審神者が小鳥となった日とそれから


 幼い頃から或る意味物怖じしない子だったから、強面なお兄さんや如何にも厳つい顔をしたおじさん連中等を見ても怖がる事は無く。寧ろ、遊んでくれそうな相手を見付けたと思えば、自ずから積極的に向かって声をかけに行っていた記憶がある。今はそんなハイコミュ力の欠片を微塵も感じさせない人見知りの引き籠りコミュ障野郎に落ちぶれてしまったが……まぁ、人の成長過程というものには色々とあるものだ。敢えて言わずに察してくれる事を願う。
 兎に角も、まぁそんな子供時代であったからか、昔からワイルドなタイプの人種を好みとしていたし、実際にそういう人間が近場に居ても特に嫌悪感などは抱かなかったように思う。
 流石の現実問題、そういうタイプの人間を彼氏や生涯のパートナーに選ぶ事は無かったが、不思議かな。そういう慣れが今の職業に就いても表立ってしまい、御上や同僚の者からは“変わった子”もしくは“そういうのに明るいタイプの人種”と勘違いされてしまっている。私、決してヤの付くお家柄の人間じゃないんですけれどね……。ヤンキーでもなければ、レディースでもない、暴走族でもない、極々普通の一般Peopleなだけ。……まぁ、ちょっとヲタク思考持ちなところはあるけれど、其れだけの人間の筈だ。偏った趣味で任侠物を読み漁っていたりしたら、何かそっち方面の知識が無駄に増えちゃったりしてなくはないけども。至って普通の、若い盛りの独身女に過ぎない。
 そしたらば、つい最近新しい刀が顕現して、その姿が何と如何にもな風格をお持ちの方であった。というか、“頭”と呼ばれているせいもあって、やっぱり向こう側の人――否、刀だった。最早、この界隈に普通の刀は居ないのだろうか?
 そんな疑問も然る事ながら、ちょちょっと大型の任務をこなして審神者お仕事を頑張っていたら、神様が微笑んでくれたようで。天からのご褒美か、労いの品を贈られたが如く我が本丸にも巷で噂の御刀様がいらっしゃって、めでたく顕現と相成った。途端に目映い煌めきを放ちながら、天下五剣の彼等とはまた違った神々しさを背後に飛ばしながら現れる。
 人の身を写した彼の姿は、やはり堅気の者とは思えぬ其れだった。しかし、あっけらかんと受け入れた私は何の怖じ気も無く手を差し伸べて、初めましてのご挨拶を述べた。
「どうも、初めまして。私は此処の本丸の主――もとい、審神者を勤める者です、音子と申します。以後、お見知りおきを。それから、今日こんにちより我が本丸の一員として末長く宜しくお願いしますね、山鳥毛さん」
 普通なら、あまりの風格と強面感(イケメン美形さも併せ持って)に少しくらいは恐れ慄いたりなんて反応をするのだろうが……。そういうのに明るい質なのが災いしてか、何ともいつも通りの調子で挨拶してしまったのだ。
 審神者足る者、何事にも揺らがず、しっかりしていて肝が据わっている――と言えば、聞こえは良いだろう。だが、其れが単なる慣れから来るものだったならば話は別である。事実、審神者職に就く前の前職では、其れっぽい人種に該当しそうな人を接客としてお相手した事もザラにある。言ってしまえば、嫌な慣れであったのだ。
 初めましての始まりがそんな感じの感触であったのが所以してか、彼には或る意味好感的に気に入られてしまったようだ。私も、彼のビジュアル共に紳士的な態度等を含め、何よりも耳が妊娠してしまいそうな程イイボイスを気に入ってしまい。結果的、初見にて双方何となく矢印が向き合っている感じの関係に落ち着いてしまった。
 念の為言っておくが、私達はまだ出会ったばかりもばかり故、恋仲ではない。しかし、何処となく近しい空気を放っている気がしなくもない事もしばしば。要は、お互いがお互いに気を許している関係というやつであろう。別段嫌な気はしていないので、現段階の時点では全てにいて許容している感じだ。ただ懐が深く器がデカイ、とでも言っておけば聞こえは良いだろう。
 そんなこんなで、彼と半同棲生活な暮らしは始まったのであった。


 ――私は、現世で一般職に勤めながら審神者職を兼業している身で、普段は専ら現世で一人暮らししているしがないアパートの一室にて暮らしている。
 現世の仕事が落ち着いたら本丸に帰還するタイプで、その他は基本家に居る事が多い。
 その傍らで、ウチの刀剣男士達は、近侍に指定された子が日替わりな感じで護衛に付き、私と一緒に現世へ滞在する形となっている。近侍になった子の仕事は、おもに、私の身の回りのお世話をする事がほとんどだ。一人暮らしの働く女子が仕事で手一杯になっていれば、早々家事なんてものには手が回る訳も無ければ考えが行く事も無くなるものだ。私も例に漏れる事無く、現世の仕事で忙しさにかまけていたらば、洗濯物は溜まるわ、部屋は散らかるわ、食事もおざなりになるわでてんでダメ人間成り下がる。そして、元々が家事苦手人間であったならば、尚の事であった。
 一度、仕事が多忙の繁忙期に差し掛かった際に、無理が祟って盛大に体を壊した事がある。其処で一人暮らしという弊害にぶち当たり、玄関先でぶっ倒れているところを、偶々本丸への帰還が遅い事を心配した近侍が迎えに行った際に其れが発覚。即看病からの病院への流れるように連行されたのが懐かしい記憶だ。そんな経験が過去にあってか、其れ以来、誰かしらが本丸から出張し主の護衛に付く……という事が暗黙のルールと化した。私は何も取り決めてなどいないが、余程あの時の事が恐ろしかったのだろう、彼等の間で何かしらの約束事を決めたらしい。よって、現在の勤務形態に至っている。
 現在の近侍兼護衛役は山鳥毛さんで、新刃の身ながら信頼に足る働きをしてくれている。
 外を出歩く時は常に一緒。悪い虫が付かないようにと睨みを効かせる意味もあるらしいが、彼が一睨みを効かせただけで、現世のか弱い男共はすぐに尻尾を巻いて逃げていくだろうし、何ならお漏らしして逃げていくレベルだろうと思っている。たぶん、普通に其処いらに居る野良猫や鴉、鳩や雀なんかも飛んで逃げていってしまいそうな気さえする。其れ位、彼には風格と気迫があるのだ。まぁ、動物相手なら、彼の甘い声音であっという間に手懐けられてしまいそうだが。斯く言う私もその一人だったり……(笑)。
 ――さて、今晩はどう接してくるだろうか?
 現世でのお勤めが定時で終業へと至り、少しばかり電車で揺られて、目的地へと到着し、最寄り駅へと降りる。駅から出てすぐの偉人の銅像が在る駅前広場へと出て来ると、忽ち出迎えてくれる、完全彼方側の人間にしか見えない雰囲気の彼がお迎えに来てくれていた。
「おかえり、私の小鳥。今日もお疲れ様だったな?」
「うん。ただいま、ちょもさん。今日もお迎えありがとね」
「何、此れぐらい大した事ではないさ。今夜もお疲れの事だろう、早く家に帰るとしようか。さぁ、私の手を取ると良い、小鳥。私が家までしっかりと連れ帰ってみせよう。今夜の夕餉は少し豪勢だぞ。歌仙が君の体調を気にかけて食事を作りにだけ此方へと来ていたんだ。帰ったら温めて食べようか。きっと身も心も温まるぞ?」
「わあ、歌仙直々の手料理が食べられるなんて嬉しいなぁ〜っ! 確かに、彼の手料理とあれば豪勢なのは間違いないな。ふふふっ……家に帰るのが楽しみだ!」
 最近は、仕事が終われば彼等本丸の皆々が待っていると思えば、何事も乗り越えられるような気がしている。事実、お家に帰りさえすれば美味しい食事が待っているのだから、どんなに上司から嫌味を言われようと頑張れるのだ。
 今日も苦手な上司からグチグチと嫌味を言われたが為に神経が磨り減っている。家に帰ったら、改めて彼等に癒されながら、酒の肴に愚痴でも聞いてもらうとしようか。
 取り敢えずは、目下自分の家へ帰り着く事が先決である。其れからの事については後回しにしよう。
 彼の手に引かれながら、夜の帳に落ちた世界の街中を歩く。独りで歩くには心細い時間帯でだって、彼と共にだったら深夜の零時や丑三つ時でだってへっちゃらだ。仮に、そんな事を口にしたらばお小言、最悪軽いお説教が待った無しであろう事なので、敢えて口にせずにおくが。本丸に来て日が浅いにも関わらず、今や其れ程にまでの信頼を置くに足りる相棒となっているのであった。


※旧タイトル:小鳥は手折れる程にか弱くもその実は強い(物理的に)。変更理由……本文内容的にあまり合わない気がした為。

執筆日:2020.08.04
再掲載日:2023.05.08