無自覚牽制


 新刃しんじんには、まず人の身に慣れてもらうところから始めてもらうのが、我が本丸での通行儀礼だ。其処で、一番有効的なのが、出陣よりも真っ先に内番や近侍の仕事に付いてもらう事である。古参の刀達や元から人間である審神者のもとに付いていれば、自然と人の身の動かし方や感覚に慣れていけるだろうとの考えからだ。
今回もこれまでの方針を取り、新刃教育も兼ねて、近侍を務めてもらいながら各内番仕事に付いてもらい、本丸の基本的な事についてを学んでもらった。
 その期間中の一コマにて、ふと審神者は彼の手元へと目を遣った。其れは、端から見ても分かりやすい程の好奇心を抱いた視線であった。感情が見て取れるくらいに分かりやす過ぎる視線を受けている事に気付いた山鳥毛は、視線を向けてくる人物へと不思議そうに首を傾げて言葉を投げかけた。
「如何したかな、小鳥よ?」
「あっ、御免なさい。つい不躾に見ちゃいました……っ。気に障ったのなら御免ね」
「いや、決してそういう訳ではないが……如何いかにも好奇心に満ちたという風な視線を感じたのでね。私は、まだこの本丸に来て日が浅い。故に、馴染みの無い者が近くに居る事が気になってならないのだろう。……して、そんなに熱心な視線を注ぐ程、私に対して何か気になる事でもあったかな?」
「あははっ……そんなに分かりやすかったです?」
「まぁ、思わず此方が訊ねてしまうくらいには」
「ははっ、すんません。何となく気になっちゃいまして」
 下手くそな言い訳を述べて誤魔化そうとした審神者に、彼は微笑みを浮かべて返した。
「いや、構わないさ。ところで、小鳥は私の何に興味を示していたのだ?」
「ちょもさんのグローブ、というか手袋? が格好良いなぁ〜……と」
「此れか?」
「そう、其れ! その、ちょっとイカツイ感じのタイプ、私好きなんですよ〜っ! 革製で黒色ってのがまたツボに嵌まるというか、堅めな感じのデザインが格好良くて、好みドンピシャで……! 指出しタイプなところも、推しポイントっすね!」
「そ、そうなのか……。女性が好みそうにない物と思っていただけに、少々意外だったな」
 彼女に言われて己の手元へと視線を落とした彼は、改めて自身の身に付けるグローブを見た。
(成程、彼女はこういった物が好みなのか……)
 誰に言うでもなく、内心でそう一人ごちた彼。
 未だ好奇に満ちた熱い視線を向けてくる己の主へ視線を戻し、何とはなしに声をかけてみた。
「其れ程にまで気に入っているのなら、一度付けてみるか?」
「えっ、逆に良いの!?」
「(逆に、とは……?)あぁ、別に構わない。取り敢えず、片手分だけで良いか?」
「えっ、わ、マジすか! 本当に良いの!? やた〜、嬉しい……っ! 有難うございます!」
「装備品を一つ貸すだけに其処まで喜ばれるとは、少々驚いたな……。そんなに此れが好みだったのか?」
「Yes! だって格好良いんですもん!!」
 彼の問いかけにそうはっきりと返した審神者に、満更でもなさそうな笑みを浮かべた彼は、自身の手に嵌めた手袋を外しながら思った。まるで、己の一部を褒められたようだと。
 刀剣男士としてこの世に顕現した彼等にとって、顕現した時に生まれ以て得た姿は己そのものであるといった感覚に近い。よって、自身の装いの一部を怖がられるでもなく褒められた事に嬉しく思ったのだった。
 すんなりあっさりと手袋を貸す事を了承した彼が、今の今まで付けていた手袋を渡すと、彼女は大層嬉しそうに顔を輝かせて両手で受け取る。そして、期待に満ちた目をして、恐る恐る彼から受け取った手袋を己の右手へと嵌め込む。先程まで彼が付けていた為、めちゃくちゃ温もりが残っている状態なのには少し気恥ずかしく思いつつも、やはり好奇心には勝てなかったのか、ウズウズとした表情で手袋へと指を通した。
 すると、彼が太刀の身である故か、成人男性の身であるからかは分からないが、嵌めた手袋のサイズはあきらかに彼女の手には大きく、布が余ってブカブカとしていた。しかし、彼女は分かり切っていたとばかりに彼の手袋を嵌めた右手を見て笑った。
「あははっ、やっぱりサイズ合わないせいかおっきいなぁ……! でも、こういうデザインの好きだったんで、全然OKです!」
「そうか。私には、あまりそういうものについてはよく分からないが……気に入ってもらえたのなら嬉しいよ。しかし、片手だけで良かったのか? 小鳥が望むのなら、もう一方も喜んで貸してやるのだが」
「えっ、本当!?」
「手袋という物は、本来、両方が揃っていて始めて役割を果たす物なのだろう? ならば、片手だけでなく、もう一方も嵌めてみてはどうだ?」
「わぁーい! 有難うございますっ! えへへっ……何か嬉しいなぁ」
 予想以上に喜び子供のようにはしゃぐ様子を見せる彼女に、少なからず親鳥のような保護者的感情を抱いた山鳥毛は、表情を緩めてもう片方の手袋も外してみせた。そして、其れをまた先程と同じように彼女へと手渡し、様子を眺める。
 どうも、己の主は、年齢よりも少し幼げなところがあるらしい。今回、偶々表に出てきただけの感情に過ぎないのかもしれないが、普段しっかりとしているように見えた分、少し意外なところであった。
 まだこの本丸へ来てから日が浅いのもあって、色々な事についての発見がある。自分の知らぬ事もまだ沢山多くある中で、自身の主の意外な部分を知れた事に、内心嬉しく思う山鳥毛だった。その心持ちは、何処か保護者じみた感情であった事は、彼女の知らぬところである。
 斯くして、最終的には両方の手袋も拝借する事になった審神者は、自身の両手に嵌まった姿を見て、きらきらと目を輝かせていた。
「おーっ、やっぱり両手嵌めた方が如何にもな感じで格好良いなぁ……! ふぉ〜っ、こんなに格好良いとちょっとした厨二心が疼いてしまいそうでやばいな!」
「“厨二心”……とは、一体どんな事だろうか?」
「あ、ちょもさんはまだ知らなくても良い事ですんで、気にしないでください! 若干の黒歴史物になり兼ねないんで……っ!」
「はぁ……? まぁ、よく分からないが、小鳥がそう言うのなら気にしないでおこう」
 ブカブカのサイズながら嬉しそうに己の物を嵌める彼女に、彼は不意に思い浮かんだ思考にこっそりと笑みながら、もう満足したらしい彼女から返却された手袋を受け取った。


 ――後日、本丸へ時の政府からの小さな小包が一つ届いた。
 其れを受け取った審神者は、不思議に思いながらも誰かが何か通販でも注文したのかな、などと適当に当たりを付け、誰宛の物かを確認する為に皆に声をかけに回る。
「おーいっ、通販届いたみたいだけど、誰が頼んだのか知らなぁーい?」
「すまない……っ。其れは、恐らく私が注文した物だろう」
「あれ、ちょもさんのでしたか。ちょっと意外……。ちょもさんも通販利用したりするんやね?」
「使い方は山姥切長義から教わった。まぁ、ちょっと入り用の物があったのでね。わざわざ受け取らせてすまない。本来なら、私自らが受け取りに出るべきであっただろうに……っ」
「お気になさらず〜。偶々玄関先へ通り掛かった際に配達が来たもんだったから、私が出たに過ぎないんで。あ、強いて言うなら、中身の確認だけお願いしますね。万が一間違ってたりなんてしたら、連絡やら送り返しの作業とかがあるんで。なる早でお願いしやす」
「了解した。部屋に戻ってすぐに確認してこよう。小鳥は執務室にて待っていてくれないだろうか?」
「……? あい、分かりました。じゃあ、お先に部屋戻って待ってますね」
「あぁ。確認作業が終わったら、すぐに其方へ向かおう」
 彼の返答に不思議そうな顔を浮かべながら頷き、手に持っていた小包を彼へと受け渡す。何を頼んだのか気にはなったが、プライバシーの侵害になってはいけないだろうと、中身の事についてまでは触れなかったようだ。
 彼に言われた通り、そのまま彼女は自室へと戻り、遣りかけの書類へと手を伸ばし仕事モードに戻る。
 一方、彼の方も自室へ戻ってすぐに届いた荷物の中身を検める為に小包を開封した。そして、届いた物が己が望んだ物である事を確かめた上で笑みを浮かべ、その小さな箱に包まれた中身を持って審神者部屋へと赴いた。
「小鳥、私だ。中へ入っても宜しいかな?」
「どうぞー」
「失礼する」
 一応、断りを入れてから入室すると、仕事の手を止めた彼女が入口を振り返り彼を見る。
「取り敢えず、言われた通り部屋に戻ってましたけど……何か私に用でも?」
「あぁ、少々な……。大した事ではないので、そう身構えないで欲しい」
「はぁ……? まぁ、話ならいつでも聞きますけども……」
「では、少々此方を向いて手を出してもらえるかな?」
「手、とな……? よく分かんないけど……はい、どうぞ。此れでヨロシ?」
「うむ。では、此れを君に」
「えっ……は、箱……? えっと、何が入ってるとか訊いても……?」
「まぁ、まずは開けてみてくれ」
「えっ。アッハイ、分っかりましたぁ……」
 よく分からぬまま、彼から受け取った物の封を開ける為、貰った箱を一度膝上に置き、蓋へと手を伸ばす。大して重みのない其れをパカリと開けてみると、中身は一対の革手袋であった。しかも、つい最近よく見た物とそっくりの品物である。
 その事に驚いた審神者はポカン……ッ、とした間抜けな顔をしたまま、彼の方へと視線を向けた。すれば、悪戯が成功した童みたいな顔でにこやかに笑う彼が其処には居た。彼女は、驚きのあまり無言で再び箱の中身へと視線を落とし、また彼を見つめてを繰り返す。
「驚いたかな?」
「いや……驚くなと言う方が逆に無理じゃないです……? つーか、えっ、あの、どうしたんです? 此れ……っ」
「特注で頼んで作ってもらった」
「と、特注で頼んで作ってもらった……だ、と……っ?」
 流石、一文字一家の長。遣る事為す事が一般人と違うものである。普通の人間なら、そんなポポイッと簡単に特注品なんか頼まないし作りもしないだろう。やはり、ヤの付く人は、思考回路そのもの自体が凡人と異なるのだろうか。
 そんな思考が脳内に飛び交い、宇宙を広げる。想定だにしなかった出来事にフリーズし、ひたすら無言で驚き固まっていると、彼から一声かけられた。
「是非、小鳥に付けてみて欲しい」
「え…………アッハイ……。じ、じゃあ、ちょっと失礼して……付けさせて頂きますね〜……っ」
 彼に催促された事で初めて動きを取り戻した審神者は、慎重な手付きで箱の中の物を取り出し、一度目の高さまで掲げて見る。改めて見てみても、やはり彼が今付けている物と遜色無い代物である。更に言うなれば、彼が付けている物より少し小さめであるところを見るに、どうやら彼女のサイズに合わせて作った物らしい。マジか……ッ。彼女の心中を言い表すなら、そんな感じであった。
 恐る恐る片手ずつ嵌めていき、綺麗に嵌め終わると、改めて自身の掌を掲げて見た。
「如何だろうか……?」
「サイズも何もかもピッタリ過ぎて、フィット感やばいです……。え、凄ない? ちゃんと測った訳でもないのにこんなピッタリとか……。えー……っ、もしかして、さっきの小包って此れだったんです?」
「その通りだ。お気に召して頂けたかな?」
「そりゃあ、勿論……! めちゃくちゃ嬉しいですよっ! ふぇ〜っ、本当に貰っちゃって良いんですか、こんな素敵な物を……!」
「勿論だ。元より、小鳥の為を思って用意した物だ。受け取ってもらえなければ、折角せっかく作った物がおじゃんになってしまう。私からの“さぷらいず”というヤツさ。是非とも受け取って欲しい」
「わぁ〜っ、滅茶苦茶嬉しいです……! 有難うございます、ちょもさんっ!!」
 あまりの嬉しさに破顔して、手袋を嵌めた両の手を握ってくふくふと笑いを零す。その様子に心底安堵した風な彼も、笑みを浮かべて返した。
 余程嬉しかったのか、その日一日御飯やお風呂・御手洗いの時以外はずっと付けっ放しであった。そんな審神者の様子に、周りの者は微笑ましく温かく見守っていた。
 舎弟である南泉は、審神者の手元を見て、其れが己の頭と全く同じ物であると気付くと、にまりと口角を上げ、偶々近くを通りすがった彼の方を見て呟いた。
「お頭もなかなか粋な事をするんだにゃあ……っ」
「うん……? 何の事だ、子猫よ?」
「アレの事っすよ。お頭、主に自分と揃いの物を贈って身に着けさせるだなんて、よっぽど気に入ったんすね」
「は……?」
「えっ? 違ったんすか?」
「私は、ただ……小鳥がやけに気に入っている様子だったから、其れならばと小鳥専用の物を与えたに過ぎなかったのだが……。というのも、先日、小鳥に乞われて貸してみたら、私の物は些か大き過ぎて合わなかったのでな。其れで、政府の衣服専門部署に特注で頼んで作ってもらったのだが……何かいけなかったのだろうか?」
「えぇ…もしや、お頭……全くの無自覚で気付いてないのか、にゃっ?」
「どういう事だ……?」
「俺はてっきり、お頭が主に惚れて、他の奴へ牽制する為に自分と揃いの物を贈ったのだとばかりに思ってたんすけど……今のを聞くに、どうも違ったみたいっすね。なら、どっかで言っといた方が良いっすよ? 他の奴等、皆俺と同じ風に思ってるみたいっすから」
「…………」
 彼が言うように全く意識無く招いた事態に、頭が痛くなったらしい山鳥毛は、片手で己の顔を覆って俯くのであった。
 その後、自然と誤解は解かれたが、審神者と山鳥毛が本当に恋仲となるのは先のお話。


※旧タイトル:『不覚にも揃いの物となりて顔を赤らめる』。変更理由……ちょっと長ったらしいかなと思った次第より。

執筆日:2020.09.10
再掲載日:2023.05.20