敵わない彼の事




 以前、彼は、こう口にした。
『――弾って高いんだよねぇ……っ。だって、一発でピザ二枚分だよ!?』
 ちょっとした物事をお金へ換算した場合の説明に、分かりやすい例えの引き合いとして出したという事は……恐らく、其れだけの好物か、或いは、単純に何かしらの思い入れがあって故か。
 たぶんは、前者が本当のところなのではないかと、ピザ丸々一枚――所謂ワンホール丸ごとを奢った後に思う。
「……ヴァッシュてさ、ピザ好きなの?」
「ん゛むっ? ……っ!(ゴクンッ!) まぁ、そうだけど……どうして?」
「いやさ、前に物の説明の例えとして引き合いに出したくらいだったから……何となく、好きなんだろうなぁーって漠然と思ってさ。別に、変な意図とか深い意味とかは無いから、そんな気にしないでくれると有難い」
「あははっ……まぁ、此れは、僕の中でのちょっとした楽しみというか……小さな幸せの一つなんだよね。だって、僕はプラントだから、本来なら食事なんて摂らなくても生きていけるんだ。けれど、其れはあまりにもつまらないから、折角せっかくなら人と同じように食べる楽しみを、って……僕達双子の育ての親であるレムってヒトが言ったんだ……っ。当時、僕等は食べもしない物を用意するなんて、無駄に食材を消費するだけの勿体無い事だと思ってた。でも、今は違う……。人と同じように食べる楽しみを知ったからこそ、今は純粋に楽しめるようになったんだ。だから、僕は君や皆と一緒に食べて、寝て、起きて、また食べる事を繰り返していく」
「そっか……そうだったんだね。……じゃあ、その育ての親って言う“レム”ってヒトに感謝しなくちゃね。ヴァッシュが、今こうして普通の人みたく食事を楽しめるようになった切っ掛けを作ってくれたんだから。世の中には、ピザ以外にも沢山の美味しい物で溢れてるんだから……まぁ、今居る此処は、厳しい環境故に貧しくて食事も何処か質素な物しか食べれないけれども。世界中を巡れば、きっとヴァッシュみたいなヒトでも受け入れてくれる場所は見付かるから……。此れからも、一緒に前向きに進み続けて行こう」
「ピザも十分贅沢な嗜好品の一つなんだけどね……っ。其れを丸々一枚奢ってくれるだなんて、君は太っ腹だなぁ」
「女性に向かって、あまり“太っ腹”だなんて言葉言わない方が良いわよ? 変に勘違いされて、喧嘩の火種にされたくなかったらね」
「イテッ! はははっ……こりゃ手厳しいや」
 余計な一言を付け足した彼に、分かりやすくお仕置きの形として一発軽くデコピンをお見舞いしてやった。すると、彼は相変わらずのにへらとした緩い笑みを浮かべて笑う。此れは、分かったようで分かっていない風なリアクションだ。
 私は、何とはなしの溜め息をいて、今しがた弾いた彼の額を撫ぜる。其れを擽ったげに受け入れた彼は、控えめな笑い声を上げたのちに、大層愛しげに目を細めて此方を見返した。
「……ルツが一緒に居てくれて、本当に良かった……。改めて御礼を言うよ。こんな僕みたいな災害野郎の側に居てくれて、有難う。何度言い重ねても感謝の気持ちは尽きないけれど、其れでも、言葉にしなくちゃ伝わらない事はあるから……何度だって言いたい。有難う、ルツ。本当に……本当に、有難う」
「えぇっ……どうしたのさ、藪から棒に……?」
「御免、変な意味は無いんだ。ただ、何となく今告げたくなって、伝えただけだよ……。此れは、嘘なんかじゃなくて、僕本心からの気持ち」
「……変なヴァッシュ。今更そんな風に言わなくたって、ちゃんと伝わってるんだから……敢えて改まった風に言わなくても良いわよ。調子狂うから……っ」
「ふははっ……! ルツの照れた顔、可愛くて好きだよ。いつもそうやって表情豊かだったら良いのに……っ。勿体無いよ?」
五月蝿うるさいっ。くだらない事言う暇があったら、ワンピースでも多くピザ食べときな!」
「むぐッ!? んぐぐっ……そんな無理矢理押し込まなくったって、心配しなくてもちゃんと残さず食べるよ……っ! どうせなら、ルツも一緒に食べようよっ。君が奢ってくれたのもあるけども、一人だけよりも誰かと一緒に食べる食事はもっと美味しいからね……! まだピザはいっぱいあるから、一緒に食べよう!」
 確かに、大きめのサイズのワンホールを頼んだからか、彼が一切れ、二切れ食べただけではまだまだ無くなる事は無く、全てを食べ切るにはもう暫く掛かりそうな空気ではあった。
 彼の向かいで、通常の座り方とは逆転した座り方で背凭れ部分に両腕を組み顎を乗せていた私は、彼に勧められるまま手前側の一切れへ手を伸ばす。彼が食べている物と同じ、未だ熱々で湯気の立つ、チーズとトマトソースにサラミといっただけの、至極シンプルな作りのピザを口に運ぶ。すると、思ったよりも伸びるチーズに苦戦してしまい、あふあふとしながら食らい付く事になった。彼と違って猫舌な私には、どうにもまだ熱かったようである。
 顎にまで垂れたチーズを拭う為に舌と指を使いながら奮闘していたら、ふと向かい側から手を伸ばしてきた彼に拭われた。そして、ちょっぴり可笑しそうに笑いつつ、悪戯っぽく目を細めて指に付着したチーズを舐め取られる。その一連の動作が、何とも艶かしく映って、私は瞬く間に頬を赤く染めた。彼は、そんな私の様子を何処か嬉しそうに微笑んで、こう言うのだった。
「……ほら、君のそういうところ、堪らなく好きだよ。だから、僕は、今この時、君と一緒に居れた事を幸福に思うんだ。一瞬一瞬の瞬きの瞬間が、とても愛おしくて、凄く大切だからさ。こんな僕の気持ち……ほんの少しでも、君に伝わってたら良いなぁ」
 どんなに過酷で重圧な運命を背負っていようとも、其れを感じさせぬくらいの笑みを浮かべてみせるのだから、本当に彼には敵わない。勿論、其れはヒトとしての器という意味合いも含めた、色んな意味で。


執筆日:2023.03.14


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