に感じる物事の変化や其れに対する感情の揺れ動きを上手く表現出来ていたならば、幸いです。
後書きを締め括るにあたりまして、素敵な企画を用意してくださった朝谷様には大変感謝致します。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げたいと思います。
この度は、素晴らしき企画にて私の稚作な作品を並べてくださり、誠に有難うございました。
