欲望チラ見せ警報


 ここ最近、急に肌寒くなってきたか。ふとした時にふるり、と身を震わせて露出した腕を擦った。
「さむ……っ」
 けれど、上着をしっかりと着込むにはまだ少し暑い気がする。でも、何か羽織っておかないと肌寒いなと思い、手短にあった自分のジャージ(黒色)の上着を羽織った。そしたら、偶々通りがかった同田貫より声をかけられ。
「其れ羽織ってっと、何か俺のとか他で似てる奴の着せてる(牽制の意味込めた)みてぇだな」
 ――と、感想を零された。
「いや、誤解無きように言っとくけど、此れ自分のだから。誰かのを借りた訳じゃないから」
 端的にそう返してお仕事に戻り、端末へと向き直った。
 同田貫自身も、偶々思った事をポツリ呟いただけで特に用は無かったらしく、その後何処かへと去っていった。
 すると、今度は所用で席を離れていた近侍の日光さんが入れ替わるように戻ってくるなり、同田貫とおんなじ事を呟いてきた。
「其れは……?」
「うん? あぁ、おかえりなさい日光さん。もしかして、この肩に羽織ってる上着の事かいな……?」
「そうだ。誰ぞが似た服を着ていたような気がしなくもないが……其れは、一体誰からの施しだ?」
「いや、似てる言うても自分のだからね。さっきも通りすがりの同田貫にも同様の事言われたけどさ。正真正銘、自分のだから。最近急に涼しくなってきたせいで、半袖だけだと何か肌寒く感じたから、適当に身近に置いてた自分のジャージ羽織っただけよ?」
「そうなのか……。見覚えの無い衣だった故に早とちりをしたな。しかし……其れでは、些か周りにも変な誤解を与え兼ねんだろう。……ふむ、この日光が主が羽織るに相応しい物を用意してきてやろう。暫し待っていてくれ」
「や、別にわざわざ用意してくれなくっても――、って行っちゃったよ……」
 そんな気になるか、このジャージ……? 適当に羽織っただけの、何処にでもありそうな代物だと思うんだけどなぁ。ただ単に色が黒くて似たようなデザインのを着てる男士が居るってだけで、そんな反応する事ある……?
 不思議に思いながらも、気にせずそのまま仕事に戻る私。

 ――その頃、知らぬ間に日光さんが何やら企んでいようとは露知らず。再び席を外した日光さんが向かった先はというと……。
「お頭、少々お時間頂いても宜しいでしょうか?」
「うん……? どうした、我が翼よ」
「少しの間、お頭の羽織われている上着をお借りしたいのですが……可能でしょうか?」
「別に構わないが……」
「拝借したい旨を口にした手前ではありますが、寒くはないですか?」
「あぁ。今、私は上着を着る程では無い故、平気だ。何用でかは分からんが、入り用ならば持って行くが良い」
「有難うございます。用が済みましたら、すぐにでも返却させます」
「分かった。(返却“させる”とは、どういった意味だろうか……? 今の言い様的に、誰か別の者へ渡すような物言いであったが……はて)」
 謎だけを残して去っていった日光氏に、内心首を傾げたお頭こと山鳥毛さんは、暫くしてから彼の去った方向へと向かってみる事に。
(尚、この時、彼は、日光さんに話しかけられるまで縁側で腰掛けお茶を飲んでいたらしい。)
 そうして、くだんの翼が向かったらしき部屋を覗いてみると、一人仕事をする主の姿が在った。日光さんはお茶でも淹れに行ったのか、またすぐに何処かへと移動して居ない。
 しかし、日光さんと邂逅後に私の羽織っている上着の存在を目にした彼は、納得する。
「成程、私の上着を借りたのは小鳥の為であったか」
「うん……? あら、ちょもさんでないの。どしたの?」
「いや、先程翼が私の元へ訪れてな。用途は分からぬが、上着を貸してくれと乞うてきたので、貸し与えてやったのだ。詮索するのは如何なものかと思ったのだが……しかし、やはり気になってしまった故に後を追い駆けてみたら、私の上着の行方は小鳥の元だったという訳さ」
「あ〜、そういう事だったの……。いやね、元々は私自分のジャージの上着羽織ってたのよ? 其れ見た子達皆何故かやたら気にするからさぁ。最終的、日光さんが私が羽織るに相応しい物を持ってくる〜とか言い出して、どっか行った後持ってきたのが、今羽織ってる此れ・・だった訳よ。私の方も“何で?”って感じだったんだけどね。此れ、ちょもさんので合ってたよね? 内番着で着てる上着のヤツ……」
「あぁ、間違いなく私の物だな」
「御免ね、変な形で借りちゃって」
「いや、私の方は構わないさ。小鳥は、肌寒く感じた為に上着を羽織っていたのだろう?」
「うん。そしたら、何でかこんな事になっちゃってて、審神者ちょっと混乱中です。わざわざ他人ひとの物借りなくても自分のあるからそっち着るのになぁ……何が駄目で自分のは不可だったんだろ? 特に何も無い、普通に何処にでもありがちなジャージだったんだけど。別に、デザインも安いブランドのロゴが入ってるだけだし、入ってるラインの色とかも本丸に居る子のと被ってる訳でもなし。本当何が駄目だったんだ……?」
「ふむ……。強いて言うなれば、色が気に障ったのかもしれないな、我が翼は」
「へ……っ? 色、とな……?」
 意外な返答にきょとりとして訊き返すと、彼はにこりと笑ってこう返してきた。
「あぁ。我が一文字の色は“白”が基調だからな。その正反対の色である“黒”はお気に召さなかったのだろう。其れで、わざわざ私が羽織るだけに居た上着を所望してきたのか。ふっ……流石は我が翼、なかなかに良い仕事をする」
「――お褒めに与り、光栄です」
「おや、戻ってきていたのか、翼よ」
「はい。立ち聞きするつもりは無かったのですが……話が聞こえてしまった為、結果立ち聞きするような形となってしまいました。申し訳ありません」
「いや、別に構わない。聞かれて困るような話をしていた訳ではないしな。寧ろ、私の事を思って成してくれた事、嬉しく思うぞ。我が左腕としての働き、誠に感謝する」
「はっ……当然の事をしたまでの事」
 戻ってくるなり、お頭とその従者みたいな会話をする二人に、いつもの流れだなぁ〜と軽くスルーしつつ、仕事に一区切り打った審神者は、端末を閉じて近侍刀に話を振った。
「其れで、お茶取りに行ってた件はどうなったの……?」
「すまない。先に渡すべきであったな……。鶯丸より茶に合う菓子とやらも貰ったから、茶と共に食すと良いだろう。お頭もどうぞ、宜しければ召し上がってください」
「しかし、其れは小鳥に、と渡された物だったのでは……?」
「お頭の分も戴きましたので、ご心配には及びません。二人分のお茶しか用意して来なかった為、お頭が先に頂いてください。俺は自分の分を別に取りに行きますので、また暫く席を外します。主の方も仕事に一区切りを付けたそうで休憩に入られるとの事なので、良ければ主がきちんと休まれるよう監視も含めてゆっくりと過ごされてください」
「ちゃっかり釘刺して行くんだから……っ」
「当然だろう。主は目を離すと余計な仕事までをもし出す事に加え、休憩という休憩を取らぬまま仕事に没頭するからな」
「ふふっ……確かに言えている。相分かった。その任、快く私が引き受けよう」
「感謝します。では、失礼致します」
 敢えて二人きりにする為の言い訳か、分かりやすい口実を告げて部屋を退室していく日光さんに、憚らずも小さく苦笑が漏れた。加えて、去り際にちゃっかり釘まで刺されては致し方ない。この場は、しっかりとした休憩を挟んだのちに仕事を再開すると致そうか。
 日光さんが淹れてきてくれたお茶に手を伸ばしながらそう考えていると、ふと斜め横から注がれる視線に気付き、其方を見遣る。
「なぁ〜に、ちょもさん? そんなにジィーッと見つめちゃって」
「ふふっ……何、小鳥がちゃんと休憩を取るのか否かを見ていただけさ。心配には及ばんよ」
「もうっ……アレは日光さんが勝手に言ってきた事で、今は別にそんな張り切って仕事する気無いですから〜。そもそも、休憩短めに済ましてた時だって、ちゃんとした正当な理由があってですねぇ……!」
「ほう。では、その時の申し開きを改めて聞かせてもらおうか?」
「仕事山積みになってる時は、より効率的にさっさと片付けたいので、一気に片付けられるんなら一気に片付けてしまおうと集中していただけです……っ! よって、何も悪い点はございません!! 寧ろ、仕事サボらずにちゃんと片付けてる分良い方だし、偉いと思うんだけど……?」
「しかし、其れで必要の無いところで小鳥が無理をしては元も子も無いだろう……? 我が翼は其れを危惧し、指摘したまでだ。故に、小鳥は、今は翼の言う通り、私とゆるりとした時間を過ごそう。……其れとも、小鳥は、私と二人きりで過ごす時間は、嫌か?」
「あ、やっ……嫌、って訳じゃない……です、けども…………っ、」
「けども……?」
「……そう、面と向かって言われると、ちょっと気恥ずかしくなってくると言いますか……仕事に集中し過ぎてて寂しい思いさせてたのかな? とかって、ちょっと申し訳なくなってくると言いますか……っ。兎に角、まぁ、そんな感じです!」
「ふふふっ……我が小鳥はほんに愛らしいな……。私の上着を羽織った上でそう恥ずかしげに頬を赤らめるところが、特に可愛らしく……私だけのものにと、独占して閉じ込めてしまいたくなりそうだ」
「ぴぇ……っ!?」
「ふふっ、冗談だ」
「ちょもさんのは、冗談が冗談に聞こえないんすよ……! 全くもう……っ」
 そう感想を零してみせた私に対し、終始彼は私の反応に上機嫌な様子でご満悦そうであった。
「肌寒くて上着が必要という事であらば、暫く私のを使っていると良い。私の事は気にしなくて良いぞ。寒ければ、そのままずっと使ってくれていても構わない。何なら、私が小鳥の事を抱き締め体温を移してやっても構わないが……どうする?」
「イエ、謹ンデ遠慮サセテ頂キマス……ッ」
「そうか。其れは残念だ……っ」
 半分有難いような申し出に引っ付いてきた口説き文句に、また更に顔を赤らめながら控えめに断れば、ちっとも残念そうじゃない顔でそんな事を宣うのである。
 極め付けには、こうも言ってくる始末だ。
「嗚呼……小鳥には、やはり“白”が似合うな。その内、小鳥の為の純白の衣装でも仕立てようか……。今後が楽しみでならないな」
 くつくつと喉奥で笑いながら顔横に垂れていた横髪の一房を掬うと、流れるように口付け、愛しげに微笑む。もう、その表情が反則である。
 彼の口にする冗談は、全て本気に聞こえるから洒落にならない。そして、恐らく半分程が本気だから恐ろしいのだ。一文字の本気は舐めてはならない……っ。何故ならば、ガチの本気を見せたら、突拍子も無い、飛んでもな展開へ行き着くからだ。故に、一文字を侮る事勿れ。その相手が特に、当代お頭であらば。


※旧タイトル:『自分の色に染めたい気持ちを匂わせた冗談を口にしてみる』。変更理由……あまりにも長ったらしく思えた為。

執筆日:2021.09.17
再掲載日:2023.05.22