初めての共寝
夜も更け、寝に就く為に自室へ戻って布団を整えていた審神者は、ふと耳に届いた音に窓の外へ意識を向けた。
「あれ、雨……?」
視界を向けた先では、弱めではあるがサアサアと小雨が降り屋根へ打ち付けている音がしていた。初夏は雨の多い季節だ。おまけに、もうじき梅雨という名の雨季が来る。気象庁の発表曰く、どうも今年も長雨となる事が予測されているらしい。雨は嫌いだ。特に、長雨は体調に悪影響を
(雨は嫌だな……あまり気分も良くないし、何より夢見が悪くなりやすいし……)
けれど、今日は色々あった故に疲れていたから早めに寝付く事に決めていた。沢山泣いたせいで体力を消耗して、其れなりの疲労感が全身に倦怠感という形で出ている。取り敢えず、今夜はもう寝てしまおう。
彼女は黙々と寝間着へと着替え、結い上げていた髪を
「貴殿の大包平、百夜通うと誓った故、約束を果たす為に只今参上
「えっ……大包平、か……?」
「主よ……もし、俺を本気で迎える意思を固め、心を決めたというのなら……この先へ入室する許可を頂戴したい」
普段では聞かぬ、
「入るなら、どうぞ……。別に断る必要も無いから……」
「だが、この先を許可するという事は、
「……まぁ、言うて俺も其処まで餓鬼じゃなければ馬鹿でもないし……幾らそういう事に疎かろうが、成人してるが故に知識くらいはあるんで……? あと、昼間の件でお前の本気度はある程度理解出来たし、最終的には俺がオーケー出すか否か次第の問題だったんだろ……? だったら、問題無いから安心して。改めて真剣に考えてみた結果、思い切って受け入れてみようとなったので。ちゃんと考えた上での答えだからさ」
「……そうか。ならば、此れ以上の余計な問答は不要だな。では、失礼
彼が入りやすいように数歩下がって横へ避ければ、鴨居にぶつからぬように頭を低くして閨へと足を踏み入れた。寝る直前だった為、部屋の明かりは常夜灯以外は落とした後だった故、太刀で夜目の利かぬ彼にはよく見えぬ事だろう。かと言って、今更明々と電気を
「良かったのか? 明かりなど点けて……」
「いや、お前太刀だから、視野利かないと不便かと思って……」
「別に、閨での暗さくらいは平気だ。確かに俺は太刀であるが故夜目は利かぬが、人よりかはよっぽど見えるものと自負している。加えて言わせてもらうが、俺にそういった気遣いは無用だ。この場では、お前が気遣われる立場にあるだろう? 立場を逆転させてどうするんだ?」
「すまん。何となく視野利いた方が落ち着くかなぁ〜とかって思っただけだから、要らん世話だったんなら謝る」
「いや、別に謝る必要は無いが……お前、やけに淡々としているな? 昼間はあんなに恥じらっていた癖に……」
「あー……何か一周回ったら色々と、って感じになりまして……っ。ぶっちゃけ、諸々今更感あったよなぁーとかって思ったら、何か……? あと、此れでも俺、緊張はしてる方だから……顔に出てないかもだけど」
そう言って枕元にて振り返るように見れば、小さく呆れの嘆息を
「本当に良いんだな……?」
「え……入室許可した手前で今更“やっぱ無理です”とか言う気無いよ……? つか、めっちゃ慎重に事運ぼうとするやん、真面目かよ」
「真面目にやらねばならぬ話だから一切
「御免て。悪気は無いのよ。強いて言うなら、照れ隠しよ。分かりづらいかもしんないけどもさ」
「もう少し分かりやすく照れてもらっても良いか?」
「いや無理……現状今のが限界値だから……っ。俺、天の邪鬼なのよ、素直になれないとこあるのよ、分かって」
「分かった。そういう事ならば致し方あるまい……。此れ以上、お前に恥をかかせる訳にもいかんからな」
そう言って真面目な姿勢は崩さぬまま、彼はこの先の事へ口火を切った。
「本題に入るが……俺が百夜通いする為に、今宵お前の閨へ訪ねた目的は理解しているな?」
「えっと……要は、床を共にする……って事でお間違い無いです?」
「嗚呼、共寝するつもりで来た事は合っている。……が、お前にその覚悟は本当に出来ているのかを問いたい」
「何もする事無くただ一緒に寝るだけなら、まぁ……大丈夫かな、と……。ただ、一つだけ前以て言っとく。俺、寝相悪い方だから、途中蹴ったりしたら御免」
「まさか、この期に及んで色気の欠片も無い返事を聞く事になろうとはな……っ」
「だ、だって、一緒に寝るってなったら気になる事じゃん!?
「んな細かい事一々気にするか……! 全くお前という奴は……っ」
「えーっと……興醒めって事なら、日を改めます? こうして問答してる間にも時間は下がってるし、俺も今日は色々疲れて眠いし……」
「今更おめおめと引き下がる馬鹿が居るか。……まぁ、その点については、俺も少し気遣いが足らんかったのは詫びよう。明日に響くのも悪かろう、今日のところはもう寝るとするか」
「枕、俺のしか無いけどどうする……? タオルとかで代用する?」
「良い。今日はそのままで寝る。明日以降は、自分のを持ってこよう」
「了解っした。俺が寝る用の布団だから、サイズ足りるか心配なんだけど大丈夫かなぁ……足出ちゃわない?」
「俺の事は良いから、お前はさっさと床に入れ。疲れてるんだろう……?」
促されたので、素直に布団へと入ってゴロンと横になって彼の方を見遣る。その際、出来る限り端っこの方へ寄る事を忘れない。すると、あまりにも端に寄り過ぎていたのか、呆れの視線を寄越した彼が再び口を開く。
「何も其処まで端に寄らずとも良かろう……っ」
「いや、何となく……。だって、大包平体大きいし、俺の布団じゃ狭いかなって」
「お前は気を遣い過ぎだ……。お前の布団なのだから、其処まで遠慮せんで良い」
「何か御免……」
「何でお前はそうすぐに謝るんだ?」
「すまん、
「主なのだから、そう簡単に謝罪の言葉を口にするな。……と、いつもなら言っていたところだが……この場においてまでわざわざそんな話を持ち出す事も無かろう」
空いていたスペースへするりと身を滑らせてきた大包平が、布団越しに腕を伸ばしてきて触れる。
「ほら、もう少しこっちへ来い。そんなに端へ寄っていては寝づらかろう?」
「う、うす……」
言われるままににじり寄れば、腕枕をして横向きに寝転ぶ彼の掌に前髪を浚われて、ギシリ、と固まった。そのあからさまな態度に、彼は小さく笑みを浮かべて笑う。
「何だ……一丁前に恥ずかしがってるのか?」
「逆に、現在進行形のこの状況を恥ずかしがらない
「まぁそう言うな。少し意外に思えたから言ったまでだ。気を悪くしたならすまん。……お前の髪を下ろしたところはあまり見なかったのでな、物珍しいと思って触れてしまっただけだ」
「あー……まぁ、髪括れるくらい伸びてからは基本結ってる事のが多いからなぁ。下ろすのも大抵寝る直前とかが多いし。そういう意味では、見る機会少なかったんかな……? 頭痛い日とかの例外はあるけれども。少し前の季節とかなら、ハーフアップしてた事もあるから、全下ろししてる時と大差無い感じだったのでは?」
「だが、こうしてまじまじと見る機会は無かったろう?」
「其れもそうか……」
「やはり、いつも結い上げている印象が強いせいか、雰囲気が異なるように見えるな……」
「そんな違うか?」
「少なくとも、今この場ではな」
共寝という条件も手伝ってだろうか、彼が何気無くフッと笑っただけなのに、彼女はドキリと胸を高鳴らせた。思わず、反射的にガバッと掛け布団を引っ被ったのは仕方がない事である。
「ほら、照れるのも其れくらいにして、早く寝ろ……っ。明日も仕事があるんだろう?」
「う゛ぅ゛……っ、この状態でどう寝付けと……!」
「良いから寝ろ。今日はお前の負担を考えて何もせずに居るから……」
「刀剣の横綱に俺の寝顔見られるとか死にそう……」
「んなくらいで死なれたら、この先何も出来んではないか。寝顔を見られる事を気にするなら、こうするか……?」
「あばっ!?」
恥ずかしさが勝って寝付けぬ様子で顔を隠し悶える彼女を懐へ抱き寄せた大包平。突如視界が彼の胸元で埋め尽くされた審神者は、意味不明の悲鳴を発して固まった。全く、何処まで行っても色気の欠片も無い女である。己の胸元へ抱き寄せた彼女の様子を見遣りながら、彼は控えめな声音で言った。
「此れならば、俺に寝顔を見られずに済むし、俺の顔が見えぬから少しはマシだろう?」
「何か逆に色んな意味で心臓やばくなったんですが!?」
「知るか。さっさと寝ろ」
「是非も無しってか……ッ! 心臓無いなったらどうしてくれる……っ」
暫しモゴモゴとしていたが、彼に背を優しくぽんぽん叩かれる内に、落ち着きを通り越し見事に睡魔に誘われてしまったのか、気付いたらスヤァ……ッと安眠し、規則正しい寝息を立てていたのだった。大人しく静かになった空気に彼女が寝付いた事を察した大包平は、こっそり胸元を覗き見、彼女の寝顔を拝んだ。すると、思った以上に安らかにあどけなく眠る愛しの者の寝顔が其処にはあった。散々恥ずかしがるムーヴを見せていた割りには、案外すんなり寝付いたものである。
まぁ、昼間あれだけ沢山泣けば体力の消費はしょうがなかろう。泣き過ぎて腫れの残る目蓋を指の背でそっと撫ぜ、優しく抱き込み直した後、軽い口付けを頭へ落とす。此れくらいは許されるだろう、彼はそう思って間接照明を消し、目を閉じた。
そうして、雨降る音を耳にしながら、二人は揃って一つの布団で眠りに就いたのだった。
翌日、目覚ましアラームを鳴らすスマホの音で起きた彼女は、手探りで枕元を探り、アラームを止めて唸り声を発した。まだ眠いのだろう、その証拠に彼女はもぞもぞと再び寝入る体勢へと入る。ついでに、ごろりと寝返りを打って、何やら温かいものへと擦り寄る。直後、至近距離から聞き覚えのある良い声が聞こえてきた。
「おい、もう朝だぞ。目覚ましを止めたなら起きろ。俺の懐が眠りやすいと気に入ってくれたのは嬉しい限りだが」
「……………………ん゛ぅ゛ん……?」
「お前、寝起き悪かったのか……?」
未だ寝惚ける思考を浮上させて眩しげに薄目を開けば、目の前には
「昨晩の事を忘れているならば、改めて話し聞かせてやっても良いが?」
「御免、ちょっとだけタンマ……っ、頭整理するから寸分待って」
「了解した」
彼の了承も得たので、寸分程堂々と賢者タイムへと入らせてもらう。暫し無言で黙り込んだのち、やたら長い溜め息を吐き出してから顔を覆い隠していた手を退けて、改めて口を開く。
「あ゛ー……取り敢えず、おはよう大包平……。状況は把握した……うん、何か色々と御免」
「おはよう。無事ちゃんと覚えていたようで何よりだ」
「うん、うん……俺、結局あの後ガチ寝しちまったのね……いやまぁ思いの外安眠出来た事に俺自身も驚きなんだけど」
「安眠出来たのなら良かった」
「マジで吃驚だわ。まさか此処までぐっすりとか……お前凄くね? 俺、雨の日は夢見悪くなる事多いんだけど、昨日はそんな事一切無くスヤァだったんだが?」
「そうなのか。俺自身は特に普段と変わらず眠れた故、いつも通りの時間に目が覚め、お前がまだ寝ていたのもあって、物音を立てて起こすのも忍びなかろうと、起きるまで暫く観察させてもらっていたんだが」
「なんっ……! ばッ……!! そうっ…いう、の……!! 心臓に悪いからヤメロ……ッ!! あと、寝起きすぐにお前の顔至近距離ドアップとか控えめに言って堪えらんないからやめてッ!! マジのガチで心臓無いなるから……ッッッ!!」
「其れは照れているのか、本気で無理と嫌がっているのか、どっちなんだ……?」
「照れてるに決まってんだろ、分かれよ馬鹿ァッッッ!!」
「なっ……! 馬鹿って言った奴が馬鹿なんだ! そもそも何故俺はいきなり罵倒されねばならんのだ!? 意味が分からん!!」
「うるせぇッ!! お前ェもう黙ってろ!!」
「ムグッ!!」
ベチン! と叩く勢いで口を塞いだ彼女は寝起き直後にも関わらず無駄に声を張って疲れたのか、深く溜め息を吐き出して項垂れた。
「うわ無いわァー……初めて共寝した翌日がコレとか無いわァー。まぁ、相手が俺なんだからしょうがないんだけど、もうちょいどうにかならんかったんかなとか思わなくもない故に何か、何か…………うん、もう余計な事を考えるのはやめよう、うん。此れ以上は駄目だ、うん。何かもう思考回路が駄目だわ、うん。諦めよう、俺」
「モゴゴゴゴッ」
「あ、ナチュラルに御免。もう良いよ」
塞いでいた手をパッと離した途端、噛み付く勢いで塞いでいた掌を掴まれて吼えられる。
「ッはぁ、ったく……! お前のその初心さ加減はどうにかならんのか!?」
「ストレートに御免て、許せ」
「はぁー……っ。此れでは先が思い遣られるな……」
「嫌なら今の内に引き返す事をお薦め致しますよ?」
「ハッ、下らん冗談は寝て言うんだな! この大包平が好いた女をそう易々と手放す訳が無かろう……っ!」
「んじゃま、慣れてもらう他無いですなァ」
「其れはお前も同じ事が言えるからな?」
「そっしたね……今のは完全にブーメランだったわ……。うん……まぁ、善処しまっす……えぇ」
斯くして、二人は共寝した夜を明け、揃って閨を後にするのだった。
共に大広間へ姿を現した為か、其れを深読みした数振りがハッとした顔をして口許に手を遣る仕草を取った。敢えて其れを無視して通り過ぎようとしていたらば、意味深な笑みを浮かべて彼女の側へにじり寄ってきたにっかりが口を開く。
「昨晩はお楽しみだったようだねぇ……? 勿論、ナニという意味でだよ」
「あー、期待してるとこ悪いけど……ぶっちゃけ何も無かったからな? 確かに床は一緒にしたけども、言うてマジで一緒に寝たってだけで、其れ以外は特に何もありませんでしたよ。報告は以上、ハイ終わり」
「えっ……まさかのまさかで清いお付き合いからスタートなのかい、君達? というか、何時からそういう関係だったんだい?」
「えー、まぁ……正式には昨日から? になるかなぁ〜」
「えっ」
「え、何か?」
「いや、別に。……ふーん、そっかぁ〜……」
「一応説明しとくと、昨晩共寝したのは、大包平が俺に対しての誠意を示すには“百夜通いするしかあるまい”という結論に至ったから、ですよ……?」
「わお。古典的情熱的な口説き方だねぇ〜……って思ったけど、そういえば彼も平安生まれだっけか」
「そうなんですねぇ〜、だからなんですねぇ〜。まさか俺相手にやるとは思ってなかったけどな……平安刀が百夜通いという手を使う可能性は予想してたけども」
サラッと諸々暴露したら、各方面からガタッやらガシャンッやら騒がしい音が響き渡った。物凄い動揺様……。気になって一瞬だけチラリと見える限りで右方面の様子を見渡してみると、話に聞き耳を立てていたと思しき者達皆が揃って此方を物凄い形相で凝視してきていた。控えめに言って怖い。
(やべぇ、長谷部辺りとか絶望顔で絶句しとる……っ。え、コレ、何か弁明するべきか……??)
そうこう悩んでいると、背後から肩ポンしてきた初期刀様ににっこり笑顔で迫られた。
「主、後で話詳しく聞かせてね?」
「アッハイ……」
「んじゃ、朝餉済ませたら部屋で会議ね。前田と薬研も呼んどくから、そのつもりで。ついでに、その後本丸全員へ対しての報告会も開くから」
「ウッス……了解ッス……」
何となく死刑宣告でも受けた囚人の心持ちに至りながら食事に手を付け始めると、そのまま右隣の席へ陣取る事にしたらしいにっかりより会話を投げ掛けられる。
「其れにしても……案外サラッと暴露してくれちゃったけども、何だか意外だなぁ〜。君ならもっと恥ずかしがるかと思っていたのに」
「いや、まぁ……寝起き一番で一通り恥ずかしがったので、何か一周回ってスンッてなったんよね……」
「嗚呼、悟り開いちゃったんだね……っんふ、御愁傷様」
「しゃーないやん……俺凡人脳味噌しか持っとらんねんじゃきぃ……寝起きいきなりで刀剣の横綱の超絶イケメンなご尊顔なんか拝んでみろ……軽く死ねるわ」
「うん……? 僕、今、惚気られたのかな?」
「違ェわ、ド阿呆」
「唐突な罵倒」
そんなこんなな会話をしている横で、左隣をちゃっかり死守していた大包平は隣の鶯丸とこんな会話をしていたのである。
「どうだ、大包平。首尾良くやれたか?」
「まぁ、第一段階は何とかクリアした……と言ったところだな」
「そうか。其れは其れは何よりで良かった。この調子で行けば、順調に事は進むだろう。今後が楽しみだなぁ」
「嗚呼、まぁ地道に頑張っていくさ」
「ふふっ……お手柔らかにしてやれよ?」
此方は此方で何やら愉しげであったのだった。全く以て平安刀の考える事は恐ろしい限りである。
再掲載日:2023.04.15