なんちゃってクトゥルフ体験記


 久方振りに訪れていた本丸での仕事中に書類を見ながら廊下を移動していたら、突如真っ白な空間が駄々広がるばかりの部屋に飛ばされてしまった。当然、気付いた瞬間、訳が分からずに混乱する。
「え…………此処何処よ? 私、ついさっきまで普通に本丸に居たよね……? えっ?? マジで何がどうしてこうなった????」
 其処には、人間ばりのサイズの球体人形が一体、床へ直に座り込んでいるだけであった。其れ以外、辺りには何も無い。
 近くに行けば、突然前触れ無く人形が動き出し、ジェスチャーのみで会話に臨んできた。此処を出る為には、彼? 彼女? の指示を聞くしか他に方法は無いと判断して、素直に人形の出す指示に従ってみる事にした。
 暫く人形のジェスチャーを観察してみると、“ワタシノ頭ヲ撫デテ”という事らしかった。一先ず、指示通りに撫でてやると、人形は嬉しそうに跳ねて喜び、“アリガトウ”と言わんばかりに頭を下げてきた。此れくらいの事なら何のと返すように、どういたしましてと頭を下げ返す。
 次は何をすれば良いのか指示を待てば、何処から出してきたのか、いつの間にかプラカード的な物を掲げて見せており。其れを覗き込めば、何も書かれていなかった板に文字が浮かび上がってきて、“近侍ノ刀ノ事ヲ思イ浮カベヨ”と書かれていた。何故そこで近侍の刀なのかは分からなかったが、素直に従って「う〜ん……っ」と近侍に据えていた刀の事を思い浮かべてみた。
 すると、近侍に指定していたちょもさんがすぐ目の前に桜吹雪と共に現れた。
「無事か、小鳥……っ! 突然君の気配が消えたから、焦ったぞ……!」
「わっ、本当にちょもさんだ……っ。指示通りに近侍の子を思い浮かべてみただけなのに、凄い……!」
「聞いているのか、小鳥よ? ……まぁ、何とも無いのなら一先ず良しとするが……。ところで、此処は何処なんだ? 本丸とも政府の施設とも異なっている場所のようだが……全く見覚えの無い処だな」
「うん。実は、私もてんでよく分からないまま此処に居てね。ついさっきまで普通に本丸に居て、廊下歩きながら書類見てたんだけど……急に変な感覚を覚えたと思ったら、此処に飛ばされてたんだよねぇ〜。いやぁ、吃驚吃驚。鶴丸じゃないけど驚いたわ」
「歩きながら書類を見るのは危ないからお勧めしない……というか、控えるようにと前に忠告したばかりでは……?」
「御免て。その件に関しては後回しにして、一先ず此処から出る事を考えよう? 取り敢えず、よく分かんないなりに、この場に唯一存在してた動く人形の指示に従って脱出出来るかを試みてたんだけどさぁ」
「うん? “動く人形”とは、一体何の事だろうか……?」
「後ろ後ろ、ちょもさんの真後ろに居る人形の事だよ」
「真後ろ……? 小鳥の言う人形とは、この傀儡の事か?」
「うん、そう。喋る事は出来ないっぽいけど、何か伝えたいのかジェスチャーしてくるから、私は其れを汲み取って従ってたんだ。ちょもさんが来る前は、何か頭を撫でてくれって感じのジェスチャーされたから、ご希望通りに撫でてあげてたの。んで、その後の指示が“近侍ノ刀ノ事ヲ思イ浮カベヨ”だったから、指示通りに素直にちょもさんの事を思い浮かべてみたら、まんまちょもさんが出てきたって訳。まるで魔法みたいな感じだったから吃驚しちゃったよね」
「そうだったのか……。私の方は、小鳥の気配がフツリと消えたが故に、何事かとすぐその場から小鳥の部屋を目指していたのだが……。その最中に何者かに呼ばれたような気がしてな。ふと其方の方へ意識を移した瞬間、気が付いたら目の前に小鳥が居て、この場に辿り着いていた……という具合だ。何が何やらさっぱりだな……っ」
 くるりとその場を振り返り見た彼が、人形の存在に気付くなり、警戒した様子で慎重に観察する。
 近侍の刀が現れたと思ったら、其れまで何も無かった筈の場所に出現した出口と思しき扉を示した人形が、突如事切れたようにバラバラに崩れ落ちた。その突然の崩れ様があまりに恐ろしかった為、「ヒィッ!!」という情けない悲鳴と共に、思わず側に居たちょもさんにしがみ付いてしまったのは許して欲しい。決して他意は無いので、悪しからずだ。
「大丈夫だ、小鳥。ただ人形が壊れただけで、後は他に何も無いようだ。安心すると良い」
「いやっ……突然目の前に居た人形が崩れて転がるとかいう図は、怖い以外の何物でもないからね……っ! 今のマジでコッワ……!!」
「今まで動いていたのは、何かを伝える為だったのだろう……という事だけは分かった。――が……其れで、壊れてしまったという事は、もう我々に伝える事は無いという事で“用無し”と判断し壊れたのか。はたまた、元々壊れていた物に動けるだけの魂を吹き込んでいたのかは謎だな……」
「……あの、ちょもさんちょもさんっ。推察は後でもゆっくり出来ると思うんで、一先ずは此処から早く出ません? ほら、さっき人形が崩れる前に示した方向に出口らしきドアがありますし」
「あ、あぁ……っ、すまない。小鳥の言う通り、まずは、人形が指し示したとされる方向へと進んでみる事にしよう」
 取り敢えず、二人揃って示された方向に向かい、扉を開いてみた。この時、万が一何かあってはいけないとの事で、扉に手を掛けたのはちょもさんである。ちなみに、先に述べておくと、その扉に鍵は掛かっていなかった。
 開いてみた扉の先は、何処かの屋上のような場所のへりに繋がっていた。此処から脱出するには、どうやら其処から飛び降りるしか無いようである。
「ふむ……此れは、見た通りの景色から察するに、素直にそのまま飛べ……という事だろうな」
「うわ〜、たっっっか……下が全く見えんのだけど……ヒェッ」
「……さて、小鳥よ――私を信じてくれるな?」
「え…………っ。ま、まさか……!?」
「そのまさか、だ。口を閉じていろよ。舌を噛むぞ」
「ま゛っ、待っ――!! ギャアアアアアーーーーッッッ!!!??」
 そう言うなり何なり、私を抱えて地の底も見えぬ真下へと向かって容赦無くジャンプという名のダイビング飛行だ。恐怖でしかない浮遊感に、盛大なる悲鳴を上げながら彼に必死としがみ付き、落下の衝撃に備えて目を瞑った。
 結論を述べると、この後、我々は無事に本丸へと帰還する事が出来たのである。
 というのも……気が付いた時には、本丸の門前に着地しているような状態であったのだ。
「な、何が何やら一体…………っ」
「ふぅ……っ、無事帰れたか。半信半疑ではあったが……まぁ、何はともあれだ。小鳥が無事に済んで本当に良かった……っ」
 本丸へ帰還すると、何故か二、三日程本丸を空けていた事になっている事が判明した。訳が分からないが、突如行方不明且つ消息不明となってしまっていたらしい。原因を探るべく、今回の一件についての報告に併せて調査を受けるも、結局のところは何も分からず終いであった。
 取り敢えずは、何者かの霊力を介した異空間に飛ばされたのだろうという見解が示され、担当部署からは、該当場所が見付かり次第即封印及び他被害が出ないよう措置や調査を行う旨の決定が為された。
 そんなこんな故、この世に戻ってきて数日間は、政府管理下の医療施設にて検査という名目により二人(正確には、一人と一振り)揃って拘束されるのである。ただただ訳ワカメ状態なる。


▼以下、解説文。
実は、当該お話は、それぞれの選択肢によって、生きるか死ぬか、または脱出出来るか否かの分岐になっている……という設定での構成となっておりました。
一応、ザックリとだけ解説致しますと。
@の分岐……『人形の指示に従うか否か』→『従う』場合は、一先ず生存ルートが確保出来る。『従わず何もしないor人形に危害を加える』場合は、まず命は無い、もしくは一生出られないと思え=死でデッドエンド。仮に、ルート分かれで『間違って指示以外の事をしてしまう』場合は、まぁ生存は確保出来るけど、再び指示される事を間違わないように注意しよう。間違っても生存率が下がるだけ。
Aの分岐……『近侍の刀を思い浮かべよ』→『指示通りに近侍の刀を思い浮かべる』場合、思った通りの刀が出現、生存率が上がり、脱出する為の出口が出現=クリア。『別の刀を思い浮かべる』場合、誰も出現せずに脱出不可能となりバッドエンド。
備考……尚、この部屋は、飽く迄一人と一振り一緒でないと脱出不可能な感じ。
Aの分岐のみ、選択肢がもう一つ存在して、恋仲の刀が居る場合は『恋仲デアル刀ノ事ヲ思イ浮カベヨ』となる。後の流れは一緒。
超絶ザックリと考えただけのなんちゃってクトゥルフ風なお話だった為、細かい事は気にしない方向で宜しくお願い致します(笑)。


※旧タイトル:『なんちゃってクトゥルフ風ルート』。変更理由……何となく微妙だと思った為。

執筆日:2021.04.10
再掲載日:2023.05.22