赤椿の招待、生垣の咲く小道


『――誘い誘われ迷い込んだ先は、季節外れに咲く寒椿の小道でした。』

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 とある日、私は、仕事に缶詰めの引き籠りであったのに息が詰まり、気晴らしにちょっと散歩にでも出掛けようと一人で万屋街まで出ていった。ついでに、小腹の足しに何か御菓子でも調達しようと少しの間ぶらりと歩き、万屋街の一角に在る老舗の大判焼き屋さんへ寄って、こし餡とカスタード味の二種類を頼み、お行儀は悪いが歩きながら食べた。
 そんな散歩からの帰り道、気まぐれからふと“普段は通らない道通って帰ろ”と思い至り、表参道から外れた抜け道みたいになっている裏路地の人気の無い細道を通って帰る事にした。
 其処には、季節外れにも冬に咲く筈の花である寒椿がひっそりと道の隅一部に生垣のように咲いていた。今の季節は夏なのに。其れを発見時、私はそう不思議に思うものの。
(万屋街の在る周辺一帯も神域みたいなものになる訳だから、例え四季から外れた花が咲いていたとしても可笑しくはないか……。だって、神域には“天の箱庭”と呼ばれるような場所だって存在する訳なんだし)
 ――と思い、何も疑問には思わなかった。今思えば、この時の私は、寧ろ花の存在自体を肯定した感じの認識で居たかもしれない。
 そうして、その前を通りすがった際、私は美しく咲き誇る椿の花の一輪に触れ。
「此れは見事なまでな咲き誇りようだなぁ……一言で言って綺麗だし、素敵だわ」
 ――と、純粋な感想を口にして零した。花にとってみれば、其れは誉め言葉以外の何物でもなかっただろう。
 なんて綺麗に咲いた真っ赤な椿なんだろう、つい見惚れて立ち止まって数分間眺め続けた。一輪くらい摘んでも良いかな……と一瞬淡く思うも、誰が植えたかも分からない物に手を出して、後から「其処の花は誰々さんの敷地の物で一輪も摘んでは駄目だったんだよ」なんて言われては堪ったもんじゃない。相手に迷惑をかける事も嫌だが、面倒事を起こすもしくは巻き込まれる事自体も嫌だし避けたかった。ので、摘まずに綺麗な景観だなと眺め目に焼き付けるだけに留め、思い出の一つと記憶するだけに努めた。ついでに、本丸に帰ったら帰り道で通った何処其処にどんな物があったよ・見たよ〜と教えて、本丸の皆と話に花を咲かすのだ。
 そんな事を思いつつ、「ふふふっ、」と含み笑みを零してじっくりと椿の咲く一帯を眺める。そうして満足した後、「今度は他の子達を連れて一緒に見に来るね」と最後に告げてその場を去った。

 本丸に帰り着いてすぐ私は、自分の処の男士達に今しがた見てきた椿の存在の事を話した。すると、私の話を聞いた男士達は皆揃って首を傾げ、「今の時季に椿なんて咲いてるそんな場所在ったかなぁ?」と口にした。だがしかし、その季節毎に咲く花に疎い程、己は四季に無関心ではないし鈍感でもない。
 “見間違いじゃないのかい?”と言う一人に首を横に振って、
「本当に見てきたんだって。自分の誕生月に咲く花なんだもん、見た目の事はよく知ってるし、咲く季節だって知ってる。何せ、地元のご近所さんの庭や家の前の畑に植えられてるのが毎年決まった季節に花咲かせてんの見てたし、何だったら毎年その時季になったら其れ見るの楽しみにしてたくらいだもん。自分が好きなもんの一つ間違える程、俺まだボケちゃいないけど……?」
 ――と、返す。
 其れでも、話を聞いた者達は皆変わらず首を傾げて不思議そうな顔、もしくは訝しげな顔をして誰も信じてくれない様子であった。
 万屋街には何度も行き来した事のある男士達の方が、逆に知らない道の方が無いくらい万屋街の事を知り尽くしているからか。
「狐か狸にでも化かされて幻見た、なんてオチだったりして〜」
 ……と、誰かが冗談で言い出し始めたのに皆も同調して、何となく誤魔化されるが如くサラッと流されたようで、釈然としないながらもその話はそこで終わり、私は仕事に戻った。
 そんな事があった後日より、私の平和且つ平穏な日常が少しずつ崩れ去っていく事になろうとは、その時の自分は思っていなかったのである……。


 ――椿を見たという日から数日経ったある日の事。
 何故か、誰からかも何からかも分からない視線を背後に感じるようになった。しかも、その気配は日を追う毎に段々と強くなってくる模様。
 その条件は、どうやら私が一人だけで居る時限定下らしい。最初は気にしないようにしていたが、徐々に怖くなってきて不安に駆られ始めた為、御神刀・霊刀・妖切りの異名逸話を持つ組に相談を持ちかける事にした。……が、その時点では、彼等曰く「本丸に悪い気を持つ者は居ない」と言われた。
「もしかしたら、本丸内に漂っている霊とかの気配の一つと偶々波長が合ってそう感じてしまっているのかもしれないね」
 にっかりさんにそう言われ、確かにその可能性も無くは無いのかもしれないと思い、“もし害の有りそうな何かが現れた時は対処お願い”とだけ頼んで話を終え、部屋に戻った。一応、不安から部屋に戻る際、召集を掛けた男士の内の一人を付けて部屋に戻った。そして、無事何事も無く部屋に到着後、一言二言言葉を交わして別れる。
 しかし、やはり一人になった途端身近に感じ始める気配に。
「う゛〜ん……居心地悪い……けど、害は無いみたいだし、今のところは気にしないようにするかぁ〜。……その内慣れてくるっしょ」
 そう、楽観的に思う事にして仕事を再開。
 イヤホンを耳に挿して音楽を聴きながら仕事に集中する内に気にならなくなったので。
(パッパ達に相談して不安解消出来たからかな? やっぱりそんな気にするもんでもなかった事やったみたいやなぁ〜……)
 ――と思い、一時的に謎の視線を感じる気配の存在を忘れて仕事に没頭した。


 そんな日の翌日、朝目が覚めて布団から起きれば、枕元にいつぞや見た筈の寒椿の花が一輪添えられていた。
 一体誰の仕業だろう。分からずも、まぁ誰かのこっそりと贈ってきた贈り物かもしれないと思う事にし、偶には粋な事する奴も居るじゃないかと微笑みを浮かべる。そして、枕元に添えられていた一輪はそのまま寝室の一角のスペースに花瓶に挿されて飾られる事となる。
 ちなみに、椿の花を飾るに当たって歌仙から花挿しを借りるが、言い訳として彼には「誰ぞ私にこっそりとサプライズをしてきたみたいで、起きたらお花のプレゼントが置かれてたんだ。せっかくだから、皆には秘密のままに愛でる為に寝室の床の間に飾ろうと思うのだけど……手頃で丁度良い感じの花瓶はあるかな?」と伝えた。其れは何とも風流で雅な事だと笑みを浮かべた彼は、快く今は使っていないという小さく華奢な花瓶を貸してくれた。お陰様で、誰ぞから貰った寒椿の一輪は綺麗に飾られ、シンプルながらも寝室の床の間を彩ったのであった。
 その日を境に、毎日朝起きたら枕元に椿の花を贈られるように。
 もしや、あの日に私が自身の誕生月に咲く花で好きな花だと口にしたから、その話を偶々聞いてしまった誰かが私が喜ぶだろうと思って贈ってきてくれているのか――……?
 椿の花一輪ずつを贈られ始めた日々の暫くは、そう考えていた。
 しかし、その現象が一週間、二週間と続いてからは、流石のこれ以上は相手に申し訳ないと思い始め、控えめに遠回しに止めるようにと伝えるつもりで本丸に居る皆が集まる朝の朝礼時に事を掻い摘んで話した。だが、誰も該当者は出て来ず、審神者は困惑するばかり。「兎に角、これ以上は大丈夫だし、必要無いから」と告げて話を締め括り、解散する。

 後日、例の現象は悪化を遂げた。
 その日、朝目覚めたら、枕元を起点に部屋の外へ点々と続く真っ赤な椿の花の道が出来ていたのだ。流石に此れは不味い、やばい事態になったと確信し、即御神刀組等に報告、お祓いと祈祷をお願いした。椿の花が続く道の先を辿れば犯人が分かるかもしれないと考えはしたが、恐怖心が勝り、確認作業は刀剣男士達に任せる事に。
 一先ず、判明した事実は、件の椿の道は本丸の外にまで続いていると言う。偵察の意も含めて犯人を探る為、道が続く限りの先を辿ってみた部隊の者達の話を聞くも、本丸を抜けて万屋通りまで続いてる事は判りはしたが、終着点までは辿れなかったとの事。彼等の報告曰く、“途中で椿の道が途切れ、僅かに残っていた気配も途絶えていて追い切れなかった”との事らしい。念の為に、霊刀であるにっかりさんや源氏組にも確認を取るも、“悪い気は一切感じなかった”のだそうだ。
「もし、まだ謎の気配や視線を感じるなどの違和感を感じるならば、水垢離みずごりをお勧めするよ」
「万が一、事態が悪化するような事があったなら、直ぐ様僕達に知らせてくれ。すぐに対処しよう」
 その日の寝る前、不安感から念の為にと改めて相談を持ち掛けると、パッパとにっかりさん二人にそう言い含められ、一応は安心したのちに床に入って眠りに就いた。


 ――その晩の事である。
 夢の中で、例の椿が咲いているのを初めて見た日の場所に立っていると、誰ぞ自分の存在を呼んでいるような気がして其方を振り向いた。しかし、視界がぼやけているのか、元より夢の中だからなのかは分からぬが、己の思うように視界が利かず、呼び声の主の存在が何処に居るのかは分からなかった。だが、何故か自分を呼ぶような気配に引かれてしまう。付いていっては駄目だと思っても、躰は言う事を聞かない。
 その内、誰ぞに手を引かれるような感覚を感じて、其方の方へと歩いていく。導かれた先は、何処ぞの本丸のような建物の見える場所であった。ウチの本丸ではない、別の本丸である。此処は、一体何処なのだろうか。
 不意に一度だけ後ろを振り返って見てみたら、あの真っ赤な椿の生垣の向こうに来ているのだという事が分かった。
 どうして、私は夢でこんなものを見せられているのだろうか……?
 疑問は解消される事無く、私は再び謎の気配に導かれて歩き出す。今度は何処へ向かうのだろうか。何処へ連れて行かれるのだろうか。
 目指す場所は、その本丸の縁側であった。此処がどうしたと言うのだろうか。私はぼんやりとした意識ながら首を傾げて見た。再び何処かへと手を引かれる感覚に連れて意識も移ろう。
 次に見た景色は、その本丸の何処か開けたような場所で、大きく土が盛られた場所だった。たぶんだけども、お墓だ。土の前には、墓標のところだろう、大きな石が立てられていて、其処には何やら幾つもの文字がびっしりと彫られていた。墓標の前には花が手向けられていて、その花こそ、あの真っ赤な綺麗な寒椿だったのである。成程、あの椿の花は献花に使われる花だったのか。
 其れ以上何処かへ行く事は無く、私と何かはその場に佇むままで。呼び声の主の姿を見る事はついぞ叶わぬまま、夢は終わりを告げた。

 翌朝、起きて即行で夢の内容を彼等へ報告しに行った。
 椿の花に込められた意味を“頭が落ちる”という意味で解釈した歌仙が不穏な気配を察知して、「この花が咲いているのを初めに見た日の場所まで案内してくれ」と言い出した。
 朝食を食べたのち、言われた通りに数振りの男士達を伴に連れ、例の場所へと向かった。だが、其処で思わぬ事態が起こる。
 何故だか知らぬ間に彼等と途中からはぐれ、私一人だけになっていたのだ。目的地に辿り着きはしたものの、一緒に来た筈の者達が居ない。その事に戸惑い、焦るも、取り敢えずは余計に動いて彼等とこれ以上はぐれても不味いと判断し、その場に留まった。
 留まったは良いものの……滅茶苦茶怖い。何なら、今すぐ泣きそうな勢いで内心酷く動揺していてやばかった。
 そんな時、ふとまた例の謎の気配を背後に感じてビビる。現在進行形で今自分の側に頼りになる男士達は居ない=ただのボッチ=つまり今襲われでもしたらやばいどころじゃ済まない。でも、振り返らないままなのも気になり過ぎて不安。
 結果、迷いに迷った末に「ええい、こうなったら儘よ! 女は度胸!! いざ尋常に勝負……っ!!」という気持ちで勢い良く振り返ってみた。すると、はっきりは見えぬもののぼんやりとした意識の何かが其処に存在している事は判った。……が、其れが何なのかは現状不明である。だがしかし、悪意や敵意らしきものは一切感じない。寧ろ、少しだけ清きもののような気配すら覚える。
 何だっけ、この気配? ついちょっと前まで感じていた気配に似ている気がする……。
 そう思っているも束の間、その朧気な存在が此方に手を差し伸べてきているような図になる。咄嗟に警戒を抱いて、其奴から距離を取るように一歩、二歩じりじりと後退して相手の反応を窺った。寸分間くらい暫くそんな状態で膠着したように両者固まっていたが、変化は無し。変わらず、謎の気配は此方に手を差し出したような状態で佇んでいた。
(何もしてくる気は無い……?)
 此方を害する気は無い事を確認して、恐る恐る差し出された手に自身の掌を乗せた。すると、優しく握られて、先へ導くように空いた方の掌で向かう方向を指差し、手を引き始めた。
 取り敢えず、今はこの謎の気配に従って手を引かれつつ付いていっておこうと決意。大人しく無言で後を付いていってみた。そしたら、気付けばいつも万屋街から帰る時に使っている大通りの方の道に出て来ており、自身を探し回っているらしき男士達の姿が目に入った。
 途端、此処まで来ればもう安心とでも言いたげに手を離し、この場まで案内してくれた謎の存在が彼等の方を指差して、「あっちだよ」と言うみたく示してくれた。
 もしかして、この存在は一人迷ってしまった私を心配して彼等の元へ戻れるよう導いてくれたのではないか……?
 ならば、思ったより悪い存在ではない――? と判断して、一先ずは助けてくれた礼を述べる事にした。
「えっと……よく分かんないけど、有難う。お陰で助かったよ。あとは自分一人でも大丈夫だから。その、……またね」
 そう言って別れを告げ、自分を探し回ってくれていたと思しき自本丸の刀剣男士達と合流。真剣心配されていたのと同時に無事で良かったとの熱い抱擁を受けた。
 その後、本丸に帰って聞かされて判った事だが……私とはぐれたと気付いた瞬間から私の気配が忽然と途絶えたように消え、後を追えなかったのだと言う。其れは、まるで椿の道を辿った時のようで妙な胸騒ぎと焦燥を感じた……とも告げられる。
 こんな事態になったからには上に報告せざるを得ないと、端末とこんちゃん両方を通して時の政府に連絡、対処等の通達を待った。数多と存在する本丸の中の一つの案件に取れる時間はなかなかに無い。よって、調査を行うとの通達が来たのは連絡してから二日後の事だった。
 ――そして、事件の一途いっとの辿る結末はその調査とやらが入る前日の夜に起き、これまでの全貌が明らかとなるのである。


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執筆日:2021.09.14
再掲載日:2023.04.10