WhiteDayに秘められた想いとは




 出会い頭に、ツーブロック刈り風の頭へ義手の左手を遣りながら、些かはにかんだ様子で腕を差し出してきた彼。正確には、腕に何やら懇切丁寧に包まれた物を掴んだまま、差し出してきた。
 突然の事に、意図を掴めなかった私は、コテンと首を傾げる。そしたら、尚も根気強く差し出してくる彼が、若干困った風に眉を下げて口を開いた。
「その……先月のバレンタインの日に、其れなりに値の張るチョコレート箱を頂いたから……その御礼にと思って」
「ああっ……! ホワイトデーだからか……っ! すっかり存在忘れてたわ……御免」
「いや……まぁ、バレンタインデーと比べたら、ね……っ。でも、一応は、礼儀として貰ったお返しをしないとさ、って思って……君に。嫌とかじゃなければ、受け取って欲しいなぁ〜……っ。僕なりに、君の事を想って選んだ品だから…………」
「えっ……嫌とか、そんなの全然無いよ。寧ろ、ヴァッシュからの返礼品だなんて、嬉しくて積極的に受け取っちゃうくらいよ……っ!」
「えっ、本当……っ?」
「本当本当っ! だから、そんな心配せずとも大丈夫だって! 此方こそ、ご丁寧にちゃんと当日まで覚えててくれて有難うって感じだよ!」
「忘れる訳無いよ……っ。だって、君からのバレンタインチョコだったんだもの……。忘れろって方が無理な話だよ」
「ふふふっ……そんな風に喜んでもらえたなら、此方も贈った甲斐があったってもんね!」
 あんまりにも不安そうにしていたから、励ますつもりでおちゃらけた空気で言葉を返すと、彼はしみじみとしたニュアンスで返してきた。其れに、尚更嬉しく思いながら、受け取った可愛らしいラッピングの袋へ視線を落とす。
「ねぇ、早速この場で開けて中身を見てみても良い?」
「あ、うんっ。構わないよ。君の好みに合うかどうかは分からないけれど……一応、其れとなく君の好みらしき傾向に合わせたつもりだ! どうか、快く納めてくれると助かるなぁ〜……っ!」
「はははっ! さっきも言ったけど、ヴァッシュから貰える物なら何だって嬉しいって。例え、どんな物を贈られようと拒否らない自信があるくらいなんだから……っ!」
「だと、嬉しいんだけど……」
「わあっ……! 可愛らしい飴ちゃんと金平糖がたっくさん詰まった物だ!! しかも、どっちとも凄く素敵で可愛いパッケージじゃない……っ!! なんて素晴らしい贈り物なの〜!? やだ、滅茶苦茶可愛過ぎて、一時部屋で飾っときたいくらいの代物なんだけど……っ!」
「えっと、出来れば早めに食べてもらえると嬉しいんだけどなぁ〜……っ。念の為言っておくと、其れ、食べ物だから……悪くならない内に、ね……っ」
「いや、今のは言葉の綾ってヤツだから、本気にしないでよ……っ。でも、本当に有難う! こんな素敵なお返し貰っちゃって、私今凄く幸せよ!! 有難うね、ヴァッシュ……っ!!」
 嬉しさのあまり、心からの笑みを浮かべて言葉を返せば、彼は安堵したかのようにホッと強張っていた表情を緩めて微笑んだ。
「良かった……君が喜んでくれて」
「だから最初から言ってるじゃない! ヴァッシュからの贈り物なら、何だって嬉しいって!」
「うん。分かってはいたけども、やっぱり実際ぶち当たってみるまでは分からないからさ……。無事受け取ってもらえて、凄くホッとしたよ」
「うふふっ……ヴァッシュったら心配性ね!」
「こんなの、君にだけだよ……ルツ」
 不意に、ふわりと春特有の少し強めの風が吹いて、前髪と一緒に横髪を浚われて、煽られた髪が顔に掛かる。突然の其れに、「わぷっ!」と情けない声を上げて、咄嗟に片手で顔に掛かる髪の毛を除けようとした。すれば、目の前の彼が少しだけ距離を詰めるように近寄り、頬や耳付近を掠めるように触れた。直前、律儀にも「御免、ちょっと触るね?」と紳士に触れてしまう事の断りを入れての事であった。
 ぶわりと風で舞い上がった事で乱れた髪を整えるように、軽く梳くみたく触れ、最後には横髪を耳へまで掛けるというサービス付きだ。一通り気が済むまで整え終えると、彼は満足げに一つ頷いて言う。
「ん……此れで良しっと。もう動いても大丈夫だよ」
「え……あ、あり、がとぉ…………っ」
「どういたしまして。今の風強かったね。埃とか目に入ったりしなかった? 大丈夫?」
「あっ、うん! その点については、全然大丈夫……っ! 心配してくれて有難う、ヴァッシュ!」
「どうもしないのなら良いんだ。あっ……事前に断りを入れたとは言え、勝手に触っちゃって御免ね! 嫌じゃなかった?」
「えっ、あ……うんっ。其れは、全然平気だったから……普通に、大丈夫……っ」
「そっか。もし、拒絶されたらどうしようかとばかり考えてたから……っ、そうじゃないと知れて安心した」
 そう言って、彼は何だかいつもとは何処となく違う、甘酸っぱい空気を纏って、愛おしげ……とも言うのだろうか。兎に角、そんな風な柔らかで穏やかな表情を浮かべて、私の両頬を包み込むように触れて見てきた。
 其れは、もう、思わず意識せざるを得ない形で……。
 堪らず、熱くなる顔を誤魔化すように視線を逸らすと、彼は小さく笑ってこう言った。
「もし、君に余裕があればで構わないんだけど……良かったら、今日君にあげた御礼の品のお菓子……それぞれに意味が込めてあったりするから。時間がある時なんかで構わない、何処かで調べてみてね」
「えっ……そうなの? じゃあ、家に帰ったら真っ先に本とか使って調べてみるわ!」
「いや、そんな急がなくても良いからね……っ。急かすつもりとかは一切無いから……僕が君へ渡した贈り物に託した意味と想いに気付く事が出来たら、その時は、君の正直な気持ちを聞かせて欲しい。返事は、何時いつまでも待ってるから……ゆっくりじっくり考えてくれ」
「あっ……ヴァッシュ……?」
 言い終えるなり、その場を去ろうとした彼へ追い縋る如く手を伸ばした先で、その手を温度の残る彼自身の掌に捕まえられ、去り際の耳元へ然り気無く囁きを落としていくのだった。
「――大丈夫……僕は、ルツだけしか見てないから……。返事は、焦らずゆっくり温めてから返して。タイミングは君の好きな時に。待ってるから……」
 本当に本当の去り際の離れる間際、彼は軽く小さく触れるだけのリップ音を頬っぺたへ贈ってから、離れる一瞬のみ悪戯っ子みたいな笑みを浮かべて足早に去って行った。一遍に色々な事が起き過ぎて、処理の追っ付かない私の心など置いていって。
 一先ず、子供の揶揄からかいみたく許可無くされた頬っぺチューの事はこの際脇にでも置いとくとし、帰ったら即贈られたお菓子の意味を調べなければと家路を急いだ。
 そして、結果、意味を知って、目出度めでたく頭を爆発させるのであった。

 ちなみに、ヴァッシュからのまさかの返礼品にショートしていた間に、此方もまたバレンタインのお返しにとやって来たザ・パニッシャーことウルフウッドが、大きな赤い薔薇の花束を携えて自宅を訪ねてきた。
 まぁ、彼の方は、単純に純粋な御礼としての贈り物だった為、素直にそのまま受け取り、リビングの花瓶に飾って暫く目の保養に眺めるのだった。


※以下、ホワイトデーにバレンタインデーのお返しとして贈る物の意味を明記。
・キャンディー……本命の人へのお返しにぴったりなの物である。意味は『あなたが好きです』という直球なもの。キャンディーが好意を表す事はある程度知られている為、想いを伝える際には最適と言えるだろう。尚、味によって意味が変わるとも言われているそうな。例えば、林檎味の物には、『運命の相手』という意味が込められていたりも。相手との関係性や自分の想いなどを踏まえて、どんな味のキャンディーを贈ると良いか考えると尚良し。
・金平糖……贈る際の行事によって意味合いは異なるが、金平糖は長期間保存出来て、口の中でなかなか溶け切らない事から、ホワイトデーの場合では『永遠の愛』を意味するという説有り。その為、本命の相手からバレンタインチョコを貰った際のお返しとして選ばれているそうな。然り気無く相手に好意を伝えたいなら、ホワイトデーのお返しには金平糖がぴったりだろう。きちんと意味が込もった縁起物でもあるので、大人のギフトとしても最適である。


執筆日:2023.03.14


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