赤椿の正体、終幕


『――椿の花に辿り着いた結果、私を待っていたのは異形の者でした。』

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 誰もが寝入る丑三つ時の真夜中、不意に寝ているところに例の気配を感じて目が覚めた。
 意識が浮上してすぐに目を開けるも、そこは寝起きてすぐの事、視界は寝起き特有のぼんやりとしか利かない。焦れったく思いつつも、早く視界よ晴れよと瞬きを緩慢にも繰り返していたら、つぅ…っ、と伸びてきた腕。その手は頭上の方から差し出されたように伸びていて、己の首の辺りをさわさわと撫ぜるかの如く触れていた。此処まで来たら、どんなに寝惚けていようが嫌でも目が覚める。恐怖心から金縛りにあったようにガチッと固まった状態で両の目を開いて視界を自身の頭より上方を見ようとした。
 その瞬間、右視界端にブスリッ、と勢い良く突き立った銀色に鈍く光る刃の存在に声も無く悲鳴を上げて飛び退く。這う這うの体で何とか枕元の其れから距離を取るように逃げれば、ズパンッと壊す勢いで開かれた襖戸に抜刀状態で構えて立つ初期刀・清光と近侍刀であるたぬさんの存在に加え、彼等の背後にはにっかりさんを含めた他数名の男士達の姿も見受けられた。
 一体全体、今己の目の前では何が起こっているのやら、てんで分からずの訳ワカメ状態。そうこう困惑していたら、天井の一角から己を背に庇うように現れた懐刀の一振りである薬研と前田君が目の前に。ちなみに、この二人は、それぞれに初泥刀と初鍛刀という顕現最古参組である。
 漸く口を利ける状態になってから、「今の何!? 何なの!!?」と絶賛大混乱状態からの発言。其れに答えてくれたのは、目の前で背を向け私を庇う姿勢で臨戦体勢で居る薬研だった。
「大将が不安視してたやっこさんがとうとう姿を現したんだよ。其れも、元より大将自身を狙ってな」
「はぃんッッッ!?」
「今まで何度と探ってきても微弱な気配しか残さなかった奴がとうとう尻尾を出してきたっつー訳さ」
「阿奴の目的は、主君の御首にございます! ですが、そんな事、僕達が誰一振りとして許しません!! 主君の身に危害を加えようとした時点で容赦はありません、この場で成敗致します…っ!! お覚悟!!」
 事を言い終わるが否や数撃交わされる斬撃、煌めく刃が擦れ合う事で弾ける火花。しかし、敵は彼等の斬撃を全て往なして避けていく。そうして開いていた私との距離を埋め、再びその手を己の方へと伸ばしかける。
 ――が、寸でで割り込んだたぬさんが鋭く斬り込み、飛び退く。
「へっ……そう易々と連れて行かすかよ」
「た、たぬさん……っ!!」
「大丈夫か? アンタ。まぁ、たぶん大丈夫じゃねェーのは分かってるが」
「今の状況で全然大丈夫な訳ねぇじゃん!? 大丈夫で居られる訳がねぇじゃん!!? そんな図太い神経も度胸も持ってねぇよ悪かったなァ!!!!」
「おうおう、そんだけ元気なら平気だな。なら、アンタはこのまま俺から離れんなよ。一歩でも離れようものなら死ぬと思え」
「ガチで恐ェわ!! 冗談抜きでも、んな馬鹿な真似すっか阿呆!! 自殺行為する程馬鹿じゃねェーから、んなガチトーンでマジで脅さないで!! 俺チキンなのビビりなのォ……ッ!!」
「だからこうして張ってたんじゃねェーか。まぁ、その結果奴さんが釣れた訳だがなァ!」
「ヒエ……ッ!! 相手も刀っつーか武器持ってんの!? 何ソレ物騒!! つか、俺もしかして殺されかけてたん!? 命狙われてたって事かよ!? はぁ!? ふざくんなよなァッ!!」
「ハッ、敵目前にしときながらも啖呵切れる癖してなァにが“ビビりでチキン”なんだか」
「理不尽極まりない事実に思い至ったら腹立ってしょうがなくなったから吠えただけだっつの……! ――で、敵……? の目的は何だって?」
「見りゃあ分かんだろ……?」
 たぬさんへと斬り込んできた刃の先に見える姿をよく見てやろうと確認する為、暗闇の中、目を凝らしてみた。そしたら、丁度雲間が晴れて月明かりが部屋の中程まで射し込んできて、部屋の中を照らした。そうして視界の先に映ったのは、たぬさんの刃を受け止めるたぬさんの本体とよく似た刃と、よく似た装いをした姿で、その上に乗っかる頭はどんな顔をしているのかを確かめる為に視点を上へ移動させた先で脳味噌がバグったような感覚を覚えたのを感じた。刹那、意識とは余所に思考が止まる。
 なんと、相手の頭を確認しようとした先で見上げれば、その先が無く――首から上が存在しない状態で相手は動いていたのだった。一気に脳内が真っ白になったのを今でも覚えている。
 完全に何も発せずの絶句状態且つ茫然自失状態に陥った瞬間、再び深く斬り込んできた敵――暫定、元刀剣男士の同田貫(だったもの……?)。
 目の前で鍔競り合う二人。その勝負に勝ったのはウチのたぬさんで、たぬさんの圧しに負けた彼は一度退いて、裏庭側へと続く縁側出口の障子をぶち破って外へと一時的に退避、敢えて此方と距離を取ったように見えた。「そんな見え透いた誘い、乗るかよ」と言ったたぬさん、私の側から離れずそのまま臨戦モードで待ち構える。代わりに、外に待機していた組が彼の周囲を取り囲むように現れる。
 その隙に一瞬気持ちに余裕が出来て、彼から視線を外してさっきまで自分が寝ていた枕元に突き立つ刀の存在を見遣った。すると、其れは薬研が投げたと思しき薬研の本体であった。手入れの際に何度と見てきたものだ、間違いない。ウチの薬研の物だ。ならば、始めに“私が攻撃を受けた”と思った刃は、我が本丸の薬研のものという事になる。
 という事は、彼は直接私に攻撃してきた訳ではない……? 確かに、寝ている隙に首元さわさわ撫ぜられたりしたけれども、恐らく其れは“ただ触れていただけ”に過ぎない。今思い直せば、先のその行為の際、敵意は感じられなかった。あの時と同じだ。寧ろ、善意のようなものだったような――……。
 そうこう意識を余所にやっていたらば、状況は一転しており、今にも彼の身に兄者(髭切)の刃が振り下ろされそうに振り被られている状況にあった。私は咄嗟に、「待ったァッッッ!!」と口に叫んでいた。両者ビクリ、と驚いて動きを止め、此方を凝視する。当然の流れだ。主へ不埒を働く不届き者を成敗しようとしていたら、その寸でで主そのものから制止が掛けられたのだから。私を背に庇うようにして立っていたたぬさんでさえ目を剥いて私の方を振り向いた。次いで、苛立ったような声音で怒鳴られる。
「おい、アンタどういうつもりだ……!」
「その首無し同田貫さん殺るの、一旦ちょっと待ってって言ったの」
「ぁ゛あ゛? アンタ、今の状況分かって言ってんのか!?」
「分かってっから言ってんだよ、良いからお黙りなさい!! 兄者達も、一旦引いて刃を下ろして……! 審神者からのお願い!!頼む……っ!!」
「うーん、僕は其れでも構わないけど……刃を下ろした隙に彼が君の事を狙ったとしても文句は言えないからね?」
「文句言ったりしないから、お願い……一度、皆刃を下ろして。事態の収束が付くまで納刀はしなくて良いから」
 渋々彼に向けていた刃を下ろして少し距離を取った皆の様子に、私は枕元に突き刺さったまんまだった薬研の本体を引き抜いて、たぬさんに目だけで同意を得るように見つめる。不服そうながらも最後まで下ろさないままだった刃を下ろしたたぬさんが深々と溜め息をいた上で従うように付いてくる。そうして薬研の本体を携えた状態で彼の元まで自ら歩み寄っていき、問うた。
「――君は、例の真っ赤な椿が綺麗なとこから来た子……そうでしょ?」
 首から先が無い為返事は返ってこないが、今の言葉に肯定の意を示した空気が気配から察せられた。感じ取れた其れが正しいものであれと思いつつ、私はとある一つの可能性を指し示した。
「もしかしてだけど……あの日から俺に付いてきてたっぽい気配は君だったの?」
 無言の肯定。再び確認の意を込めた質問を投げかける。
「じゃあ、度々朝起きたら俺の枕元に椿の花が一輪あった件も、君が?」
 無言の肯定。
「椿の花が一輪ずつ贈られてきた或る日、椿の道を作ったのも?」
 無言の肯定。
「椿の花を贈ったのは、俺があの時彼処に咲いてたのを見て綺麗だって誉めたから?」
 無言の肯定。
「其れでずっと贈り続けてくれた訳ね……。まぁ、椿自体は好きな花だったし、花を贈られる事自体嫌じゃなかったし、花に罪は無いor綺麗だったから許すけれども……物事には限度ってものがあるんだよ、って話だから。……んで、あの椿が咲いてた場所に俺だけが迷い込めたのはただの偶然じゃねぇな?」
 躊躇の色が見えての無言の肯定。
「仮に第三者が意図的に俺を迷い込ませたとしよう。君は其れで俺が一人きりになる事に危惧した。だから、俺が一人きりになる瞬間の度に見張るように俺の側に張り付いた。……違う?」
 此処では迷い無く無言の肯定が返ってきた。成程……これまでの状況が見えてきた。
 私一人が話し、無言の返答が返ってくる事で進む質疑応答に、周りの皆は少々困惑したような表情で固唾を飲んで見守った。勿論、万が一事が起こった際にすぐにでも動けるように警戒体勢のままだ。
「で……こっからは君の今の姿と歌仙から言われた事を元に推測して考えた先を話すが――、君の“首から上が無い”状態と椿の花の謂れになぞらえて言う……君の主さん――もとい、君の本丸の主である審神者は、既にこの世に居ない、つまりは死んでる……もしくは“誰かに殺された”状態にあるんじゃない? 其れを誰かに気付いて欲しくて、俺の元に来た……とかで合ってるか? たぶんだけど」
 周囲を取り囲む皆と同様に息を飲んだような反応を示した彼が、完全に戦意は無いと言うように手に握っていた刀を地に落とした。次いで、ガクリ、と膝を落として悔しそうに俯き、土を削るように拳を握り込んだ。
 今ので決定打となった。彼には始めから害意は無く、勘違いした見張り隊が早まって攻撃を仕掛けた為に仕方無しに其れに応じて……あわよくばそのまま折れる気で居たかもしれない。
 ――既にその身は片足半分妖寄りの存在に成り果てていようとも、刀として生まれたからには刀として終わってやろうとの意志で。
 嘆息いてから手に握り込んでいた薬研の本体を側に居たたぬさんに渡して膝を付き、彼の肩に触れる。
「君の主さんが居た本丸は、“あの場所”だよね? 正規な方法を取って政府にこの件を伝える為にも…今すぐ私と他刀剣男士数名を一緒に“君の本丸が在った場所”まで連れてって。……君の主さんと、他折れたんであろう子達も含めて、皆弔ってあげたいから」
 首無き頭の先から涙が滴り落ちていたのか、彼が俯いていた下の地面が不自然にぽつぽつと濡れていた。私の言葉を受けて、ゆらり、立ち上がった彼は抜き身で落としていたボロボロの刃を拾うと、大事そうに納刀したかと思えばくるりと背を向いて歩き始め、少し行った先で足を止めて此方を振り向き、付いてこいと向かう先を指差して教えてくる。私達はそれぞれ頷き合い、たぬさんや清光達を含めた数振りの男士達を連れて彼の後を追った。

 その後の事は、もう私が予想した通りだった。


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執筆日:2021.09.14
再掲載日:2023.04.10